恋煩い

 

 そんな経緯で浮かれに浮かれを重ね、果てには最高のプレゼントを得たこと、そしてこの状況そのものにまで胸を大きく高鳴らせたボクは、予定外の告白に及んでいた。
 第二の生で絶対にやろうと決めていたことができて良かったじゃないか、1号だってボクのことを想ってくれていたみたいだし! とポジティブなことを考えつつ、だとしても準備不足だったのは否めない、1号がボクに向けてくれる想いがボクと同種の好意とも限らない——と、淡々と現状に反省を下す、1号のために賢く計画的になろうとしたボクもいる。色んなこと、それも相反することを同時にぐるぐると心の中に巡らせてしまうのは動揺の証拠だ。

「……そうか」

 暫しの沈黙の後、1号が先に口を開いてしまう。ここからボクが何を言うべきかも分からなかったけれど、ここから続けられる言葉で全てが決まってしまうと思うと恐ろしくも感じる。

「おまえにそう言ってもらえるのは、誉れなことだな」

 ——あ。これ、伝わってない。
 ちょっと驚いていて、そして嬉しそうにも見える。でも、いつも通りの落ち着きも崩れていない表情と声。多分、喜びの言葉、あるいは褒め言葉の一種として捉えられている。そもそも1号はこういう「好き」を理解しているのか? それさえまだ確認できていない。

「あ……あのさ、1号! ボクが言いたかったのはそういうのじゃなくて……! いや、おまえのことは……好き、なんだけど! その……! likeじゃなくて、loveの方の……!」

 勢いのままに認識の訂正を試みた。1号の勘違いは何の計画性もなかったボクへの助け舟と言えるものでもあって、それに乗ってやり過ごすことだってできたはずなのに、何をしてるんだろう。「誉れ」とか言ってもらえて、もしかしたらいけるんじゃないかと思ってしまったのかもしれない。その種類が何であれ、好意を向けてくれているのは間違いない。
 だけどその助け舟が、ボクを穏便にフるために意図的に出されたものだったらどうしよう。いや、そんなはずはない。相手はボクなんだぞ、ダメならはっきり言ってくれるはずだ。——と、半ば躍起になったせいもあって、後に退けない状況に自分から飛び込んでいった。

「likeではなく、love……。……家族愛、か? それとも、まさか……恋愛、か……?」
「れ……恋愛……!」
「……恋愛」

 よし。自分から恋愛という可能性に言及したってことは、その感情をもって告げられたボクの「好きだ」を巧く躱そうという意図はないということだ。「like」と「love」の違いも分かってはいるんだろう。自分の口から「恋愛」と言うのはやや気恥ずかしかったし、1号もまた口を閉じて考え込んでしまうし、ボクの退路はますますなくなったわけだけれど。

「……2号」
「な、何だ、1号」
「……なぜだ?」
「な、なぜ?」
「わたしたちには必要がなく、生まれることもない感情だと思っていた。……なぜ、恋をしていると思った?」

 任務を果たすこと以外に意識を向けようとしなかった1号に、必要のない感情、と言われることは予想できていた。それでも、それを理由に否定されるんじゃなく、こうして尋ねられている。

「任せろ! どうしてボクが1号のことを好きと思ったか、好きと思ってどうしたか……ってことを言えばいいんだな!」

 さっき1号が黙ってしまったときは、撃沈される未来を想像してしまった。現に1号は、「オレも」と言ってくれたわけじゃない。
 でも、これはチャンスかもしれない。この返答次第だ、これで1号の理解を得ることができれば、1号もボクのことが好きだと思ってくれるかも!

「詳細に伝えるか、それとも要約してみるか。どっちがいい?」
「そ、そうだな……。……要点を簡潔にまとめられるのならば、そちらで頼む」

 詳細、と言った瞬間、1号は少したじろいだ。ボクが事細かに言えるほどの想いを抱えていることが意外だったのかもしれない。そういえば、おまえの入力した報告書は内容を省きすぎだと1号に言われたことがある。1号の方が好きだから、差ができてしまうのは仕方がない。
 1号はボクを試しているというより、恋愛感情というものが本当に分からないから純粋な疑問を向けてくれているって感じだ。望むところだ、この恋がどういうものなのか教えてやる! いくぞ1号!

