言葉と愛を尽くして

 

 ——と、愛するひとの言葉を借りて、高らかに宣戦したものの。

「……ローディング、長くないか?」

 変化に乏しい画面を眺め続けること一分近く。ガンマ2号が遂にぼやいた。
 画面右下では「Now Loading…」の文字がゆっくりと点滅することを繰り返し、中央にはゲーム上の操作や立ち回りのヒントが数秒間隔で切り替わりながら表示されている。ガンマ2号が不満を口にしたところで、それらが戦闘の光景へと交代することはなかった。

「みんなそうみたい」トランクスがスマートフォンの画面を何度か叩いて、ガンマ2号へと向ける。「ほら、これ見てよ」

 トランクスが映し出したのは、SNS上に集ったプレイヤーたちの感想だ。好意的な意見が目立ってはいるが、「ローディング一生終わらない」「読み込みの遅ささえなければ神ゲー」「ロード遅すぎ、カップ麺作れた」「ロード終わらんなと思ってたらいきなり始まったので諦めない方がいい」——といった具合に、現在二人が直面している現象も、数多く挙げられていた。

「ゲーム上の仕様かー。開発側は何か言ってないのか?」
「ちょっと待ってて……」スマートフォンを自分の方へと戻して、トランクスが情報を探し始める。「……あ! 言ってる!」
「何て?」
「……『現在、ゲームがロード中の状態から正常に進行しない不具合が確認されています』……『近日中に修正のための更新データを配布する予定です』……だってさ」
「やっぱり、そんなことになってたんだな」

 原因が——それも、今二人が使っている機器の問題ではないということが分かっての安心感と、それでもやや困り果ててしまうような気持ちを同時に味わう。今ゲームをしたい彼らの手で解決できる問題ではなさそうだ。

「頻繁に起こるバグじゃなさそうだけど」
「そうだねー、さっきまでは何ともなかったし……。もう少しだけ待ってみる?」SNSの集合知を利用して、トランクスが提案する。「もしかしたら直るかもしれないし」
「下手に再起動をかけたらデータに支障が出るかもしれないし、その方がいいだろうな。……修正の配信を待つより、博士に頼んだ方が、早く済むんじゃないか?」

 ガンマ2号はちらりと窓の方を向いた。「博士」は現在外出中だが、一つのゲームを解析して改良を施すことくらい、彼にとっては造作もない作業のはず。急な頼み事になってしまっても、すぐに引き受け終わらせてくれるだろう、と。

「ダメだよ、そんなことしたら改造になっちゃうじゃないか。一台でローカル対戦してるだけならともかく、オンラインにしたらBANされちゃうよ」
「へえ、ゲームの改造ってダメなのか……。……そりゃそうだな」

 それが許されてしまえば、純粋な対戦は機能せず、ただ改造の腕を競い合うゲームになってしまう。新たに獲得した正しさについての知識に納得を、そして良心的な判断を下したトランクスに感心を覚えながら、この場は引き下がることにした。
 眼前の画面は変わらない。再び暇が生じていたが、ガンマ2号の気分は上向く。寧ろ彼は、このときを待っていたと言っても良かった。
 ——トランクスを介して聞いたという形ではあったが、先ほど、大事な言葉を向けられたのだ。自分も、何かを返したい。その思いが、ずっと膨らんでいた。
 返す言葉も、もう既に決まっていた。ガンマ2号としての意識が起動したときから、ずっと彼を想っている。感情の自覚さえ、一度目の人生でとっくに済ませた。だから、彼に向ける言葉を、今さら迷うことはない。

「……1号が言ってくれたみたいに、一言で全てをまとめるのは難しいんだけどさ」
「?」
「ボクにとって1号は、まず……いなければならないひと、かな」

 「スーパーヒーロー」。ガンマ2号への印象を尋ねられたとき、その言葉だけを告げたというガンマ1号のやり方に、ガンマ2号は心底感服していた。あの端的かつ最大の言葉に勝るものはない。追随して同じ言葉を返したくもなったが、それさえもどこか憚られる。模範解答を写して知能テストを解くような後ろめたさを感じてしまう。
 だから、ガンマ2号は敢えて、さらなる説明を求められるような言い方から始め、思うがままの言葉を述べ連ねることにした。かつて——最期のときは、そのまま返した一言に万感の意を込めたのだが、あれは形を変えずに返すこと自体に、大きな意義があったものだ。今回は、自分なりの、自分だけの想いを探してみるのも悪くないと思った。

