この足で大地を踏みしめること、この目でレッドリボン軍総本部の外の世界を見渡すこと。再び開くことはないと思った瞼が上がって、もう一年前になったらしいあの日に諦めたはずの密かな憧れが全て戻ってきた。
二度目の生を受けたボクを最初に出迎えてくれたのは、一度目と同じくヘド博士だった。そのとき同じように、いや、それ以上に。涙ながらに祝福してくれた。博士の声をもう一度聴くというのも、諦めた夢の一つだ。それがこうして実現したのだから、ボクにも涙腺があったら泣いていただろう。
かつて初めて目を開いたとき、博士以外に視界に映ったのは何人かの研究員だったけど、今回ボクを取り囲んだのは、孫悟飯やピッコロをはじめとした、見覚えのある頼もしい人たち。ごく短い付き合いで、しかもその半分の時間は敵同士として過ごし、挙句こっちが悪だったというのに、こうしてボクの蘇生を博士と一緒に喜んでくれるなんて。なんて良い人たちなんだろう。かつては博士が所属していたレッドリボン軍がボクたちにとって世界の全てで、それには随分としてやられて、いいようにされてしまった。でも、こんなに良い人たちがいるんだから、まだまだ世界は捨てたもんじゃない。
あのとき諦めた全てを取り戻せるというのなら、会いたいひとはもうひとりいる。短い言葉でしか伝えられなかった感謝も、一緒にやりたいことも、たくさんある。
そのひとについて皆に尋ねてみたところ、今はカプセルコーポレーションのガードマンで、優しくて強くて、誠実な彼に誰もが助けられていて、沈み塞ぎ込んでしまうこともなく、堂々と務めを果たして——そんな様子を教えてもらった。皆が嬉々として話してくれる彼の活躍を聞いて、ボクも心から誇らしくなった。それでこそ、ボクが憧れて、誰より信じたひとだ。彼に全てを託して正解だった、と。
二つのRの代わりに、一つのCが象られたマークを肩口につけて、見慣れない廊下を歩く。鼻歌は止められなかったし、スキップだってしたい気分だったけれど、「廊下は静かに歩け」とそのひとに言われていたのを思い出したから、それは我慢して。教えてもらった部屋を、真っ直ぐに目指した。
「1号! 1号—! いるか? ボクだぞー! ガンマ2号!」
辿り着いたドアを何度かノックして呼び掛けるも、反応は返ってこない。留守中だったのかもしれない。
出直してもいいけど、どうせならここで待っていたい。きっと驚くだろうな、なんて言って迎えようかなと、色々考えながらドアに背を預けた。
すると、それにセンサーが反応したらしく、ドアが静かに横にずれていく。思わず「えっ」と声が出てしまった。
ロックをかけないのは不用心じゃないのか。それでいいくらいここは平和なのか。だったら、大いに喜ぶべきことだけど。
「……あっ!!」
部屋の奥の窓際。殺風景な白い部屋に、赤いマントはよく映える。
不在だとばかり思っていた相手がそこにいたんだから、今度はもっと驚いた。
「——1号! 1号!!」
「……!? ……2号……!?」
ようやく振り返ってこちらに気付いてくれた1号に駆け寄って、躊躇うことなく抱きつき、その肩に顔をうずめた。戸惑い硬直する1号の背に回した腕に、ありったけの力を込める。
もう一度、この手で1号に触れたくて。1号のところに帰ってこれたという喜びを、噛み締めたくて。
「1号……! 1号……! よかった、またおまえに会えて、嬉しい……!」
「2号……。本当に2号なのか……? どうして……」
「ヘド博士が、ブルマ博士からドラゴンボール? の願い事を一つ譲ってもらえたらしくてさ。それで、ヘド博士がもう一度ボクに命をくれたってわけ!」
「……そう、か……。そんなことが……」
1号は知らなかったのか? ドラゴンボールの件は、博士にとってもサプライズだったんだろうか。その割にはギャラリーが多かったけど——まあ、後でいくらでも尋ねられる。
「1号こそ、なんで出なかったのさ。ボク何度も部屋の外から呼んだろ」
「……おまえの声、だとは思ったが……。幻聴だと思っていた」
「幻聴って」
思わず笑みが零れる。1号はたまに天然じみたことを大真面目に言う。一年の時が過ぎたらしいけど、そういうところ変わっていなくて嬉しくなった。
「ああ、あと、ドアにロックはかけておいた方がいいと思うぞ」
「かけてる。おまえじゃないにしても、部屋の外に誰かがいるという気配はしたから、遠隔操作で外したんだ。私から出迎える前におまえが入ってきた」
「なーんだ、そういうことか!」
安堵と高揚のまま、1号を抱きしめる両腕にもう一度力を込めた。十分だろって言われそうなくらい——ボクはいつまでだってこうしていたいけど——そうしてから腕を解いて、1号に向き直る。
「ただいま、1号」
「……ああ、おかえり、2号」
——あれ?
