「今日約束してた模擬戦だけど、いつもと趣向を変えてみないか?」
専ら新兵器二体専用の演習場と化していた荒れ地に向かう途中、頭上に広がる晴れ空よりも青い色を纏った一体が、その空によく映える赤色を湛えて飛行するもう一体に提言した。
開発者が宇宙最強と豪語する存在に並び立てる者はこの軍にいない。そのため彼は自身の戦闘技能を試すとき、必ず互いを必要とする。
いずれ迎える栄光ある「本番」への想像と期待を胸にして、拳を重ね、青と赤の光を交差させ、魅せ合い、賞賛と教示を交わす。何の横槍が入ることもないふたりきりの模擬戦闘は、何かと制約を課されて過ごす強大な兵器たちの心に、澄み切った高揚がもたらされる数少ない機会だった。特に青色の後続機にとっては、己の強さを先行機に見てほしいという望みを叶える好機である。
しかし、果たしてこの一対一の手合わせは、自分たちにとって本当に十分なものだろうか。これだけに満足していていいのだろうか。何せ「本番」では、自分たちは正面から顔を付き合わせるのではなく、隣に立つか、あるいは背を預け合うことになるのだ。その状態を再現した方が、より実戦に近い模擬戦闘となるのではないか。だから今日は互いに仮想敵の役割を担い合うのではなく、味方同士という本来の認識のまま、連携攻撃のようなものでもしてみたい。——それが、提案者・ガンマ2号の意図だった。
彼の脳裏には、先日鑑賞した映画の劇中、強敵を同時攻撃で打ち破った二人のヒーローの姿がある。スクリーン上の輝かしい光景を共に見届け、そして自分ともそのような共闘を成してほしいと願う相手に、2号は模擬戦の趣旨変更について説明した。名案だろうと言わんばかりに、意気揚々と。
ところが、その相手が返したのは「必要ないだろう」という却下だった。
「我々の状況やコンディション、それから相対する敵についての解析はリアルタイムで共有することが可能だ。それを利用すれば、自然と互いにとって最適となる行動は取れるのだから、それで連携は果たされることになる。できると分かっていることをするより、通常通り戦闘データの収集に努め、技能向上を図った方がいい」
「ええー……。そんなこと言われてもなー……。もう敵役用の戦闘ロボット、申請通して手配しちゃったよ。ヘド博士が開発に協力した、今あるロボットの中でも一番デカくて頑丈なやつ。今頃もう向こうでスタンバってるんじゃないかな」
「なに……?」
正当な手続きを踏んで譲り受けたそれを使用しなければ、申請内容を反故にしたことになってしまう。よって、2号の提案を呑まないという選択肢はガンマ1号から奪われてしまった。
演習の内容を変えることの是非について伺いを立てておきながら、それはもう既に2号の中で決定事項となっていたのだと、1号は理解せざるを得なかった。2号は柔軟な思考の持ち主だが、一度こうと定めたことは多少強引にでも押し通そうとする気質も備えている。まさに今、それが発揮されていた。
そして、そんな2号に付き合わされることに、1号も慣れつつある。
「……先日の映画のフィニッシュシーン。ひとまずあれをモデルにしてみるか」
「! あれカッコ良かったもんな、そうしてみるか!」
想定の内に組み込んでいた承諾でも、実際に下されると2号は喜ばずにはいられない。彼の飛行速度は自ずと上昇した。
人造人間ガンマのデータ共有の精度は高い。連携は容易に成功するもので、本来わざわざ試すまでのことでもないと分かっていた。一度この演習を必要ないと判断した1号だけでなく、提案した2号もまた。それでも彼が決行に踏み切ったのは、ひとえに1号と早くそれをしてみたかったから、というだけの理由に過ぎない。
——そんな、彼らの楽観的な姿勢は、起こった現実を前に揺らぎ始めることとなる。
「ど……どうだ!? 今の!?」
胴体に風穴ができた巨大な機体が崩れると同時に、2号は隣へと向き直る。
しかし拳を降ろした1号は、すぐに首を横に振った。
「先ほどよりは良くなっていたが……。タイミングが0.01秒ズレていた。それからまだ出力設定が合っていないな」
「あ……」
2号は自分たちの手で空けた空洞をまじまじと見返す。1号の指摘通り、自分が殴った側の方がより大きく抉れていた。ここまで傷付けるつもりはなかった。
