the only

 

 テストの結果は良好。全体的な技能の向上を記録し、アップデートの質を確かなものと示すことができた。今回取得したデータも、良い糧とできるだろう。
 わたしだけでなく、2号も。彼の結果は事前の予測値を大きく上回っていた。拳を重ねている最中も、何度も驚かされた。次第に動きを読んで応戦できるようにはなったが、序盤の掌握に成功したのは、2号の方だった。
 

「どうだ1号! 前よりもカッコよくできてただろ?」
「ああ、そうだな」成果のアピールに肯定を示せば、2号はまずます顔を輝かせた。「ヘド博士も、きっとお喜びになるだろう」
「だといいな! 1号も、もっと褒めてくれていいんだぞ!」

 両手を腰に当てて得意げに口角を上げた2号が、更なる称賛を望んで待ち構える。
 過度に調子に乗らせてしまうのも、こいつの性格上良くはなさそうだが——素直に事実を伝えるくらいはいいだろう。現に、2号は良い結果を残したのだ。

 

「……わたしの視点から評価できる点は、こんなところだな。総じて、前回よりも闘い辛かった」
「うんうん……! いやあ、照れるなあ! なあ、他には? 他には何かあるか?」
「まだやるのか……」

 具体的に話せる部分は全て話したはずだ。褒め言葉に飢えている——というわけでもないだろう。ヘド博士は、ガンマのことをご自身の最高傑作だとよく口にしてくださる。ご自身の手腕への絶対的な自信を窺わせる言葉は、間接的に、わたしたちへの最大の賛辞でもある。
 そろそろ終わりにしようと思いつつ、もう一度戦闘の流れを振り返る。——そして一つ、伝え損ねていた部分に気付く。
 今回の2号の闘い方には、ある共通点があった。

「いつも以上に計算されていた動きができていたように思う。だからこそ、反撃のタイミングの掴み方も良くなっていたな。前回のおまえなら、戦闘開始から二分五十秒後以降のあの判断と攻撃はできていなかっただろう」
「だろ!? 前回のデータを元に、ちゃんと考えたんだ!」
「考え……」

 本人が豪語する通りだ。先ほどの2号の闘い方は、咄嗟の判断や閃きを重ねたものではなく、事前に想定していた計略の一環——という印象を強く受けた。——会議室にて交わした会話が頭をよぎる。

「……本当に、考えていたんだな。会議の最中」
「あれ、そこ疑ってたのか?」
「疑ってはいない。……が、改めて実感した」

 やはり2号は、今回のテストに真剣に臨んでいたのだ。自動的に改良を積み重ねていく戦闘プログラムに身を任せるだけでも成果は得られるというのに、それに甘んじることをせず。模擬戦闘を行う前から、自ら戦略を練るに至るほど。
 分からない。一方に対してはそんな姿勢を見せておきながら、なぜ他のこと——例えば今日の会議に対してはこうもいい加減なのか。ガンマにとっての優先順位に則ったまでと言われれば、納得せざるを得ないかもしれないが——。

「……おまえは、わたしが思っていたよりは真面目なのかもしれないな。少なくとも、自分で考えることに関しては……」
「そうかもな。今日のためにあれこれ考えるの、苦じゃなかったし」
「その思考力や集中力……自己判断の能力は、明確におまえの長所と呼べるものだろうな……」

 その長所を、大事にしていいとは言い辛い。
 2号が軍の業務や規則よりも自己判断を優先するのは、今に始まったことではない。これまでは重くて謹慎程度の処遇で済んでいたが、この調子ではもっと大きな独断をしてしまうのではないか。そんな危うさを覚えてしまう。
 確かに優れた力だろう。だが、わたしたちはそのときに出された命令に従えばいいのだ。レッドリボン軍は、正義を重んじ悪を排するために武器を取った軍隊なのだから。ヘド博士も、ヒーローの活躍を望んで軍に協力し、わたしたちに指示をくださっているのだから。

「……それを、なくせとは言わない」

 結局、そんな言い方になってしまった。
 自己判断を可能とする力について、きっと2号の方が、わたしより優れている。それを少し、ほんの少しだけ、羨んで、眩しく思ってしまったせいだ。