「それって……。ガンマ2号が、『2号』だから?」
「そうだな、それも確かにそうだ。1号がいなかったら、ボクはガンマ『2号』にはなれなかったな」

 トランクスからの問いに、ガンマ2号は笑って頷く。
 二号機とは、一号機に次いで制作されるものであり、その逆はない。さらに言えば、ヘドが焦がれたヒーローの一人である「ガンマ」を再現することを差し置いて、彼の正反対となる人物を——お調子者で大胆不敵なヒーローを創るということもないだろう。ガンマ2号の存在も人格も、ガンマ1号のそれを前提に成り立っていた。

「でも、それだけじゃないぞ」
「どういうこと?」
「あり得ない話だけど……。もしも、1号がいなくて。ボクがボクのまま……この性格のまま、『ガンマ1号』だったとしたら。……ボクも、キミも、今頃ここにはいない。あの場にいた全員、セルマックスに殺されていた。地球だって、無事じゃなかったかもな」
「ええ……っ!?」

 突如告げられた恐ろしい可能性が、興味深そうに話を聞いていたトランクスの顔を引き攣らせた。ガンマ2号の話への興味のために自然と浮かべられていた笑顔が、ぎこちなく固まっていた。
 一年前に起こった死闘。久々の闘いに胸を躍らせ、悟天と共に参戦した——までは良かったのだが。無尽蔵であるかのようにも思われた敵の膨大な体力に、圧倒的な力と技。奥の手フュージョンの失敗も相まって、気付けば窮地に追いやられていたことを思い出す。終わり良ければ総て良し、ではあるのだが、予想に反してスリリング過ぎたことも否めない。ピッコロがあの怪物に蹂躙される光景に胸が潰れ、怒りを覚えた瞬間もあった。あれ以上に凄惨な結末があったかと思えば、悪寒を感じずにはいられない。

「まあ、でも……確かに……。厳しい闘いだったし、あれ以上、誰か一人でも欠けていたら……。悟天とオレだって、途中から戦力になれてなかったしな……」
「……ふふ、そうでもないさ」
「そうかなあ……?」

 訝し気なトランクスは、ガンマ2号の笑みが意味ありげなものであることに気付いていない。ガンマ2号こそが、あのゴテンクスの功績を理解し、その恩恵を授かった人物だった。

「まあそんな感じでさ、戦力だけの話ってわけでもない。とにかく、ガンマがボクひとりだけだったら、絶対に負けていた。1号がいなきゃ、ボクは勝てなかったからな」
「……? どういうこと……?」
「う~ん……。……キミには分からないんじゃないかな……?」
「そりゃ分かんないよ~!」

 軽く憤慨するトランクスを、ガンマ2号は笑っていなす。そして、ガンマ2号に全てを語る気がないと察したトランクスも深くを追求することはせず、少しだけ口を尖らせるだけに留めた。
 ——死闘の最中、ガンマ2号はある計画を立てていた。ゴテンクスの功績は、それを決行する合図となってくれた。そして、「計画」を練り上げるために必要だったものが、ガンマ1号の言葉であり、彼と重ねてきた日々だった。

