「1号の寝顔、初めて見たかも」
同じ一つのベッドの上。ガンマ2号は自身の傍らに横たわるガンマ1号の姿を堪能していた。そして1号の瞼が徐々に開かれていったとき、にんまりと微笑んで声をかける。
今にも触れてしまいそうなほどの距離にまで顔を近付けて覗き込み、両脚をばたつかせて足元まで捲られた布団を叩く2号は、分かりやすいほどの上機嫌を示している。満悦の情が込められたその視線を、1号は朧気な意識のままぼんやりと見上げていた。
「気絶するほどよかったんだ?」
その言葉をもって、1号は自身が置かれた状況をたちどころに理解した。瞬時に目は見開かれ、反射的に身体を起こす。
ガンマ2号と目が合えば、その笑みが湛える余裕とは正反対の、己の狂態がより浮き彫りとなるような心地に襲われる。羞恥に駆られるまま俯いてしまいたくなったが、それでもどうにか愛しい男に向き直った。
「……無様を晒してしまったな。エネルギー残量には留意していたつもりだったが」
「1号はエネルギー切れで気絶したわけじゃないから、それとは関係ない。ボクも充填装置に連れて行ったわけでもないし」
1号は自身のバイタルを確かめる。2号が言った通り、確かに半分を切ってはいるものの、強制的なダウンがかかるほどの減少量ではなかった。
エネルギー切れによるブラックアウトではなかった。つまり、ただ純粋に、与えられた刺激を処理し切れなかったことで起きた意識喪失でしかなかったということ。耽溺という言葉の文字通り、本当に溺れてしまっていたようなものだった。無様には変わりない、エネルギー切れの方がいくらかマシだったかもしれない、と1号は内心悲嘆する。
——それでも、彼の身も心も、目覚める前に与えられた幸福を覚えているのだが。
「ボクもびっくりしたよ。こういうことでも気絶ってするんだな」複雑な思いに揺れる1号をよそに、2号の声は未だ歓喜を帯びている。「驚いたし心配もしたけど……大丈夫そうだと分かってからは嬉しくなったよ。1号の寝顔、スクショにして保存しちゃった」
「何をそこまで喜ぶことがあるんだ」
「だって、気絶するほどよかったんだろ?」
自分との行為に、愛する者もまた深く満たされていた。——1号の意識喪失が2号に対して示す意味であり、2号が目指した望みそのものだ。それが叶ったことにより、彼の気分は頂点に達している。
再度の問い掛けに対して虚勢を張ることはせず、1号は躊躇いつつも頷いた。どんなに恥じていようとも、突き付けられたそれは紛れもない事実なのだ。この場で強がったところで再び実践に移行され、虚勢を撤回するまで続けられてしまうという予測も、彼に首肯を促した。
期待する反応を得た2号はまずます笑みを深くする。感情のままに1号を己の腕の中に閉じ込めて、頬擦りと触れるだけの口付けをあちこちに落とすことを繰り返した。
もっとも、2号の1号への触りたがりは専ら癖のようなもので、彼が上機嫌だろうと不機嫌だろうと行われる。今は、言うまでもなく前者である。
「1号がいっぱい気持ちよくなってくれたのがほんとに嬉しくて……あと、やっぱり寝顔! ボクたちって寝ないだろ。せいぜいエネルギーの充填とかメンテ中にスリープするくらいで、そういうときって互いに顔合わせることはないし。だからただでさえレアだし……! それに、1号がそんな無防備なところ見せてくれるっていうのがな……! 博士以外じゃ、1号の寝顔見たことあるの、ボクだけじゃないか!?」
「……そう、だな。……確かにその通りだろう」
「……な~んかピンときてなさそうな反応~。1号だって、ボクの寝顔なんて見たことないだろ?」
「ある。何度も」
「う、うそ⁉」
今度は2号が狼狽える番だった。抱擁を解き、代わりに1号の両肩を掴むと前後に激しく揺さぶり始める。
「だから寝顔に意義を見出すおまえの感覚は新鮮だな」
「ど、どういうことなんだよ。ボク、1号の前で寝たことあったか!? 記憶にないぞ!」
