「なあ1号」
「何だ」
「さっきの会議、1号から見てどんな感じだった? 何か重要なこと言ってたか?」
「聴いていなかったのか」という言葉が浮かぶまで、暫し時間を要してしまった。驚きと呆れが、思考と行動の急停止を招いたためだ。
しかし、その言葉を口にはしなかった。わたしたちは論議の席から離れた場所に立っていたが、その状態でも話の内容を十分に把握できるだけの聴力と処理能力を持つ。それを傾けていれば、聴いていなかった、ということが起こるわけがない。あくまで確認としての質問なのだと結論付けて、要点を伝えることにした。
「——という議論だった。決定事項とその主旨は以上だな」
「ふむふむ、なるほど……ありがとう! ……だけど、どこかで聞いた話……というか、先週もボクたちこのやり取りしたよな……」
「……」
「……要は、特に何も進展はなかったってことか」
解散して会議室を後にする者のうち数名が、こちらを振り向き睨み付けた。
両腕を組み、「2号」と窘めの意図を込め強めた語気でその名を呼べば、2号は平然と肩を竦めてみせる。幸い、彼らは一睨みで、あるいはわたしが彼を叱ったことで満足したらしい。2号が不躾を重ねたときにはもうほとんどが去っており、追及されることもなかった。
「大丈夫だって。あいつらがボクたちに何か言ってくることはないだろ」会議室から足音や話し声がなくなったと同時に、2号は軽い調子で話を続ける。「軍の機密に近い地位にいる人ほど、データ上とはいえボクたちの性能の高さを目にする機会もある。今まで扱ってきたような兵器なんて比べ物にならないモノ相手に、意見なんて言わないよ。総帥あたりともなれば、話はまた変わってくるけど」
2号の推測は、確かに的を得ていた。この会議の出席者が軍の幹部クラスであることも、彼らにとってわたしたちは軍の新参者という以上に、畏怖の対象であるということも、事実だ。
2号は思慮に欠けた物言いをしたが、周囲の人間の特徴をよく捉えた上でそうしていた。判断能力があるのかないのか分からない——いや、それの使いどころがおかしい。彼らの立場と言動の傾向に考えが及んで、なぜ自身の発言がもたらす影響については無遠慮なのか。
わたしも、ニンゲンの機微に聡いわけではない。よく分からないと言ってもいい。だが、ガンマへの評価はヘド博士への評価にもつながるものだ。だから、必要以上に彼らの神経を逆撫でするような言動をすべきではない。
「……その前に。2号」2号に対して言うべきことが増えてしまったが、これに関しては後ろに回して、順を追うことにする。「おまえ、会議の内容を全く聴いていなかったのか?」
「え」
わたしの説明に対して深く頷いた上で、「どこかで聞いた話」「先週もこのやり取りをした」と言っていた。本来、その反応や所感は、会議の最中に覚えて然るべきものだ。にもかかわらず、2号はわたしの話を初めて聴いたかのような態度を見せ、その後で先週の件を思い出していた。やはり、先ほどの会議自体は聞いていなかった可能性が高い。
2号の反応を見る限り、わたしの考えは正しかったのだろう。図星を突かれたときの表情は、もう何度も目にしてきた。
「よく分かったな1号! 実はそうなんだよ、聞いてなかった」
「おまえ……」
なぜそこで喜ぶのか。意味が分からない。こちらはおまえの失態について話しているというのに。
意味が分からないと言えば、もう一つ。
「……ならば、あの態度は何だったんだ」
「態度?」
「会議の最中は、真面目に聴いているように見えた」
いつものように、わたしに寄りかかりじゃれついてくることも、口頭もしくは内部通信で雑談を仕掛けてくることもなかった。珍しいと思い横目で様子を窺ったところ、2号は真剣な眼差しで、議論の様子を見つめていたのだ。
先週は何度も雑談の相手を求められた挙句、「そういえば、会議の内容って聞いてた?」という質問に呆れさせられた。しかし、この様子なら今回は大丈夫だろう——と思っていた。だから、2号に先週と同じような質問をされていたときも狼狽えてしまったのだ。
「……そっか! そう見えたのか!」またしても2号は喜びだした。「会議は聞いてなかったけど、代わりにずっと、この後の戦闘テストのこと考えてたんだ。こういう場面になったらこう動けば、1号の裏をかけるかなー、1号が教えてくれた分析結果、どう生かせるかなー、って感じで……」
「…………」
——評価に困る。
模擬戦闘という形で控えたテストは、ガンマの性能——ひいてはヘド博士の功績を示すための、重要なもの。前回の測定値に劣る結果を残すようなことがあってはいけない。わたしたちの性能上、そのような結果に終わることはあり得ない。しかし、楽観的な姿勢で臨むべきものでないことも確かだ。2号は日常的な業務に対しては不真面目なところもあるが、このテストの意義は理解して、パフォーマンスの向上を図ろうと試行錯誤していたのだろう。その姿勢は正しいし、好ましい。
だが、不真面目がそれで帳消しになるわけではない。進展のなさをを察してしまうような会議ではあったが、それでも軍の方針を決定するものだ。発言権がないとはいえ、作戦の軸を担うことになるわたしたちにもかかわりがある。だからこそ、警備の立場でもその場にいれるよう、ヘド博士が取り計らってくださったのだ。博士のご厚意を無下にしないためにも、ちゃんと聞かないと——。
「——1号、1号。おーい」
「……!」
はっとしたときには、眼前で2号の手が揺れていた。
「また難しい顔して……。そんなに考え込むような要素、今の話にあった?」
「あった。おまえはたまに……不真面目なのか真面目なのか分からないときがある。今もそうだ」
「それをそんなに深く考えなくてもいいと思うけど……。……でも、大分真面目だったんじゃないか!? だって、1号との模擬戦で使う作戦を本気で考えてたんだぞ!」
会議中の自身のことを話す2号は、先ほどから妙に誇らしげだ。テストに対して真剣であることだけは、良いのだが。
「会議の内容を聴いていなかったことについては、どう考えているんだ」
「セルマックスの開発に目に見える進展がない以上、軍に動きもないだろうなとは思ってたから、元々聞く気はなかったかな……。何かあったら、また1号に教えてもらおうかなって」
「……おまえを甘やかしすぎたか?」
「え!? ちょっ、そうじゃなくて! それだけ、おまえのことを信頼してるってこと! ほらほら、そんなことより、早く演習場に行こう!」
強引にポジティブな言い方にまとめた上で話題を変えた2号が、わたしの腕を掴んで会議室のドアを目指し始める。その手を振り解きつつ、隣に並んで同じ場所へと歩みを進めた。
礼を欠いた行動は慎むように、という話は移動中にするとして。2号が会議中に何やら作戦を考えていたということ、そしてその作戦についての評価は——模擬戦闘を終えてからでいいだろう。