「……2号、何をしている?」
「1号! これのことか? 戦闘データをまとめてたんだ。……って、何だよその顔」
そんなに驚くことか? と2号は苦笑しつつおどけて見せた。
——驚くことか、だと? 驚くに決まっているだろう。
日々の訓練で蓄積され、アップデートされていくわたしたちの力は、それを行使するわたしたちの中で完結する。しかし、それだけでは現状待機状態にあるガンマの性能を示すことは不可能だ。ガンマの高次的な管理者であるヘド博士ならばともかく、博士の補佐を務める一般の研究員や、人造人間の開発に携わることのない軍の人間の目に、わたしたちのスペックは映らない。それではいけない。ヘド博士の研究の正しさは認められなければならない。そのため、コンピューターから参照したガンマの戦闘データを分析し、簡易的な数値とコードに変換して、メインコンピューターに保存するという形で軍に提出する。——それが、現在2号がキーボードを叩いて行っている操作の意義と内容だ。
それは本来、研究員が担っていた業務だ。確かに、コンピューターからの参照をせずとも自分の内部データを閲覧すれば済むわたしが彼らの代わりに行ったことも何度かあった。だが、2号がそれをやるのは初めてだ。
あの、2号が。一日も早い開戦を望むあまり、日々の業務を軽視する2号が。——いや、それだけならばまだいいのだが。「おまえが一緒にカッコつけたくなるようなポーズを考えてたんだ!」「こっそり鉱山に行ってさ、小さいけど宝石採ってきたんだ! おまえにやるよ!」などと言って、数々の務めを放り投げて来た、あの、不真面目で軽率で無鉄砲で浮薄な2号が。
「1号、ボクのこと何だと思ってるんだ?」
声には出さずとも、些か礼を欠いた考えを巡らせていたことは伝わっていたのだろう。
わたしにそう思わせているのはおまえだと言いたかったが、あまりの衝撃のせいか、この唇は何の音も零すこともできず、上下の間を僅かに開けたまま静止していた。
「……そこのデータがおかしい。変換のための計算式を間違えている」
「あっ、ほんとか!?」
ようやく口に出せたのは、見上げたモニターに映し出される、容易な発見と指摘、そして修正が可能な綻びだった。同じ眼前のものであるにもかかわらず、同型機の変化は理解困難である。なぜ、こんな気紛れを。
とはいえ、歓迎すべき気まぐれだ。願わくは、その気まぐれが持続してほしい。わたしほど——とはもう言わないが、今までよりももっと真面目になってくれたら。そうすれば、一部の人間がおまえに心無い言葉を浴びせる理由も減るだろう。そして何より、おまえはもっと強くてカッコいいスーパーヒーローになれる。
気まぐれが持続してほしい。——その願いは、実際のところ本気のものではなかった。2号に真面目になってほしいという思いは確かだが、それは叶わないだろうという経験に裏打ちされた予測が上回る。気まぐれは続かない。このデータ入力の一度きりで終わる可能性も高い。これまでの日々を鑑みれば、その結論が導かれる。
——だが。
「また会ったな1号! ……え? この荷物? ああ、今あいつらのこと手伝ってて。向こうの倉庫に運ぶところなんだ」
「1号! これから見回りか? 実はボクもなんだ。場所、一緒だったら良かったんだけどな」
「お、丁度いいところに! 研究員に頼まれて探してるデータがあるんだけど、フォルダの場所が見つからないんだ。1号なら知ってるかもしれないと思って……」
結論を、今日の2号は優に超えた。
指令室のメインコンピューターを前にして見せられた、一度目の真面目のとき。2号は驚愕したわたしに「何だよその顔」と言った。「その顔」を、わたしは今日の2号と出会う度に浮かべていたのだろう。自覚せざるを得ないほど目を大きく見開いて、2号への返答には時間を要してばかりだった。