「好きだ、1号!」
やってしまった、と次の瞬間には思っていた。愛の告白という一世一代の言葉を発した後に思っていいことじゃない。でも、本当に、これを今口にしてしまうつもりはなかったんだ。もっと入念な下準備を敷いて、勝利の確信を掴んでから——という計画は水の泡だ。
雰囲気、だけなら。ボクが意図して作り出したわけではないにせよ、雰囲気は最高だった。それに浮かされて先走ってしまった。参ったな、1号のパートナーに相応しい冷静さを手に入れることだってできたはずなのに。ひょっとして、1号のピンチでもない限り、ボクは詰めの甘いガンマ2号のままなのか? それとも、スーパーヒーローになったボクの、いつだって最適解を見抜き選び取れる——と豪語したいこの心さえも揺るがして衝動で呑み込むくらいの雰囲気だったのか。きっと後者だ。そうに決まってる。ボクを包んだ感動は、それほどのものだった。
事の発端は、ボクが手に入れたとある幸運だ。
思い返せば、ボクが幸運な男なのは元からだ。ヘド博士の最高傑作として創り出され、博士のご期待通りの性能だってちゃんと兼ね備えた成功作だった。ボクも博士に応えられるこの性能には満足しているし、いい開発者に恵まれたと思っている。
そして何より、ボクには同じ力と立場を持った一体の先行機がいた。与えられた色だけじゃなく、性格まで正反対だったけれど、ボクはそのひと——1号のことが大好きだった。いつもボクを助けてくれる1号に憧れて、肩を並べて闘う未来に思いを馳せて滾ることはもちろん、何気ない日常の中でも支え合えるふたりでいたいと願った。1号がいるなら、1号がボクを見てくれているなら、何だってできる気がした。仕える主であるヘド博士に向ける感情とは明らかに違う、ボクが自発的に覚えた好意だ。そこまで想える相手と出会たこと、彼がボクの唯一の同型機だったことも、ボクの幸運に含まれる。
そこまで想っていた相手と一緒にいられなくなるなんて、本来であれば嫌で嫌で仕方がない。でも、ボクは自分からそうしてでもやりたいことを見つけた。それもまた、1号に捧げるつもりの行動だ。だから後悔はない。たとえ1号に二度と会えなくなったとしても。
そんな覚悟でコアを砕き、地に伏して眠りについたというのに、気が付けば再起動を果たしてヘド博士や見覚えのある人たちの前に立っていた。ボクは確かに死んでいた。けれど、一年後に蘇らせてもらった。彼らの説明によると、そういうことらしい。コアを失って身体の維持もできなくなった人造人間を復活させる方法があったということ、そしてそれをボクに施してもらえたということ。それらが、ボクの幸運に追加された新しい項目だ。
そして、新しい幸運は、それら二つに留まらなかった。
非業の死を遂げたわけじゃなく、ボクがひとりで選んだことなのに、そこまで良くしてもらっていいんだろうか——と、最初はボクらしからぬ遠慮さえ覚えていた。
けれど、また1号に会える。いくらでも話ができる。今なら、ふたりで自由に出かけることだってできるかもしれない。充填装置に入ることなく、夜通し語り合って朝を迎えることさえも。1号に見てもらいたいポーズがまだたくさんある。1号の話だってたくさん聴きたい、聴かせてほしい。やりたいこと、憧れていたことが次から次へと溢れ出して、慎みはすっかり昂りへと変わっていた。命と共に蘇り、ボクを喜ばせた未練は見事に全部1号にかかわることで、わがことながら正直だなと感心しつつ高揚した。生き返れて良かった!
