スーパーヒーローにふさわしく

 こちらから大きく距離を取った相手を逃がすまいと、縦格子状の青い光を一斉に降らせる。——これが間違いだった。ボクはこの攻撃に一度頼っている。同じことが二度も通用するほど、ガンマの学習能力は甘くないのだ。
 気付いたときには、バリアを張るまでもなく光線の雨全てを避けきった相手に接近されていた。蹴り数発を何度か腕で防いだものの、次第に激しさを増す攻撃を捌ききれず、脚部のバランスを崩されそのまま胴体へと流れるような連撃を受けてしまう。
 そうして宙を転がされたときは、ここからが場外と定めたラインを越してしまうまでに踏みとどまることができた。しかし反撃に転じようとした身体は途端に停止してしまった。攻撃に区切りをつけこちらに背を向ける相手が掲げた右手の指に、視線が釘付けになって——魅せられてしまったと同時に、動けなくなったのだ。
 手首が捻られた瞬間に小気味良い音が聴こえたと思いきや、その手とボクの身体に閃光が灯る。その光に弾かれ、ボクは今度こそラインの外側へと吹っ飛ばされた。

 レッドリボン軍敷地内の無人の平野で行われた、ガンマ同士の模擬戦。記念すべき第一回目のそれは、こうして1号の勝利で幕を閉じた。
 黒星発進となってしまったことに、悔しさはない。もしあるとするなら、それはとっくに憧れへと変わったんだろう。だって、あまりにもカッコよくて、完璧なくらいにきれいで。闘いの最後の瞬間に掲げられた1号の手に、あの動作に、心はすっかり奪われていた。


 

「はっ! ……たあっ! ……う~ん、何か違うなぁ」

 手合わせを終え、取り急ぎ1号にその感動を伝えた後、すぐに人のいない休憩スペースに駆け込んだ。そして窓ガラスを鏡代わりにして、あれこれとポーズを試している。
 さっきの1号みたいにカッコいいことができるようになりたいからだ。これなら自信をもって見せられる、と思えるアイデアには、生憎まだ辿り着けていない。もう何度も色々と試してみたというのに、1号の域には未だ辿り着けていない。悔しいな。悔しいけど、1号すごく良かったな。

(対するボクは難航してるなあ……)

 挫けちゃダメだ。自分ひとりで手詰まりになってしまうなら、ここはひとつ、お手本に頼ってみよう。1号の動きに、すらりと長い指に思いを馳せた。
 ——指。指の何本かを強調してみるといいんだろうか。咄嗟のことで捉えきれなかったけど、1号は親指と人差し指を立てていて、残りは折り畳んでいたはずだ。いや、もう一本くらい立てていたかな。
 拳を握った状態から、1号と同じように親指と人差し指を、それから適当に小指を立ててみる。なんだかいけそうな気がしてきた。試しにもう片方の手もそうしてみると、その思いは更に増す。その次はこれをどう動かすかだ。1号は頭くらいの高さで掲げていたから、とりあえずボクもそうしてみることにしよう。右手は高めに、左手はその下くらいに——。

「……いい。これすごくいい!」

 開けた希望に、思わず賞賛と喜びの声を上げた。やっぱり、いいポーズ成功の秘訣は指なんだ。1号は正しい。
 そこにアレンジを加えてみようと思って、腰を落としてみたのもまたまた正解だ。静止した状態でも、躍動感を演出することができる。実際に動きをつけてから、この状態でフィニッシュする——なんていうのもイメージできる。
 指を目立たせるというのは、ポーズを決める上で重要なポイントになりそうだ。他の動作にも応用が効くんじゃないか。構えをとった状態で人差し指を立たせてみれば、ただ拳を握ったり手刀を作ったりするよりも、心なしか余裕を湛えているように見える。これも採用したいところだ。それから——。

