アテンプト・ラブ(全2ページ/1ページ目)

以下の内容が含まれます

  • 数年後if(潔カイ両方BM所属)・付き合い済・同棲済
  • 単行本未掲載話のネタバレ
  • カイザーの身の上話が潔に共有されてるくらいには仲が良い
  • カイザーの親やPIFAに関する捏造

〝「ハリウッドの女帝」×××・××××と「ドイツの皇帝」ミヒャエル・カイザー、激似と話題に 隠し子説浮上も本人たち否定「他人の空似」〟

 

「……『ただいま』」
「おう、『おかえり』。……お疲れさん」

 最初は、潔がつい癖で発してしまう日本語にすぎなかった。だがカイザーが潔から、あるいは自力で、かの国の文化を学ぶようになって。同じ家に棲むようになって暫くの間は「またか世一」と潔の「癖」を呆れ笑っていたカイザーだったが、今ではその日本語を自ら口にするようになった。元々カイザーは知識の会得に貪欲な人物で、「母国離れできない世一に乗ってやっているんだ、クソ光栄に思え」と言って憚らないものの、このやり取りは彼が潔を受け入れ心を許した証の一つに他ならない。
 そう確信できるから、潔は顔を綻ばせる。この距離に至るまでに経た紆余曲折を思い出せば感動さえ覚えてしまう。それに、カイザーの領域に入り込めた、自分が少しでもカイザーを染めた——という実感は、依然としてなかなか強烈な快感をもたらしてくれる。
 しかし惜しいことに、今は陶酔に浸り続ける余裕はなかった。潔の胸中を占めるのは心配と安堵。カイザーの帰りが遅れたことの、そして彼の疲労の原因を知っているから心配になる。
 一方、「ただいま」という日本語を言えるだけの余裕は残っていることには安堵した。どこか不安定な一面を秘めたこの恋人は、酷いときは声を発することも忘れるほど、自分を追い込む癖があるから。

「世一、クソ疲れた」

 ソファで過ごしていた潔の隣に、カイザーはどかりと腰かける。その勢いで青色の毛先が跳ねた。

「労われ」
「俺はお前の召使じゃねえんだよ」
「……前節の試合の、お前のゴールの数」
「クソ」

 お疲れの恋人を放っておくつもりは最初からなかった。ただ、一度断ろうものなら、カイザーはゴール数勝負の結果という潔の弱みを持ち出してくる——と見越して、断る素振りを見せた。つまり、皇帝様のマウント癖をくすぐることで、「労われ」の命に応えてやろうと思ったのだ。
 ——が、実際にやってみたところ思った以上にムカついたので、この手はもう二度と使わないと決めた。あと次は絶対勝つ。

「おら、とりあえずコート脱いで、荷物も寄越せ。持ってってやるから。お前は早くシャワーでも浴びてこい」
「なんだ、ちゃんと召使じゃないか」
「うるせー、コート床に捨てんぞ」

 言い合いながらも、潔はカイザーが差し出したコート——本当に床に叩きつけてしまうのは気が引けるほどのブランド品、物に罪はないので——を確かに抱える。世話を焼いてやろうという思いが、普段通りの苛立ちに勝っていた。
 カイザーが淡々と煽ってくるのは、憎たらしい態度に扮する演技をしていないからではなく、する気力がないからだ。そんなカイザーに、「労われ」と命じられるまでもなかった。

「世一」
「ん、何?」

 皇帝のお持ち物を持った潔が、ドアの前で振り返る。
 次はどんな命令が飛んでくるのかという警戒と嫌気、しかしあのカイザーに頼られている——ただいいように使われているわけでもないということは、乗り越えてきた茨の恋路が証明している——という嬉しさ。カイザーと共に過ごすとき、潔はいつもこのように、相反する感情を覚えてしまう。それが楽しいところでもあるのだが。

「シャワーは浴びるが……一度、これを見てからにする」

 告げられたのは、命令にも満たない申し出だったが——その言葉を聴いた潔の表情は、たちまち固まってしまった。
 カイザーが指差すテーブルの上には、先ほどまで潔が見ていたタブレットがある。消えていない画面には、とあるゴシップニュースの記事が映し出されていた。

「……まあ、いいけど」

 ——どの道、確認はしなきゃならないだろうし。
 歯切れの悪い返事を返してから、潔は自分に言い聞かせる。重くなりそうな足取りを、早く荷物を片付けてここに戻ろうと思い直して保った。
 

 カイザーが手に取ったのは、点けっぱなしのタブレット——ではなく、その傍らに置かれていた一冊の雑誌だった。

「…………」

 部屋を後にしようとしていた潔が、このとき——カイザーが零していた微笑みに、気付くことはなかった。