「お前のアレって、結局どっちなんだ?」
「いきなり何の話だ?」
「朝弱いのか、弱くないのか」
テーブル中央の皿へと向かい側から伸ばされた白い右手が、皿に積まれたラスクに触れる直前でぴたりと静止した。
その手元から徐に上げられた天色の視線にじっと見つめられているのを感じる。俺も皿からラスクを摘まんだ状態のまま顔を上げ、視線に応えるように再度口を開いた。
「ほら、寝起きすげえ悪い日もあったし、かと思えば俺より先に起きて朝食作ってくれた日もあったじゃん。お前のこと、色々と解ってきた……つもりだけど、コレはどっちなのか判断つかなくてさ」
〝皇帝〟の恋人という得難い座をモノにして、そこからさらに悪戦苦闘を重ね、紆余曲折を経て。俺はようやく、悪意に満ちたこの皇帝に、I LOVE YOUを解らせることができたのだった。
誰かに心を開くということは、その相手に素の姿を見せること、でもある。カイザーがそうしてくれたおかげで、この数日間何度もジグソーパズルを崩しては組み直す思いでカイザーへの認識を改めていた。大胆で芝居がかった言動を多用する印象が強いけど、存外静かな気質の持ち主だっていうこと、悪辣で冷徹な暴君でありながら、あどけない子供のような、純粋な想いを秘めていること——色々と、知った。
俺の知っていたカイザーが、カイザーなりの強さと覚悟によって少なからずの装いを施された姿だったとすれば。——けれどその仮定では、朝の姿についての謎を解くことはできず終い。たった今カイザー本人に話した通り、コレはなぜか、最初からずっとちぐはぐだった。居住を共にすることを俺に許し、けれど心までは許さなかった頃から、ずっと。
とはいえ、疑問の程度としては些細な方だ。
「日によって違う、ってだけの話かもしれないし、それならそれでいーけど」
手に持っていたままだったラスクを今度こそ齧る。硬くも軽やかに焼き上がった食感と、ほのかに散りばめられた砂糖の甘味に、軽い感動まで覚えてしまう。カイザーが明かしてくれた好物だからだ。
——今回はやり方を教わって俺も一緒に作ってみたけれど、今食べたのはカイザー作だな。多分俺のは砂糖の量が多い。甘いの好きだからって、少々やり過ぎた自覚があった。
「……カイザー?」
二枚目に手をつけた俺に対し、向かいの席から咀嚼音が聴こえることはない。カイザーの手はずっと皿の上の宙に留まっていて、強張った眼が俺を凝視していた。どこかただならぬ様子にもう一度声をかけてみれば、カイザーは遂にラスクを摘まむことなく、その手を膝に降ろしてしまった。観念でもしたかのように。
(な、何だ……? そんなに深刻なことなのか……?)
雰囲気につられて緊張し、ごくりと唾を呑んだ一方で、内心いくつもの疑問符を浮かべていた。
けれど、俺にとってはほんの雑談程度の話題だったとしても、カイザーにとってはそうじゃないのか。だったらと僅かに身を乗り出して、耳を傾ける意思を示すことにする。幸い、カイザーもだんまりや誤魔化しに逃げる気はなさそうだ。一つ重たげなため息を吐き出してから、もう一度顔を上げて俺を視た。
「……クソ失念していた。だが良い機会だ。そろそろ、どちらにするか決める頃合いかもしれないな」
「どちらにするか、ってことはやっぱり……強いか弱いかの片方は、演技力の賜物か?」
「そういうことだ。さて、どうしたものか……」
「? 迷うとこか、ここ?」
何も、相反する二つの態度のうち「演技」だった方を切り捨てれば済む話じゃないのか? なぜか深く考え込み始めたカイザーにとっては、やっぱり相当重大な議題だってことか? その理由は一向に視えては来ないけれど。
「……確かに、迷う必要はなかった。何せ、決定権の持ち主が眼の前にいるんだ」
「は?」
「世一、お前はどちらがいい? どちらが、お前の好みだ?」
「——……? ……いやいやいや。どちらが、って……」
挙句の果てに、急に俺の意思を介入させようとしてくる始末。そもそもが議論の余地さえないほどの話ということも相まって、困惑のまま首を何度も横に振ってしまった。カイザーは不思議そうに形の良い眉を顰めたが、それは俺の方がする表情のはずだ。
——不思議なばかり、というわけでもない。カイザーが俺に意見を求めたということから、迷いの原因を一つ想像できた。ただ正答としてしまうのはまだ尚早で——俺に都合が良すぎる。真剣なカイザーの「眼の前」にいる以上、上がりそうになる口角を何とか抑えた。
「……どういうこと?」抑えるためにも、そして確証を得るためにも。今はカイザーに詳細を促す。
「もっと分かりやすく言うべきだったか? 〝皇帝〟の意外な弱点に心打たれるタイプか、それとも、完璧な恋人をお望みか。世一はそのどちらだ、と聞いているんだ」
「いや、うーん……? それは、そうなんだけど……」
妙な二択に首を捻る。カイザーはどちらでもいいってことなのか。だから俺の好みに委ねると。
——俺も全くの同意見だから、委ねられても困る。かなり雑な言い方をしてしまうと、一緒に寝ているとはいえ皇帝の寝起きなんぞどうでもいい、何だっていい。勝手に転嫁されかけてるけど、俺じゃなくて本人の問題だろ。だって俺の選択次第では、カイザーは今後ずっと、装う努力をするハメになるんだ。俺が正答を選ばなければ、カイザーは——。
(——まずい!)