優しく微笑む1号を見て、真っ先に覚えたのは違和感だった。
1号の笑顔って、こうだっけ。もっと目元は綻ばせていなかったっけ。口角も、もう少し上がっていなかったっけ。今もそうしていないわけではないけど、前に見たときよりも変化が乏しいような気がした。
一年も経てば、表情の出し方くらい変わるのか。それとも、一年の空白があるボクの感覚が変になっているのか。あるいは単に気のせいか。きっとそうだ。
だって、声だって、笑ってくれたときの1号の声そのものだったはずだ。凛としてきれいで穏やかな、ボクが好きだった1号の声だった。
「……2号?」
急に固まって黙り込んだボクを心配してくれたのか、1号が声を掛けてくれた。それを聴いて、違和感はより濃いものとなった。
声も、前と違う。静かで、清らかで、優しさもあって——そんな、前はなかった何かが含まれている。その何かは、酷く張り詰めた緊張感にもよく似ていた。
さらに言えば、その表情も声色にも、覚えがないわけではなかった。メモリーの奥深く、最古層とも呼べる部分の光景。ボクが目覚めて間もないころに出会ったばかりの1号の方が、記憶の上層にいる1号よりも、今の彼に近い気がした。
不安を抑え込み目を背けて気のせいだろうと楽観的に構える自分を捩じ伏せる。この違和感は、無視してはいけない。無視したくない。
一年前だって、確かにあったはずのレッドリボン軍への疑念に向き合わずにいたから、事態はあんな大事になってしまった。同じような失敗を二度繰り返すものか。しかも、相手は大切なひと。手遅れになってしまってからじゃあまりにも遅い。ボクの杞憂なら別にいい。けれど、もし、そうじゃなかったら——。
「……1号。ちょっと、同期……というか、おまえの内部システムへのアクセス権、一時的にでいいから借りてもいいか? ……確認したいことがあるんだ」
「? ああ……」
1号は不思議そうにしつつも、すぐに権限を付与してくれた。——その様子に、また不安が募る。ボクを相手にした1号なら、理由を尋ねてきたはずだ。ボクが変なことをしようとしていたら、訝しんでくれたじゃないか。出会ったばかりの1号以上に、なんだか遠くにいるみたいだ。
最早、違和感は拭いきれないものになっていた。これから目にするのがどんな結果であっても、何か手を打たなきゃいけなくなることになるかもしれない。でもせめて、目に見える著しい異常が——それこそ、1号の命にかかわるくらいのものがなければいい。祈る思いで、一号機への接続を開始した。
(……う~ん……)
どんなバグでも見逃すまいと目を凝らして隈なく確かめたつもりだけど、各種活動機能及び戦闘機能、音声機能には何の支障も認められない。エネルギー残量も九割を超えているし、外傷も記録されていない。身体的なダメージがたたっていたり、それによってどこかのシステムに影響が出ているわけではないらしい。至って良好と言って差し支えなかった。
ここでやっぱり気のせいだったと引き返さないなら、一番考えたくなかった可能性に触れることになる。まだそうと決まったわけじゃない、それだって無事で済んでいる可能性だって十分あるじゃないかと自分に言い聞かせて、身体的なシステムではなく、思考のコントロールを司るセクションへと表示を切り替えた。
心そのものに踏み入るも同然の行為だから、あまり褒められたものではない。これでボクの杞憂だったなら、そこそこ失礼なことをするだけして、勝手に満足して終わったことになってしまう。まあ、ここはボクと1号の仲ということで、大目に見てもらうことにしよう。1号もきっと許してくれるだろう。
「…………?」
メンタルの状態を示すサインは安定していて、やっぱり何の問題もないように見える。
——見えるだけだ。ある程度の疑いをもって見ていれば、今表示されているものがブラフじみたダミーだとすぐに分かった。データの隅のヒビを突いてやれば、いとも簡単に崩れ去る。
「え……?」
