スティル・ウィズユー

以下の要素が含まれます。

  • 龍球によるガンマ2号の復活
  • ガンマのRR軍・CCでの過ごし方の捏造
  • オリジナルのガンマ関連の設定の捏造

 

「2号、明日は暇か? 何か用事はないか?」
「ない!! ヒマ!!」

 ——某日昼過ぎ、居候先の廊下にて。ボクを呼び止めた1号は、素晴らしい質問を口にした。

 こんなに食い気味な反応をされるとは思っていなかったんだろう。1号はややたじろいで、「……そうか」と間を作った言い方を返した。
 不自然な姿を見せてしまったかもしれない。訝しまれてもおかしくはないかも。だけど、ボクにとっては至極自然な答え方で、それを誤魔化すなんて無理だった。——だって、今1号が言った言葉は、ふたりで過ごす何らかのお誘いの前フリだ!
 かつて有り余っていた時間——「有り余る」とは言えないくらいの短い生涯だったけど、少なくとも1号と一緒にいられなかった時間は退屈だった——、暇に飽かして独学で勉強を重ねた。具体的に言うと、博士が貸してくれた漫画を読み漁った。ヒーローものばかりのラインナップだったけど、ヒロインと呼ばれる存在はそこの住人にもつきもので、闘いの合間に繰り広げられる彼らの甘酸っぱい日常を、後学のためにと記憶させてもらった。ちなみに、漫画そのものの感想を求められるのは困る。彼らよりボクたちの方がカッコいいし、ボクが憧れるのは1号ただひとりだからだ。

「どうしたんだ、1号? 明日、何かあるのか?」

 声の弾みを隠さずに、1号に話の続きを促す。あの漫画の鈍感な主人公は反面教師だ。このチャンスをみすみす逃したくないから、乗るつもりがあるということを態度で示す。
 まだお付き合いには至れていないけど、本当は、最初のデートはボクから誘うつもりだった。だから計算外の事態ではある——けど、1号から言ってくれるなんて嬉しすぎる。計画なんて変更でいい、1号からのお誘いは絶対に成立させてみせる。

「……時間があるなら、服を見繕ってほしい」ボクの様子に気圧されながらも、1号はお誘いの内容を話してくれた。
「服!! いいな!」

 ショッピングデートか! という言葉は呑み込む。お付き合いをする前から「デート」という単語を出したところで、淡々と訂正されて終わりだ。そこで照れたり狼狽えたりしてくれるなら話は別だけど、生憎、1号はそんな反応になるような意識をボクに向けているわけじゃない。——まだ、と心の中で言い張っておく。

「行こう行こう! 場所……とかはもう決めているのか?」ボクはここに来てから日が浅いから、1号のおすすめがあるなら聞きたいし、そこに行きたい。
「ここに併設されている店舗でいいだろう。目的は仕事の際に着用するスーツだからな」
「……スーツ……?」

 ボクたちはただのガードマンじゃない。人間を優に超える力を見込まれ、ブルマ博士直々のスカウトを得た、特級の存在だ。同じ人間扱いをされているけど、人並み以上の活躍ができる分、待遇もいい。その例の一つが、服装の自由を許されているということだ。そのお陰で、ガンマの服とマントを引き続き着用できている。さすがに左腕のマークは変わったけど。
 そのボクたちが、仕事のためにスーツを新調する必要ってあるのかな。紺や黒でまとめられ、オトナっぽく洗練されたスーツもカッコいいとは思うけど、さすがにボクたち専用のコスチュームには敵わないよな。大体、1号だって、「街に遊びに行きたいから私服が欲しい」とボクが以前話したとき、「わたしたちの衣服はこれ以外必要ない」って言ってたじゃないか。

「事情が変わったんだ」
「事情?」
「……衣服はこれ以外必要ないと、話したことがあっただろう」

「おお……! 1号も覚えてたんだな!」

 1号も、ボクと同じ過去を思い出していた。取りとめもないものだったのに、ボクと交わした会話を覚えていた。好きなひとがそうしてくれるのって嬉しいな。ボクと違って、1号は新たな一年分の思い出を積み重ねていたはずなのに、すっかり下層のものになったそれを、失わないでいてくれたんだ。これなら、やっぱりボクにはチャンスあるな——とか思ってしまうけど、共通の思い出が健在ってことが、ただただ嬉しい。