いつの間にか、突き付けられた二択の枠組みだけで思考していた。問われるがままに選ぶだけでは、カイザーの思考の方程式を真に解くことはできないのに。
俺が求めるのは、カイザーの迷いの本質。だったらここは、ありもしない「好み」を素直に答えるんじゃなく——。
「……何でそんなこと聞くんだよ? 演技することになってでも、俺に合わせようとする理由は何だ」単純な問いだけども。最初からこう尋ねていれば良かったんだ。
「…………」
二択外からの疑問を返されたカイザーは、少し気まずそうに俺から視線を外した。程度はどうあれ、カイザーの鼻を明かすのは気持ちがいい。結論に達せてはいないけれど、俺の思考による進展を実感できたということもあって、少し胸がすいた。
「……世一こそ、深く考えすぎじゃないのか? 俺は常に、状況に合わせてクソ適切な行動を取っているだけだ」
カイザーもすぐに調子を取り戻して言い返してくる。寝起き一つについて適切か否かを判断しようとするお前の方が考えすぎだろと言いたくなってしまう——けど。
「ふーん? じゃあ今までのも『適切』だったって言うのか? 日によって180°違う、ブレまくりの状態が?」
「ああそうだ。どちらも適切だった。だから両方試していた」
そうきたか。どちらにすべきか迷ったまま、ここまで来たものだとばかり。物は言いよう、考えようだな。
まあいい。大事なのはカイザーが何をもって「適切」と判断していたか——どういう意図で、異なる行動を選んでいたかだ。
カイザーと話し、思考を進めていくうちに、答案なら数パターン用意できた。まず、カイザーが努力家であること、そして「〝皇帝〟の意外な弱点」なんてわざとらしい言い方を思い出す。つまり、弱さなんて克服できるはずのカイザーが敢えて曝け出した「弱点」の方が偽装なんじゃないのかと仮定した上で、視えてくる可能性だ。
「俺のことも……試してたつもりだったのか? 想定外の厄介な『弱点』に辟易して、逃げ出さないかどうか……って」
「クソ違う」即答だった。「今お前が話した意図は、そっくりそのまま犬相手にやったことだ。……あの頃は、悪逆非道の王にも付き従える臣下が欲しかったからな。軽い横暴を敷きながら、その素質と意思を見極めていた。それに、少しくらい弱さを見せておいた方が、相手の庇護欲をかき立てて懐柔しやすくできるだろ?」
「犬……ああ、ネスのことか……」
そりゃあ自分のゴールのための手駒になってくれる人材は欲しいし、そのために誰かの心理を超越ることは確かに必要だろう。でもフィールドの外であれこれ演じてまで人心掌握をしようとした経験はない。
——こいつ、つくづくとんでもないこと考えて生きてるな。同意を求められてしまったけれど、カイザーの眼に映る人間関係の壮絶さに改めて触れた気分だ。
「取った手段こそ同じに見えるかもしれないが、世一には別の……全く逆の効果を期待していた」俺の内心に構うことはなく、カイザーは話を続ける。「クソ極悪な寝起き程度のクソ小細工で、お前が俺に絆され下るなんてあり得ないだろう? それで良かったんだ。横暴を許容し、俺の悪意に従うんじゃなく……横暴に苛立ち、悪意を返してくれれば、それで」
「なるほど、そっちか……。……クソッ」
最初に口にした答案こそハズレだったようだが、これはこれで、想定していたもう一つの答えだった。それだけに、俺の方からこの正答を告げられなかったことが少しばかり悔しい。
要は、荒んだ「不自由」目当てで俺を受け入れていたカイザーの、ある種の挑発行為。フィールドの外にいるときから、俺の敵意を募らせたかったってことだろう。
