青と赤。二色の光球が衝突し、荒野の一帯を染め上げる爆発を起こす。場所によっては——例えば、屋内や建物の付近、市街地では——推奨されない大規模な攻撃を互いにしていたが、ここは軍指定の訓練場であり、基地から距離を置いた荒れ地だ。制限となる条件を事前に設定されてもいない。最強の人造人間の性能を、心置きなく振るえる環境だった。
全力を披露できるこの環境は、訓練相手である同型機にとって良い刺激となったのだろう。以前に比べて速く減少しているわたしのエネルギー残量が、いかに同型機——2号相手に激しい闘いを強いられているかを、そして2号がこれまで以上の実力を発揮しているかということを示している。気分でパフォーマンスを著しく変動させるのはどうかと思うが——今は、そんな反省点を連ねている余裕はない。
マントを翻して飛び退くことで、爆煙により塞がれた視野を広くする。引き金に指をかけたまま、視界のスキャンを行って警戒と索敵を続ける。——特に入念に探ったが、背後には気配も反応もない。2号は大きく位置を変えたわけではなさそうだ。
(……いた、そこか!)
徐々に薄れていく煙の向こうに、二号機のぼやけたシルエットが映っている。わたしと同様の判断をしたらしく、先ほどよりも高い位置を取って、光線銃を構えている。
だが、周囲を警戒しながらもその視線は頻繁に手元へと落ちている。そうして光線銃のつまみを回しては首を捻ることを繰り返していた。
(……なにをやっているんだ)
使用弾を決めあぐねているのだろうか。この状況における有効打を思案しているのであればまだいいが——あの、独特のポーズを考案するときのような理由での迷い方をしているのであれば。
(まったく……)
ヒーローはカッコよくなければいけない。だが、そうあるために戦場で長考するという行為は本末転倒だ。
隙だらけだぞと伝えるため、一度こちらから撃って、また言わなければならないか。慎重さ、が——。
「!」
打撃による重たい金属音、銃撃による光の轟音、あるいは緊張を湛えた静寂。それらで満たされる戦場に似つかわしくのない、高く軽やかな音が脳に響く。——模擬戦闘の終了時刻を告げるアラームだ。
「……」
鳴り続けるシステム上の音を、こちらの意思で操作して止める。引き金が引かれる寸前だった光線銃をホルスターに収めて、銃口を向けていた先へと呼びかける。
「そこまでだ、2号」
「な~んだ、もう終わり~?」
2号もアラームを聴いたのだろう。臨戦態勢を解き、こちらへと向かって飛行する。口を尖らせたまま。
「いいとこだったのにー。次の一撃が決まったら、その瞬間に新しいポーズを取るつもりだったんだ! それに繋げるためのブラスター、どの弾にしようかな~って迷わなければ、ギリギリ間に合ってフィニッシュできたかも……」
やはり、長考の理由はそんなことか。あまりにも予想と違わないそれに、感心すら覚えてしまう。
「あーあ、お披露目したかったんだけどなー……」余程残念だったらしく、2号はがっくりと肩を落としている。「ま、過ぎたこと考えてても仕方ないか……。なあ1号」肩を落としたまま、わたしを見上げる。——縋るような視線だった。「今回のボクはどうだった? フィニッシュは決められなかったけど、それ以外はなかなか……。ベストパフォーマンスですらあったんじゃないか?」
「今の戦闘データを確認すれば、結果はわかる。より詳細な分析をしたいのであれば、早く指令室に戻ってメインコンピューターへとデータを転送するか、ヘド博士のところへお伺いして、各項目の数値を出力すればいい」
「ああ、あれか。あの細かい一覧画面、分かり辛いからニガテなんだよなー。あんなのはいいからさ、1号の意見とか、感想が欲しいんだよ」
知能テストを満点でクリアしたはずのガンマとは思えない発言にも目を見開かされてしまうが、それ以上に。——まただ。また、「意見」を求めてきた。