「……全部だな。1号のことは全部好きだ」
「ぜ……っ、全部!?」
「ああ。1号の存在そのものにボクの全部も助けられてる。いてくれるだけでボクはボクとして幸せになれるし、ボクも1号のことを誰よりも助けたいし、幸せにしたい。だから好き」
「存在、そのもの……!? いる、だけで……!?」

 やや具体性に欠けたまとめ方になってしまったけど、端的な結論を話すならこう言うしかない。ボクは1号がいるなら、生きていてくれるなら、何だって良かった。
 1号の様子を窺う。ボクの言った言葉を反芻し、口をはくはくと動かしていた。さっきまでの無表情とか、不思議そうな顔とは全然違う。想定外の事態に直面して、明らかに慌てていた。——もしかして、照れてる?

「に、2号……! やはり、詳細を教えてほしい」
「え、いいのか?」
「おまえの言葉が……足りないというわけではない。た、ただ……わたしの理解が及ばない……!」
「分かった、喜んで!」

 1号が分かってくれるまで、いや、分かってくれてからも、1号に好きという思いはたくさん伝えたい。
 事細かに話すお許しは出たことだけど、どうしようか。どこから、何から話そう。——やっぱりここは、記憶の一番最初から順を追ってみるとするか!

「ボクがガンマ2号で、そしてガンマ1号が——おまえがいるって知ったとき、すっごく嬉しかったんだ! ボクはひとりじゃないんだって思えて、心強くて、これからのことが全部楽しみになった! 顔を会わせる前からそう思ってたくらいだし……やっぱりボクはおまえの存在そのものが好きなんだ、最初から」
「は……あ……!? 最初、から……!?」
「その後……ああ、実は初めて会った瞬間も見惚れたよ!」
「み!? 見惚れた!?」
「ボクと同じ顔で、でもマントの色とか、服の数字とか、頭のコレとか声とか、色々違ってて……。ボクより真面目そうだけど、凛々しくて、きれいで……ボクとはまた違ったカッコよさで! おまえに会う前、ヘド博士からボクたちの……おまえのモデルを見せてもらってたんだけどさ、おまえの方がずっと輝いて見えた」
「そ、そんな、ことが……! そんなこと、ある、はずが……!」
「ほんとだって。生きてボクの前にいてくれたのも、ボクの同型機なのも、おまえだけだからかな? このひとと一緒にいたいし、いよう、いいコンビになりたいし、なろう! ……って決めたこと、今でもはっきり覚えてる!」
「そんな、バカな……! 初めて会ったとき、など……。オレは、おまえに何もしていないだろ……!」
「そんなことないさ!」

 ボクの昔語りに熱がこもっていくのと比例して、1号の恥じらいも増していく。「オレ」と言っているのが何よりの証拠だ。また聴けて嬉しい。それが引き摺りだされるくらい、ボクの告白に心を揺らがせている。——いける、かも。

「ほら、一目惚れって知ってるか? 多分それだよ。……ああ、でも、さっきも言ったけど、1号は1号ってだけで、ボクにとって大切な存在だったんだ。だから1号がボクに何もしていないってのは違くて、最初から助けられてたよ。そうなると、一目惚れとも似てるようでちょっと違うのかな……?」
「あ……う……あぁ……っ」
「そうそう! それに、初めて会った日に基地の案内もしてもらったけど、そのときボクが不用意にいろいろ触ったせいで何かの機械を壊しちゃってさ……。すごく焦ったんだけど、でも1号がすぐに直して助けてくれた! その後も……!」
「に、2号……!」

 自分でも話していて楽しくなってくる。思い返してみれば、ボクの短い一度目の生の中にはいい思い出が多い。全部1号のおかげだ。軍の在り方に違和感を覚えたり、マゼンタ総帥やカーマインの態度にムカつくこともあって、最終的には離反を決めた組織だったけど、1号と過ごせた日々だけは、間違いなく胸を張って誇れるものだ。1号がいてくれたから、ボクはボクの生涯を好きになれた。

「さすがに初日や二日目で、恋だ! って確信できたわけじゃないんだけどさ。でも、起動してからそう日が経たないうちに気付けたよ。一緒にいたい、知りたい、ボクのことも知ってほしい……。関心を引きたい、認められたい、助けになりたい……って気持ちは日に日に増すばかりで。けど1号は話してはくれるけどドライだし、がっつきすぎかな……と思ったんだけど、予め供えられた知識とか、自分で調べたことと照らし合わせて……恋なんじゃないかって思ったとき、すごく納得したんだ」
「……そ、う……なのか……。そんなに……思っていたのか……オレを……」 「ああ! 自覚してスッキリしたし、ますますおまえに近付きたい、おまえのオトコになれるようなガンマ2号になりたいって気持ちは強くなったよ。だから毎日のように決めポーズの開発をして見てもらったり、任務以外の時間でもできるだけ長く一緒に過ごしたくて話し掛けに行ったり……。おまえとならもっと色んなところにも行ってなくて、ちょっとした脱走の計画も立てて……結局失敗しちゃったけど」
「な……っ!? ……あ……おまえの、ポーズ、雑談、サボり……まさ、か……! おまえの、無駄な行動、全て……オレ、への……!」
「そう……っていうか、ボクにとっては全部無駄じゃなかったけど。1号に向けて、とか、1号の傍でやった行動は全部、1号のことが好きだからやったものだと思ってくれて構わない」
「あ、あぁ……っ! ~~~~……ッ! や、め、2号、も、やめ……も、いい……ッ!」

