打算の結果

以下の要素が含まれます。

  • ゼノバース2のパラレル時空(PQ158)設定(元ネタの内容はこちら
  • 描写ぬるいけど1号が怪我してる

 

 この地底湖から一足先に帰っていく助っ人の姿が見えなくなったのと、それまで背筋を伸ばしていた1号がふらりとよろめいたのは同時だった。

「おっと」慌てることなく抱きとめる。予想はできていた。「やっぱり飛行機能にガタがきてたんだな。浮かんでるだけでもけっこうしんどいんじゃないか?」
「……そうだな。悔しいが否定はできない」
「激戦に次ぐ激戦の後だろ、仕方ないさ。気にしない気にしない!」
「……まったく。妙に機嫌がいいな」
「それは気のせいじゃないかな……!?」

 気のせいじゃない。少し落ち込んでいたところだけど、今は内心喜んでいた。
 これが憧れていたシチュエーションの一つだからだ。ギリギリの闘いを終えてフラフラになった1号の身体を支える——なかなかカッコいい役回りなんじゃないかと思う。これも計画の内とはいえ、実行できるとどうしてもテンションが上がる。
 しかし、高揚に浸る時間はもう終わってしまった。「機嫌がいいな」という1号の指摘で、これなら1号も惚れてくれるんじゃないか、という甘い夢はまたも破れたのだと気付いた。加勢のタイミングを計算していたことを見破られた時点で、ボクのカッコつけた目論見はとっくにバレているんだろう。こうして1号を支えて喜んでいる今が、その計画の延長上にあることも。
 些か利己的な予定が露わになってしまえば、清廉潔白な1号は呆れこそすれ、好感を持ってはくれないだろう。やりたかった行動ができたとしても、それじゃあ計画は成功とは言えない。1号の心を掴むという、真の目標をなせていない。
 この調子では、挽回を図ったところでまた見抜かれて終わってしまいそうだ。何でバレるのかはよく分からない。ボクが浮かれすぎてしまうせいか? ——まあ、今回はもう、潮時か。

「……いいだろ、ボクの機嫌なんて。さあ、ボクたちも帰ろ」

 明るい声で落胆を隠し、1号の背中と膝裏それぞれを両腕で支えて抱え上げる。
 1号は表情を変えずにボクを見上げていた。しばらくしてから、急に焦り出して身じろぎ始める。

「何をする。降ろせ。降ろしてくれ2号」
「そんな薄情なことするわけないじゃないか。ここから基地まで大分距離あるぞ。1号はずっと闘ってたんだから、移動してる間くらい飛ばずにゆっくりしてなよ」

 飛行のパフォーマンスが低下しているだけじゃない。折れた片腕がだらりと垂れ下がり、ボロボロの衣服が抉れた箇所は傷付いた素肌を露わにする。敵の突進をいなすために止むなく肩から外して使ったマントはそのまま闘いの余波に巻き込まれていた。決着がついて拾い上げたときには、もう纏えないくらいに傷んでいた。
 美味しいとこ取りとなるタイミングで参戦したボクはほぼ無傷だけど、そのボクが満身創痍の1号に何の気遣いもしないというのはどうかと思う。
 だけど、なおも1号は首を横に振る。

「いいから……! 自分で飛べる、おまえが気を遣う必要はない……!」
「……そんなこと、言うなよ。そんな状態のおまえに何もしない、してやれないなんて……。そりゃ、さっきはそういうことしちゃったかもしれないけどさ……だけど、ボクだってちょっとくらいは、おまえの助けになりたいよ……」

 「キミが頼りだ」「キミの活躍に感謝する」と1号に言わしめたあの助っ人と違って、ボクは浅知恵を晒して終わっただけ。あいつは1号を助けたのに、ボクにはそれができないなんて。1号にカッコいいと思ってもらいたい、褒めてほしい、振り向かせたい——そんな感情以前に。唯一1号の隣に立って、1号を助けられるはずのスーパーヒーローとして嫌だった。
 1号に頼ってもらえないばかりか、勝手に弱って気落ちしている様を曝け出してしまったことに気付いて、ますます自分が情けなくなる。こんなはずじゃなかったのにな。
 せめて謝ろうとしたとき、1号の方が早く口を開いた。

「なれているだろう。先ほどの孫悟空とベジータとの戦闘に参じたことは、わたしへの助けではなかったのか」
「……え、いや、だって、あれは……。1号のことを助けるだけじゃなくて、ボクのカッコいいとこ、見せたかったからで……」正直に自分の口から白状すると、罪悪感と気恥ずかしさが増してしまう。「……1号。ボクがわざと様子見を続けて、そしていいところで入ったって、分かってるんだろ」
「ああ。何をやっているんだとは思ったが。おまえの真意が何であれ、助けられたことは事実だ」
「……それでいいのか? ボクは、1号が孫悟飯やピッコロ大魔王と闘っているときから……ずっと見てた。すぐに助けに入ることだってできたのに、しなかったんだ。ボクがちゃんと真面目に……最初から一緒に闘っていたら、1号がこんなにボロボロになることもなかったんだぞ」
「そうやって悠長に構えている暇があったということは、わたしが敵の猛攻にも耐えきれると信じてくれていたからだろう。そう思えばそこまで悪い気はしない。……わたしが全壊に至る前におまえは来てくれた。不真面目だったことは否めないが、今回は……それで、いい」
「——! ……1号……!」

