「——なんてことを考えてたんだよな」
全部話したわけじゃない。連絡や加勢のタイミングを計算することでおまえの心を掴もうとしました、という計画の全貌はさすがに言わない方がいいだろ。ボク以上に正々堂々を好んでいるであろう目の前の相手に幻滅されかねない。好きなひとがいて、そのひとと両想いになるためにあれこれ画策していたけれど、あの日で全部水の泡になってしまった——とだけ打ち明けた。
「……おまえ……意中の人なんていたのか」
ボクの向かいの席に座った、この部屋の主——1号は目を見張り、カフェオレの入ったカップを持ち上げる手を止めた。予想通りの反応だ。
「意外だった? 人造人間のスーパーヒーローには似合わないって思う?」
「……考えもしなかったこと、ではあるが……咎めはしない。あの日、おまえが取った行動に変わりはないからな。相手を害するようなことはせず、節度さえ守れるなら……それでいい」
「そっか。それを聞いて安心したよ」
本来なら、真っ先に確認しておかなきゃいけなかったことだ。お堅い1号にダメだと言われてしまう可能性もあった。そうなった場合は説得という工程を足さなければいけない。
「その……。残念だったな……と言うのも、違うのだろうな……」
「そこは普通に残念でいいよ。確かにあのとき、両想いになることは諦めたけど……両想いになりたくなかったわけじゃない。……もっと別な作戦で、もっと早く行動しておくべきだったのかも。結末は同じだとしても、それを迎えるまでの間、そのひとのことをもっと幸せにできた。……こんなこと言ってもキリはないな」
「……まあ、初恋は叶わない……らしいからな」
慣れない恋バナに付き合わされて伏目がちになっている1号は、それでも懸命にボクを気遣い慰めようと、たどたどしくも言葉を紡いでくれている。あるいは、どこか居心地が悪そうにしている理由は——とか考えてしまうのは、さすがに調子が良すぎるだろうか。
「……いや、早計なことを言った。初恋とは限らなかったな」
「いやいや、初恋、初恋! ボクが好きになったのはひとりだけ!」思わず勢い良く立ち上がってしまったせいで、ボクの側にあったカップの中のコーヒーが波打った。「後にも先にも、ボクがそのひと以外に恋をするなんてあり得ない、誓ってもいい」
初恋じゃない、なんて耐え難い誤解だ。ボクには1号しかいないんだってことは、ちゃんと分かってもらいたい。節操なしと思われたくもないし。
「分かった。分かったから落ち着け。……よほど、好きなんだな。その人のことが」
「ああ。今でも大好き。本当に魅力的なひとなんだ。そのひとに認めてもらいたかったし、ずっと一緒にいてほしかった。何に代えても、失いたくなかった」
苦笑交じりに了解してくれた1号に促されて着席し、コーヒーを啜りつつ答えた。
ボクには一年の空白があるという意識があまりないから、救われるほど懐かしい味——というわけではない。でも、ボクの気に入りの味を1号はずっと覚えていてくれて、また淹れてくれたんだと思うと、とびきり美味しく思えた。これもきっと、ボクが1号を好きだということの証なんだろう。
「……それよりさ」急遽、また優先して確認しなければいけないことができてしまった。「さっき『初恋は叶わない』って言ってたけど、どうしてそんなジンクス知ってるんだ? まさか……1号にも好きな相手がいたのか?」
「……そんなことはない。ただ、ブルマ博士とマイさんがそんな話題を口にしていたと、思い出しただけだ」
「なるほど」
ガンマの聴覚は優れものだ。立ち聞きなんてするつもりがなくても、一瞬すれ違った人たちとか、同じ空間にいる人たちがしている会話程度ならはっきり聞き取れるし、そこに未知の知識があるなら学び記憶してしまえる。
ともあれ、1号が誰かに恋をしていて、それに破れたからそんな言葉を知った——なんて事態じゃなかったようで安心した。もっとも、その「誰か」がこのガンマ2号だったというなら、大いに歓迎して、破れてないと言うところだけど。
「ボクもその言葉は知ってた。そんな法則あってたまるかって思って、色々頑張ったんだけど……結局、その通りになっちゃったな。どうしてこんなジンクスできたんだろうな? 1号が聞いた話の中で、他にも何か出てきてなかった?」