『死体は確認したか?』
『死体? いやバラバラでそんな必要もなかったよ』
『……慎重さが足りないな』
『あれで助かるわけないさ! 見てただろ』

『……1号は、ヘド博士を助けてあげてくれ』
『なに?』
『生体スコープで見てみろよ。博士は死んでいない……』

 その日の朝にピッコロの死を誤認したガンマ2号は、セルマックスの攻撃に巻き込まれ死亡したと思われた、ヘドが無事であることを確かめられるようになっていた。対象の立場は敵と主とで正反対ではあったが、セルマックス起動後のそれがピッコロものと酷似したシチュエーションであると思い至って、自身の失敗を乗り越えることができた。ピッコロを取り逃したガンマ2号のミスを指摘した、ガンマ1号の眼差しと言葉があったからだ。それがなければ、一命を取り留めたヘドをまた危険に晒すことになり、またガンマ2号の「計画」の強度は著しく下がっていた。ガンマ1号にヘドを託すことが、ガンマ2号の目論見の中核を担っていたからだ。
 そもそも、陽気で直情的なガンマ2号が、周到な作戦を自分ひとりで組み上げるという方法を取れていたということも、ガンマ1号に由来している。これもまた、慎重性の欠如、軽率、無鉄砲——といった、彼からの評価を覆そうとしていた結果だ。日常の中で彼の気を引くために実践したものが失敗に終わっても、諦めずに努力を重ね続けた。そうやって過ごしているうちに、気付けばガンマ2号は、知略を巡らすことへの抵抗をなくしていた。
 そして、「計画」とは、ガンマ1号を守り抜くためのもの。——本来、保護の対象には似つかわしくない相手だが、あの闘いは例外だった。敵は極めて強大、死と隣り合わせの戦場であった上、ガンマ1号にはそれに陥りかねない危うさがあった。他の誰も——本人でさえ自覚しなかったであろう彼の危機を理解した。それを救うため、命懸けの策を講じた。ガンマ1号が、絶対に生き残るための策を。

(——1号のこと、好きだからな)

 その想いが、それら全てを可能にした。理解も、克服も、賢慮も、覚悟も、ガンマ1号に捧げて、ヒーローになった。
 命さえ投げ打っての最大火力はセルマックスの破壊にこそ至らなかったものの、その力を大きく削いで、戦場に立ち続けた仲間たちを助け、勝利へと繋げていた。ガンマ2号をヒーローたらしめたその最期の力も、元を正せばガンマ1号のために固めた決意だ。
 ガンマ1号が——愛する者がいなければ。ガンマ2号は決死の攻撃に及ぶことも、死闘を乗り越える計略を巡らせることも、主を救うことも、己の弱さを打破することもできなかった。

(……1号。ボクのこと、「スーパーヒーロー」って言ってくれたみたいだけど。……おまえがそうしてくれたんだ。おまえがいなければ、なれなかった)

 熱く誇らしい愛情を確かめるように、ガンマ2号は自身の左胸に手を添える。ガンマ1号への感謝と愛に溢れる心は、この上なく満たされていた。

 

「——ねえ、ちょっと……!」
「え、何……? ——」

 自分だけ——正確には、自分とそして想う相手との世界に浸っていたガンマ2号は、トランクスの声で、目の前の現実へと突如引き戻された。
 ——目の前には、対戦ゲームのリザルト画面があった。両者ともスコアは0対0、制限時間切れによるドローという、不可思議で間の抜けた戦績が示されている。

「……どういうことだ? ……ローディング、終わってたのか?」
「そういうことだと思う……」呆然としたままで、何とか画面を切り替えながら、トランクスが答える。「ガンマ2号が話してたり、考え事してる間に……。何か教えてくれるかなーってオレも待ってたんだけどさ、ふとこっちを見たらローディングどころか闘いも終わってたんだよ~……」
「…………」
「制限時間、一番長めの設定にしてたのにな~……」

 不思議そうに呟くトランクスの声を、ガンマ2号はどこか遠くに感じていた。
 長いと口々に言われている読み込みの時間も、設けられるものの中で最も長いという戦闘の制限時間も忘れて、超えて、ガンマ1号に寄せる思い出の中にいた。いつ読み込みが明けたは定かではないが、それでも、一試合全てを放り出す以上の時間を費やしていたことは確かだ。自身の没頭の程に驚き呆れる一方、

