不可能への覚悟(全6ページ/1ページ目)

以下の内容が含まれます

  • 数年後if(潔カイ両方BM所属)・付き合い済・同棲済
  • 肉体関係の明示
  • 277話までの内容前提
  • カイザーが潔・ネスに対して原作程度(原作でネスにやってる程度)の暴力を振るう描写
  • カイザーの原作程度の自傷描写
  • 氷織(ちょっとだけ)・ネス・ロレンツォの出番

  差し出される温かい食事を払い退け、近寄るニンゲン全てに蹴りかかっていたあの頃よりは、とうにマシになったはずだ。
 「サッカーは十一人でやるスポーツ」というルールに屈したわけじゃない。他の十人を従わせるか操ればいい——もっとも、最近は思い通りになってくれないヤツががひとりいるのだが——とルールの解釈を定めたのも随分と前のことで。ただ、最低限の共同生活や集団行動すらままならないようでは、クラブハウスと刑務所を往復する日々となってしまう。クソ非効率。
 ニンゲン共の心理を学んだことは、その非効率の回避にも大いに役立った。ヤツらへの共感ができずとも、構造さえ理解してしまえば、あとは「ニンゲン」を演じて擬態できる。その上で力を示してやれば、俺の居場所は出来上がった。
 こうして、俺にとっての生きやすさを保ちながら、社会性とやらの獲得に成功したというわけだ。それが高じて過ぎた「自由」の落とし穴に陥ることもあったが、 あの戦い以降は、相応しい「不自由」を留めている、と思う。
 とにかく、問題はなかった。——たとえ、この帝国を荒し狂わせた男が、再び赤と黒のユニフォームに袖を通すことになろうとも。

『とんだ失点だな、カイザー。また、俺の物語のクソピエロになってくれるのか?』
『おいおい、悲しい誤解だな……。ここから世一諸共死刑に処する算段は、もうついているっていうのに』

『助演男優賞、クソ有力候補じゃないか。やっぱり世一くんは、アシストが好きねえ』
『クソッ、がぁ……ッ! 次は絶対喰い殺す! 今のゴールの方程式なら、もう視えてんだよ……!』

 〝新英雄大戦〟時代から変わらない罵倒の応酬で、問題大アリだって? ところがそうでもない。
 実はかつての俺たちは、まともな会話というものをあまりしていなかった。俺が一方的に煽りに行くことがほとんどで——無様を晒したユーヴァース戦以降は、そんなふうに構ってやる余裕もなかった。問題視されていたのは口喧嘩ではなく、プレー中の不和の方だったな。 その分、交わした言葉はどれも熱烈で、得難い響きを帯びていた。
 だが、あのP・X・G戦を経て再会した今はまた違う。顔を合わせれば絶えぬ敵意を確かめ合い、試合の度にストライカーとして対峙し——勝利を舌戦の武器とする。そう、ただ相争うだけでなく、クソ貴重だった「会話」まで繰り返しているのだ。
 かつて以上に、I LOVE YOUを告げ合う関係になった!
 だから誰がなんと言おうが俺たちの仲はクソ改善している。戦場にて言葉なく殺意の刃を向け合う関係も大変良いが、激しさはあればあるほどクソ好みだ。 あとは俺に跪いてくれれば完璧——なのは間違いないが、世一と鎬を削り合う「今」もまた、〝世界一〟甘美なラストシーンに続く一幕。
 そう思えばなおのこと、輝かしい敵意を向け合う時間が愛おしく思えた。
 フィールドに立つことが、ボールを蹴ることが、以前よりも愉しくなった気がした。

 

『なあ、カイザー。……お前と一緒に住んでもいいか?』
『いや、だから……! 俺が寮追われたとかじゃねーし、友達いないとかお前には言われたくない! ……やっぱり、いくらなんでも急すぎたよな……』
『ああもう! いいか、さっきのはな! こっちじゃ告白とかしないって聞いたから言ったんだよ! 俺は……お前が好きだ、お前、に……恋を、してる……!』