「ごめん、また間違えちゃった……」
連携自体は叶っている。普段の2号ならば、1号の細かな指摘に多少口を尖らせていただろう。だが、今は自分と1号のコンビネーションなのだという強い自覚がある。その自覚は誇りとなって、彼をこのときばかりは妥協を良しとしない完璧主義者にさせていた。
「いや……。タイミングが遅れていたのはわたしの方だ」
「ボクが早かったって可能性もあるし……。……それにしても、これじゃあもう修理効かないよな。これで三体目。さすがに管理担当とか、あともっと上の人に知られたら怒られそうだ」
「そうだな……。軍需品として使用されるはずだったこれらを折角譲ってもらえたというのに、こうしてしまった。演習の一環とはいえ、粗末にされたと思われてしまうかもしれない」
「あ、譲られたわけじゃないよ。リペアが効く程度までに損傷を抑えるようにする……って条件で貸してもらってる」
「なんだと!?」1号は目を見開く。「……手遅れじゃないか」
「はは、ホントだな……」
足元に横たわる一体の残骸と、ここから距離のある位置に安置した同様の二体に視線を向けて2号は苦笑する。
程なくして、メインタワーのある方角からこちらを目指す、まだ傷のない四体目の姿が見え始めた。その追加分を求めて信号を送っていた2号は、まだ諦めていなかった。
「2号、四度目に移行する前に少し考えさせてほしい。我々のシステムは完璧であるはずなのに、なぜこうもズレてしまうのか」
「あっ、それいいかも。一度中断して作戦会議といくか」
これ以上軍に負担をかけてしまうことを防ぐべく、少しでも成功率を上げなければいけない。そう考えての1号の申し出に賛同した2号はロボットに静止を命じて、その場に腰を下ろした。
「ロボット相手のテストだから上手くいかないだけで、実戦だったらすんなり完璧に合わせられる……ってことはないか? 今はどうしても出力のセーブを意識しなきゃいけないけど、本物の敵が相手なら、その必要もないし」
「過剰な手加減、そしてその手加減の程が違うことで連携もズレる……。その可能性は一理あるな。……だが、実戦ならば上手くいく、という保証はないかもしれない」
「なんで?」
初めに連携成功への自信を窺わせたのは1号の方だ。その自説の撤回に、2号は首を傾げる。
「パワーこそ最小限に抑えているが、動き自体は通常の模擬戦闘と同じようにしているつもりだ。それで合わないのであればな……」
「通常通り、というと……。……ああ!」目に焼き付けた、自分と相対する1号の動きを思い返した2号は得心した。「1号はスロースターターだからな」
1号は、ガンマの武器の一つである高い学習能力を最大限に生かした闘い方を得意としている。戦闘序盤は自分からあまり積極的に攻撃を仕掛けることはしないばかりか、その気になればいなせるような攻撃でも敢えて受ける。そうして相手の動作のパターンや力や速度の程を把握し切った後は、それに対応できるだけの出力を発揮して、分析結果を踏まえた上での動き方をもって、相手の攻撃を寄せ付けない完全な試合運びを披露して制圧する。——それが、2号が持つ、1号の闘い方についての印象だ。
ボクみたいに、と言った2号は、自分たちの闘い方がほぼ正反対であることに気付いている。何度も拳を合わせている上に、その強さを学んでやろうという関心を抱く対象なのだ。——学んでやろうと思っているものの、真似はできないとも感じているのだが。密かに眩く思うことと、自分の性に合わないことは両立する。
「……・今このときに限ってならばともかく、今後……実戦においてもそうしろと言うのであれば断る。わたしは確実な戦法を取りたい」
その気付きを得ていたのは1号も同様だった。自分との相違点が数多いガンマには、闘いのときでも驚かされる。
「折角博士が備えてくださった学習能力なのだから、おまえももっと使った方がいい」
「使ってるさ! ……多分……1号ほどでは……ないけど……。……それもダメってわけじゃないけどさあ、最初から必殺技見せつけて、連撃決めまくった方が楽しくないか?」
「いきなり手の内を曝け出すのは得策ではない。大体、派手な技は威力がある分隙も生じやすい。それを相手の動きを掴めていないうちから連発するのは感心しないな。それで決着がつけばいいが、万が一失敗すればカウンターの餌食になってしまう」