次に現れたのは、幾重ものロックと、重いだけで中身のないダミーのプログラム群。それらが辺り一面に散らかって、積み重なって、山のようになっていた。その例えに則るなら、今のボクは山のてっぺんにいて、散らばるそれらを全て解いたり片付けることで、ようやく下山を終えれる仕組みになっている。
こんなわけのわからない封鎖が施されている先に何があるのか、どんな状態になっているのか。——もう予測も付き始めていた。恐ろしい、推測だった。でも、推測で終わらせてはいけない、この目で見て確かめなければいけない。だから、進まなければ。きっと、そうしてはじめて、今の1号に何か言えることがあるから。
傍から見れば、険しい表情のボクと無表情の1号が、微動だにせず、口も開かずに立ったまま向き合っているという、なかなかに異様な光景だろう。ここが私室でよかった。
後から1号に聞いたところによると、このときのボクの悪戦苦闘は二時間くらい続いたらしい。この部屋に入ったとき、窓の向こうにあったのは青空だったけれど、終えたころには夕焼けが広がっていただろうか。それほどの時間文句も言わずにじっとしてくれていた1号は、やっぱり優しい。——いや、拒むということを、忘れてしまっていたのかも。
ヘド博士に助けてもらうという案も途中で浮かんだけれど、この先に踏み込むのはボクの方が良い気がしたから、それはしなかった。解除作業も何だかんだで着実に進み、もう半分くらいまで進んでいたから、ここまできたらボクが全部やるという意地もあったのかもしれない。
「————っ!!」
全ての障壁を除けて、それらが覆い隠していたものを間の当たりにしたとき——立っていられなかった。
「2号……!?」
床にどさりと膝をついたボクに、1号が驚き心配そうに声を掛ける。
一瞬で全てを理解して、即座に接続を切ってもなお、与えられたショックが身体から抜けきらない。視界も少し麻痺してしまって、1号が片膝をついてボクに目線を合わせてくれたと気付くことにも時間がかかった。
そこにあったのは、精神の活動状態を示すグラフ。一番最初に正常を示すダミーに隠されていた、本物だった。
ありはしたものの——それはもうほとんど機能していないと言ってよかった。あちこちにノイズが走り、大きなヒビが入って砕けた真っ黒な画面に、か細く千切れた赤い線が散らばっている。どう考えてもその線の合計が短すぎるから、八割くらいはとっくに消失しているんだろう。損傷という程度じゃない。半壊という表現ですら生温い。辛うじて全壊じゃない、ただその一歩手前。それが、今の1号の心だった。
いや、もう全壊と言ってもいいかもしれない。同じシステムを持っているから分かる。こんなものを引き摺って、立っていられるわけがない。ほんの一瞬、その感覚を共有してしまったボクが思わず倒れ込んだように。その状態がずっと続いて、平気でいられるわけがない。あくまで精神部分の話だけど、ここまでバランスが崩れていたら、身体レベルのパフォーマンスにも影響が出るに決まっている。「一番考えたくなかった可能性」が、正に今、ここに現れていた。
——なのに、1号はさっきからずっと、事もなげな様子でいる。
「2号、大丈夫か? 一体何が……」
「1号……!! 何で、何でそんなに平然としていられるんだ!! 自分がどうなっているのか分かってないのか!? 何があったんだ、1号……!!」
「2号……? 落ち着け、言っている意味がよく分からないが……。何も起こってなんかいない」
「嘘だ!! そんなわけがない、何もないのにこんなボロボロになるはずがない!! どうして、なんで、おまえ……」
「ボロボロ……? 何を言っている? 見ての通り、異常なく稼働できているだろう」
「そんな、そんなこと!! ……どうなってるんだ……」
少し考えて、一つ思い当たるものがあった。表層にあったダミーのサインだ。
多分あれはそれなりに良くできた代物で、代替機として一応の働きを果たしている。あれがなまじ上手に心のフリを果たしている以上、周りの誰も、1号の心に異常が生じただなんて思わない。1号自身も、それを正規の心と錯覚するよう努めたんだろう。
