××がふたりを別つまで

 

 妙に上機嫌な2号が不可解で、どうしてもそちらに視線を向けてしまう。指令室に戻ってくることをやけに嫌がっていたが、今は鼻唄交じりに青色のカプセルを開けている。
 あの部屋にいたがったことも、突如態度を翻してここへ来たことも、「ヒーローとしてもっと成長できる手段」とやらに関係しているのだろうか。2号のことだ、あまり期待をしない方がいいような気もするが、わたしとてヒーローで、2号と同じガンマ。気にはなった。
 ふと、2号のさらに奥の空間が目に留まった。2号用のカプセルの傍には、わたしたちのカプセルに送り込まれるエネルギーを蓄えた装置がある。そのためスペースに余裕はないが、いずれどうにか空けられて、そして新たなカプセルが置かれることになるのだろう。一体何色になるのだろうか。
 ——未知の同型機について、真っ先に考えることがそれか。些かズレていないだろうか。こんな、呑気な発想ができてしまうのは、きっと——2号の影響なのだろう。2号に原因を求めてしまうのは責任転嫁じみた行為かもしれないが、2号以外に考えられない。
 2号は、わたしを変えた。2号になら、少しだけ、わたし自身の素直な思いを伝えることができるようになっていた。自分を指して「わたし」ではなく「オレ」と言う——そんな、起動した頃には想像だにしていなかった態度を、2号とふたりでいるときには自分に許してしまうことさえあった。彼の前でも極力口にしないようにはしているが、気を緩めているとつい零してしまう。
 気を緩める、という姿勢もまた、2号とのやり取りの中で覚えたものだ。それらが良いことなのか、悪いことなのか、わたしには分からない。今まで後者だと思っていたのだが、2号があまりにも喜んで、自分にはそんな姿を見せてほしいとせがむから、分からなくなってしまった。
 だが、他者への考え方は変わっていないだろうな。未完成の同型機については、先ほどふと色についての想像にも満たない思いが浮かんだのみだ。彼らの人格にも、任務の際にどのような運用をされるのかということにも、興味はない。わたしはヘド博士のお望み通りの行動を取るだけだ。ガンマとしての信念を共有できて、命令を受けたときや必要なときに円滑な協力が取れるならばそれでいい。それ以上も以下も求めていない。ガンマが何体いようと、もしくは、たとえわたしひとりであろうとも、わたしは正義に基づき使命を貫くのみだ。
 2号であれば、そんなわたしとは正反対の姿勢を取るだろう。積極的な交流を図って。任務とは関係のない無駄な楽しみにも誘い出して、些細なことも共有して。——わたしに対して、そうしていたように。そのやり取りが任務に著しい支障をきたすようであれば止めなければいけないが——その心配は不要かもしれないな。2号以上に浮つきの激しい個体は想像できない。そして、わたしでなくとも、他の同型機が2号を正しく支えてくれるはずだ。
 やはり、2号とわたしは違うな。影響を受けたところで、2号のようにはなれない。わたしはもう、現状に満足している。わたしにはひとりでもあらゆる任務を遂行できるという自信がある。また、その自信を貫けるほど、強くなければならない。それでも、誰か味方を得ることができるというならば、2号ひとりだけでいい。
 変化を望まないこの姿勢は、2号の目に、凝り固まったつまらないものとして映っているとしても仕方がない。お堅いだとか人見知りだとか言われてしまうことも、当然かもしれない。直す気はなかった。必要最低限のコミュニケーションくらいは問題なく取れるつもりで、わたしにはそれで十分だ。
 その2号とふたりで過ごす機会も、同型機が増えてしまえば激減するだろう。いや、激減どころかなくなってしまうかもしれない。今でこそ、2号は毎日飽きもせずに何かとわたしに絡んでくるが、それは2号と同じ立場で相手をできる同型機がわたし一体のみであるためだ。仲間が増えれば、わたしひとりに構う理由もなくなる。

(……それは……)

 ——いや。寂しい、などとは思うものか。そこまで身勝手にはなれない。
 しかし、2号の粘り強い勧誘を受諾して使い始めたあの倉庫の部屋はどうなるのか。2号が他のガンマたちを招くならわたしの関与するところではないだろうが、もし放置するようなら、わたしが片付けをするか。

「——1号、1号ってば」
「……! すまない。何か用だったか」

 考え事に耽っていたせいで、声を掛けられていることに気付けなかった。——不覚だ。
 ここまで何かを考え込むことなど、以前はなかった。わたしは与えられた命令を正しく実行できるだけでいい。だから任務に携わっているわけではない今は、考える、という行為自体が不必要なものであるはず、だというのに。

「いや、用ってほどじゃないけど。……おやすみ、って」
「……おやすみ?」

 おやすみ。——お休みなさい。就寝を控えたニンゲンに対して口にする、挨拶の表現。ヘド博士に向けて言ったことはあるが、誰かに言われたことは初めてだ。
 それもそのはず、と言うべきか。わたしたちに向ける挨拶として、適切なものとは言えない。わたしたちがこれから取る行動は確かにスリープと呼称される。夜間の活動停止状態に入るため、ニンゲンの就寝とも似ている。だが決して睡眠ではなく、彼らのように休息を取っているわけでもない。活動を止めてエネルギーの微量な消費さえも抑える状態というだけで、そこには安らぎも、起動時の爽快感も、あるいは名残惜しさなどもない。

「おやすみって言うの、変か?」わたしの意図を察したらしい2号が尋ねる。
「ああ」
「ええ〰、いいじゃないか別に。おやすみって言ってくれよ〰……」

 正直に頷いたところで2号は納得しない。ぐずる子供のようにねだり出す。
 人造人間としてはおかしなやり取りだが——断固拒否しなければならないほどのものでもないな。ここで言う言わないの問答を長引かせ、指定時間内にスリープに入れなくなってしまう方が問題だ。

「……おやすみ、2号」
「! ああ! おやすみ、1号!」

 ぎこちなさを伴った挨拶をすれば、2号も破顔して同じ言葉を返し、開いたカプセルの中に入っていく。上機嫌はまだ続いているらしい。

(……おやすみ、か)

 おかしい、な。わたしにそんなことを言う2号も。そして、疑問に思いつつも、それを受け入れてしまえるわたしも。人造人間でありながら、こんなやり取りを交わしたわたしたち、ふたりとも。まるで——本物のニンゲンの家族のようだ。そんなこと、あるわけがないのに。
 明日も、2号はオレにそう言うのだろうか。オレも、そう返せるだろうか。
 ——少しだけ、待ち遠しく思えた気がした。悪い気はしないということも含めて、変な錯覚だ。