わたしにそれを求めて何になるというのだろう。わたしはただ、正義のために命令を実行するだけ。忠誠心と正義感、そしてそれに基づく冷静な判断さえできるのであれば、個人的な意見など述べる必要もなく、その機会だって巡りはしない。答えられることなど、せいぜい目に見えるデータに基づいた事実そのままの言葉くらいだ。データの読み上げも同然なのだから、わたしの口からそれを聴く意味がわからない。
——そのような疑問を返すことも何度かあったが、2号も折れなかった。もっとも、2号は軽率さと不真面目のせいで、わたしからそれを窘めなければならない場面も少なくない。それも、「意見」に含まれるのだろうか。
「……では、おまえのデータを参照させてくれないか。それに基づいて評価を述べる」
これは2号の態度という抽象的——実際的なミスに発展しなければ——なものではなく、アップデートされていく戦闘データという、具体的かつ明確な数値に関する問題だ。所感をそのまま口にすることは、やはり憚られた。
「それもナシで。データを見るまでもないだろ? 闘ってる最中、1号が驚いた顔してたの知ってるぞ」
「…………」
普段の様子に反して、2号の観察力は高い。それを、常に発揮しようとしていないだけで。
そして、時折核心を突いたことも言う。確かに、データを閲覧するまでもなかった。今回の結果から算出される数値そのものを見ることができずとも——。
「……おまえが言った通り。これまでの訓練と比べても、最上のパフォーマンスを発揮できていただろう」それ自体は、明らかだ。「機動力、判断力、学習能力、それからエネルギーの出力や射撃の精度……いずれも前回から大きく向上している。制限がないという条件も後押しとなったのだろうが、それを差し引いても戦闘能力のアップデートは順調に進行していると言えるだろう。以前、同じ状況で戦ったときよりも苦戦させられた。……本来、データを見てから言うべきことではあるが、体感的にはもう互角だと感じだ」
ガンマのスペックに個体差はない。その上でガンマ同士に差をつけるものがあるとすれば、データとなって蓄積される戦闘経験の多寡だ。そのため、後続機である2号を先行機であるようなわたしが指導するような訓練が続いていた。——そして、差は埋まった。今後は今日のように、互いに遠慮なく力を交差させるような訓練になっていくのだろう。
出会った当初は、どうなることかと思っていたが。——頼もしい存在になってくれた。
「~~……っ!! ……おっしゃ~~~~!」
わたしの話を聴く間、次第に見開かれていった2号の目が一度かたく瞑られて、その両手も拳の形を作る。次の瞬間には満面の笑顔で空中を跳ね、拳を天に掲げて歓喜の叫びを上げていた。
「だろだろ!? やっぱりそう思うよな~!? ボク頑張ったんだぞ、事前に綿密にシミュレートしてさあ……! 作戦を練ったり修正したり! 闘ってる間も、おまえの動きをよく観察して学ぶようにしたり!」
「ああ。これまで直情的な闘い方が目立っていたが、改善されていたように思う」
「へへ、やればできるんだぜ……!」
楽観的かつ軽率な性格を思えば、大きな進歩だ。「綿密にシミュレート」「作戦」「修正」「学ぶ」——という言葉を、2号が自ら口にするようになろうとは。
「おかげで、闘いにもけっこう余裕が出てきたよ! だから今後は、技の出し方をよりカッコよくしたり、技の合間に取るポーズを考えたり……ってことも、今まで以上にできるようになるよな!」
「……なに?」雲行きが怪しい。
「さっきできなかったフィニッシュも含めて、色々試したいなあ! 見てろよ1号、ボクはこれからもっとカッコいいヒーローになるからさ! そうしたら……!」
「待て、2号」
募る危機感に急かされ、思わず声を上げてしまう。
今日の戦績の概要を喜ぶことはいい。だが、完全に良からぬ方向へと浮かれ始めている。
「あまり調子に乗りすぎるなよ。確かにおまえの戦闘能力は向上したが、まだ完璧ではない」
「か……っ、完璧、かあ……」