「先日説明した通り、普段はこの服で構わない。ただ、それはあくまでも、カプセルコーポレーションの社則に許されているからだ。例えば、外部で催される会議やパーティーにヘド博士やブルマ博士がご出席されることになり、我々も警護のため同行する……となった際は、その場に相応しい別の装いをしなければならない」
「あ~……。なるほど……?」

 1号の言っていることは分かった。まあ確かに、ここは世界一の大企業なんだから、そういう機会もあるよな。そしてそのときには、ヒーローじゃなく、ガードマンとしての正装も求められる——というのは理解できる、けど。

「なんか……いまいちピンとこないな。いや、分かるんだけどさ……。ボクたちの正装って、これだと思ってたし」

 この背の青をつまんで、ひらひらと靡かせてみせる。傷んでボロボロになっているのが感触だけで分かるけど、その傷は、ヒーローのための勲章だ。
 お忍びで遊びに行くための私服ならともかく、正装としてこれに代わるものがあるということが、何とも呑み込み辛い。レッドリボン軍にいた頃だって、どんなに重要な会議の最中でも——ボクたちがその会議に真っ当な形で出席できていたかどうかはともかく——この服で良かった。つくづく、あのときと今とでは立場が違うんだなと実感させられる。ヒトじゃなく、モノだったから許された自由も、あったのかもしれない。とはいえ、冷たい自由だ。そして、あれが悪の組織だったと分かっている以上、戻りたいとは思わないけど。

「……1号?」

 正直な感想を口にしたけど、別に、駄々を捏ねるつもりなんてなかった。未知の正装を心から拒んでいるわけじゃない。
 なのに、1号はボクの言葉について何か考え込むように、腕を組んで僅かに俯いていた。

「……いや。おまえならそのままでも……と、考えていた」
「え?」
「だが、やはり念のため、準備はしておいた方がいい。今すぐに必要となる予定はないが」
「だよなあ、びっくりしたあ……。ボクだけはこのままでいいなんておかしな話だし。それに、スーツ姿の1号とこの服のままで一緒にいたら、ちぐはぐな並びになっちゃうだろ」

 1号にしては珍しく変なことを言っていたけど、撤回してくれるようで安心した。
 ガンマ1号がスーツを着るなら、ガンマ2号もそうする。それ以外の選択肢なんて、最初からない。ボクは、1号とふたりでいたいから。

「というわけで、決まりだな。ボクはスーツを買う! だから明日、よろしくな」
「……? ……ああ、料金についての心配はいらない。業務の際に着用するものという旨を申請すれば、経費で落ちるようになっている」
「すごい親切設計だな! ……いや、支払いの話をしたかったわけじゃ……」
「違うのか? なら……店舗の場所を知らないのか?」
「え……?」

 どうにもおかしい。マップのデータはもらっているけど、仮に知らなかったとしても、1号が一緒に来てくれるんだから問題ないよな? 「よろしく」と言ったことへの返事もそうだ。あの言い方じゃ、自分が同行する理由は支払いのためだけ、と思っているようにも取れてしまう。
 ——まさか。

「なあ、1号。1号はもう、自分の分は持っているのか?」
「ああ。昨年、何度か着用する機会があった。数にも余裕があるから、わたしはこれ以上注文するつもりはない」
「……そっか」

 スーツについての説明を聞いたときから、薄々分かってはいたけど。「服を見繕ってほしい」の「服」というのは、ボクのスーツのことだ。そして、1号自身の買い物はないから、そこにボクを突き合せようというつもりでもなかった。
 疑惑が、確信へと近付く予感がする。嫌な予感だ。

「……1号。……1号も、一緒に来てくれるんだよな……?」

 緊張に震えた声で、恐る恐る、しかし一つの覚悟をもって静かに尋ねる。ただ話している最中なのに、本気の戦闘訓練のときのような緊迫感に晒されている。頬のあたりがぴりと痺れ始める。
 1号の表情は、みるみるうちに驚愕を示すものへと変わっていった。——その反応だけで、勝敗が理解できてしまっても、潔く、トドメの一言を待つ。