 そのクソ宿敵が、こっちのI LOVE YOUを向けてくるなんて、思ってもいなかった。
 悪趣味な罰ゲームでも、何か裏のある策略でもない。培った心理知識を費やし仕草と表情に眼を凝らせば、世一は本心から〝告白〟をしたのだと結論せざるを得なかった。——最近は一段と激しい熱視線を向けてくれると思っていたが、こんな意味かよ。
 少し残念になるくらい、意外だった。こいつとはクソ合わんと常々思っているが、フットボーラーとしての姿だけは、評価していたと言ってもいい。人畜無害そうなツラなんて、所詮は戦場の外のモノ。穏やかな仮面の下にあるのは、フットボールに己の全てを捧げ、世界の頂点へと至るべく、一切の躊躇なく屍山を築き上げ踏み台にするエゴイストの貌だ。
 それが、世一の本性で——そういうところは、俺に似ているかもしれなかった。
 そんな存在が、恋愛などという善意の馴れ合いに手を出すだなんて。——信じられない。信じたくない。
『……俺に下る気になったのか? 世一』
 歓迎するぞと言ってやりたいところだが、クソ拍子抜けもいいところだ。この手で狩る瞬間を待ち侘びていたのに、勝手に墜落しやがって。
『は⁉ まさか!』——即答だった。『絶対嫌! それとこれとは別!』
『……ほう?』
 藁にも縋る想いで密かに期待したことそのままの、理想的な回答だった。これも——嘘ではなさそう、だが。
 だったらこいつは俺に、善意と悪意の両方を向けてるってことか? いや、あり得ないだろ。そんなどっちつかずのクソ態度で、〝世界一〟になれるわけが。
(——いや)
 恋や愛が「善意」とは限らない。——暴力や暴言という形で発露されるのも、別離を突き付け絶望させることも、「悪意」ある愛だろう? そして目の前の男の本性は、フットボーラーで、ストライカーで、エゴイスト。
 そんなヤツなら——潔世一なら、必ず「悪意」ある愛を向けてくる。俺に、さらなる「不自由」をくれる!
『……なるほどなぁ! それほどまでにこの俺を隷属させたいか! 良き! 良い魂胆だ! 最近のお前はますます言うようになった!』
『え——? いや、まあ確かに、フィールドではそうだけど……』
『クソ不敬——だが、神がかったキャスティングに免じてクソ許そう! お前の書く脚本の哀れなヒロイン役を、引き受けてやろうじゃないか!』
『そういう言い回しよくわかんねーからやめろよ……! ……でも……いいって、ことか?』
『ああそうだ! いくつか条件は出すが……なあに、世一にとっては簡単すぎて、あってないようなものだ。クソ喜べ!』
 急に機嫌を上向かせた俺に世一は困惑していたようだが、次第に分かりやすく表情を華やがせていった。
 そうだ、それでいい。良い俳優——いや、敢えて「女優」と言っておこうか? ——を捕まえたと思っておけばいい。
 「恋人」になれば、今以上にお前の悪意を感じていられる。まずそれだけでクソ最高。その悪意に晒されるがまま、被支配者のポーズを取ってやることもあるだろう。だが、心から屈することはない。いつかお前を支配し返すその日まで、悪意を享受しながら呑まれぬよう、己を保ち続ける。
 そんな日々は、きっと俺を強くする。やがてお前に与える絶望を彩るスパイスとなる。
『まず一つ目だが……確か、お前は寮暮らしだったか? だったら退居の準備をクソ急げ、それから次のオフは空けておけ。……ミュンヘンに構えた、俺の家を案内してやる。一通り見た上で、注文があればクソ言え。どんなことでも』
『え、やった! いきなり同棲させてくれんの⁉ けど、注文……?』
『世一ひとり住まわせるくらい造作もないが、お前と同居する前提の家に俺が住んでるわけないだろ、クソイカレ脈略無し告白男』
『う……っ、脈略無し……』誘いの台詞やシチュエーションこそ、華麗さを大きく欠いたものだった。世一もそれを自覚しているし、気にしてさえいるようだ。
「だから、リノベーションくらいはしてやるよ」
 粗末な台詞も、住居にかける手間も、クソ些事。そう思えるほどの、魅力的な提案ということだ。
 俺自身は家一つにこだわりはない。今でこそ城みたいなのに住んでいるが、アレはネスの好みに一任して創らせただけ。住人ひとり増えようとも問題ない広さには今まさに助けられようとしているところだが、あくまで番犬が俺のために考えた、世一の存在など全く想定していない家であるという問題は残る。
 それではクソ不十分。「不自由」の供給源である世一には、快適でいてもらわなければ困る。家が気に入らなかったという理由なんかで破局してしまえば、折角の脚本が台無しだ。 
 ちなみに、同棲しないという選択肢はクソない。世一とずっと一緒にいたいにずっと悪意を向けられたいからな。
『それから、二つ目……。何せお前が相手だ。この件に関しては一切心配していないが……念押しはしておこう』
『何、だよ——』
 とびきり妖美に微笑めば、世一は実に呆気なく、目を見開いて固まった。
 そうだろう、この貌に抗える男などいない。かつての強者をも篭絡せしめた、絶世の美女の生き写し。
 一歩一歩、焦らすような速度で世一に近付く。静かに響かせる足音は、緊張を煽るための演出だ。
『カ、イザー……っ⁉』
 髪と髪が触れそうな距離まで近付き、青く大きな瞳に視線を落とす。その下方ではくはくと震える唇も、眼に留めてやった。
 初心そうな世一でも、俺が細めた視線の先に気付けば、次の瞬間に起こることまで覚悟してしまえるだろう。ごくりと唾を飲む音が、ふたりきりのロッカールームに響いた。
『……ふふ』
 クソ残念。微かな吐息を零すように嗤ってやった。思惑が外れた世一が、 逆恨みがましい視線で見上げてくる。
 いいぞ、それだ。そういう思いを募らせてほしい。
 世一からわざとらしく視線を逸らす代わりに、その左耳へと、今度こそ唇を寄せた。潜めた呼吸には艶を乗せて。——強く美しいあの女が、舞台上でやっていたように。
『……世一。どうか……手酷く抱いてくれよ』
『……⁉ な……っ、あ——⁉』
『俺を殺す甘い夢を、毎晩だって見させてやろう』
 だがこの懇願は、演技という紛い物、さらにその借り物である、蠱惑の技術とは違う。俺自身の思考で至り、紡ぎ上げるI LOVE YOUだ。
『よろしくな、クソSchatz』
 このとき浮かれるのは、恋慕の成就が叶い、俺を虐げる立場を得た世一の方であるべきだ。しかし、ただでさえ宿敵である男から、さらなる悪意を受け取れるという未来に、俺も舞い上がっていたらしい。
 そのせいで、クソ重大な懸念事項を、一つ失念していた。そして手遅れと言うべきか、ヤツを同居人として迎え入れた後で気付くこととなってしまった。