「例えば、終盤には集中の途切れや不要な思考が目立っていた。使用弾に迷った挙句、隙を晒すのは感心しない」
「隙!? って、まさか……! あのまま時間切れにならなかったら、攻撃食らってたってことか!?」
「そういうことだ」
「あちゃー、フィニッシュするどころじゃなかったのかあ」
2号は片手で額を覆い、そのまま青空を仰ぐ。
軽い口調だが、本当に反省しているのだろうか。視野を手元のみに狭め続けるという一瞬どころではない油断など、敵にとっては格好の餌食になる。そして2号の性格やこだわりを考えれば、同様の不注意が今後も重ねられていくことは想像に難くない。頼もしいが、心配——相反する二つの印象を内包する、なんとも不可思議な同型機だ。
「……あ、そうそう!」
手を下ろした2号が再びこちらを向く。気楽さが表れていた先ほどの反応より、今の方が真面目なように見えるのは気のせいだろうか。
「使用弾を迷ってたのは本当だけどさ。それ以外にも、気になることがあったんだ」
「気になること?」
「なーんかおかしかったんだよな、光線銃」
「……なんだと?」
当人はホルスターから取り出したそれをクルクルと事もなげに回しているが、今口にされたのは決して軽く見て良い事態ではなかった。
「不具合か? 具体的に、どのような……」
光線銃の不調を敗北の言い訳にすることは許されない、が。かといってそれを2号の責任にしてしまうというのは——釈然としない、気がする。
いずれにせよ、わたしたちの使命そのものでもある戦闘へと直結する不具合だ。状況はできる限り把握して、博士に報告しなければならない。
「さっきの訓練中……岩の陰に身を潜めてたから、おまえには気付かれてなかったかもしれないけど。引き金を引いてるのに弾が出なかったときがあったんだよ! エネルギーの光は出てるんだけど、ただ光ってるだけで、弾にならない……って説明で伝わる、かな……?」
「……ああ」
「わかってくれるのか!」
心から訴えるような勢いで語り始め、次第にその語気を弱めていった2号だったが、すぐさま調子を取り戻す。本当に、よく表情を変えるやつだ。わたしとは、全く違う。
「一時的な不具合だったのか? 戦闘終盤まで、問題なく撃ち合えていたように見えた」
「そうだな。何度かつまみを回してみたら、正常な動作に戻った。突発的なヤツなのかな?」
「そうなった原因に心当たりはあるか? それを再現できれば、突発的かどうかも探れるはずだ。博士に報告できる情報は多い方が良い」
「再現かあ……。普通に闘ってただけなんだけどなあ……」
2号が顎に手を当てて考え込む。わたしが目を離していた間の出来事であるせいで、わたしから心当たりの提案ができないことが、少し歯痒かった。
——彼とて至上の戦闘性能のみならず、それを支える優れた記憶能力や情報処理能力を持つガンマ。わたしが手取り足取りをしてやる必要など本当はないはずなのだが、普段の態度のせいか、2号のことはどうしても心配になってしまう。今後の後続機がどんな個体になるかはわからないが、ここまで気を揉むような個体は創られないのではないかと思う。
「あ! ひらめいた!」片手に握った拳でもう片手のひらを叩き、金属音を響かせる。「そのときと同じパターンで、つまみを回してみたらどうだ」
「パターン?」
「そのときも色々考えていじってたんだよ。ここから奇襲をかけるにあたって、どの弾にすればカッコいいかな~って」
「…………」
有効であるかどうか、と考えていてほしかった。カッコよさというものは、結果に付属するものでもあるのだから。
「ええと、確か……最初の設定はこれだったはず」
何度かつまみを回してから、2号は光線銃を横向きに構える。小さな光弾が一発だけ放たれ、銃口の先、遠くの岩山を貫く音を立てた。一発一発の威力が小さいかわりに連射性に優れているため、主に牽制や攪乱、または命中させることを重視する際に用いる弾だが、それにさえ人智を超えた威力は秘められているのだ。