「……そのつもりはなかった」
「うわ~~~~ッ!! やっぱり!!」

 両手で頭を抱えてしゃがみ込む。ボクの嘆きの絶叫が、廊下中に響き渡った。
 ——完敗だ。ボクがふたりで出かけるお誘いだと思い込んでいたものは、実際には「仕事で使うかもしれないものがあるから、手隙の際に用意しておくように」という、ただの業務連絡だったというわけだ。随分と、冷めるのが早い夢だったな。

「2号……」

 呆れと心配が入り混じった1号の声が、頭上から聴こえる。「うるさいぞ」と切り捨てられてもおかしくなかったところだけど、1号が一緒に行ってくれるという、ボクの勘違いの末の慟哭だということは、会話の流れで1号も察しているだろう。それは、不憫に思われても仕方のない原因だ。

「騒ぐほどのことか……? 自分が着るスーツくらい、ひとりで選べるだろう」
「そういうことじゃない……!」

 悲観するほどの話じゃない、という率直な思いも兼ねたフォローだと分かる。だけど、今のボクには追い打ちのようになっていた。1号の言った通り、「騒ぐほどのこと」だからだ。
 服をひとりで選べるとか選べないとか、そういう問題じゃない。1号とふたりで買い物に行けると思っていたのに、それが覆されたんだ。喜びの大きさはそのまま反転して、衝撃と悲しみの深さとなるわけだ。喚きの一つでも上げてしまうほどの深さに。好きなひとからデートに誘われたと思いきや、実は全然そんなことなかった——なんてことになったら、恋をしているやつは大体こうなるんじゃないか? ボクがこうして蹲るのも、至極当然で何らおかしいことではないと思う。
 ——と、窮地に陥ったボクは、思考を自己正当化もとい鼓舞の方向へと切り替えていく。俯いたままで終わるものか、ピンチのときこそ立ち上がれるのがヒーローだ。見てろよ1号。ボクと休日を共に過ごすという発想を、おまえは持たなかったのかもしれないけど、ボクはそれを変えてみせるからな。

「1号!!」がばりと立ち上がって、もう一度1号と目を合わせる。突然の動作に、1号の肩が跳ねた。「1号も一緒に行こう! な!?」

 半ばヤケクソみたいな勢いで頼み込む。両手のひらをパチンと合わせ、それから1号の手を取って、握って、切実に訴える。
 その実、ヤケクソというわけでもなかった。ここでとぼとぼ引き下がって、1号からお情けの誘いをいただくか、あるいは本当にひとりでスーツを見に行くことになるのが一番情けない。デートだと浮かれていた、ついさっきのボクの高揚を裏切りたくない。——色々あるけど、一番は、この機会を逃したくないという、直感的な決心だった。元々、ボクは1号とふたりで出かけてみたかった。それを叶えられるなら、叶えたい。あと、ただ単純に、1号と一緒に過ごしたい。——いつものことだけど。
 そんなふうに、色々と考えを練った上での交渉だ。勢いのせいで、突発的な誘いに見えてしまうかもしれないけど、本気の願いだ。

「1号も選ぶの手伝ってくれよ! 自分が着るスーツくらい、ひとりで選べる……って言ってたけど、おまえの意見があった方が心強いし! 今までだって、ボクのポーズ見てくれてただろ!?」
「それとこれとは、話が……」
「いいや同じだ! いいのか1号!? 仮に、ボクがひとりでスーツを選んだとする! そのスーツで、本当に大丈夫だって言えるのか!? 『別のものにしろ』って、後から言わない自信あるか!? 最初から1号も確認した方が、安全だって思わないか!?」
「…………」

 ボクに両肩を掴まれた1号は、反論を唱えることなく揺さぶられる。いいぞ、迷い始めている。ボクに同行した方がいいという気が湧いている。
 何せボクには、今まで食らってきた決めポーズへのダメ出しの数がある。その判断を下してきた1号なら、よく分かっているはずだ。ボクたちの思い出——と言うにはボクに対して少々シビアな気もするが——を忘れたとは言わせない。ボクに任せるのはまずいと感じたであろう、あの日の1号の心を取り戻すんだ。