「そうだな……。……彼女たちはいくつか憶測を話していたが……。おまえに当てはまるものがあるとすれば、経験不足、だろうか」
「経験不足?」
「初めての恋愛感情をどう扱うべきか分からず、アプローチができないまま終わる、あるいはそのやり方を間違える……という内容だったと記憶している」
「マジか……」
まさしく一年前までのボクだ。打倒カプセルコーポレーションの任務に依存した計画だったせいで、ろくに動けないままだった。完璧だと思っていた計画には、実のところ色々と無理や改善点が山積みで。そんなものに頼っていたんだから、そりゃあ叶うものも叶わない。
「……反省は、した。今ならもっと上手くやれる……と思う。……だから、さ。同じひとへの二度目の恋って、叶えられないかな」
「なぜわたしに聞くんだ」
「1号に相談するのが一番いいと思って」
好きなひと本人がくれる意見だ。他の誰の言葉より、確実性の高い助言になる。
「なぜ……」
「なあ、どう思う? さっきも言った通りボクは一途だけど……でも、酷い男なんだ。そのひともボクのこと、恋……とまでは言わないでおくけど、けっこう好きでいてくれていたかもしれない。だけどボクはそのひとを置いていった。しかも、後悔も反省もしていない。そんな、自分を二度も未亡人にするかもしれないやつのこと……好きになってくれると思う?」
「……それは、人それぞれじゃないのか。わたしよりも、本人に聞いた方がいい」
「1号の意見が聞きたいんだよ。1号だったらどうかって、考えてくれれればいい」
意地の悪い問いをしているのかもしれないという自覚はある。——ノーを突き付けられる覚悟だって。
だとしても、最後にしておかなきゃいけない確認だ。今のボクは1号にとって、心を委ねるに足る存在なのか。今後のために、知らなきゃいけない。
「……あのとき、難なく受け入れられたと言えば嘘になる、が……。……それでも、おまえを嫌ったわけではない。また同じことが起きたとしても、それはきっと……変わらない。だから、その……。おまえの懸念は、杞憂、だな。……少なくとも、わたしにとっては」
「……! そっか、良かった……!」頬が緩んで、口角が上がって、目もうんと細くなったことが自分でも分かった。「——ありがとう、1号!」
1号には恨み言の一つくらい言う権利があるのに、ボクに失望しないでいてくれた。——ボクが手にできるものとしては、最上の答えをもらえた。
これなら目的はそのままに、何の憂いもなく計画の内容を大きく変更できる。1号がくれたチャンスを、無駄にはしない。
「……喜びすぎだ、2号。あくまでも、わたしにとってはの話だ。おまえの恋路の保証はできない」
「いいんだって、1号がそう思ってくれてるなら十分!」
「……だから、あてにするな。これ以上わたしと話している暇があるのなら、その人に会ってきたらどうなんだ。おまえが一年前のことを気に掛けていて……相手方を悲しませたかもしれないと思っているのなら、なおのことだ。おまえとの再会が叶えば、喜んでくれるんじゃないのか」
「ああ、そうする。——というか、今そうしてる」
「……え——? な、に——?」
「1号が喜んでくれてるといいんだけど」
回りくどいのはもうなしだ。かつての計画の問題点は、カプセルコーポレーションが本当は悪じゃなかったということだけじゃなくて、ボクが悠長に構えなきゃいけなくなっていたということ。必要な確認は全部済んだから、今からは機を待たずに正攻法でいく。空想だけ膨らませて足踏みしたまま終わるなんて、もうごめんだ。
想い人の正体を隠したまま交わした遠回しな問答の間、1号はずっと、どこか寂しそうにしていた。そのこと自体も、その原因も、ボクの都合のいい思い込みじゃないなら、今度は素直な言葉で、喜ぶ顔を見せてくれるだろうか。
「好きだよ、1号。……もっと早く、この言葉で伝えるべきだった。さっきまで話してたのは全部おまえのことなんだ。……だから、ボクの初恋も、二度目の恋も、叶えてくれないか?」
欲じみた思いを捨て去って、高く羽ばたいたヒーローとして生涯を閉じたきりでいられたら、さぞ綺麗だったろう。だけど、生き返れて本当に良かった。大好きなひとにまた会えて、たった一つの後悔をやり直せて。言うのが遅いということは覆らないけど、これで1号のことも、もっと幸せにできるかもしれない!