「……しかし、世一相手に隙を晒すことだって、よく考えてみればクソあり得ない。夜に身体を許すことと、その無防備を翌朝まで続けることは別の話だ。……そんな思いで、絶対にお前より先に起きてやろうと思った日も少なくなかったな」
「お前が考えそうなことだよな」
自戒めいたこれも、想定内の一つだ。——これは、朝に強い方が演技、と仮定した場合の目的。
「……っていうか、なんだ。やっぱり迷ってたんじゃん」
「よく考えてみれば」なんて、カイザーは試行錯誤を窺わせる物言いをした。ただ冷静な判断だけを繰り返していたヤツの発言とは思えなかった。
「隙を見せて反感を買うか、それとも隙を見せないようにするか……どっちが『適切』なのか分からなかったんだろ」
指摘されたカイザーは、肩を竦めて笑みを零した。突かれた脚本の穴を認めるような苦笑。突いた側の俺もつられて少し笑ってしまった。
半分は、単純な気持ち良さのせい。些細な話とはいえ、皇帝の冷徹な論理に、俺の存在が少しばかりでもバグを与えていたようで。俺相手にどう出るべきか——俺に対してカイザーが戸惑い、思考を尽くしていたということ。その事実は面白くて、心地良かった。
(けど……)
結局、今の話では、どちらの姿が真実なのかは不明のままだ。それぞれの可能性に基づいて俺は仮説を立てたけど、その両方ともが当たってしまったせいで、却って本当の答えが分からくなった。朝に弱い方にも強い方にもそれなりの理由と目的があるせいで、両方ともが怪しい。
「——まあ、いっか」
「世一?」
「いいや、こっちの話。……嬉しいなって」
俺がこの話題を挙げたときこそカイザーは何やら緊張した面持ちだったものの、今は実に呆気なく、不可解な態度についての種明かしをしてくれた。つい最近までの話なのに、過ぎた思い出を振り返り語るように、穏やかに。
そうだ、過ぎたことなんだ。俺は最早カイザーにとって、都合の良い敵や壁——あのクソ親父の代役となり得るような——程度の存在じゃない。カイザーはもう、策略を弄してまで悪意だけを求める凄惨な生命じゃない。
「何にせよ、もう迷う必要ない話、ってことでいいんだよな。……これからは、もうちょっと楽に生きていけるんじゃねえの」
「……あ? 何勝手に話終わらせようとしてんだ」
——急に訝しまれた。
甘いラスクを頬張りながらしみじみと閉じかけていた眼を、驚きによる反射で開く。
「今のは確かに過去の話だ。寝起きなんか悪くなくても世一は俺を敵視してくれるし、早起きできずに世一に起こされたとしても、俺はもっと強くなれる。……だから、ここから先はただ、お前の好みに合わせる。さっきからそう言っているつもりだが?」
「は……ええ……? ……なんで……?」
感動を脳の片隅へと押しやって、そんな話だったなと思い出す。思い出したところで、生じるのは困惑と、そして——。
——カイザーは過去の行動についての理由は存外簡単に教えてくれたものの、この二択を迫る理由——俺の好みに合わせようとする目的については、まだ口を割っていなかった。
「……何も、お前の好きで良くね?」
「クソ良くない」再びの鋭い剣幕。最近までの思い出話をするより前と同様、異様な真剣さを帯びている。「些細な好みの話だと侮るなよ。妥協も忍耐も、重ねていけば破綻に届く」
「破綻、って……。……お前、やっぱり……!」
回りくどい言い回しをしているけれど——俺に合わせてでも、俺との関係を手離したくない、ってことだ。その名の通り〝皇帝〟と呼ばれるほどのカイザーが、俺に合わせようだなんて!
この問いをされた直後に思い浮かべた——俺に都合の良すぎる想像が見事に的中している。——こいつ、俺のこと相当好きだ!