 1号が自分の感情をここまで露わにするだけでもかなり珍しいし、照れを理由にそうなっているのを見るのは初めてだ。
 照れ方かわいいな——なんて呑気な感想は、突如消え去ることとなる。

「1号……?」

 「やめろ」「もういい」と言い切れていない声は、照れ隠しのために要求される制止としてはあまりに力なく震えていて、喘鳴に似た吐息の音さえ含んでいる。その音は少しずつ、確実に大きくなっていく。音といえば、普段なら静音を保っているはずのコアの駆動音も。感情が高ぶるとここまで聴こえるのか、と最初は思ったけれど、ここまで大きくなるのはおかしい。痛みに耐えるように歪められた表情は、ただ照れているだけのひとが浮かべるものじゃない。
 遂には、その胸を鷲掴みにして上体を折り曲げてしまう。——紛れもなく、異常に襲われていた。

「1号……! どうしたんだ、どこか痛むのか……!?」
「……AIシステムの負荷甚大、許容値、超過……。思考処理継続不可能、コア駆動速度、体内温度異常、排ね、つ——」
「あ——……!」

 そのガンマの声をもって、半ば自動的に発声される警告のメッセージ。それが示し終わらないうちに、1号の身体は足元からぐらりと揺れ、宙へと投げ出されてしまう。

「1号!!」

 正面にいたボクが咄嗟に両手を差し出したから、1号が硬い床に倒れ込んでしまうことはなかった。

「熱……ッ!?」

 思わず声に出してしまうほどの異様な温度が、両手のひらと1号をもたれかからせた胸に伝えられる。確か、1号が読み上げていた警告の一つに体内温度の異常があった。オーバーヒートか? それも、かなり重度の。服やグローブ越しに感じるものさえこれなのに、表面、そして体内の温度は。——想像するだけで、ゾッとして、苦しくなる。
 触れた身体に力は入っていない。その肩が大きく上下すると共に、苦しみを湛えた呼吸音が溢れ出す。それによって行われる排熱は、きっと間に合っていない。
 疲れ知らずのボクたちだけど、それを成り立たせてくれる内部システムに甚大な不具合が出てしまえば、あらゆる力を奪われ弱ってしまう。ボクに寄りかからせているとはいえ、立ったままでいるのも辛いはず。その身体を抱きかかえたまま、ゆっくりとその場に横たえた。

「1号!! しっかりしろ、1号……!!」
「…………っ、ぅ……」

 無我夢中になって呼び掛ければ、1号は荒い呼吸の合間に零した僅かな声と、緩慢な瞬きをもって応えた。同じガンマだから分かる、長時間の戦闘を終えた後の状態ですら比べ物にならないほどの熱だ。意識を保っている方が難しいはず、なのに。
 どれほどの思いで、力を振り絞って耐えているのか。こんなときでも1号は強いんだ。——でも、胸のあたりが激しく痛む。代わってやれたら、どれだけいいか。

「……待ってろ、すぐにヘド博士を!」
「……! ……ゃ、めろ……!」
「っ!? な……っ!」

 通信装置を兼ねた左側の聴覚器官に添えようとした手は、1号に阻まれてしまう。阻まれると言っても、上げかけた左腕の袖を震えた手でぎゅっと握られただけ。振り解くことは容易だけど、思わず躊躇してしまうくらい、1号の訴えは切実だった。躊躇しても、いられないんだけど。

「何言ってるんだよ! こんなときに遠慮なんて……! おまえの方が大事だろ!」
「……!? ……は、ぁ……ッ、ち、が……っ! げん、い……知られて、しまっ……うぅ……っ!」
「原因……?」

