「ねえ。その、『レンラクサキ』ってそんなに重要?」
「ガ、ガンマさん!? ……は、はい! それはもう!」
道行く兵士たちの雑談はスルーして、速やかに1号のところへ——という予定だったけれど、その雑談の内容が恋バナだというなら話は別だ。ボクにだって成し遂げたい目的はある。そのための情報収集は欠かせない。
彼らは荷物を運んでいる最中だったので、その一部を引き受けて群に加わる。このくらいはほんの情報料ってことで。人造人間が色恋の話に首を突っ込むなんて妙な光景だが、彼らにとってすっかり好奇心旺盛な新入り隊員となっていたボクはすぐに話に入れてもらえた。気さくな挨拶やパフォーマンスで持ってもらえた親しみはこんなところで生きてくる。
「だって……ほら! 連絡先って……言わば、好意の証、みたいなものですよ」
「好意の証?」
「連絡先を交換するのって、相手に連絡したいという気があるってことじゃないですか。それって、お互いに興味があるとか、仲良くなりたいって気持ちがあるってことでしょ」
「確かに」
「交換したら手始めに挨拶して、事前に相手のコの趣味や好みが分かっていたら、それに合わせて遊びに誘ったりもして!」
「ふむふむ」
「デートへの第一歩になるってこともいいですし、あと、単純に何気ないやり取りもできるようになりますよね。そういうのを積み重ねで距離も縮まっていって……!」
「……まあ、まずは連絡先を手に入れることからなんですけどね……」
一人がそう言った途端、みんな彼に従うように肩を落とした。
なるほど。彼らは喜々として語りつつも、それを成すスタートラインに立ててはいないらしい。たったの一言で夢から現実へと引き戻された彼らは気の毒なくらいに気落ちしている。
「……手に入れてみたらいいんじゃないか? どうすればいいんだ?」
前でも向かせてやろうかと思って言ってやれば、いくつもの目に、縋るように一斉に睨み付けられ、
「それができれば苦労しませんよ!」
と声を揃えて抗議されてしまった。
「そもそもここじゃ出会いがないじゃないですか!」
「自分は今度の休暇で合コンに行くことになってるんですけど……。気が重いですよ、職業聞かれたときに嘘つくしかないじゃないですか」
「ああー……。レッドリボン軍とか名乗れないもんな。まだ地下活動を徹底しなきゃいけないから……」
この軍の秘密主義はボクもこの身をもって理解しているところだ。なんなら、ボクたちの方が彼らよりずっと締め付けを受けていると言っても過言じゃない。何せ彼らと違って人権がないのだ。休暇を貰ってこの基地の外に出るなんて出来やしない。
おかげでボクが意中の相手を誘えるデート先なんて、無人の演習場か休憩室か食堂くらいだ。司令室で過ごすことが一番多いけど、この身を収めるカプセルがある部屋だから、人造人間としての本分のためにいるようなものでもある。よってデート先の括りには入らない。どちらかと言うと家だ。ボクたち以外も普通に入ってくる時点で、あまりいい家ではない。
——少し逸れてしまった。とにかく、ここにいる誰もが不自由な身だ。けれど、合コンとかいうよく分からないけど恐らく多くの人との交流の場であろうそれに辛うじて出席することのできる彼らの方がまだマシなのだ。
しかし、ボクは既に最上の出会いを得ているので、それに関しては羨ましくもなんともない。
「自分は同窓会に行くつもりで……。あーあ……学生のころに好きだった子……覚えててくれるかな……」
「それこそ、そのときにレンラクサキもらえたりしないのか?」
「む、無理無理! 高嶺の花って感じの人ですし……!」
ぶんぶんと勢い良く首を横に振る彼は、両手が塞がっていなかったらその手も動かして否定しただろう。
誰も彼を臆病と言うことはなく、深く、深く頷いていた。
「連絡先交換するハードルって地味に高いんですよー。いきなりは無理なことというか……そこに辿り着くまでに話盛り上げて意気投合してやっと得られるもので……」
「でもないことには進展しないんですよねー……。はあ……。好きな子の連絡先ほしい……」
「好きなときにお喋りしたい……あわよくば食事の約束とかできたらいいのに……。……って、ガンマさん?」
「……え? ……あ……」
彼らの話を聞いているうち、ボクの口元は自然と——弧を描いていた。
決して彼らの嘆きを嘲笑っているわけじゃない。自分の状況に、恵まれているということに、感動しているのだ。
「……いやあ、その。大変な中、よく頑張ってるなあって思ってさ! きっといいことあるよ。なんたってキミたちは、これから世界を救う軍団の一員なんだからね」
「ガンマさん……!」
「あ、荷物の置き場所はここでいいんだよな。じゃあボクはこのあたりで。またな! 色々教えてくれて助かったよ!」
「はい! お疲れ様です!」
「こちらこそ! ありがとうございました!」
いい感じに決まってくれた励ましの言葉が、ボクの上機嫌を加速させる。彼らもいい恋ができますように、成就しますようにと、割と本気で思えたくらいには機嫌がいい。——だって。
屋外なのをいいことに、スキップでその場を離れる。これからボクがやることは、あるときは愛しい誰かと巡り会えず、あるときは手を伸ばすこともできない彼らにとっては目の毒だ。そんな気遣いができるくらいには機嫌がいい。——だって!