「ここから、左に二回、右に一回。また迷って、同じことをもう一回。……で、撃ってみる、と……!」
「……発射されていないようだな」
引き金に呼応して生成されるはずの弾が、ほんの僅かでも青い銃口に灯ることはなかった。2号が何度か指を動かし、連打に及ぼうとも結果は変わらず。先ほどの一発は問題なく撃てていたということも踏まえれば、2号本体のエネルギー切れや不具合というわけでもないだろう。やはり、光線銃の不具合だ。
ところが、わたしがその結果を口にした途端、2号はニヤリと不敵に笑った。ここからが本題だとでも言わんばかりに。だとしても、おおよそ不具合に向ける表情や感情ではないのだが。
「あっちに向けてたから分かり辛いよな」
横に向けられていた銃口の先へと視線を動かす。一面に広がり続ける青空と、新たに空洞を付けられた岩山が見える。——それだけだ。
「じゃあ、こっち見てみろよ」
伸ばしていた右腕を、今度は下へと向ける。どこか楽しげだなと訝しみを覚えながらも、それに従って、地を見下ろした。
「……なるほど」
結論を言えば。——エネルギーは照射されていた。地面には青色の光点が浮かんでいて、光線銃を握った2号の手の動きに合わせて揺れている。
しかし、本来弾であるはずのその光が、着弾した地面を抉ることはなかった。見た目通り、ただのライトであるかのような体で漂っている。やはりバグが起きていることに変わりはない。
「な!? おっかしいだろ!」
何度も引き金を引いて地面を僅かに照らし続けながら、2号は声を弾ませる。わたしの反応を窺う見開かれた目の奥には、隠しきれない輝きがある。新しく手に入れた玩具を掲げる子供というのは、このような感じなのだろうか。
「光線銃で遊ぶな」
「えー」
この現象以上に、不可思議な同型機だ。これが、そんなに楽しいのか? 娯楽に乏しい日々を送っているせいで、感覚が甘くなっているのだろうか。そもそも、人造人間に娯楽がいるのか?
「お堅いこと言わないでさあ、1号も試してみたらどうだ?」遊ぶなと言ったことを躱すように、光線銃をクルクルと回しながら誘いかける。「1号の方でも起こるかどうか……っていうのも、博士に報告できることになるんじゃないか?」
「…………」
「えっ!? ほんとにやってくれるのか!?」
ホルスターから光線銃を取り出し、先ほど示された通りにつまみを調整する。博士への報告のためという真っ当な理由を提案しておきながらわたしの行動に驚き、そしてすぐに身を乗り出して期待する2号にとって、報告など実際は二の次なのだろう。ただわたしを巻き込んで遊びたいだけだ。
断じて、それに乗ったわけではない。わたしは博士に報告するために行う。不具合でそれだけはしゃぎ、「お堅い」と分かっていながらわたしを誘おうとする2号より、こちらの方がずっと容易に解ける謎だとしても。
「おおー!! 1号のでも起こったな!!」
目論見通り地面に照射された赤い点とわたしとに、先ほど以上の歓喜と興奮の視線が交互に向けられる。予想できていた結果よりも、この同型機のよく分からない感性に、疑問と関心が割かれてしまいそうになる。
「……やはり、わたしの方にも残っていたようだな」どうにかそれを堪えて、順当な言葉を選んだ。
「どういうことだ? 残っていた、って……。1号、なにか心当たりがあるのか?」
「おまえがまだ完成する前に、博士から伺ったことがある。わたしたち人造人間ガンマの光線銃の弾は全種、オリジナルの『ガンマ』が使用したものを踏襲したもの……ということは知っているか?」
「ああ。映画観せてもらうと、『これこれ!』ってなるよな」
「それに加えて、博士自らが考案した弾種の搭載も検討されていたそうだ」
「!」
「2号?」話の途中で、2号は急に身体を軽く弾ませた。意味が分からずに、反射的に尋ねてしまう。
「ああ、いや……。さすがはヘド博士! と思ってさ」