「……ごめん、1号。この作戦良くないな。仕切り直させてくれ」
「はあ……?」

 決めポーズを披露しては却下されてきた日々に頼るというのは、ガンマ2号はガンマ1号に頷いてもらえるようなアイデアを出せない、という前提があって成立する行いだ。そんなのはカッコ悪い。今も1号のことを頼りにしていると伝えるのと、自分の不甲斐なさを演出するのは、また違う気がする。心配してもらえるのも嬉しかったけど、それよりも、1号に認められる2号になりたかった。そんな2号になった上で、一緒にいたいと思った。
 頼るべき思い出なら、他にもある。1号の気を引きたくてあれこれ考えてきたボクだけど、策が尽きたときとか、あるいは無策で挑んだときもあった。それでも、諦めなかったじゃないか。

「1号。ボクのセンスは最高だから、おまえが見惚れるくらいのスーツを選べる自信はある……けど、ボクはおまえと休日を過ごしたいから、一緒に来てほしい」

 自分の気持ちをただ正直に述べるだけでも、立派な説得になる。以前、というか、いつもよりもまともなんじゃないか? 「お願いします」「絶対カッコいいから」「だまされたと思って!」とか、ひたすら連呼するしかなかったときも少なくなかった。

「妙にこだわるんだな、2号……。……わたしがすることもないとは思うが……そこまで言うなら……」
「……!! おっしゃ~~~~!! ありがとう、1号~~~~!!」

 紆余曲折を経てようやく結べた明日の約束に、今度こそ歓喜の声を上げた。たとえそれが、ボクの勢いに押されての控えめな同意だったとしても嬉しい。危うく、ふたりでの休日を逃しかけていたんだ。会話に滲む違和感に気付いて、ここまで持ってこれて本当に良かった。あとはもう、明るい未来に向かうのみだ。
 そして、「わたしがすることもない」と1号は言っていたけど、それは違う。ただスーツ選びに同行させて、カッコいいと言わせてお終いになんて、このボクがさせるわけがない。

「折角の休日なんだからさ、スーツ選びが終わったら、街の方にも行ってみたいな~」
「街の……? 何か用事があるのか?」
「特にこれ! ってものはないけど、色々見て回りたいな。外の散策とかしてみたかったんだよ、ずっと話してただろ?」
「……そんなこともあったな」

 ボクたちの正体、ひいてはレッドリボン軍の存在を隠すため、ボクたちは総本部の敷地外に出ることを禁じられていた。だけど、ボクたちに成敗されるカプセルコーポレーションに代わって、軍が世界を主導することになれば、世間の目を憚ることも、ボクたちに課される制約も、必要なくなる。そうなれば、あちこちを自由に巡ることだって。——という夢を、よく1号に話していた。1号のことも、その散歩に誘うつもりで。
 そんな思い出話を振られた1号は、懐かしそうに目を細めていた。まあ、同じ内容でも一年越しに聞けば、そんな感覚にもなるか。ボクにとっては懐かしさはなく、今まさに生き続けている憧れだ。1号にも、分かってもらえたらいいな。

「1号は、行きたい場所とかないか?」
「特にない」1号は即答して、首を横に振った。
「おまえらしいなあ……」

 安心と心配を同時に覚えて苦笑してしまう。この一年の間で、1号は変わって、遠くに行って、ボクの手の届かない存在になってしまった、なんてことも有り得たかもしれない。その可能性は実現してなさそう、というのはありがたい。けど、この一年間何して過ごしてたんだよ。——何だか、今度はボクが、懐かしい気分になった。僅か数ヶ月の生の中で意識することはなかったその感慨は、こんなにも温かい気持ちをもたらしてくれる。
 「行きたい場所」を尋ねて「ない」と端的に返されれば、普通は玉砕を悟ってもいいかもしれない。でも、1号なら言いかねないと十分知っている。そしてボクはその程度で諦めないし、1号はその程度で諦めてしまえる相手じゃない。

「それなら、気の向くまま適当に歩くとするか! いい店とか見つけられたらいいな」
「ブルマ博士に同行して、街に出かけたことは何度かある。最低限の案内は可能だ」
「ほんとか! 心強いな! ボクはまだ、何があるのかとか全然知らないけど、あったらいいな~って思うのは……」

 気ままに歩きつつ、その都度1号に案内をしてもらう。綿密なプランに沿ってのデートとはまた違った感じになりそうだ。何なら、切っ掛けすら想定外のもの——本当はもっとスマートに誘うつもりだった——だけど、それでもいい。だって、1号とデートできるんだ! 確定したその事実だけで、もう幸せだろ。
 だからといって、それに胡坐をかくことはしない。たとえ計画を持ち込むのが難しくて、アドリブが求められる状況になるとしても、ボクは絶対に成功を収めてみせる。1号を楽しませるのはもちろん、あわよくば、ガンマ2号に惚れてもらえるように——。