1号にひたすら話し掛けていた記憶こそ膨大な量を誇っているものの、彼の傍で何もせず静かに過ごし、ましてや寝るまでに至っていたという経験はなかったはずだった。強いて挙げるならば、一度目の死を迎えたとき。だが「何度も」と1号が言った以上、それは答えから除外される。
「そう慌てるほどの話じゃない」2号の動きを手で制してから、1号はその機会について語り始める。「……おまえが完成する前。ボディに人格AIの搭載が済んだばかりで、まだ完全な起動には至っていない時期……。ヘド博士の傍らで、目覚める前のおまえのことを見ていた」
「あ……。……あ~……」
確かにその段階であれば、ガンマ2号の瞼は閉じられていた。納得の意図を込めた声を上げると共に、2号は1号の両肩から手を下ろした。
そして再び、声を弾ませる。
「……嬉しいよ、1号。ボクができる前から、ボクのこと見ててくれたんだな」
「まあ……博士にも勧められたからな」
「ボクも、起動する前からおまえのこと知ってたよ。ずっとおまえのことを考えてた」
「は……?」
「ニンゲンとかで言う胎内記憶ってやつ? 人造人間だからかな、きっとニンゲンのそれより鮮明だと思う」
2号は揚々と話しているが、1号にとっては不可解でしかなかった。開かない眼では視認できるはずもない他者を——それも漠然とその存在を知覚するのではなく、明確に「ガンマ1号」と、動き始めたばかりの意識で捉えることなどできるものなのかと。お得意の大袈裟な口説き文句という可能性も浮かんだが、2号の様子には真剣なものがあった。
だがそう時間をかけることもなく、1号は自らその疑問を晴らせるだけの答えに辿り着く。
「……そうか。ヘド博士からの賜物だな、それは。予めわたしという存在についてのデータをおまえの思考領域に入れていたのだろう。互いの把握を行う時間が短縮されるのだから、効率的な措置だ」
1号の回答は事実を的確に示していた。ところが2号は人差し指を横に振る。「半分正解、でも半分ハズレ」
「……どういうことだ?」
「確かにボクに1号についての基本的な知識をくれていたのは博士だ。だけど、本当に最初からあった認識なんて……せいぜい、おまえはボクの先行機で仲間……ってくらい。そこから1号のことを想い続けたこと、早くおまえに会いたいと願ったこと……それらは全て、間違いなくボクひとりで考えたことだ。……信じてくれるか? ボクは生まれる前に寝てたときからずっと、おまえのことが好きだったって」
「……ああ。わたしはおまえの完成の瞬間には立ち会っていなかったが、おまえはヘド博士との話を終えた後、真っ先にわたしを探し始めたらしいからな」
「そういうこと。それから……」
「こういうことしたいって思ったのも、一番最初のデータからじゃなくて、ボク自身の判断だ。……さすがにコレは生まれる前からじゃなくて、おまえと一緒に過ごすようになってから、だけど」
露わになったままの1号の素肌に手を添えた2号は、依然として余裕げで喜々とした笑みを浮かべている。しかしその一方で、余裕のいくらかは先ほどと比べ崩れかけていることは明らかで。欠け落ちたものの代わりに滲むぎらついた情が、余裕など所詮は仮面でしかないのだと物語る。金属の肌を撫で付ける手がより際どい箇所へと伸びようとしていていることが、今の彼の心を示す顕著な証だ。
「まだやるのか?」
「エネルギーはまだ残ってるだろ、もっと1号の寝顔見せてよ。1号がボクのを見た回数の何倍でも足りないくらい」
「……どういう意味だ、それは」
「言ってほしい?」
「いいや……いい」
2号の頬にそっと指先を重ね、1号は受容の意を示す。
未完成の二号機をその目に映したとき、1号の中にあったのは多少の関心だけだった。だがその二号機は、そんなかつての何気ない一幕でも、そして今このときの情交の場においても、相手の寝顔を見るということに意義を見出している。
ならば望み通り、彼になら何度でも晒してしまってもいいと思えた。気を失ってしまうほど2号に愛されるということは、1号の中に確かなよろこびとして響いていた。