——なるほど。博士同様、新たな弾に惹かれたのだろう。2号のセンスが思い描く弾というものには一抹の不安を覚えながらも、話を進めることにした。
「だが、いくつか創り上げた案のいずれも、あと一歩納得ができなかったと仰られていた。そのため、搭載は取りやめたと」
「そうなのか!? もったいないなあ……」
「先ほど起こっていた現象は、恐らく……一時期搭載されていた、開発段階のその弾種を起動させてしまったものだ。完成を迎えることなく削除されたはずだったが、バグを起こせる程度には残存データがあったようだな」
「へえ~……」2号は興味深げに光線銃を眺めながら、地面に青い光を照射することを繰り返す。「1号は物知りだな」視線が、不意に地面からこちらへと向けられた。
「……おまえより、多少早く起動しているからな」
「それでもさ」
言わば、当然のことだ。ことさらに否定することまではしないが、感心されるようなところでもないだろう。短い言葉に対してわたしが考え込んでいる間にも、2号はひとりで納得してしまったらしく、得意げな顔で光線銃を回していた。
「おっ、今のけっこう上手くできたな! ポーズにも生かせるかも……!」
「2号、遊んでいる暇はない。早く帰還するぞ」
「えっ?」急に指の動きが止まったせいで、青い光線銃が持ち主の手から危うく落ちそうになる。「訓練の報告とかデータの入力って、急ぎじゃないだろ?」どうにかそれを掴んで、2号が尋ねた。
「それに加えて、博士のバグの件をお伝えして、修正していただかなければならない。だから早く向かうに越したことはないはずだ」
「ええー!? これ消しちゃうのか!?」
抗議の声を上げた2号は、例の不具合をまたもや実践し、地上の光を指差した。
「実戦用の弾との切り替えも問題なくできるし、博士には話さず放っておいてもいいんじゃないか? なあ、面白いからこのままにしておこうぜ!」
「面白いから、だと……」
オリジナルの「ガンマ」、そして彼を模して創られたわたしは、あまり表情を変えることはない。冷静沈着なヒーローであるがゆえの所作だろう。だが今は、僅かでも、自分の表情が引き攣っていくのを感じていた。
それも、怒りや不愉快ではなく、ただ困惑と呆れによって。
「面白いだろ? レーザーポインターみたいでさ!」
「…………」
——言い得て妙な喩えだと思ってしまった。
「……いや、それのどこが面白いんだ」
会議やプレゼンテーションといった場で使われるそれと、「面白い」という言葉は果たして結び付くだろうか。娯楽を欠いた日々のせいで、2号の判断は甘くなっているのかもしれない。だが、人造人間にそのようなことが起こり得るのか?
「なあ頼むよ1号! 闘うときは使わないようにするからさ!」
「先ほど言っていたことを……訓練中の出来事を忘れたのか? 戦闘の最中、おまえは偶発的にその不具合を引き当てた。二度目が起こらないという保証はない。その二度目が、実戦の最中に起こるということも考えられる」
「うっ、ボクがこれを見つけたばかりに……! ……だけど、なんていうか、こう……せっかく、じゃないか? しばらくはこのままでも!」
「ダメだ。使う機会がない以上、このバグを残しておく意味もない」
「ただ遊ぶだけ!」
「どうやって遊ぶつもりだ」
遊びに生かせるものでもないだろう、と言いたかった。だが、用途を問われる程度には認められたのだと思ったのか、駄々を捏ねていた2号の表情が明るくなる。そもそも光線銃で遊ぶなと言うべきだったか。何を考えずとも、そう言えていたはずだったのだが。
「う~ん、そうだなあ……。床や壁、天井に当てて動かしてみる……とか? 暇潰しくらいにはなると思わないか?」
光線銃を軽く振って述べる様は、まさしくプレゼンを行っているようにも見えた。軍の会議の中、ガンマの性能を得意げに語っていたヘド博士を思い出す。あれこれと用途を捻り出そうとしている2号は、あのときの博士に似て、楽しそうだ。
しかし、語る内容に差がありすぎる。こちらは僅かなバグを存続させるためだけに、取るに足らない目的だけを連ねているのだから。そんなことでは、博士の望みは——。