「……何を笑っている? クソ気味悪いぞ」
「いや、笑うだろコレは……! 何、お前案外尽くすタイプだったりすんの……!?」
「あ?」心外とばかりに睨まれる。この状況から何を言われたところで照れ隠しとしか思えなさそうだから、驚くことはない。「思い上がるなよクソ世一。お前が、俺に尽くすんだ、コレはそのために必要な努力に過ぎない」
「努力?」
「……無償の愛なんてあるワケない。あったところで、実感なんてできやしない。だが自分の力で得たモノなら、きっと話は違う。だからお前に対して、打てる手は打つ。お前じゃなく、俺を満たすために。……お分かりか? クソエゴイスト」
「はいはい、見返り目当てってわけね……」
相変わらずクソ真面目に物悲しいことを言う。でも、目的含めて何ともカイザーらしい。見据えているのはあくまでも自分の望みで、それは成功の末の報酬として手に入るべきもの。健気な取引は成功のための手段。そーゆートコキライじゃない。
——献身めいた手段を取ることに変わりはないし、目的が俺である以上、やっぱり俺のこと好きじゃん!
「……そうに決まってるだろ」
「……?」
上がり切った口角を隠さずにいれば、カイザーはとうとう眼を伏せてしまった。どこか力なく呟かれた言葉は、俺の思考をどこまで読んだ上での返答なんだろうか。
「……やっと、欲しかったモノを手に入れたんだ。クソ下らないことで失うのは嫌だ。見返りとして感じ続けることができるなら、対価くらいクソ払う」
「カイザー……」
俺を視ようとしないのは、「失う」ことへの恐れのせいか。進化のためなら余計なプライドなんて躊躇なく捨てられるはずのカイザーが、こんな。——いや、「対価」というのもまた、本当に大事なモノと比べてしまえばきっと安いプライドなんだ。初期衝動の源だと語ってくれたサッカーボール、それに準ずるくらいの——あるいは、同等の——地位を、俺はカイザーから勝ち取った。
「……っ!」高揚と共に、それ以上の純粋な嬉しさがこみ上げてきた。
——俺だって、同じだ。俺がサッカーをする限り、ストライカーとしての生を全うする限り、鏡映しのような生き方をするストライカーを意識せずにはいられない。そんな存在を、俺だって失いたくない。
「……カイザー。お前、クソ下らないこと、って言ったよな。……それが、真理なんじゃねえの」
朝の姿一つ——いいや、俺の好みの全てさえ、どうだっていい。カイザーは、そういう次元の存在じゃないんだ。
「そのクソ下らないことの積み重ねで、関係が破綻する……という話もしたはずだが」
「だから、そういうことじゃないんだよなあ……。そんなに俺の判断が欲しいかよ?」
「クソ欲しい」
生真面目すぎる。些細なことにも筋道を求め、理にかなった方法を掴もうとするところ——フィールドの外とはいえ、親近感が湧いてしまう。俺と同じ、クソ「秀才」。
それでも、俺にとってお前はそういうんじゃない。論理なんて超えている。確かに人間関係というのは積み重ねでできているのかもしれないし、お前に何度怒りを覚えさせられたか分からないけど——俺の理想じみた動きで戦場を統べる思考とか、かの激烈な蹴撃とか、そして、神の理不尽にさえ抗ってみせるような戦い方、とか。そういうのを魅せ付けられる度、俺は何度だって、一瞬で恋に落ちてしまう。
本当は「天才」じゃなく「秀才」だったとしても、初めてその衝撃波を目の当たりにしたときに覚えた激情的な感嘆は、間違いなんかじゃなかった。俺が絶望しかけたとき、神への怒りを叫んだ皇帝は、どんな天才たちより鮮烈だった。そんな劇的な存在を、どれほど不満や苛立ちを募らせようが、捨てれるわけがない。別の言い方をすれば、カイザーこそが俺の好みになるわけだから、カイザーが俺に適応する努力をする必要なんてクソ皆無であって。
そしてこれらの感情は、決して無償の愛なんかじゃない。カイザーの人生、そこで培われた力なくては、引き出せなかったもののはず。カイザーは自分の力で、とっくに、俺を——。
(……って、一度に言って、解ってもらえるなら楽だけど)