 ——世一の悪意は、戦場でしか花開かない。そこから降りてしまえば、たちまち凋む。

『おい起きろ! 練習遅れるぞ! 寝癖も直さなくていいのかよ⁉』
『クソ眠い……。……何も見捨てて、おまえひとりで、行けばいいだろ……。ノアに、怒られる、ぞ……?』
『あのなぁ、俺ずっとお前のこと起こそうとしてるから、多分もう手遅れ……! もう腹くくって一緒に怒られるしか……』

『おま、俺の分まで朝食作っ……⁉ 朝弱いんじゃなかったのかよ⁉ まあ……とにかくありがとう、いただきます』
『……日本人の、食前の挨拶だったか』
『ああ。食材とか、作ってくれた人に感謝を込めるためのな。……美味っ⁉ お前、料理も上手いのか……!』

『その頼みは……聞かない。……や、優しく……したいし……』
『はあ⁉ この期に及んで、俺相手に、か……⁉ 頭お花畑のクソ童貞にも程があるだろ……!』
『いっ、いーだろ別に! お前が相手でも、そんな真似するほど落ちぶれてねーよ……!』

 なんだこれ。想像とクソ違う。
 世一はただ、ニンゲンとして「普通」にしているだけ。手下共を相手にしているときの方がずっと優しい。それでも調子は狂わされ、俺の人物設定——例えば意外な弱点は、本来ネスを一人前の従者とすべく加えたものだった——は瞬く間に定まらなくなった。童貞だからと大目に見てやった砂糖菓子のようなまぐわいに、身を焼くようなスパイスが加えられる気配は未だない。
 クソ断言する、世一じゃなければ耐えられなかった。本来ならば俺に極上の悪意をくれる男なんだと分かっているから、善意ある日々でもどうにか生きている。 DVクソ旦那様を期待していたというのに、蓋を開けてみればこの有様とは。
 ——まあ、仕方がない。本当はきっと、俺だけがおかしい。
 世一は俺に似たストライカーだと思っていたが、フィールドの外では全く合わない。予感だけの「不自由」に浮かれていないで、そのことに早く気付くべきだったな。今まで通り、悪意への欲求は試合の中で満たす。その方が現実的かもしれないと、渋々思い始めている。
 ああ、もう一つの目的については心配いらない。——世一に溺れずにいることで、より強い己になること。クソ順調だ、全く絆されていないからな。
 だが、悪意を戦場に忘れてきてしまう世一を傍に置く、自戒の日々を続ける中で。——俺も少し、変わってやる必要が生じた。