「……2号」
「ん?」

 思案を秘めつつあれこれ話している最中、聞き役に徹していた1号がボクを呼んだ。——呼び辛そうだった。

「……おまえと外出するのはいい。だが、少し問題がある」
「……問題?」

 表情が固まったことを自覚した。明るさを伴った熱に温められていた心に、突如水滴が落とされたような。反射的に、理解すら拒みたくなった。
 このデートはボクにとって、とても、とても大切な予定だ。そこに問題が生じるとなればこうなる。

「わたしと服装を異にするのは嫌だと言っていただろう」
「ああ……。だけどそれは、これと、」今身に纏っているものを指すつもりで、親指を自分に向ける。「スーツ……ってくらいに差が出る場合のことだ。私服もお揃いじゃなきゃ嫌だ……とまでは言わないさ。……そういえば、私服とか普段着みたいなの、ボクまだ一着も持ってないな!?」

 ここへ来て、まだ一週間しか経っていない。その間私用で外出する機会がなかったから、ガンマの服と、1号に分けてもらった部屋着だけで過ごしていた。元々、ガンマの服だけで過ごすことが当たり前だったから、手持ちの衣類を欠いているという意識がなかった。

「ボクがこの服で1号は私服、ってことになっちゃうのか~……。……1号は私服持ってるのか?」
「ああ。何着か揃えている」
「だよなあ……」自分から進んで街に出かけることはないとしても、おつかいとかの用事は生まれるはずだ。そりゃあ持っているか。
「……わたしのものを着てもいいと言うなら、解決はすると思うが……」
「あ! なんだ、いいのか!?」
「わたしは構わない」
「ならそれで! お世話になります」

 1号が悩ましげに呟いた案こそが最善策のように思えた。それを掴めたから、「問題」はあっさりと解決した。良かった~!

「1号の服かあ……!」
「あまり派手なものではないぞ」

 だとしても、1号のセンスなら間違いはない。何せ、決めポーズも超カッコいいからな。ボクの案を何度も却下できるひとは、それほどの審美眼を持っているってことだ。
 ——そんな1号が一番気に入っていた服って、今着ているこれだよな? 「わたしたちの衣服はこれ以外必要ない」と断言したのは過去の話かもしれないけど、普段着や公的な仕事服が必要になったことは、人造人間ガンマとしての自覚と自信を揺るがすようなものじゃないし。

「……ところでさ。普段通り、この服で出かけるって選択肢はないのか?」

 ふと気になったから、尋ねることにした。
 いくら真面目なヒーローでも、所謂オフのときくらいは「普段着」と呼ばれるようなファッションを選ぶんじゃないか? いや、でも、あの1号だぞ? 自分のオフとか意識するかなあ。——というささやかな考え事に、ボクひとりでは正しい結論を出せそうになかった。ガンマの服さえあればいい、と思っていたような1号が、他の服——それも、業務上必須のものではない「私服」に袖を通すに至った心境を、この質問を通して知りたい。気になる。

「おまえならいいが、わたしにはない」
「どういうことだ? さっきもそういうこと言ってたよな。ボクはスーツを着ないまま、この、ガンマの服のままでいいかもしれないとか……」
「わたしには、オリジナルがいるからな。……色々と問題が生じる」
「オリジナル……」

 名は「ガンマ」。ヘド博士お気に入りのヒーローの一人。俳優が演じるフィクションである彼を、その名も含めて再現し、「1」のナンバーを加えられた人造人間が1号だ。実は性格とかも違うんだけど——というのは、製作者の博士すら知らない、ボクと1号だけのヒミツだ。
 一方、ボクはまだ、博士が独創した人造人間だと言い張れる。「原作」にいるのは1号と酷似した容姿を持つ「ガンマ」だけで、彼と同じような見た目のヒーローも、彼の弟にあたる存在もいないからだ。顔や体格が同じでも、頭部の形状とか、彼のような赤ではなく青色を背負っているとか、見た目での相違点も少なくない。ボクと「ガンマ」は別人だと、一目で分かってもらえるだろう。多少目立って、あとはせいぜい、「ガンマ」をリスペクトしている人と思われるくらいか。——それはちょっと癪だな。