「……まあ、これくらいは当然だな」
「?」
「寧ろ、まだ足りないくらいだ」

大きな納得を感じていた。
 ガンマ2号の生は、常にガンマ1号と共にあった。その生涯を懸けて、彼を愛していた。だから、ガンマ1号への想いを語るには、数分、数十分という短い時間ではとても足りない。
 それさえも、ガンマ2号を喜ばせる。自分がガンマ1号をどれほど愛しているかということ、その一端を、改めて自覚できたからだ。

「……もう一回、やる?」トランクスがおずおずと尋ねる。ガンマ2号がゲームとは別のところで満足を覚えてしまったことを察しての尋ね方だった。
「う~ん、そうだなあ……」

 ファンの頼みには応えてやりたい。が、今まで通りの練習を続けるよりも、もっといいやり方を思いつけている。何より、これほど彼のことを考えたのだから、待ち侘びる気持ちがそろそろ抑えきれなくなる。暇潰しで誤魔化すことができないほど。
 ——そして。

『2号、今いいか?』
「!! 1号!」

 まるで願いを叶えたかのようなタイミングで、切望していたその声が響く。ガンマ2号は思わず前のめりになって、無線通信に応答した。

「こっちは大丈夫だ! どうかしたのか?」
『……? ……博士の用事が終わったから、これより帰投する。その連絡だ』

 妙に生き生きとしているガンマ2号の様子を不思議がったものの、ガンマ1号はすぐに淡々と報告した。ガンマ2号がガンマ1号を前にして、声を弾ませるのはいつものことだ。自分が条件となっていることには気付かないまま、ガンマ1号もその「いつも」をとうに受け入れていた。
 また、ガンマ2号の陽気さを前にしても、ガンマ1号のペースは簡単に乱れることはなく、端然と落ち着き払った振る舞いが貫かれるというのも、いつものこと。留守番役とヘドの帯同役に別れていた時間は長くはなかったが、ガンマ2号は久々の日常を味わえた気分を感じていた。

『その様子では、そちらに異常はなかったようだな』
「ああ、バッチリさ!」傍目には遊んでいるだけに見えたかもしれないが、ガンマ2号は各所の警備システムにも気を配っていた。
「……ねえねえ」二人の会話を隣で聞いていたトランクスが、小声でガンマ2号に話しかける。「ガンマ1号のことも誘ってよ」

 ガンマ2号は力強く頷く。最初から、そのつもりだ。
 トランクス曰く、ガンマ1号はトランクスのゲームの相手だけでなく、その指南までこなしていたという。自分もそうすべきなのではとガンマ2号が考えたのは一瞬のことで、今はもう、ここは教導の経験者に——ガンマ1号に頼った方がいいという考えに切り替えていた。
 ゲームに限らず、優秀な手本というものは多ければ多い方が良い。もっとも、ガンマ2号には、ガンマ1号だけで十分だったが。

『……新作のゲーム?』
「そう! 今トランクスとやってたんだ、1号も付き合えよ! おまえならすぐ慣れるからさ!」

 トランクスの思い出話がなかったとしても、ガンマ2号には分かることだ。同型機の能力は、誰よりも理解しているつもりだ。

『……分かった。到着次第そちらに向かう。恐らく、一戦もすれば勝手が掴めるはずだ』
「ああ! ふたりで対戦してさ、トランクスにいい試合見せてやろうぜ!」

 自分たちの力を振るう実戦でないのが惜しいところだが、唯一の同型機と共に、ファンを魅せるための闘いを繰り広げる。華やかな光景を想像して、ガンマ2号は胸を高鳴らせる。

『わたしは強いぞ』
「ああ、ボクだって! 見てろよ、色々と作戦はあるからな!」

 言ったそばから、次から次へと戦法が浮かび上がってくる。トランクスの長考の最中に思い描いてたもの以上の質と量。ガンマ1号の存在が、ガンマ2号の思考と戦意を飛躍的に向上させていた。ガンマ1号こそが、ガンマ2号の心を誰よりも動かす存在であるからだ。

「ふふ……! 楽しみだな、1号……!」
『……はしゃぎすぎだ、2号』ガンマ1号が呆れ交じりに零す。密かに、優しい微笑も込めて。『張り切りすぎるなよ』