 両腕が自由だったら、力の限り抱き締めていただろう。1号を抱えているからできないそれの代わりに、1号の顔に強く額を押し付けて、それから何度も頬擦りをした。
 幻滅されたと思っていた。敵も味方も、そして1号のことさえも利用して、1号を魅了するための舞台を整えていたボクよりも、純粋な善意だけだったあの助っ人の方がずっと1号の力になれていたんじゃないかと塞ぎ込んでいた。でも、1号の心には、ちゃんとボクの行動が届いていた! これで良かったんだ! ボクは、1号のヒーローになれていたんだ! 
 どんよりとした気分が嘘みたいに晴れて、万能感に包まれる。ボクが満を持して姿を見せたときに、1号が確かに喜んでくれた瞬間と同じ気持ちだ。

「じゃあさ~、もっと1号の助けにならせてよ! だから、な。このまま帰ろう」
「それはイヤだ……。おまえの力を借りるのはともかく……その、この体勢は恥ずかしい……」
「そうか? 肩に担ぐとかより丁寧でいいと思うんだけど」
「ここから基地までの距離なら問題なく飛行できる。頼むから降ろしてくれ」

 1号はそう言うけれど、重傷の1号に対して何もしてあげられないというのは嫌だ。何とかして説き伏せるか、それとも別の手を考えるか。
 どうしたものかと思案して——1号を降ろすことにした。「別の手」が浮かんでくれたからだ。

「しょうがないな。じゃあ、代わりにこれ」

 1号を空中に降ろして、しっかり浮かんでいることを確認する。そしてボクの肩にかかるマントを外して1号に羽織らせた。背中の側から大きく包み込み、その身体を覆い隠すように、

「な、何だ……?」
「手負いの姿をみんなに見られるの、1号は嫌なんじゃないかと思って」信頼していたらしい助っ人にも、飛び辛くなっているなんて隙は見せようとしなかったくらいだ。「博士のラボに行くまでそうしてろよ。これがあれば、総帥あたりに傷を見られてとやかく言われることもない」

 驚きからか、1号は小さく、けれど確かに息を呑む。
 そのまま目を見開いて固まっていたけれど、やがて首元で青色をしっかりと握り、微笑んでみせた。

「そう、だな……。礼を言う、しばらく借りるぞ」
「どういたしまして! 存分に使ってくれ」
「ああ。オレのものは先ほどだめにしてしまったが……。やはり、羽織るものがあると落ち着くな」

 落ち着く。穏やかに零した1号とは対照的に、ボクはその言葉にどきりとした。普段は1号に心配ばかり掛けているボクが、今は1号のことを安心させてあげている。その事実がものすごく嬉しい。大体、1号がボクのマントに包まれてくれているなんて、視覚的にもたまらない。

「……だが、これではおまえのものを取ってしまった形になる」

 羽織るものに安心を覚えたから、却ってボクが今それを着けていないことを意識したんだろう。申し訳ないといった様子で、途端にそわそわとし出した。

「ボクが渡したくて渡したんだから気にしない! 1号のために使ってもらえた方がボクとしても落ち着くし、何より嬉しいな~」

 本当のことを言えば、落ち着いてはいない。組み立てた目論見は1号にバレてしまったけれど、それでも1号はボクの活躍を認めてくれた。今だって、ボクは1号の支えになれている。だから一連の計画は失敗というわけでもないのかもしれない。それを思うと嬉しくて仕方がない。
 高揚のままに、1号に擦り寄り抱き着くのを止められなかった。自分でも分かるくらい、声はあからさまに弾んでいた。

「それが落ち着いているやつの態度か?」

 1号は浮かべた柔らかな苦笑すら、ボクの心をくすぐる。

「だって、嬉しいんだ」
「……なぜだ? なぜ、オレを助けてそんなに喜んでいるんだ」
「ふふ、ヒミツ」

 好きだから、と答えを言ってしまっても良かったのかもしれないけど、まだだ。もっともっと、1号にボクのことを好きって思ってもらえるようになりたい。完璧なスーパーヒーローの心を本当に射止めるなら、今度はあえなくバレてしまうことがないような、パーフェクトなプランを練らなくては。
 とりあえず今はこのマントだ。1号に貸しているそれは、ボクにとっても大事なもの。だけどこの瞬間、1号にとってもそうなってくれたらいい。今は身に纏っているそれを通じて、ボクのことも想ってほしい。
 夢想を胸に抱き、ふたりで地底湖を抜けた。