ここまで辿り着くまでの経験則だ。尖った警戒心を持たなければ生きていけなかった子供には、少しずつ解らせるしかない。いや、もしかするともう解ってはいて、あとはそれを呑み込むまでの時間を要しているだけなのかも。別にいい。どうせ一生一緒だろ、時間ならいくらでもある。
それで、問題は今どうするか、だ。俺が何らかの答えを用意してやらなきゃ、このクソ秀才が引き下がることはなさそうだ。そして、「カイザーの好きでいい」なんて甘い答えで納得してくれるヤツでもない。けれど俺も俺の主張を曲げるつもりも、適当に答えてカイザーの思惑通りかつ歪な安心を与える気もなく。どう言葉を選んだものか。
(——あ)
似た者同士であるがゆえか。こういうとき、意外とすぐに最適解が浮かぶことがある。理論ずくで戦う俺たちの間で重要な言葉、かつ、カイザーにとっては清濁両方を帯びていそうな概念。
「カイザー」
俺がしばらく考え事に耽っていたせいで、カイザーも俯いたままだ。でも、この言い方なら。
「お前が、『自由』な方にしろよ」
「——な……っ!?」
反射的に顔を上げて、見開いた眼に俺を映す。それはやがて紅色の彩りと共につり上がって、切先のように鋭くなる。
——クソ成功。絶対、こういう反応すると思ってた。
「……世一、嫌がらせか? お前なら『不自由』をくれると思ったから傍に置いているってこと、忘れてないよな?」
「でも、『自由』になりたかったんだろ? このくらいなら叶えてやるよ」
「はぁ? クソふざけるな、自分で叶える」
そう言って、カイザーはもう一度皿へと手を伸ばし、今度こそラスクを一枚摘まんだ。これが、カイザーにとっての一枚目。
舌戦は唐突な幕切れを迎えることとなったものの、良い結末になったはずだ。俺はカイザーを望む方向に誘導したし、カイザーは俺に応えるんじゃなく、自分の意思で「不自由」をこじ開ける。——あと、お互い挑発に弱いな、なんて思えたりした。
「……クソ甘い」一枚食べきったカイザーが、困り顔で感想を述べた。「世一作だな。砂糖クソ多いぞ」
「う……っ」その失敗は自覚済みだ。「まあいーだろ、たまには……」
「もう一枚」
「え?」
「クソ寄越せ。……世一作のやつ」
文句言った次の瞬間におかわりを要求する。悪質なクレーマーじゃないだろうなと口を尖らせながら、俺が作ったと思しきもの——皿の中で混じり合ってるので分かりにくい——を選んで渡す。
「……」
眼を閉じて二枚目のラスクを齧るカイザーは、さっき以上に、それを味わっているように視えた。長い睫毛が、少しだけ震えた気がした。
「……お前らしい、『自由』の味だな」
「ケンカ売ってんのか」
「クソ違う」
てっきり、加減されていない味付けをそう呼んだのだと。違うと断言したカイザーは、ラスクを摘まんでいた自分の手指をじっと見つめていた。——そこについている、多量の砂糖粒を視ているのか? 拭くものを欲しがる素振りを見せることもなく、ただ、静かに。
「砂糖は多い方が美味いだろ。そう気付いて、試したときがあった。ほんの贅沢がしたかったんだ」
「……どうだった?」
「食べたらなくなった。空になったクソ小さい砂糖瓶を見て、虚しくなった。……『自由』の味は、一時の夢に過ぎなかった」
「だから……なくならないモノを求めた?」
「そうだな。このときの経験は効いたかもしれない。結果的に、その判断に後悔はないが……。……また、コレを味わうことになるとは、な……」
どちらが作ったものなのか、もう自力で判別できるようになったらしい。三枚目、四枚目——カイザーは次々と、ラスクを皿から取っては口元へ運ぶ。それを眺めているだけというのも少し違う気がしたから、俺も食べるのを再開する。——俺は、カイザーが作った方を探して食べることにした。
「……世一。……お前が、俺ごときと同じモノを作るなんてな」
「そりゃどーも」
今のカイザーなら、朝を迎えたときに素の姿を見せてくれそうだ。綻んだ表情を視て、ほんの微かに潤んだ声を聴いて、そう思った。
「……お前が、俺と同じで良かった」
俺と同じお前だから、すっかり惚れ込んでしまったし、倒したくて仕方がないし、——あのとき、救われた。そのお前の心に、これくらいで触れられるなら安いものだ。
皇帝お手製のラスクを齧る。同じだと分かっているから、好みからは少し外れた控えめな味さえ、好きになれそうだ。