〝生きとし生ける者の全てが、誕生日というものを持ち合わせている。数多の星々で営みを続ける人間だけでなく、厳しい自然の中で逞しく生きるさだめを与えられた獣たちや、芽吹きのときを迎える植物たち。そして、彼らの天上に位置する我ら神々さえも、
しかし、共通するのは「誕生日がある」という事実のみ。そこから先は、その日をどう捉え、どう扱うかという観点で分岐していく。例えば、多くの獣や植物は、それを捉えることすらしない。彼らは持てる本能と知恵の全てを、ただ生き抜くことに懸けている。生まれた日を記憶して感慨に浸る余裕などないのだ。
では、知恵があれば良いのか。答えは否だ。彼らに欠けた「余裕」というものも、重要な要素である。獣と何ら変わりのない、極限の環境に身を置く人間も、己が生まれた日を意に介すことはないだろう。その知能をもって、記憶はできるかもしれない。だが、他の日と大きな区別をつけることはない。やはり、そのようなことを気にするだけの余裕がないのだ。一方、豊かな環境で裕福に生きる人間は、己の誕生日を記憶するだけには留まらない。その日を特別視し、自身の日付を他の人間と共有する。そして年に一度、その日を迎えた際には、共有した人間共々祝う。——人間たちの間では、そのような文化が形成されている。
では、知恵と余裕があれば良いのか。その答えも否だ。人間を遥かに超える叡智と、彼らが到底及ばぬほどの力を持つ我々は、己の誕生日など祝さないだろう? 我らは、人間とは違う。一年に一度という、非常に速い周期で巡る日の到来に一々喜ぶほど、幼弱な存在ではない。人間とは精神の構造が違う、というのはもっともなことであるが、我々を超越存在たらしめるものの具体例を挙げるとするならば、その一つは彼らの数千倍に上る寿命であろう。短命な人間は年に一度の日を特別と思ったまま一生を終えることができるが、数百年、数千年もの間宇宙を統べる我々にとって、たったの一日など些事となるのだ。しかし、所謂長命種に属する人間は——“
「……はあ……」
‟未来”出身のザマスは溜め息をつくと、開いていた分厚い論述書を閉じ、傍らの書架へと戻す。本はパズルの最後のピースのように、書架の空洞をぴったりと埋めた。
文献の著者は、ある高名な界王神だ。とうの昔に役目を退いて故人となり、今や古代の住人とも言える人物だったが、人間と神との線引きに関する考え方が自分のものとも近く、ザマスは割と気に入っていたのだが。
「まさか『わたし』が……これの反例になろうとはな……」
振り返ったザマスがそう零す。その視線の先で、人間の姿をした男が深く頷いた。
ザマスが言った「わたし」は、彼自身のみを表す語ではない。男——「ゴクウブラック」と呼ばれる彼も、そこに含まれているのである。彼こそが、この複雑な事象を引き起こした張本人でもあった。
そして、ザマスは彼を指して「わたし」と言ったわけでもなかった。もうひとり、第三の該当者が存在する。そちらはゴクウブラックだけでなく、ザマスの同意にも基づいて生まれた存在だった。
神秘の秘宝ポタラによって爆誕した絶対神。無限の強さを誇る美しきゴクウブラックと、讃えるべき不死身の肉体を持つ気高きザマス、二者の力を重ね、そして彼らさえ到達できぬ高みへと君臨した正義の権化。——とは、本人の弁である。「合体ザマス」と呼ばれることもある彼こそが、ザマス気に入りの著者の言説を、ザマスでありながらその身をもって否定していた。
つまり、合体ザマスは年に一度の誕生日を心待ちにする神になっていたのである。
「つくづく……どう転ぶか、分からぬものだな」
ゴクウブラックが首を捻る。彼もまた、神としての強い自覚の持ち主だ。
しかし、今ではサイヤ人の肉体に引き摺られたせいか、以前とはやや性格を異にしている。具体例を挙げるならば、神にとっては気慰みの奢侈でしかなかった、飲食への興味を募らせているといったところだ。年に一度の祝いの証として、宴の中心として奉られ、豪勢な食事が許される——という催事は、正直なところ、魅力的に思えてしまう。
三人の「ザマス」の中で最も人間に近いと言えるゴクウブラックだったが、そんな彼と合体ザマスは違う。人間0計画の中で誕生した合体ザマスは、ザマスふたりの当時の気性を凝縮したと言える存在だ。素体の二人をも凌ぐほどの自信に満ち溢れ、今なお傲岸不遜な振る舞いが目立つ。もう一度ゴワスに師事し、人間を見守る道を選んだことに変わりはないのだが、好敵手を頑なに「人間」と呼び見下して、何かにつけて小競り合いを起こす。——もっとも、それは合体ザマスの本気を望んだ好敵手が、彼を煽りに煽っている結果でもあるのだが。
とにかく、人間0計画の体現者である合体ザマスがここまで人間の文化を享受する姿は、彼の弟分二人に決して小さくはない衝撃を与えていた。
「……だが、まあ、良いのではないのか? 確かに驚かされてはいるが……。悪いことではないだろう?」己の食欲ごと、ゴクウブラックは合体ザマスを擁護した。
「同意見だ。あの方は……かの人間と、いつもああだからな。たまには素直に祝われる日があっても良かろう。それに——」
突如響いた爆音が、ザマスの言葉を遮る。書庫の——神殿全体の空間がぐわりと揺れる。強靭な武神ふたりはその場に留まったが、いくつかの蔵書はバタバタと床に落ちてしまった。
「…………」
それらを拾って書架に戻しながら、ふたりのザマスは窓へと近付く。落雷じみた騒音と、肌を痺れさせるような衝撃の原因を探るために。——原因など分かり切っているから、探るまでもないのだが。
「……やはり、な」
数年前は、界王神界の穏やかな空の光が差し込む窓だった。——今は、燦然と輝く二色の閃光が、その空を切り裂いている。片や眩く鋭いばかりのブルー、片や壮麗たるローズマダー。激しい衝突を繰り返し、静謐な大気を何度も震わたかと思えば、やがて流星となってふたりの視界から外れてゆく。残された景色の中で、一つの大木が倒れていった。
「やつら……。いつも以上に、昂っている」
激闘の一部始終を観戦したゴクウブラックが呟く。唾を呑み込む音が、彼の隠しきれない興奮を物語る。サイヤの身体が彼にもたらした一番のものは、他でもない、本能的な戦闘意欲だ。
「……誕生日だからな。お気を良くして、存分にお力を発揮されている……ということではないのか」ゴクウブラック同様に、繰り広げられる頂点の闘いに惹かれつつも、ザマスは冷静に分析する。
「誕生日……。……あいつもか?」
「そうだろう」
数年前の‟未来”世界にて。絶対神が降臨し、人間たちが追い詰められたとき。神の好敵手となる人間も、そこに降り立ったのだ。
上空から人間たちを見下ろしていた合体ザマスは、彼らの拳が自身の玉体に触れることにさえ怒りを露わにした。果敢に挑みかかる彼らを幾度となく撃ち落とし、神聖不可侵の存在として君臨した。だが、その好敵手は合体ザマスに容赦ない怒涛の連撃を浴びせ続ける。神を君臨する存在ではなく、人の正面に立つ戦士にしてしまう。——かつても、今も。
「わたしは……『たまには素直に祝われる日があっても良い』と言ったのだがな……」
「いいや……。これでいい」
すっかり戦闘民族の顔になったゴクウブラックは満足げだ。ザマスは肩を竦めつつ、彼に頷いたのだった。