「——1号、1号!」
『……なんだ2号。なにか用か?』
——そう! ボクはもう既に、好きなひとの連絡先を手に入れているからだ!
ボクには生まれつき、1号にはボクが創られてから、互いと通信するための回路が取り付けられた。だから彼らが言ったように、同意して交換するというやり取りを交わしたわけじゃない。
だけど裏を返せば、ボクたちは最初から非常に近い関係になることが前提のふたりだったということだ。だから距離を縮めていくことだって当然だ。回路をつけたのはヘド博士なんだから、ボクたちのその関係は博士のお墨付きですらある。勝ち誇りたくなってしまうのも仕方がないというもの。
——恋心なんてものはさすがのヘド博士でも想定していなかったことだろうけど、それはそれ。
「おはよう……じゃないよな。今の時間帯はこんにちは、か? 今日もすっごくいい天気だ」
『……おまえ、そんなことのために通信を……。切るぞ』
「ああ待ってくれよ、そんなことじゃなくて! 1号、もうすぐ他の兵士と見回り交代する時間だろ? だったらボクと模擬戦闘しないか? そしてそれが終わったらふたりでお茶でも……!」
あいつらが言ってた通りだ。連絡先があれば、直接会っていなくてもお誘いができる。ボクは本当に、1号の連絡先を持っているんだ!
『おまえの方は片付きそうなのか? おまえが向かった区間での荷物の運び入れ、かなり大規模なものになりそうだったが……』
「……あっ……」
そういえばそうだ。今日はたとえ雑務でも真面目に手伝おうと思っていて、今朝1号にそう宣言までしていたのに、結局途中で放り出してしまっている。1号と連絡先を交換できていることが嬉しいばかりに。まあ、かなりの人員が割かれているようだったから、ボクがいなくても大丈夫だとは思うけど。
そもそも手伝いをすると言ったこと自体忘れていた。1号に見てもらいたいポーズを考えるのに夢中になっていたせいだ。ボクが彼らを手伝ったのは、あくまで恋バナに参加するためだった。
「……ああ! ボクの請け負った分は片付いたよ!」これなら、別に嘘を言っているわけではなくなる。「後はもう大丈夫、だから今日はもう何も気にせずふたりで過ごそうよ」
『……分かった。演習場だが、AとBは今兵士たちが使用しているらしい。Cの方に向かおう』
「了解! あ、どうせなら一緒に行かないか? ボクもう手が空いたからさ、1号のこと迎えに行くよ」
迎えに行くって、けっこうカップルっぽい行いではないだろうか。連絡先も交換して、デートの約束まで取り付けた上に、こんなことまでできるとは。もうそろそろ告白を考えてもいいかもしれない。
『……2号』
「なあに? 1号」
『交代の時間まであと十五分ある。その間、おまえもちゃんと仕事を手伝え。今朝、そう約束しただろう』
「げっ……」
早々に抜け出してきたのがバレている。何でだ。「ボクの請け負った分『は』片付いた」という言い方をしてしまったせいだろうか。大した隙じゃないはずなのに的確に見抜いてくるのはさすがだ。そういうところ面倒だけど、敵わないしすごいなと思う。
「分かりましたー……」
了承して、来た道をとぼとぼと引き返す。それでも機嫌の良さは続いていて、1号が雑務から解放されるまでの十五分間ずっと浮かれていた。まだかまだかと思いながら待っていたせいでひどく長く感じてしまい、けれどその長さもボクの高揚を煽るものとなっていた。
地道にカウントしていた秒数がもう九百に達したと信じて今度こそ1号のところへ飛んでいこうとしたところ、その途中で1号と会えた。ボクが真面目に仕事をしているかどうかを見るためにも、迎えに行くつもりだったらしい。1号もボクのことを迎えに行こうとしてくれていたんだ!
ボクが1号と全く同じような人格設計をしていたら、任務で必要なやり取り以上の関係を築こうなんて発想はしなかったかもしれない。こうして、1号に気に掛けてもらえるようになれなかったかもしれない。だからこういうときは、こんなボクで——ガンマ2号で良かったなと思うのだ。いつまでも心配を掛けてばかりいるわけにもいかないけど。