「でも、どうして……。どうしてだ……。どうして、いつから、こんな……」
茫然としたまま、何とか再度の接続をして、ログを呼び出して遡る。特に代わり映えのない情報ばかりがずっと続いているけれど、それでも動かし続けた。そうするうちに、ある日付が目に留まる。
——丁度、一年前の今日がはじまりだった。昼過ぎから精神の大きな乱れが何度か起きて、そしてひときわ大きな動揺が起こった後、平常に戻っている。それ以降もずっと平常に見えるけれど、夕方から夜中にかけての部分に改竄の跡がある。無理矢理こじ開けて中を見ると、このときに著しい心の崩壊が起こって、それを塞げるだけ塞いで、急ごしらえの代替品をその上に設置した——そんな記録があった。あの日から、ずっとこうなんだろう。
「……1号。最後にメンテ受けたの、いつだ?」
「今朝だ。今朝も、今までも、異常が検出されたことはなかった」
「そう、か……」
何となくそんな気はしていた。ヘド博士にも分からなかったというのは驚くべきことだけど、博士がこんな状態のまま放っておくわけがないから、博士も知らなかったと考えるのが自然だ。博士とボクとじゃ、見え方が違うということもあるのかもしれない。
一年前の今日に何があったかなんて、原因を特定するのは難しい。あの日は色々ありすぎたし、ボクは途中から全く把握していない。けど、博士も1号も、他の皆もこうして無事にボクを迎えてくれたってことは、セルマックスは倒されてボク以外の誰もが生還できたってことは何となく想像がつく。
だったら、ここまで心を痛めることもないんじゃないのか。レッドリボン軍の方が悪の組織だったというのはボクにとってもキツい事実だったし、ボク以上に真面目な1号は引き摺ってしまうんだろうなとも思ったけど、でもその後は博士や地球を脅かす真の悪に立ち向かって、勝利を収めることができた。ボクたちは本物のスーパーヒーローだと証明できたし、博士だって無事だった。他の皆とも和解できた。誇りこそすれ、そこまで悲しむことなんて、何も——。
——まさか。そんなにも、ボクの死は1号にとって辛いことだったのか。
そんなはずはない! 1号はそんなことで折れやしない。どんな逆境にだって屈しない。
どんなときでも、たとえひとりになろうとも、正義を貫いて闘えるだけの強さが1号にはある。誰よりも1号の傍で、1号のことを見てきたボクがそう信じているんだから、間違いなわけがない。現に1号は博士を守り抜いて、セルマックスとの闘いを生き延びて、今日まで生きていてくれたじゃないか。1号のいない世界なんかにいたくないボクとは違う。仮にボクの死を悲しんで、傷を負ったとしても、それでも力強く立ち上がれるひとだ。
——いや、もしかすると。傷を負っても力強く立ち上がれるって、こういうことなのか。壊れるほど傷んだ心を慰めて直すこともせず、乱雑に蓋をして。ボクにはすぐ見抜かれるようなレプリカを酷使して。それで何とかなったということになってしまえるのが、1号の強さだというのか。
ボクは、1号にそこまでさせたのか。——それほどの、存在だったのか。
「……おまえ、さ。ほんと、強いな……」
「2号……?」
今ここでボクが謝ることができたなら、お互いどれほど楽になれるだろう。
だけど、それはできない。ボクはあのときの決断を、今なお悔いてはいない。また全く同じ状況に追い込まれたら、また同じ行動を選ぶだろうと断言できる。だって、大好きな1号を死なせてしまうわけにはいかないから。——たとえ、その1号の心を深く傷付けることになったとしても。
それに、もしもボクと1号の立場が逆だったら、ボクはこうして一年生きていられたかどうか怪しい。1号のようなやり方で無理矢理にでも痛みを塞げる自信は全くない。こうしてボクが戻ってこれたという一年越しの完全な大団円を迎えるためには、あのとき生き残るのは1号でなければならなかった。