どれから手を付けていいか分からないという嬉しい悩みも出始めた中、ひときわ強く光った願望の一つが、告白だった。1号に、ちゃんと「好きだ」って言いたい。実は生前、最期の最期に限りなくそれに近いつもりで最高の台詞を決めてはいたけれど、改めて、ということで。いつか1号に言ってみたい台詞でランキングを作成しようものなら最大の優勝候補となる言葉だったのは確かとはいえ、それを告白の台詞として使うのは完全にアドリブだった。加えてあのときは緊迫した死闘の最中というシチュエーション。ボクたちがスーパーヒーローであることを思えば悪くなかったかもしれないけど、ボクとしてはもうちょっと甘やかでロマンティックな場で愛を告げてみたい。
できず終いだった完全な告白を、今度は絶対に成し遂げる! と決意したときはまだ冷静だった。やるには万全のシチュエーションを用意して挑まなければならないし、何より、ボクが告げた想いに1号が頷いてくれるという保証がない。
今までずっと、1号を振り向かせてこの片恋を実らせる、というつもりで頑張ってきた。もしかすると、ボクが思っているよりはボクのことを好いてくれていたのかもしれない——と走馬灯を眺めながら思いもしたけれど、そうならもっと証拠がほしい。死ぬ間際にいい夢見ようとしたボクが都合良く解釈した可能性だってある。そんなふうに思えていたボクはやっぱり冷静だった。1号のためなら、落ち着いて賢く知略を巡らせるくらいしてみせるとも。
事態が急変したのは、そうして迎えた夜。つまり、ついさっきだ。
ボクの生き返りを祝し、カプセルコーポレーションのブルマ博士が自宅の屋上でパーティーを開いてくれた。あの、「ブルマ」が開いたパーティーに参加してるぞ、そのパーティーの主役はボクだぞ、なんて去年のボクや1号に言ったらどんな反応をするんだろうか。驚きもせず普通に参加している博士や1号を見る限り、この一年間彼らと上手くやってこれたみたいだ。
ブルマ博士もその周りの人たちも、悪の軍団の女ボスとその軍門の手下たちではなかった、ということはボク自身もかつて生きていた頃に分かり始めていた。しかもそれどころか、行き場を失くした博士と1号を雇ってくれたという。二人の恩人ならボクにとっても大恩人だ。そしてボクのことも雇ってくれるらしい。1号のヒモになるのは申し訳ないし何だかカッコ悪いので、本当にありがたい。主夫という手もあるけれど、性格上家事に向いているのはどう考えても1号の方なので、お互いのために分担という形でやっていきたい。
結婚どころか同棲——これからカプセルコーポレーションの居候として一緒に暮らすことにはなるけど、これじゃただの同居だ——、それ以前のお付き合いだってしていないのにそんな将来設計を想像していた。このあたりから徐々に浮かれていたのかもしれない。パーティーなんて開いてもらったらそりゃ浮つくだろ。
でも、それで何かが危ぶまれるほどのことじゃない。色んな人に親切にしてもらえるのも嬉しいけれど、このガンマ2号の大復活を喜んでくれたらいいと願う、特定の相手がいる。テーブルに並べられたご馳走——特に、思わず感心してしまうくらいの高さを誇るパフェに目を輝かせるヘド博士のことは置いといて、ボクはその、別のひとに声をかけることにした。
パーティーの真っ最中に、自分の大本命とふたりきりになろうとした。これも浮かれの表れかもしれないけど、浮かれていないボクでも同じことをしていたような気がするから、この行動とボクの気分の関連について考えるのは保留とする。これからのことが楽しみでそれどころじゃなかったから、一生保留になるかもしれない。
『なあ1号! ボクにこの家案内してくれないか?』
盛り上がりの中をこっそり抜け出すのは、実はレッドリボン軍にいた頃からの得意技だ。兵士たちと喋りながら時間を潰し、1号が雑用を終えた頃を見計らって彼らの輪から極めて自然に離れていく。ほぼ毎日そうやって過ごしていた。
まさかの再披露の機会を得たことで、生き返ったんだという実感が湧いた。昔も今も、1号と一緒にいたくて行使した技だ。何だか嬉しくなった。
そもそも、宴は盛況。ここまでくるとふたりくらい抜けたところで誰も気付かないか気にしないだろう。けれど真面目な1号は案の定と言うべきか、ボクが主役であるということを守ろうとした。「終わってからでもいいだろう」「おまえはここにいた方が」と。
対するボクは、「ボクがいいって言ってるんだからさ」という奔放な台詞と、「だってすごく気になるし」「ちょっと休憩もしたいな」というお願いを使った。どれもボクが主役であるからこそ効果を発揮したり、通用しやすくなるものだ。1号には驚かれ怪訝そうな顔をされた。賑やかな場所から少し離れて一休みしたい、なんて要望を、常に1号の周りをひとりで賑やかにしていたボクが出すとは思っていなかったんだろう。心配までされたけどそこにはしっかり元気のアピールで返し、そしてついに、1号とパーティーを抜け出す権利を勝ち取った!
ボクが主役じゃなかったら、交渉にはもう少し手間取っていたのかもしれない。この座がもたらしてくれる効果を思うと、これも幸運の一つだろうか。主役って最高だ。でも、どうせ主役になるなら次は1号と一緒がいいな。披露宴を開けばそうなれるのかな。いや、ふたりきりで挙式してゆったりとハネムーンを過ごす方が、1号の好みかな?
誰もが屋上に集った夜、穏やかな暗がりの廊下にいるのは、ボクたちだけだった。
ボクにとっては真新しい空間だけど、そういう場所を1号に案内してもらうのはこれが二度目だ。創られて間もないときも、こうやって一緒に基地の中を歩いた。嬉しい。また、1号に出会えたんだ。これから、また1号と過ごせるんだ。
『……! そうだ、2号。おまえに渡したいものがある』
『えっ、本当!?』
『ああ。昼間からずっと屋上にいたため。タイミングがなかった。今のうちに渡してしまおう。取りに部屋に戻るから、ここで待っていてくれ』
——そんな喜びを噛み締めていたら、突然1号にそんなことを言われた。赤いマントを翻し、さっき来た方向へと足早に戻っていく1号への「分かった!」という返事は、自分で思っていた以上に弾んでいた。
渡したいものって何だろう。プレゼントかな。仕事にかかわる何かかもしれないけど、プレゼントかもしれない。プレゼントだといいな! 好きなひとからのプレゼントだ! 喜ばないわけがない。それに、1号から物をもらうのはこれが初めてだ。1号って何くれるんだろう。いやもう、正直何でも嬉しい。好きなひとが、1号がボクを想って用意してくれたものってだけで、何にも勝る価値がある。ああでも、指輪だったらどうしよう。そりゃ嬉しいけど、贅沢を言うなら指輪以外がいい。プロポーズはボクからしたい!