 そのとき、ようやく気付いた。腕を組んでボクを見つめる相棒が、窓ガラスに映っているということに。

「う、うわ————っ!  い、1号……!」

 ボクも飛び退つつ後ろを振り返ったし、いきなり響いた叫び声に、1号もびくりと体を震わせた。

「あ……ごめん、急に大声出しちゃって……」
「……そこまで驚かれるとは思っていなかった。急ぎの用というわけではないし、それにおまえが何か熱心に打ち込んでいるようだったから、終わるまで待とうと思っていた」
「そ、それじゃあもしかしてずっと見てた!?」
「そうだな、二十分くらいか」
「に、二十分……」

 渾身の出来にできた最後のやつはともかく、納得いかなかったものもそれに悩んでいたところも見られていた。しかも相手は完璧なポーズを決められる1号だと思うと、何だかきまりが悪い。
 けれどそれ以上に、1号で良かったという思いがあった。スーパーヒーローは倒すべき敵の前でも守るべき人々の前でもカッコよくなくちゃいけないから、ボクのダメかもしれないところを見ていいのは同じヒーローである1号だけだ。

「ま、まあとにかく……待たせて悪かったよ。ボクに何か用事があったんだろ?」

 気を取り直して本題を促したボクの声は心なしか弾んでいた。あの素晴らしいポーズを決めた憧れのヒーローに話し掛けてもらえて嬉しいのかもしれない。

「先ほどの戦闘の反省の話をしたかった。おまえ、何やらよく分からないことを言ってそのまま帰ってしまったからな」
「よく分からないことって……」

 ひたすら褒めまくったつもりだったけど、あんまり伝わっていなかったのか。
 まあ確かに、あのときのボクはかなり興奮交じりでひとりでベラベラ喋っていた気がする。そして自分も練習しなければ、という気持ちのあまり、ろくに返事を聞くこともなくあの場を離れてしまった。

「闘いの中で1号が取っていたポーズ、すっごく良かったって言いたかったんだ。ボクもああいうことができれば良かったなっていうのが、ボクの反省点の一つだな。……だから今、できるように練習してたんだけど」
 練習風景を見られてしまって、その相手が1号である以上、今の今までしてきたことを取り繕う必要もないかと思えた。そもそもずっと見られていたならバレているだろう。
 そうして若干の気恥ずかしさを素直な感嘆と憧憬で包んで言い渡してみたものの、1号には首を傾げられた。これでも伝わっていないのか?

「……何の話をしているんだ? ポーズなど、わたしは取っていない」
「……えっ!?」

 わざととぼけているとかじゃない。心底不思議そうにそう言うものだから、今度はボクが驚き困惑する番だった。

「いやいや、あれはポーズだろ!? ほら、おまえのフィニッシュ! ボクに背を向けたまま、えっと……何だったんだ、アレ……衝撃波……? ……みたいなのを起こしたやつ!」
「あれか。……いや、特別な動作はしていないだろう」
「え、ええ……!?」

 ボクが見た姿も、聴いた音も、見間違いや聞き間違いなんかじゃないはずだ。あの熱い感動に偽りはない。脳に刻まれた映像を瞬時に再生させてみれば、やっぱり1号はそうしている。
 それなのに当の本人がこの反応ということについて、考えられるのはただ一つ。——1号はポーズを決めようと思ってああしたわけじゃないんだ。
 1号にとって、あれは当たり前のようにできること。1号は何を意識することもなく、常にカッコよく、きれいでいられるんだ。

「何だよ、それ……。……すごい! そんなのすごい! そんなの、根からのスーパーヒーローってことじゃないか!」
「は、はあ……?」

 自分のすごさをまだ理解できていないのか、1号はまだ疑問の眼差しを向けてくる。
 でも、本当にすごいことだ。無意識のうちに何かを上手くできてしまうなんて、それはその「何か」を行う身として究極の域に達しているということだ。 スーパーヒーローはポーズも闘いもカッコよく決めるもの。それをひとりでにできてしまう1号は、もう既に一つの到達点にいるんだ。