「あー……。何となく分かってきたかも……」

 明らかな先人がいる1号が、その先人とほぼ同じ姿で人前に出たとき、何が起こるか。先人とは違うボクでは、引き起こせない結果だ。

「ここへ来てから間もない頃、一度、この服装のままで博士に同行したことがあった。……そのとき、『本物』と見間違った通行人の目を引いた。彼らに囲まれて……握手やサインを求められ、次回作の予定を尋ねられ……」
「……うわあ……」

 具体例を語られたボクの表情は、きっと暗く曇っている。災難だったなあと、敢えて笑ってやれれば良かったのかもしれないけど、とてもそんな気分にはなれなかった。そのときのことを想像すればするほど、心が締め付けられて沈んでいく。同時に、少しばかりの憤りまで感じてしまう。

「……大変だったろ、それ。応じるわけにもいかないし……」

 ヒーローにはファンがつく。ファンの期待に応えることができないというのも心苦しい。しかしそれ以上に、彼らはあくまで「ガンマ」のファンだ。別人のファンに詰められたところで全く嬉しくはないし、ひたすらに困るだけ。「ガンマ」の再現体ではないボクには無縁の憂き目かもしれないけど、それでも嫌だな。1号はそれに遭わなければいけないというのも、嫌だ。

「そうだな。博士と二人がかりで弁明や説得を試みたが……苦戦を強いられた。何せ、この容姿だからな。説得力がまるでない」
「…………」

 胸のところの数字とかちゃんと見ろよ、声だって似てるけど違うんだぞ——ボクは思えてしまうけど、憧れの存在を目の当たりにして熱狂する人間の耳目が、それを捉えることはできないか。
 とはいえ、声が少し違うと感じているのはボクだけかもしれない。嬉しいような、悔しいような。

「その後どうなったんだ? ちゃんと切り抜けられたのか?」
「どうにかな。記者やカメラが駆け付けるより早く、事態を収められたことは幸いだった」
「そうだよな~……。メディアが入ってきちゃうと、またややこしい話になってくるよな……」

 これは権利関係の話だ。既存のキャラクターを模倣した制作物を扱うことについての議論は、人造人間ガンマ一号機の完成後、レッドリボン軍でも行われていたらしい。「らしい」というのは、ボクが起動したときにはもう、「カプセルコーポレーションさえ倒せばどうにかなる」という結論で決着していたと、当時隊員の一人に教えてもらったことだからだ。
 ——自分の存在が許されるか否かの論争に、ひとりで晒されるなんてな。もちろん、ヘド博士という強力な後援はいただろうけど、でも。

「……というか、今は大丈夫なのか!?」
「恐らく、問題はない。雇用の契約を結んだ際、手を打っておくとブルマ博士が仰っていた」
「そうなのか! 良かった~……」

 ほっと胸を撫で下ろす。ここへ招いてくれたこともそうだけど、彼女は本当に恩人だ。彼女が「ガンマ」との権利的な軋轢にまで気を遣ってくれなかったら、今頃ボクたちはどこで暮らしていたんだろう。

「それでも、プライベートな場においての騒ぎを未然に防ぐことは難しい。だからその一件以降、この衣装のままで外出することは避けている。……変装のようなものだ」
「変装……ねえ」

 そう言えば、聞こえはいいけど。これは、日常の中で着る衣装じゃないのかもしれないけど。
 ——納得はできる。でも、納得したまま終わりにできる域は、とうに越えていた。

「……あのさ、1号の服を貸してもらって街に行くのは、また今度にしよう。明日、スーツを選び終わったら……お互いこの服のままで、どこか……いい景色でも見に行かないか」

 ボクの知らなかった1号の思い出を聞いてから、それが、ボクの最もしたいことになった。だから、デートプランを思い切って変えてしまおう。こっちの方が、今の1号に——ボクたちに相応しいはずだ。

「何を言い出すかと思えば……。……街の方には行かないとしても、人に見られる可能性はゼロにはならない。言っただろう、2号。わたしは、この服では……」
「いいや、心配ない。もし誰かに見られたとしても、ボクがついてる。……オリジナルの舞台に、二人目の『ガンマ』はいないだろ? だから、ボクと一緒なら、おまえも人違いをされることはなくなるはずだ」

