自由の楔(全2ページ/2ページ目)

 そんなティータイムを過ごしてから、一週間後。
 この一週間の間、結論を急くことはしなかった。誰にだって色んな日があるだろう。うっかり寝過ごしてしまう日とか、逆に思いもがけない早起きをしてしまう日とか。だから俺は耐え続けた。いくら相手がクソ皇帝とはいえ、一方的に短所を決めつけるのは良くないと思って。明日こそは反例を出してくるんじゃないかって。
 ——反例のない同じ朝を七日間連続で迎えてしまったことで、もう結論を出すしかなくなった。

「お前……ッ! 寝起きクソ悪……!!」

 布団を繭状にして閉じ籠り、何度揺すっても低い唸り声しか上げない皇帝に、七日分の思いを込めて告げた。夢と温もりの中に留まろうとする相手に、伝わっているかどうかは分からない。
 布団の中にいるだけ、今はまだマシな方だ。これは皇帝を朝の陽ざしから守る砦である一方、暴君の一撃を阻む、俺のための砦にもなってくれた。この一週間の間、起こそうとしたときに視認できない速さの拳や左脚——右脚じゃなかったのは無意識の理性だろうか——を振り下ろされたこともあった。物騒すぎる。怪我を負わされていないのが不思議なくらいだ。やっぱり手加減はされているのか? チームの練習にふたり揃っての遅刻は何度かやらかした。特にお咎めがないのは、多分俺たちの実力と実績が庇ってくれてるからだ。

「これが、カイザーの素……」

 俺より先に起きて完璧に身支度を済ませ、朝食まで作ってくれたヤツと同一人物という事実に軽く混乱する。あっちが虚飾だったというなら相当な演技力だ。やっぱり、クソ努力家だ。

「……当たり前、だろ」繭の中から声がした。
「うわ、起きてた!?」
「うわとは何だ、クソご挨拶、クソシャラップ、クソ耳障り……」
「……」

 ご機嫌斜め。——けれど掠れ声のせいで迫力なんてものはないし、昨晩のことを思い出してしまうから、悪い気は一切しなかった。

「やっと分かったか? 朝に強いワケ、ないだろ」

 バサリと繭が解ければ、重力に思いきり反逆している金と青の髪が露わになった。恨みがましげな眼差しも相まって、何とも荒々しい羽化だ。カーテンの隙間から差し込む日差しとは対照的に、晴れやかさの欠片もない。

「『クソ物』は夜行性なんだ。これでも他のニンゲン共に合わせようとしているだけ、クソ上出来……」
「あー……。……納得した」

 「親父」と呼ぶことすら憚られてしまう男は、ギャンブルに乗り出すため夜な夜な出かけていたようだ。つまり、カイザーが束の間の「自由」を謳歌できた時間も夜だったということ。だとすれば、カイザーにとっての「自由」は、朝に眠ることにも繋がるわけだ。
 不健全極まりない昼夜逆転生活でも、十五年も続けてしまえば正常になる。クソ実家を出てから過ぎた年月は、その十五という数字には遠く及ばない。プロのアスリートになったとしても、矯正は容易じゃないだろう。——そういうところも、「不自由」だなと思う。

「……思えばコレは、俺が『ニンゲン』ではないことの証なのかもしれないな」

 自嘲するように笑み一つ零してから、カイザーは再びベッドに寝転がった。
 二度寝する気かと焦って身を乗り出し顔を覗き込めば、その眼は微睡みながらも、真っ直ぐに俺を見上げていた。

「それで……? どうする、世一?」
「どうする、って?」
「一週間、『自由』にした。だが、俺に不可能はないからな。またクソ努力して、完璧なコイビトにだってなれるぞ。それとも、世一が身の危険を感じるのなら、明日から寝室を分け——」
「その必要はねえよ」

 また余計な心配を繰り返すことを、言葉を遮ってでも止めることにした。こちとら極悪な短所と七日間付き合ったんだ。その時点で——いや、その前から、俺の答えはとっくに出てる。「ニンゲン」だろうと、そうじゃなかろうと、構うものか。

「お前が克服したいって言うなら、好きにすればいいけど。……でも、ここにいろ」
「……あいあい」ふいと俺から視線を外したカイザーは、満更でもなさそうな顔をしていた。「今の、起きてるときに、もう一度言え」
「あ、寝惚けてる自覚あったんだな……」話し方が若干覚束ないわけだ。「おい、だからって二度寝すんなよ。今日オフじゃないんだからな……!」
「ああそうだ、俺を起こしたいなら、お前次第になるがクソ名案がある……」
「おい、カイザー……!」

 まずい、会話が噛み合わなくなってきた。沈んだ身体をシーツから引き剥がし、両肩を掴んで揺さぶっても、とろりとした眼は微睡みを色濃くする一方で——。

(……?)

 ——微睡む、という以上に。蕩けている、って印象の方が近いような。

「早く寝れれば、その分朝起きやすくなるかもしれない。そして、俺が早寝できるかどうかは、世一次第だろ」
「何言——……っ、……あ——……っ!?」

 驚いた拍子にカイザーの肩を離してしまった。お返しをしてやったと言わんばかりにくつくつと笑うその貌を、急激に高まる体温を感じながら見つめるしかなかった。笑い声が帯びる掠れに聴覚をくすぐられるせいで、熱は高まる一方だ。頬の色はどんなことになっているだろう。

「クッソ……テメェ……」

 やっぱり寝惚けてやがるな。俺を揶揄ったつもりなんだろう、その不意打ちにしてやられたのは事実だけど——この期に及んで、答えの分かりきったクソ簡単な問いを出してくるとは。

「……良かったな、カイザー。これからずっと、朝は『自由』ってことだ」

 ——ギリギリまで、寝ていられるということ。つまり、「クソ物」らしい夜の享受。
 お前を好いてしまった俺の選択も、愛に飢えたお前の願望も、これ一択だろ。

「……何が『自由』だ。テメェの身勝手だろ、クソ世一……」
「お前が相手だからな」

 皇帝の眼も、ようやく少しは醒めただろうか。微睡みも蕩けもせず、俺を鋭く睨んでいる。
 口元を覆い隠した白い腕の下から、紅色の差した頬が覗く。——俺からもお返しができたってことを、その色で実感した。