「こうしちゃいられないな、ボクだって同じガンマだ! 無意識にポーズを決める……っていうのは今は難しいかもしれないけど、まずは1号と同じくらい、いいポーズを取れるようになってみせる!」
「2号……だから私はポーズなど……」
「うんうん、ボクもそんなこと言えるようになりたいなあ……! そうしてさ、ボクたちふたりでポーズを決める、なんてことも……。……そうだ!」

 ふたりで。自分で口にした言葉が、更なる名案をもたらしてくれた。
 何も、ボクひとりで成長しなきゃいけない、なんてことはないんだ。目の前には唯一頼れる相手が、最高の道標がいるじゃないか。

「1号、ボクの練習に付き合ってくれ! 1号が見てくれたら、絶対上手になるから!」
「な……。上手も何も……姿勢などおまえが取りたいように取ればいいだけだろう」
「それじゃあ意味ないさ。1号にも認めてもらえるくらい、カッコいいポーズを取れるようになりたいんだ」
「わたしに……? なぜ」
「同じガンマとして、おまえに並ぶため。ボクは1号のことすごいって思ってるからさ、1号の隣に立つためにはボクもそうならなきゃいけないし、1号にもカッコいいって思ってもらえるようになりたい」

 それは、常日頃からボクが思っていることだ。1号の傍にいるのに相応しいスーパーヒーローにならなきゃ、ガンマ2号として創られた意味がない。ボクが1号と隣り合うに足る存在であることは、博士が期待することでもあるはずで、何より、ボク自身の望みでもある。
 1号はピンと来ていないみたいだけど、今は勢いに任せてでも、1号を頷かせなければいけない。一度した決心を、置き去りにするわけにはいかない。

「それに、これは1号にしか頼めないんだ。ヘド博士やみんなの前では完璧なヒーローでいたいだろ? そのヒーローが頼る相手がいるとしたら、同じヒーローじゃなきゃ。ね?」

 あなたにだけ、という言い方をするとこちらの要望を通しやすいのだと、製薬会社の方で渉外担当と掛け持ちしているらしい兵士が話していた。たまたま廊下を通りかかったタイミングで聞けたのはラッキーだったな。

 とはいえ、ボクには1号しかいないのは本当のことだ。ボクは小狡い空言を用いて1号を都合良くおだてているというわけでもない。至って真っ当で切実なことをそのまま伝えている。

「……再三言うが、わたしはポーズについて意識したことはない。だからそこに考えを巡らせているおまえ以下の……素人だぞ。そのわたしを頼る気か?」
「1号のことそう思ってるのは1号だけだぞ。あれ見せられて素人とかだーれも思わないって。1号が全部無意識の感覚でやってるっていうなら、ボクにもただ思ったように、良ければいいで、悪ければダメって言うだけでいい。おまえのセンスなら間違いはない!」
「……まあ……それだけでいいというなら……」
「やったー! ありがとう、1号! これからよろしくな!」

 たとえ最初は渋っていても、結局はこうして聞き入れてくれるという予想はできていた。1号はスーパーヒーローだから、頼ってくる相手を無下になんてしない。
 ボクも、そうなりたい。今も、これまでもボクが頼む側だけど、ボクも1号に頼ってもらえるような存在になりたいし、そうされたら全力で応えたい。それこそが、1号にふさわしいスーパーヒーローの姿だ。
 そしてカッコよさというものは、頼りがいのある存在と思ってもらうためにも必要なことだ。1号にそう思ってもらえるには、1号と同じくくらいカッコよくならなきゃ。そうなったら堂々と隣にも立てるし、いいこと尽くめだ!


 

「ところで……結局、あれどうやったんだ? 手首捻っただけで、どうして相手を吹っ飛ばせるわけ?」
「……その認識は誤っている、手首を捻ったんじゃなくて、指を鳴らしたんだ」
「指を鳴らした!? どうやって!? ボクもできるようになりたい!」
「これも意識してやったわけではないから、どう説明すればいいのか……。ええと……親指と中指を……」