「1号こそ! 相手がおまえでも大ダメージを免れないほどの攻撃を最初から容赦なく仕掛けてくるようなやつだったらどうするんだよ。やられる前にやる、をもっと覚えた方がいいいって」
話し合いの論点は、つい先ほどまで試みていた連携から、互いが是として行う普段の闘い方へと次第に移っていった。しかも、大技を叩き込んで敵を翻弄することを好む放縦な2号と、完璧な立ち回りで敵を完膚なきまでに圧倒することに長けた堅実な1号とでは、平行線を辿るばかりである。
「そんな調子だから、おまえはいつも出力が安定していないんだ」
「でも、最大値のパワーを出せた回数はボクの方が多いぞ!」
堂々巡りのやり取りは、さながら彼らの日常会話そのものだった。
やがて、どちらからともなくその既視感覚を自覚した。すると一気に、最初の論点についての回答が導き出される。やはり、データシステム上の不備があったわけではない。
「……1号。ちょっと思いついたことがあるんだけど。ボクたちの動きが微妙に合わない理由」
「奇遇だな、わたしもだ。おまえから先に話すか?」
「1号も? なら一緒に言ってみようぜ、同じかもしれないし。せーの」
「「性格が違うから」」
ぴったりと重なった二つの声に、「今のは合ったな!」と2号は喜ぶ。1号も苦笑交じりに頷いた。
「性格が違うから闘い方も違う。闘い方が違うから動きもズレやすい。……で、性格の違いはもう……どうしようもないよな」
「悔しいことだが……ある程度妥協するしかないのだろうか」
「いや! ボクは諦めないぞ」傍目からすれば大いに許容できるどころか、そもそも分からない程度の乱れではあるのだが、このときの彼らは躍起になっていた。「さっきは声揃えられただろ。絶対、やればできるはずだ」
「それを根拠にするのか……? まあ、もう少し続けてみるか。原因が分かったのだから、今までよりは合わせられるかもしれない」
「……合わせる……? 今まで以上に……」
その単語が、不思議と2号の心に響く。
今までも、大幅な不統一が起こっていたわけではないのだ。そのため、「今まで以上に合わせる」ことは、タイミングの精度が完全な一致にまで高まることを意味する。僅かな誤差を突き詰めることができたなら、それは確かに完璧な連携と呼べるだろう。だが「僅か」に過ぎない向上は、真の意味での「今まで以上」を果たせるのだろうか。今の出来に満足はせず、かと言って、ただ合わせて終わり、にもしたくなくなった。
自分と1号とで織り成すコンビネーションなのだから、最高のものにできるはずだ。今自分たちが倣っている他のヒーローよりも、もっと——。
「——分かった! 合わせ方を変えればいいんだ!」
2号は跳ねるようにして立ち上がり、1号に向き直る。大声と同時の急な動きにつられ、1号も自然と2号を見上げた。
「彼らみたいな、全く同じ動きでの同時攻撃だけが、『合わせる』じゃない。別々に動いたって連携になるんだ! そっちの方がボクたちらしいし、絶対もっとカッコいい!」
「どういうことだ?」
「よーく聞いててくれよ? ボクが思いついたのは……」
とっておきの作戦を高らかに話しながら、そのイメージを急造のデータに変換して送信する。
2号の説明を聞きつつデータを開封した1号の表情は、瞬く間に明るくなっていった。
待機が解かれた四体目の戦闘ロボットが、捕捉した敵に向かって無数の散弾を放射する。
前線に立ってそれを迎え撃つのは1号ひとり。ガンマの身体には微かな痛みすら与えることのできない弾丸を、時には難なく受け止め、時には威力を極小に絞った光線をぶつけて消し飛ばす。攻防を繰り返しながら、1号は相手への距離を縮めていく。
ドクター・ヘドの手も加わったという敵も、愚かではなかった。己の銃撃がまるで通じないと思い知ると、無闇な発砲を続けていた五指の先の銃口を閉ざした。代わりとばかりに拳を握ると、眼前に迫る1号目掛けて振り上げる。
その剛腕から繰り出される鉄拳すら、本来であればガンマにダメージを与えるには程遠いもの。だが、今このときにおいては脅威的な一撃と見なすことにして、1号は上方へ飛び退いた。最小限の動きで攻撃をいなしていた先ほどまでとは違う大きな動きに、敵は虚を突かれる。