 1号の話を聞いていたときに、感じていた憤り。その一つが、「ボクがいればそんなことにはならなかった」という、強烈なまでの歯痒さだ。1号の隣に立てなくなる未来を選んだのはボク自身で、それを後悔するほど——ではもちろんないけど、それはそれ、これはこれ。今は生きているんだから、見過ごせない。ボクの手で、「そんなこと」を覆してやりたい。

「1号が、配慮とか遠慮とかしなきゃならない立場だったのは分かる。だけど……このままなんてあんまりだ。おまえがとっくに受け入れていたとしても、ボクは悔しい」
「……おまえが、悔しい……?」
「悔しいさ! 1号は1号なのに、オリジナルのために隠れなきゃならないなんて……! まるで、おまえが抑えつけられているみたいで……。仕方のない、必要な振る舞いだって分かっていても、いい気はしない……」

 それが、もう一つの憤りだ。ボクが好きなのは、一世を風靡して博士をも魅了した「ガンマ」じゃなく、たったひとり、ボクの先行機であるガンマ1号の方だ。その、好きなひとの存在を、世界に否定された気分になった。大袈裟かもしれないけど、1号とふたりで、堂々と世界を闊歩することを疑って来なかったから。1号だけでもそれを叶えるどころか、日陰に留まらなければならなくなっていたということは、寂しい衝撃だった。
 そこから立ち上がって、「ガンマ1号」を、もっと明るい陽だまりに連れ出したくなった。

「……って、ごめん! ちょっと、ベラベラ喋りすぎちゃったか……?」

 「ガンマ」より「ガンマ1号」——とこだわっているのは、実のところボクだけだ。1号本人は彼を自分の原型と認めて、より彼に近い存在となるべく、倣う努力をしている。だから、不用意に「1号は1号」とか言ってしまうと、その心証を害してしまうかもしれない。
 おずおずと様子を窺う。——1号は目を見張ったまま静止して、じっとボクを見ていた。

「……1号……?」
「! すまない、返答が送れた」改めて声をかければ、はっとして応えてくれた。「おまえの提案に異存はない。それに従おう」
「そ、それなら良かった……」やや事務的な了承は、慌てて受け答えをしようとしたせいだろう。「でも、どうしたんだ? なんか、心ここにあらず、みたいな感じだったけど……」
「おまえの話は全て聞いていた」断りを入れるように、1号は最初にそう告げた。「ただ……感慨に浸っていた、と言うべきなのだろうか。……懐かしく、感じていた」
「懐かしい……? その、出かけたときのことか?」
「もっと前だ。おまえが創られるよりも前。……『ガンマ』とわたしの関係、そしてわたしの扱いの是非は、軍にとっても悩みの種だった。博士に帯同される形で、日夜開かれる会議の場にも居合わせていたから、議論の内容も覚えている。……あくまでも傍聴で、発言はしていないが」
「……そう、らしいな。ボクが起動したときには、もう問題なしってことで解決していたんだろ? だから噂程度でしか知らないけど……」

 だけど、1号がそこにいて、会議の様子を直に見聞きしていた、というのは初耳だ。
 自分が、好き勝手にあれこれ言われ続けているのを、じっと黙って聴いていたのか。
 両の手が、ひとりでに拳の形を作る。——1号の後続機、第二の人造人間ガンマでいたいけど、せめて、もう少し早く起動できていたら。

「なるほど、噂になっていたのか。……知っての通り、論争は博士を筆頭とする擁護派の勝利で幕を閉じた。その際、擁護派が掲げた主張の一つが、おまえの存在だったな」
「……へ? ボク!?」

 起動前という、どれほど望んだところで関与できないはずの過去。それが突如白羽の矢を飛ばしてボクに立てた。見事不意打ちを食らったボクは、人差し指で自分を指し、ぽかんと口を開けたまま、1号の次の言葉を待つしかなかった。

「……じき完成する二号機は、オリジナルとは異なる外見となり、異なる人格が搭載される。それと併用する以上、一号機にも問題は生じないだろう……と」
「…………!」
「先ほど、おまえも同じこと言っていたから、懐かしくなった。あの会議の話を踏まえて言っているのかと思ったが……」
「違う違う! ボクが聞いたのは論争の存在と決着だけで、詳細な主張なんて知らなかった! さっきの話は、全部ボクが考えたことで……!」