 原因。どうして1号が、突然ここまでのオーバーヒートを起こしたか。昼間——というか、ついさっきまでは元気そうにしていたのに。
 そういえば、一番最初に読み上げられた症状はAIシステムにかかる負荷の許容値オーバーだった。次いで思考処理の停止。AIが見舞われたダメージの緊急修復に駆られたコアにも負担がかかって、それで——ってところか。じゃあ、そもそも何が、その発端に——ガンマのAIですら追いつかないほどの情報となったのか。なぜ1号がそれを与えられてしまったのか。

(……まさか)

 ボクが、告白をしたこと? あれこれと、1号への想いを挙げ続けたから? それが、原因なのか。
 恋を知らない生真面目な1号にとって、ボクからの好意は思いもよらないものだったんだろう。ただでさえ対応が難しい想定外は、きっと押し寄せる洪水のようになってしまった。照れなんて可愛らしいもので済めば良かったけど、矢継ぎ早に告げられていく慕情を深く考え込んでしまううちに、パニックを起こしたようになってしまったのか。
 なら確かに、ヘド博士に症状を知られてしまうのは、あまり良くはないのかも。1号本人でさえ呑み込み切れずに今その身を苛んでいるものがヘド博士の知るところともなってしまえば、恥じらいが高じた混乱はより強くなって、それによって引き起こされる症状も悪化しかねない。
 でも、じゃあ、どうすれば。コアにもダメージがきているらしいし、このままじゃ、危ないかもしれない。ボクが調子に乗って話し続けたせいで、1号が。もしかすると、1号が博士に伝えるのを拒んだのは、ボクを庇うためでもあるのか?

(そん、な……っ!)

 ——いや、反省するのも謝るのも後だ。ラボの場所は1号に案内してもらうしかない。けど、そこでボクがちゃんとリカバリーの操作を行えるか? ——でも、やるしか。

「……に、ご。心ぱ、い、しなくて、いい……。おまえの、せい、じゃ、ない……」
「——え……」

 陥りかけた後悔と自責を知ってか知らずかの言葉。——何で、こんなときにボクのことを気にするんだ、自分が一番苦しいはずなのに。

「こ、の、程度、なら……わた、し、ひとり、で……」
「1号……? ……あ!? ちょっと!?」

 顔を顰め、やっとといった様子で1号はゆらりと立ち上がり、覚束ない足取りで歩き出す。
 ふらふら、ぐらりと傾く身体はすぐにでも壁にぶつかったり、床に伏してしまいそうなのに、紙一重で保たれている。一度大きく揺れるも何とか壁に手をついて、なおも進もうとした。

「待てよ……! やめろ、1号!」

 すぐさま駆け寄って、もう一度1号を支える。熱に侵された身体は1号の意思とは無関係に、簡単にこちらに倒れ込んでしまう。
 ボクはラボの場所を知らないし、1号なら、このまま自力で辿り着けてしまうのかもしれない。でも、そんなことはいい。こんな状態の1号を助けずに放っておくなんて、ボクがするはずがない。

「……に、ごう……」
「1号、ラボの場所だけ教えてくれないか。ボクが運ぶから」
「……。……ら、ボじゃない。……わたしの、へやで、いい」

 逡巡した1号は、遠慮がちにそう告げた。
 ボクの知らない一年の間でも、誰かに頼った経験に乏しいか、あるいは皆無なのかもしれない。まず、1号ならそんな状況になることもなさそうだ。

「……部屋……? だけど、部屋じゃ、何も……」
「……いや。そこ、に、あるんだ……しょち、用の、もの……。それで、済む……」
「あ……。なるほど」

 何かの不具合に見舞われたとき、自分でも応急処置ができるよう、ある程度のものは自室に揃えてあるんだろう。1号らしい、入念な体勢だ。

「分かった、ありがとう。それじゃ行こうか」
「…………」

 迷いながらでもボクを頼ると決めてくれたことが嬉しかったし、安心した。「ありがとう」は、それでいいんだという思いを込めたつもりの言葉だ。言われた側である1号には唐突に思われてもおかしくはないし、実際、目を見開かれてしまった。まあ、ちょっとずつでも分かってくれればいい。1号が誰かの助けを借りるべきときは、ボクはたとえ命尽きていようと戻ってくるから。
 片手で1号を支えたまま、1号から受け取っていたものをもう片手で肩に留め羽織る。そして両腕で1号を抱き上げ、通ってきた廊下を引き返して進んだ。1号の部屋の位置なら、ちゃんと覚えている。
 軽く感じてしまうほど脱力した身体、グローブ越しに伝わる熱、苦しみに喘ぐことと同然の呼吸。1号を苛むものが表れた全てに直面して、心が張り裂けそうになる。でも、1号を助けるためにやるべきことも分かっていたから、きっと、さっきよりも落ち着いていられた。