「2号、もう少し大人しくしろ」
「おまえはもっと落ち着いて行動した方がいい」
そんなことを、毎日のように言われている。
出会ったばかりの頃は、実はこんな感じではなかった。1号にとって予想外のペースを前にして、窘めるよりただ困惑していたことの方が多かった気がする。それが今ではお小言多くない? と思えるほど、色々言ってくれるようになった。ボクたちの距離が縮まったことの証と見なせるかもしれない。
「…………」
「い、1号……?」
だけど、今日は違った。
ボクを見つめ、深いため息をついた1号の目は据わっている。創られてほんの数ヶ月。何かと経験に乏しいボクでも分かる。これは何かを決意している眼差しだ。「何か」が何なのか、なんて分かり切っている。——本気で、2号の態度をどうにかしなければという、強い意思の表れだ。「距離が縮まった」とか、楽観的なことを呑気に考えている場合じゃないかもしれない。
どうしてこんなことになってしまったのか。——見回りに行こうとする1号のことを、駄々をこねて引き留めていた。結局、1号は見回りに行ってしまったけど。そこから戻ってきたときに、また同じ調子で構い倒していたら、こうなった。——いつもこのくらいはしていると思うけど、あれか。「塵も積もれば」。
(困ったなあ……)
何が困るかって、ここまでの状況になっても、ボクは自分の態度を改められる気がしなかったということだ。この場が収まったとしても、その後1号と全く同じように過ごせるかと言われると、できないと思う。
だって、1号と一緒にいられたら嬉しいから。どうやったら落ち着いたままでいられるか、分からない。言葉を交わさずにいたとしても、つい意味もなく寄りかかってみたり、指でつついたりしてしまう。反応がなければ、どうにかそれを引き出したいと思って、ますますじゃれつき続ける。たとえ拒否でも反応があれば、言葉まで駆使してたわむれる。作戦が開始されないから続いている日常だけど、1号と一緒の日常は、気に入っていた。その過ごし方を封じてしまえる自信なんてないから、それを求められたらとても困る。
まあ、1号だって何だかんだで付き合ってくれることも多いし、そんなことにはならないんじゃないか。——と、ポジティブな思考も浮かんでしまう。確信と祈りとが混ざったものだった。
「1号が真面目なのはいいけどさ、ちょっとくらいは肩の力を抜いて、羽を休める時間があってもいいんじゃないか?」
思考のままに、言い訳を試みる。これで1号の気持ちが和らいでくれればいいんだけど、どうかな。伺うように、視線を投げかける。
「……休める、か」
1号の目つきは変わらなかった。固く組まれた腕も解けないまま。だけど、「休める」という、1号からは最も遠そうな言葉に反応した。
休息や休憩というものを、ガンマの身体は必要としない。1号の方がよく分かっているはずだ。ボクだって知らないわけじゃない。それでも、たとえ任務にかかわりがなくたって、1号と遊んだり、雑談をしたりしたくなるのは、ただ楽しいから。「休める」に何やら納得を覚えたらしい1号も、そのことを少しは分かってくれたかな?
「? 1号?」腕組を解いたかと思いきや、1号はその手を伸ばして突如ボクの腕を掴んだ。「え? え?」そしてそのまま、ボクを引き連れてどんどん廊下を進んでいく。
「いちご~う! どこ行くんだよ~!」
廊下にボクの声が響く。1号が予想外の行動を見せてくれたせいで、ちょっと楽しげな声になってしまった。
でも、どうせ掴むなら腕じゃなくて、手を握ってくれたらもっと良かったな。
「おまえが静かに休めるところ」弾んだ疑問に、答えが淡々と返ってくる。
「静かに休める……? まさか、指令室の補給装置か!?」そうだとしたら、力を込めて後退しなきゃならない。エネルギーはちっとも減っていないのにそこに入るなんて、それこそ、雑談よりもずっと時間を無駄にしている行いだと思う。
「違う」
「そっか、良かった~。じゃあどこだろ?」
「もうすぐ分かる」
杞憂も晴れたので、素直に連行されることにした。1号も、本気で怒っている感じでは全然なかった。言葉を交わせば交わすほど安心した。
そして1号が言った通り、いくつか階を移動して、数か所の角を曲がったあたりで、行き先の察しもついてきた。
ここ、レッドリボン軍基地内のメインタワーには、隊員向けに多くの休憩室が開放されている。それらのデザインは一様ではなく、利用者のニーズや趣向に応えられるよう、色々なパターンのものが設けられていた。より上質なリフレッシュを提供できた方が、パフォーマンスや士気の向上に繋がるんだろう。例えば、明るい空間にテーブルや椅子、自動販売機やコーヒーメーカーが設えられた、オーソドックスな部屋。そこ以上に飲み物を取り揃えているだけじゃなく、お菓子や軽食も用意されている、飲食スペースとしての性質が強い部屋。中にベッド付きの個室が設けられている、一人で伸び伸び、黙々と過ごせる仮眠室としての役割も兼ねた部屋。
その仮眠室は、「静かに休める」ところに当てはまる。でも今は、その仮眠室の場所からはどんどん遠ざかっている。1号が目当てとしたのはそこじゃないみたいだ。——実際、その目的に合致するタイプの休憩室は、他にもあった。
当たり前だけど、休憩室は人間が休むためのものだ。お手伝いロボットにも、バトルジャケットにも戦車にも銃火器にも——人造人間にも必要はない。それら無機物は、メンテナンスとか、機械的なエネルギーの補充一つで済む。休息の質で状態が大きく左右されるのは生粋の生物だけ。ボクにだって気分くらいあるぞと主張しても、そうだなと分かってくれるのは博士と1号くらいじゃないか。特に1号は、ボクの気分について、何度も目にしているはずだ。
とにかく、そんな部屋に1号は近付こうとはしなかった。ボクが誘っても、その不要を理由に断られたこともあった。だけどロックが掛けられていたわけでもないから、入ろうと思えば入ってしまえた。渋る1号を連れて足を踏み入れ、数時間過ごしたことだって何回もある。本気で休憩したかったわけではなく、ただ一緒に過ごせる手近な場所がほしかった。そうしているうちに、1号もその部屋を使うことに慣れてくれたのかもしれない。だから今は、自分からボクを連れて向かっている。成長——ってほどじゃないな。ただの小さな変化だけど、何だか嬉しかった。