 第二のガンマというイレギュラーが共にいれば、1号がただの「ガンマ」と思われることもなくなる。——衝動的な感情に突き動かされてはいたものの、クリアな思考を巡らせて導いた案。それは、本当に正しかったんだ。
 ボクがいれば、1号は「ガンマ1号」として、常に何を憂うこともなく振る舞える。ボクが目覚める前から、決まっていたことだったんだ。

「嬉しいな、それは……」
「……そうだな。博士含む有識者たちが練り上げたものと同じ考えに、おまえは自力で至ることができた。……さすがだな」
「はは、ありがとう。まあ、それ以外にも嬉しいことはあるんだけど……」
「?」

 これは、今口にできることじゃないから、黙っておこうと思うけど。
 まるで、1号の婚約者になれていた気分だった。それも、生まれる前から結ばれていたような。——だけど。

「さっきも言ったけど、ボクの考えだからな。博士たちの受け売りみたいに見えちゃうかもしれないけど……おまえと一緒にいたいと思うのも、おまえのままでいてほしいと思うのも、全部、ボクの意思だ」

 それだけは、宣言しておきたかった。
 1号が教えてくれた過去の通り、ボクの存在そのものが、1号の支えとなるものだったのかもしれない。それ自体はとても嬉しい。でも、1号の一番近くで、1号を助けたいと決めたこと、1号に恋をしたこと、1号を愛したこと——それら全て、他の誰が意図したものでもない。ボク自身が自覚できないプログラムという可能性すらあり得ない。人造人間ガンマを大事にしてくださっているヘド博士が、そのガンマに自ら死を決意させるほどの感情を——ひとりの同型機への愛情を、抱かせるようにするわけがないからな。

「分かった。覚えていよう、2号」やや呆れたような、けれど穏やかな顔で、1号が頷く。「この話で、おまえがそこまで考えるとは思っていなかった。……その気持ちは受け取っておこう」
「たくさんあげるから、ぜひもらってくれ。明日は絶対に、おまえの外出の記憶を、良い思い出で上書きしてみせるからな!」
「……よろしく頼む。楽しみにしている、2号」
「……! ああ! ボクも楽しみだ!」

 1号が微笑むところ、何だか久々に見た気がする。それに、「楽しみ」という言葉まで引き出せた。思えば、1号は最初、外出する気さえなかったんだよな。誘えて、聞けて、また誘えて——ここまで来れて、良かったな。デートは明日。ここからが本番だけど、まずはその手を掴めたことを喜ぼう。
 実際のところ、「ガンマ1号」のためにはボクが必要、と言ってしまうと、些か言い過ぎになる。その時が来れば、1号はその赤いマントを華麗に翻して、世界のために、主のために、躊躇せず果敢に闘うだろう。当然、今まで避け続けてきた外野の視線も厭うことなく。そうなったら、彼らも彼らで、「ガンマ」ではなく「ガンマ1号」を称えるだろう。惚れているボクの主観込みだとしても、1号はオリジナルよりカッコよくてきれいだからな。
 その輝きは、1号ひとりで放てるもの。「その時」でもない以上、誰かが手を伸ばして磨いてやる必要だってない。だから、その輝きに被さる小さな蓋を退けたいと思ってしまうことは——ボクの提案は、お節介でもあるんだろう。まあ、あの1号にお節介を焼けるのも、同じヒーローであるガンマ2号の特権ってことで。どちらかというと、普段は世話されている側だから、これくらいは。
 それに、ボクは1号のことが好きだから。「ガンマ1号」の傍にいて、「ガンマ1号」を明るい場所に連れ出すようなやり方を、選ばずにはいられない。あわよくば、ボクの方を向いてほしい、ボクに想いを寄せてほしい——とも考えるけど、優先するのはそっちの方だ。今までも、これからも。

「……しかし、この恰好で外に出るなら、おまえのマントはさすがに変えた方がいい」
「え~!? 気に入ってるのに……」

 背中の擦り切れた青を手繰り寄せて、見せつけるように撫でる。
 ずっと1号の傍に遺り、そして1号の手でボクに渡されたもの。ボクの分身にして、互いに対する大切な贈り物で、最高の衣装だ。これもまた、捨てがたい。