「——博士」
「1号? ……やっぱり、ダメか?」
2号本人でさえ、苦しい理由ばかり重ねているという自覚はあったのだろう。その顔にいよいよ諦めの色が宿る。
「……博士にはお伝えする。その上で、おまえの主張が通るか、バグとして除去されるか、もしくは新しい弾種として改良されるかは……博士のご意向にお任せする。それでいいな」
「あっ、なるほど! 報告したら直されちゃうと思ってたけど、博士に認めてもらえる可能性もあるのか! ……でも、待てよ」喜ぶ2号だったが、何やら動揺し始めた。
「ほんとにいいのか? 修正されずに残っちゃうかもしれないぞ?」
2号の目には、わたしが急に譲歩したと映るのかもしれない。それで戸惑っている、といったところか。
「おまえに賛同したわけではない」実際には、博士次第だ。それでも断言してしまった。「我々は完璧な人造人間だ。バグなどふさわしくない」
「はっきり言うな……。ボクはちょっとくらいの遊び心があっても、それはそれでカッコいいんじゃないかと思うんだけど……」
「博士がそうご判断されるなら、それでいい」
「……」
報告と修正は同義だと勘違いしていたのは、わたしも同じだ。報告することには変わりないが、その後の措置まではわからない。それはわたしたちではなく博士がお考えになる、人造人間ガンマのデザインに含まれる事項。2号とあれこれ議論するまでもなく、最初から決まっていた、簡単なことだ。
「……わかった。それじゃ、博士のところに行ってみるか! 今の時間なら、確か……セルマックスのところだったか」
「恐らくは」
お手を煩わせるのも申し訳ないとは思うのだが。わたしたちがラボに顔を出せば、博士はすぐにセルマックスに背を向ける。「おまえたちの調整をしている方がずっと楽しいから、いつでも遠慮なく来てくれて構わない。むしろ来てくれ!」と仰ったこともある。軍はセルマックスの開発の進展を望んでいるようだが、人造人間ガンマとして、博士の言葉に従おう。意気揚々と宣言して、「セルマックスのところ」と事もなげに言った2号も、軍と大型人造人間のことを気にしてはいないのだろう。
「……しかし、おまえこそいいのか?」
つい先ほどまでは、バグの秘匿を訴えていた。わたしの提案を呑んだとはいえ、方針を変えてなお溌剌としている姿を目にして、つい腕を組み口を開いてしまう。
バグの件を、博士に伝える。それが必ずしも修正に結び付くわけではないと気付いたが、2号にとっての明るい結果が定まったわけでもないのだ。
「博士は除去をお選びになるかもしれない。そうなったとき、駄々をこねて食い下がることはするなよ」
「しないさ。こいつとここでおさらばでも構わない」
上空へと銃口を向け、引き金をカチカチと鳴らしながら——件の光が、頭上の青空と同化しかかっていることだろう——、2号はきっぱりと告げた。雲に遮られない陽光を浴びた表情に、心残りは感じられない。
「それでいい。博士を困らせることはしないように」
「いや、まあ……。それもあるけど……」
「なに……?」
博士の決定は絶対ということを、ガンマである以上2号も理解しているはずだ。この程度のバグを諦める理由としては十分だろう。だが、わたしが今、その可能性を口にするよりも早く、2号はこの現象への執着を手放していたのか? 博士以外に、なにか理由があるのか?
考えられることがあるとすれば——ポインターに喩えたそれについて、あれこれと用途を挙げ連ねていたとき、か? 2号が示したバグの価値は、いずれも些末なものだった。2号も薄々自覚していたようだが、いよいよ開き直ってそれを認め、存続を主張し始めたときほどの熱意を失った、といったところか。——あるいは。
「……おまえ、もしかして拗ねているのか?」
2号の主張に、わたしが否定だけを重ねていたから。だから躍起になって、わたしの意向に添おうとしているのか?