1号が敵の視界から外れたことは、合図でもあった。
「——2号!」
「任せろ!」
1号ばかりを負っていた敵は、この瞬間にようやく、その影に潜んでいたもう一体のガンマを捉える。
それができたのも一瞬のこと。その銃口に蓄えられた巨大な光球が解き放たれ、眼球代わりのアイカメラが映す一面は青一色に染められる。やがてその視界自体も、映したものを処理する中枢システムも、何もかもが光の中で砕けていった。
「1号! 1号!」
ホルスターに光線銃を収めた2号の声は興奮を帯びている。その場を離れていた1号も、すぐ2号の元へと飛び戻った。
「……わたしが敵を引き付けた後で、おまえが大技を放つ。全部おまえの作戦通りに上手くいった。やったな、2号」
「……! ああ! 大成功だ! ありがとう1号!」
2号は勢いのまま1号に抱きつき、1号も2号の腕に手を添えてそれを受け入れる。自分にじゃれつこうとする2号を1号が撥ね退けることは常の光景であったが、今の1号が拒む素振りを見せることはなかった。抱擁が解かれてからも、ふたりは互いの手を固く握りしめて称え合った。
「どっちかが片方に合わせて同じことをするんじゃなくて、それぞれの得意なことを組み合わせる! ボクたちだからこそできる連携……って感じで、すっごく良かったよなあ! ただモデルを再現するより、絶対良かったと思う!」
「ああ、こちらの方が、わたしたちには相応しいな。今後とも、共に闘う際はこの戦法を軸としていこう。……いいアイデアだった、2号」
「お、もっと褒めてくれてもいいんだぞ? ……ま、1号の言葉がヒントになったおかげでもあるんだけどさ。それに……。……ボクは1号と一緒に最高のヒーローになりたいから、他の誰かのことは全員超えたいと思っててね。だから思いつけたんじゃないかな」
1号とは異なり、明確に模範とすべきオリジナルの存在を持たず、そしてヘドが焦がれていた画面の中の「ガンマ」ではなく、自分のすぐ目の前にいた「1号」の背を追っていた2号ならではの、密かな願いだった。自分がただひとり憧れた、生きた存在だからこそ、オリジナルの完全なコピーに徹するのではなく、オリジナルの世界にはいない2号と共にある1号でいてほしかったのだ。
先人の模倣ではなく、自分たちに則したやり方で、納得のいく連携を成し遂げることができた。そのことで、自分の望みも叶えられたという気になった2号の喜びは大きい。
「これで超えられたよな~! 1号、昨日観たヒーローとか、オリジナルのガンマとかとボク、どっちが好き?」
「おまえ」2号の過剰な浮かれ具合を察した1号は雑な返答をする。もっとも、その言葉自体は1号の本音で間違いはなかったのだが。「……それよりも、これで四体目だな」
「え? ……あ」
ガンマの手によって撃砕の憂き目に遭ったロボットは、現在演習場の隅に寄せられているものだけで既に三体。そしてつい先ほど、2号が放った球状レーザーに呑み込まれたものは、跡形もなく消えてしまった。よく目を凝らせば、それが立っていた位置には小さな鉄片が微かに散らばっていることが視認できたが、それだけだ。
「……絶対怒られる。……謹慎かなあ、これは」
「……わたしも謝りに行こう。それでいいな」
「いや、ボクがボクの名義で借りたものだし、壊したのもほぼボクなんだから、1号まで謹慎処分を受けさせるわけには……。……あ、ちょっと!」
2号が断るよりも早く、1号はその場を発ち、横たえられていた三体のうち二体をそれぞれ両手に持ち、もう一体を脇に抱えて飛び立ってしまった。聳え立つ大きな塔に向かって、赤い点が遠ざかっていく。
「……確かに、1号に守ってもらえればボクの隙もなくなる、って作戦立てたけどさあ。こんなときまで庇わなくても」
ぼやきながら、2号もその身を高く浮かべるとスピードを上げて帰路を飛んだ。このままでは、1号が先に貸し出しの担当者に会ってひとりで頭を下げてしまうかもしれない。名案の報酬だとしても、それを見過ごすわけにはいかない。
1号が守り、そして自分が存分に攻め立てる。——その作戦には大いに満足しているのだが、助けられてばかりではなく、1号のために動ける2号でもありたかった。