「……1号。今、なんて」
何の話を、していたんだっけ。今に続くほんの数秒前のことなのに、自動保存のメモリーを遡らなければ思い出せないものになってしまった。
理由ならすぐに分かる。一番大好きな時間が、1号と過ごす場所が、一瞬で砕け散ってしまうようなことを言われたからだ。真っ白な思考の片隅で、聞き間違いという低い可能性に縋っていた。
ええと——ああ、そうだ。確かボクはこう言ったんだ。「ボクたちふたりで、世界を救おうな」って。約束されたも同然の、輝ける未来! それに思いを馳せて言葉を交わすなら、当たり前にできる決意表明だ。——だけど、1号が。
「『ふたり』ではない」
否定、した。
呼び起こしてしまった最新のメモリー上の声、ボクの尋ねを受けて復唱した目の前の相手の声、その二つが重なって、聞き間違いの可能性も粉々になった。
「ブルマ一味との交戦が開始され、わたしたちの性能が確実なものとなり次第、速やかにガンマの増産体制に移行する……。ヘド博士がそう仰っていた。ヒーローは多ければ多い方がいい、と」
瞬時に拒絶して認識の外へと弾き出していた言葉が、将来が、再び紡がれ補強される。二度も言われた同じことを、賢明な頭脳はどうしても正しく処理してしまう。最高峰の性能を誇る思考プロセスは正常に稼働しながら悲鳴を上げる。嫌だ嫌だと叫んでいる。
ふたりきりがよかったという我儘に、しがみ付こうとしている。
「……ああ、博士がその話をしてくださったのは、おまえが珍しく見回りの仕事をちゃんとしているときだったな」
そうか。なら、たまには1号に言われた通り、真面目に雑用してみるのもいいかもしれないな。同席して、ヘド博士の口から直接聞いていたならば、「楽しみです!」って言わなきゃいけなくなっていた。
嘘も方便、なんて言葉もある。目的のための嘘や誤魔化しが避けられないときはどうしてもあるけど、苦しい嘘なんて好き好んでつきたくはない。
「……なんだ、そっか。ボクがいない間、そんな大事な話してたんだな」
笑え、笑え。笑顔を崩すな。ヒーローだろ。無茶苦茶にでも自分を鼓舞して、力の限り表情を保つ。
「また近いうちにこの話を聞く機会もあるだろう。セルマックスのプログラムの完成までにはまだ暫く時間がかかるそうだが、それに先行してわたしたちを一味との実戦に向かわせる……という話も出てきているからな」
「いやいや、教えてくれて助かったよ」
表情を取り繕えたところで、言葉はそれが限界だった。「楽しみだな」という嘘をつけるほど、今のボクに余裕はなかった。
「……もうそろそろ時間か。わたしはこれからメインタワーに向かうが……おまえはどうする?」
「ここにいるよ。ボクは用事ないから」
ボクが渋った雑務を、1号は引き受けていたんだろう。自分と違って不真面目な二号機に、1号は呆れ顔を向ける。こんなやり取りは何度もした。出撃許可が降りないボクたちに課せられるのは、任務とは名ばかりの使い走り。創られて間もない頃にこの待遇を知って以降、ボクはこんな調子で、1号はずっと真面目だったから、本当に何度も。
でも、1号はここ最近、随分と分かりやすく呆れるようになった。ボクにしか分からないくらいの変化かもしれないけど、少しずつ、色んな表情を見せるようになってくれた。——ボクだけ、なんだ。1号がそれを見せてくれるのは、ボクだけなんだ。——なのに。
「……1号」
1号から聞かされた将来の話が、脳に焼き付いて離れなくて。ボクたちの部屋——放置されている敷地内の倉庫を勝手に使っているだけだから、正式な私室というわけじゃない——から出ようとする1号のことを、思わず呼び止めた。
1号がこっちを振り向いてくれただけで嬉しくなって、少し救われたような気がした。
そして、これからのことを思って苦しくなる。
「1号は……いいのか?」
「いい、とは?」
「その……また、ガンマが創られるって話……」
違う。違う。何だこの言い方は。どうして1号に尋ねようとしているんだ。
——分かり切っていることじゃないか、この話を嫌がっているのは誰なのか、なんて!
「……いいも悪いもないだろう。ヘド博士の決定には従うのみだ、わたしの意思が関与する余地などない」
——分かり切っていたことじゃないか、1号はそう答えるって。
ボクの、片想いなんだって。
嫌だと言ってもらえるとでも思っていたのか? とんだ、分の悪い賭けに出たものだな。
「……おまえは嫌なのか? 2号」
「——まさか!」
ごめんな、1号。おまえに嘘をついた。でも、本当のことを言ったところで、みっともないだけだ。おまえだって困るだろ。
「ただ、ちょっとだけ心配になってさ。だって1号は、ボクやヘド博士以外の人と会話することなんてないだろ? これ以上ガンマが増えたら人見知りのおまえは大丈夫かなって」
作り上げた笑顔は維持できている。その裏で、身体中に走り出した悪寒と、胸のあたりを焼き焦がす嫌な熱に、声にならない叫びを上げる。
人見知りはどっちだよ、分かってるだろ。なのに、ボクひとりが勝手に嫌だと思ったことを、1号に転嫁して。——最低だ。こんなヘマ、普段なら絶対しないのに。1号に、酷いことはしたくないのに。
「無用の心配だ。わたしは人見知りじゃない」
また呆れた顔をして、当然の否定を淡々と口にした1号は、今度こそボクたちの空間を後にする。
怒らせたわけではないみたいだ。ほんの少しの安堵を覚えて、「いってらっしゃーい」と最後に明るい声を出せたボクは、ぽつんとひとり残された。