だから、1号が今こうしているというのも、必定だ。最善を辿った結果だと、そう思うしかないんだ。納得はできるし、それ自体を悔しがって覆ることは願わない。——だけど。
「……なあ、1号。休みの日ってある? いや、明日休みにしよう」
「わたしの一存で決められるわけがないだろう。……明日は週末だから、元々休みだが」
「なら、明日ボクに付き合えよ。明後日も、明々後日も、その次の日も、ずっと。1号に伝えたい言葉も、一緒にしたいことも、行きたい場所もたくさんあるんだ。前に話したろ。街に出掛けてみたいし、海に行ってみたいし、散歩だってもう自由にできる。ボクだってまたおまえと一緒に働くつもりだし。美味しいものももっと知ってみたいし、また星空を見たい。今度は窓越しじゃなくて、もっと見晴らしのいいところで……」
まとまりのつかないことを口にしながら、もう一度1号のことを抱きしめた。腕が振るえて上手く力が入らないせいもあって、さっきとは違って、壊れ物を扱うかのような触れ方をした。
ボロボロと願望を口にすることしかできない自分が情けない。今の1号に対して、どうするのが正解なのかも分からない。——ただ、1号の傍にいたい。それだけが確かだった。だから、一緒に過ごそうという、何の解決になるかも分からないことを言い続けるしかなかった。
「……わたしでよければ、付き合おう。おまえの気が済むまで」
「……『わたしでよければ』じゃない。1号じゃなきゃダメなんだ……。あと、気は済まないからな。おまえが治るまでも、治ってからも、何周でもするから」
「だから、私は問題なく稼働できていると……。どうしたんだおまえ、さっきから……。大丈夫か……?」
どうしたんだ、大丈夫かと言いたいのはボクの方なのに、1号からしてみればどうかしているのはボクの方なんだろう。今宥められているのはボクの方というのも哀れな光景だ。
でも、背中をさすってくれる1号の手付きが優しくて、でもどこかぎこちなさが伴ったものだから、少しずつ落ち着けてきたし、ボクがやりたいことも見えてきた。
ボクはまた、一年前に隣にいたころの1号に触れたい。ずっと秘めていて、ボクには見せてくれた温かく豊かな心を、1号に取り戻してほしい。それが正しいことかどうかはまだ分からないし、1号の強さを信じてこのまま何もしないというのも一つの手なのかもしれないけど、あれだけの深く大きな傷口を知ってしまったのに見なかったことにするなんて、スーパーヒーローのやることじゃない。
間に合わせの心だっていつ崩れてもおかしくない。そうなって、もう一度爛れた本心を認識したら、今度こそ1号は倒れてしまうかもしれない。それを防げるのは——あるいは、倒れてしまった1号を助け起こせるのは、きっとボクだけだ。ボクだけが気付けたということにも、きっと意味があるはずだ。ボクだけが1号と同じガンマで、本当によかった。
具体的にどうすればいいかなんて分からない。どうにもならないのかもしれない、なんて悲観的な考えすら生じてしまうくらいに、覗き見た心は酷く壊されていた。それでも、1号を諦めたくない。1号の強さは好きだけど、放っておきたくないし、独りにしたくない。一度目の生を受けたときから抱くその思いは、この命が尽きるまで裏切れない。
一年と数ヶ月前、1号がボクに心を開いてくれた日のことを、初めて自分のことを「オレ」と言ったのを聴いた日のことを思い出しながら、決意を——誓いを新たにした。
大丈夫だ。1号はボクのことを想ってくれていた。だからこうなったんだ。なら、そのボクがおまえと一緒にいよう。おまえの心をそこまで動かしたボクなら、また昔みたいに、おまえの一番素直な部分を引き出せる。今のそれは傷だらけの悲しみかもしれないし、嘆きに溢れた恨み言かもしれない。その全てに応えるというやり方はできなくても、助けたい。
ボクはヒーローだから——おまえのヒーローでいたいから、たとえ今はおまえ自身が気付いていない苦しみだったとしても、ボクがいる限り、おまえを苦しいままにはしたくないんだ。