「えっ? 拗ねる? ボクが? なんで?」
大きな目が見開かれ、何度も瞬く。その周りにはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいるようだった——いや、本当に2号が作り出したホログラムだった。
しばしば覗かせる挑戦的な一面は鳴りを潜め、当惑のみがそこにある。強がっているわけでも、わたしを試しているわけでもなさそうだ。検討違いだったとわかって、思わず静かに息をついた。
——その瞬間、2号を囲む「?」が、一斉に「!」へと変わった。2号はそれらを閉じると、ずいとこちらに近寄ってくる。口の端は大きく吊り上がって綻び、頬は緩みきっていた。
「なんだ……?」今度は、こちらが困惑させられる番だった。
「……1号、もしかして」いつも以上に得意げな視線が、真っ直ぐにわたしへと向けられる。「ボクに言いすぎちゃったかも~、って思ったのか!?」
「……」
「いや~、まさか気にしてくれてたとは! カワイイとこあるじゃないか!」
わたしはなにも答えていないが、2号はすっかりその結論を信じ込んだ。あれほど弄っていた光線銃をホルスターに収めると、両手を広げた大仰な身振りを加えながら、ペラペラと話し続ける。
「そんなふうに考えないでくれよ~! ボクだって気にしてないぞ、いつものことじゃないか、なあ?」軽やかに背後に回り込んでから、左肘をわたしの右肩に乗せた。声がやや上擦っている。「ボクは怒っても拗ねてもいないから、一緒に博士のところに行こうぜ! ほらほら!」
左肘から、2号の体重がより強く伝わってくる。——完全に、調子に乗っている。
「嬉しいなあ、1号がボクのことを思いやって……——うわっ!?」
右腕を払い、2号を振り落とす。「いつものこと」だ。乗せられた肘とガンマの体重の感覚はまだ残っていて、肩は少しも軽くならないが。
2号がしたり顔で述べたことは、本当だった。だからと言って、それを認めてやるのは——些か、癪で。だからこうした。2号も2号だ。スーパーヒーローに向かって「カワイイ」などと的外れなことを口走るくらいには、よくない調子の乗り方をしていた。だから甘やかすような対応は取るべきではなかった。これでいい。
(……オレ、は……)
こんなふうに、意地を張るのか。死闘の最中とは程遠い、戯れのような局面を受け入れるようにして。
自分のものであるはずなのに、全く知らないデータを読み込んでいるような感覚。最高峰の精度を誇る思考AIに、不具合が起きているような錯覚。——これを、博士に報告しようとは思えないことを含めて、バグじみている。
「……」
空中でたたらを踏む2号を視界に収めてから、マントを翻して飛び立った。「待ってくれよー!」という声が背後から響く。どうせすぐに追いついてくるのだから、飛行速度を緩める必要はない。
(追いつく、か……)
光線銃のバグの話ばかりしていたせいで、かなり前のことのようにも感じてしまうが——今回の戦闘訓練のことを、思い出していた。
時折隙を晒す場面も見受けられたものの、2号は確実に、学習と成長を重ねている。かと思えば、妙なところで調子に乗る癖が直る気配は、やはり一向に見えてこない。わたしがあれこれ窘めることを「いつものこと」と言っていたが、それが「いつも」で、「いつも」のままというのも、いかがなものか。いずれは2号も後継機を持つのだから。——だが。
(今、は……)
ここまで強くなってくれたのなら。今くらいは、これでもいいのかもしれない。2号の軽率さも、向こう見ずも、全てわたしが補えばいい。もっと成長してほしいという思いも確かだが、このままでも、きっとどこか十分だ。
「なあ1号! この機能が没収されちゃうより前に、やっておきたいことがあるんだ」
「何だ?」「ボクのとおまえのを重ねてみようぜ、紫色になるのかな?」
「……真剣に頼むようなことか?」
案の定、いつの間にか2号が隣を飛んでいた。——思っていたよりも速い。それだけ飛ばしてきたということか。それとも、わたしが知らずのうちに、速度を落としてしまったのか。
後者も、あり得なくはない。根拠もよくわからないまま、そう思ってしまった。
——結局、なぜ2号はバグを諦めたのだろうか。どちらかといえば、根拠よりもそれの方が気になっていた。