 

『おいネス、今日から一週間クソ泊めろ』
『はい、はい! もちろん喜んで! ……でも、どうしたんです? まさか、世一とケンカ?』
『嬉しそうにしているところ残念だが、クソハズレだ。……せっかくのシーズンオフだからな。世一はしばらく、母国の実家で過ごすそうだ』
『は……っ、はあああ⁉ か、カイザーを置いて、ですか⁉ あんの、クソ世一! ボケナス世一! 甲斐性なし世一!』
『落ち着け。……同行は、俺の方から断ったんだ』
 世一の生家については、本人から何度か話を聞いたり、写真を見せてもらっていた。
 ——フィクションでしか拝めないような、幸せな家族。そんな環境で育まれたエゴイストは、父母共々ロクデナシの俺とは違い、突然変異というヤツなんだろう。
 とにかく、俺が最もいるべきじゃない場所ということは確かだ。行ってしまえば最後、俺は衝動的に、絶命するまで首を絞めてしまうかもしれない。
『で……。その間、お前に頼みたいことがある』
『……! 僕で良ければ、何なりと!』
『お前を練習台にして……あいつに、こういうことをしない特訓がしたい』
『あ゙……っ⁉ あがっ、何っ、痛……っ⁉』
 いつの間にか掴んでいた、フワフワの髪越しの頭蓋から手を離す。——ああ、早速やってしまった。
 世一は俺を「恋人」にし、さらに同じ家にまで住んでいる。つまり、俺を好き勝手に扱える立場だ。宿敵を思うがままにできる権利が、素晴らしくないはずがない。
 にもかかわらず、待てど暮らせどあいつは俺を殴らないし、蹴らない。端正な顔を歪ませる願望も、俺の技術を利用する素振りも見せてこない。髪を引っ張ることも——首を絞めることもしない。セックスのときに要求したらクソ断られた。
 ヤツはあくまで、フットボールの世界で俺を支配するつもりということだ。恵まれた立場や権利を棒に振る選択は理解に苦しむ。それでも世一にその気がないのなら、俺ばかりがこんな癖と衝動を抱えて過ごすわけにもいかないだろう。
 ——思いきり虐げてやりたい。苦痛に歪み、そして俺への憎悪を滾らせた貌で睨まれたい。
 ——俺に尽くすだけ尽くさせた後で、惨めに負かしてやりたい。怒りや嘆きを浴びながら、独りで栄光を享受したい。
 フットボールを見出した今の俺とは違う、深層に刻まれた強者のロールモデル。深い因縁で繋がれた宿敵が傍にいる弊害だろうか、一度剥ぎ捨てて克服したはずの過去が、魅惑的な悪意と共に蘇るのを感じていた。
 いずれ決着をつけるのだから、後者は多分、問題ないはずだ。そしてクソ親父譲りの前者についても、まだどうにかなる。幸いにも俺はまだ世一に手を上げたことがない——多数のニンゲン共にとっては当たり前のことなんだろうが、俺にとってはこの時点で偉業だ。クソ我慢しているのだ——から、この衝動が抑えきれなくなる前に克服してしまえば済む。
 よく考えてみれば、俺だって世一と同感だ。日常というほんの余興の間に、暴力で優位に立って何になる? フットボールの舞台で支配してやらなければ意味がない。その瞬間を迎える前に怪我でもさせてみろ、俺の方が絶望する。
 それに俺ばかりが虐げてしまえば、いくら何でも身の危険を感じて俺の元から去っていくだろう。一方的な暴力は——片想いは、哀しいからな。ピッチを降りればクソ期待外れだったかもしれないが、あいつは最高の悪意を秘めたニンゲンであることも確かなんだ。手離してなんかやりたくない。
 だから——決してここで、俺の正体を明かしてはならない。暴虐しか知らない「クソ物」としての本性を曝け出してはいけない。その果てに、世一を同じ目に遭わせることだけは、絶対に、耐えて、耐えて——。