「今回の戦闘においても、それは功を奏したが……。だが、もう少し人の話はちゃんと聞くように——」

 2号が僅かに表情を顰めたことと、わたしが自分の発言に違和感を覚えたことは同時だった。
 違和感の原因を辿るように、再度模擬戦闘を思い返す。序盤こそ2号に翻弄されかけたものの、次第に対応できた理由は、ガンマに備わった学習能力の機能だけではない。——わたし自身にその闘い方に覚えがあったから。
 それから、2号は確か、会議室でこう言っていた。

『1号が教えてくれた分析結果、どう生かせるかなー、って感じで……』

「……もしかして、わたしの話は聴いていたのか?」
「正解!!」

 2号は今日一番、嬉しそうな顔をした。わたしからの褒め言葉をねだり続けていたのは、まさか、この指摘を待っていたからなのか。

「よく覚えていたな」

 終えたばかりの模擬戦闘の反省をふたりでする中、闘い方について2号にいくつかの助言を送っていた。数週間以上前に遡る出来事だ。今回の測定は、博士のスケジュールの都合で後ろ倒しになっていたのだ。

「データとしてではなく、口頭で伝えた程度のものだった。それに、あのときから間も空いている。おまえのことだから、とっくに忘れているかと……」
「おまえのことだからって何!? ボク、そんなに物忘れしてたか!?」
「している」

 2号は普段兵士たちと親しくしておきながら、彼らと別れた次の瞬間には「さっき話してたヤツに伝言頼まれたんだけど、あいつ何番だったかな……」「伝言の内容も何かややこしくて覚えてないや」と言い出すようなやつだ。軍の会議だって、先ほどのものだけでなく、先週のものも聴く素振りすら見せていなかった。
 その2号が、わたしの話は聴いて、記憶までしていた。彼の言動を知れば知るほど俄かには信じ難い話だが、2号はそれを行動で証明した。自身の戦闘動作に取り入れて、生かしてみせた。

「……やればできる子、というのは、おまえのような者を指す言葉なのだろうな。なぜ、その思考力や洞察力をもっと使おうとしない」
「え~? これじゃダメなのか? 1号の話はちゃんと聞いたのに」
「……? 区別しているのか……? 他の者と、わたしを……」
「そりゃしてるって、ボクの仲間はおまえだけじゃないか」当たり前のことを言われたように、2号は笑う。「それに、1号はお堅いしあんまり融通利かないけど、1号は……正しいことしか言わないからな」

 疑問への回答が行われれば、また疑問が湧いてくる。
 正しいことを言うのは、わたしだけではないだろう。ここは正義の軍なのだから。なのに、なぜ——わたしひとりを、そこまで。
 ——最も優先して口にすべきは、それではない。

「……わたしを頼るのはいい。だが、くれぐれも過信や妄信はするな。わたしの言葉を、最重要のものとして扱うことはしないように」
「ヘド博士?」
「そうだ。ヘド博士の命令に従うことが、第一であるべきだ。咄嗟の判断を生かすのは、不測の事態が起こったときだけでいい」
「分かってるって! 頼りにすることを許してもらえれば、それでいいからさ!」

 本当に分かっているのだろうか。楽観的な2号に対する不安が拭いきれないまま、共に演習場を後にした。

 覚えていたのは、不安だけではなかった。——それとは真逆の、何だか満たされているかのような。安らぎ——そんな言葉が当てはまるだろうか。
 人造人間に発言権などない。2号が創られる以前から、苦も疑問も覚えることなく受け入れてきたことだった。正義のために、ヘド博士のために、下された命令を遂行さえすればいいのだと。人々の、博士の期待に沿えるのであれば、それで良かった。
 対等に言葉を交わし合うことも、オレ個人の意見を口にすることも、それが汲み取られることも——使命を果たすためには不要なもの。望むことも、考えることもしなかったそれらは、もしも2号と出会わなければ、知らないままだったに違いない。2号には、随分とニンゲンじみた行為を教わってしまったが——不思議と、嫌ではなかった。