『2号、待たせたな』
『1号——! けっこ——ん゛んっ』
『……?』
危ない。ボクからカッコよくプロポーズを決めなければと思ったとはいえ、今口に出すのは明らかに間違いだ。お付き合いだってしてないんだから。浮かれって恐ろしいな。
『何でもない! それより見せてくれよ、1号からのプレゼント……!』
『あ、ああ……』何やら変なことを言い掛けた後に食い気味になったボクに、1号は若干引いていた。『だが、プレゼント……ではないな。贈り物ではなく、返す物、と言った方が正しい』
そう言った1号に渡されたのは、綺麗に畳まれた青い布。広げてみると、さぞ丁寧に扱われたのであろう様子とは裏腹に、所々に擦り傷が目立った。まるで闘いの中にでも持ち込まれたみたいだ。
『ん……?』
その勘は正しい。思わず背中に手を当てると、そこにあるはずの感触はなく、代わりにもう片方の手に握られている。
『これ、ボクのマントか……!? な、何で……!?』
ガンマの身体が——生命が損なわれるとき、そのガンマに付属するものの維持も不可能となり、身体と一緒に消えてしまうはず。だけど、復活を遂げたボクが羽織っていなかったこのマントを、1号が持っていた。つまり、これだけはボクと共に消えることなく遺ったということだ。
『わたしにも分からない。分からなかったが……。……ずっと、大事にしようと思った。それからしばらく経って、おまえを生き返らせるという話が固まったときからは……おまえに返そうと思っていた』
『え、あ……。そう……なのか……?』
『持ち主は元々おまえだからな。それに……このマントは、おまえがスーパーヒーローである証だ。だから、おまえが持っているべきだ』
すごい、言葉を、言われた気がする。胸のあたりが一気に熱くなって、それが錯覚なのかそうじゃないのかも分からない。
——1号に、言ってもらえた。スーパーヒーローだって、言ってもらえた! ——しかも!
『1号! ……ずっと、大事にしようって……! そう思ってくれて、それで今、ボクに渡してくれたってことはさ! これ、あの日からずっと、今日まで……! 1号が持っててくれたってことか!?』
『ああ。いつもは肌身離さず身に着けていたが、今日はおまえに返すために一旦部屋に……。……それがどうかしたか?』
『肌身、離さず……? ……嬉しい! 嬉しいよ1号!』
一番に考えなきゃいけなかったのは、1号を死なせないこと。だけど1号と離れ離れになりたくはないというのも消して拭いきれない本音だった。その思いを抱えたまま決意を断行したボクの未練が、もしかするとこのマントを遺したのかもしれない。
それを、他でもない1号が拾い上げてくれた。ボクの未練を、1号が叶えてくれた。ボクは1号のことを守れたし、1号と、ずっと一緒にいられたんだ。1号が、いさせてくれたんだ!
実を言うと、この瞬間まで少しばかりの不安もあった。ボクの死を嫌がってくれた1号は、それでもあの選択を強行したボクのことを嫌いになってしまっているかもしれないと。そんな杞憂はここで一気に吹き飛んだ。嫌いな相手と一年一緒にいてくれるわけがない。
『そこまで喜ばれるとは思っていなかった』
『喜ぶに決まってるさ! 最っ高の贈り物だ!』
1号が言った通り、元々はボクの物だから、返却されたものではある。でも、贈り物だ。これはもう、ただの自分のマントじゃない。ボクが1号を想って遺した形見で、そして1号がボクを想ってくれていたことの証だ。ボクからの想いに、1号の想いが乗せられたものだから、1号からのプレゼントだ。コアが燃え尽きてしまえば全て終わってしまうガンマなのに形見を遺せたことと、それを1号が持っていてくれたこと。二つの幸運に一気に気付いた。
いや、二つ目にボクの運は関係ない。だって、1号が自分の意思でやったことだ。ボクが思っているよりずっと、ボクは1号にとって大切で——愛おしい、存在だったのかもしれない。きっとそうだ、スーパーヒーロー、と——ボクたちにとって最大の褒め言葉ともなるものまでくれたんだ!
『本当に嬉しい、ありがとう……!』
だって、ボクも。
『好きだ、1号!』
1号のことが好きだから。