ガラスの水

Novel/BLL-潔カイ

mirrors(全4ページ/1ページ目)

以下の内容が含まれます

  • フランス戦後if(潔カイほぼ和解済)
  • 原作287話までの時点で書いてます
  • 原作287話まで・及びキャラブ2弾内容前提
  • 監獄施設についての捏造過多
  • 潔カイ以外のキャラの出番)
  • 両片思い状態なので潔の憂慮は全部杞憂です

 〝新英雄大戦〟閉幕準備、〝青い監獄〟次段階に向けての調整。それらが大規模なシステムメンテナンスを要したということもあり、プロジェクトは二週間の休止期間を設けることになった。——四度の激戦を経た俺たちにとっての、久々のオフだ。
 休暇となると、かの〝U20〟戦の後を思い出す。両親の元に帰り、盛大に歓迎され、けれど勝利と自由に浮かれた心のまま、すぐさま渋谷に繰り出して戦友たちと遊びまくった。
 今回もまた、実家に戻って、両親に戦果を報告して祝われて、三人で食卓を囲んで。そして、翌朝には——。

「あら。帰ってきたと思ったら、またすぐお出かけ?」玄関で靴紐を結ぶ最中で、母さんに呼び止められる。

 「また」という響きが何だか微笑ましげだ。前回同様、俺が〝友達〟と遊びに行くことを想像してるのかも。

「うん、ちょっと……。……〝青い監獄〟に何日か泊まることになりそう」

 ——ここからは、前回と大きく異なる過ごし方を選ぶこととなる。

「あ、もちろんオフだし、トレーニングとかはせずに、ちゃんと休んだり遊んだりするつもり。ただ皆と集まれる場所として都合いいってだけ。……ほら、遠くから来てるヤツもいるからさ」
「まあ! 皆とお泊りなんて、修学旅行みたいじゃない! 仲良しなのね~!」

「ははは……」

 苦笑しか返せない。
 俺が監獄に引き返そうとしている「理由」と、にこやかに語られた「仲良し」なんて印象との間には、そりゃあもう深すぎる溝があるからだ。この場で母さんに説明するのは憚られるほどのものだから、今は渇いた笑いを浮かべるしかなかった。

 ——ミヒャエル・カイザー。
 〝新英雄大戦〟にて最悪の出逢いを果たした新たな宿敵、最低の関係を築いた憎き怨敵。でも、最上のプレーを魅せてくれた鮮烈な存在で——〝新英雄大戦〟を勝ち抜くために、絶対に欠かせなかった欠片。
 カイザーがいなければ、今の俺はいない。そこまで想えるアイツと——ただ、話をしてみたい。アイツのことを、もっと知りたい。
 あの〝フランス〟戦を終えて、そんな欲求が残った。煮え滾る殺意を克服した今、ヤツ相手に残った純粋な対抗意識以外の感情について、実のところ端的で的確な言語化はできていなくても。ただ、それだけが。
 〝フランス〟戦後一言も話さずにオフを迎えたせいか、久々の我が家で過ごす安らかなはずの一晩で、却って想いが燻り火が灯ってしまった気がする。今まで感じてきたような、腹の底から脳天までを焼き尽くすような憎悪の炎じゃない。もっと穏やかで、けれど熱く燃え盛ろうとしている、純粋な火。衝動に逆らって、契約に基づく冷徹な関係を取り戻すとしても、この火はどうにかしなければならない。薪をくべるとしても、鎮めるとしても——火の源である、カイザーに逢わなければならない。
 

 そんな目的を胸に、俺は関係者専用の〝監獄〟行シャトルバスに乗り込んだ。今の〝監獄〟は五大クラブから招いた選手たちの宿泊施設を兼ね、彼らのもてなしをする必要がある。おかげで色々と行届いた環境に整備されたよなあと、感慨深く思う。ご飯と納豆だけの食事を嘆いた頃が懐かしい。
 メンテで閉まっている施設以外なら、招聘選手同様に俺たちも使いたければ使っていいということになっている。世話になった四人部屋をもう一度ありがたく使わせてもらおうと、足を踏み入れ。

「潔くん! なんや、こっち戻ってきたん!?」
「氷織!! お前こそ! 実家遠いんだろ!?」

 無人の空室とばかり思っていたそこで、思わぬ再会を果たした。
 ハイタッチの音が部屋に響く。意識なんかしていなくたって満面の笑みを浮かべてしまうし——思い切り、安堵のため息をつきたくなる。

「一旦は帰ったんやけどな。滞在できるなら、こっち留まってもええかと思うて戻ってきたわ。……あ、でも別に、後ろ向きな理由やあらへんよ」そう答えた氷織の笑顔は、以前よりも明るく見えた。私服姿も相まって新鮮だ。「今回は、皆と遊ぶのもアリやなって。東京のゲームショップとかも回ってみたいやん」
「前回の渋谷は不参加だったもんな……。ってことは、もう予定とかは決まってる?」
「決まってる、ってほどやないけど……。……せやねえ、ドイツの皆からのお誘いに応えて、合流してもええかも」
「……!」

 ドイツの、皆。
 その言葉に思わず肩を跳ねさせてしまったけど、すぐさま馴染みの面々の方を思い出す。氷織の言う「ドイツ」は「〝新英雄大戦〟にて『ドイツ』チームを選んだ〝青い監獄〟メンバー」のことであり、そこにはどこぞの皇帝なんか決して含まれてない。だから俺が緊張するところじゃない。落ち着け、俺。

「そう言う潔くんはどうなん? ……あれ? そもそも実家、関東やなかった?」
「あ……。……俺も、大体そんな感じ! こっちに残るヤツも少なくないみたいだし、みんなに会えるなら、俺もこっちにいようかなって」
「ふーん……?」

 ——ここで目的を打ち明けられずに誤魔化すことが、そうしてしまう緊張が、今の俺の限界だった。試合のときとは大違い。戦場を出てしまった今、全く大丈夫なんかじゃなかった。
 アイツに逢うという目的だけ固めておいて、どんな顔をして逢えばいいのか、逢って何から喋ればいいのかとか、そういう理論や思考がまるで組めてない。いがみ合って嫌い続けた、そういう感情だけに傾こうとしていた、という経験と自覚ゆえの気まずさ、みたいなものが強いのかもしれない。逢いたい衝動を募らせる心とは裏腹に、足取りはずっと重かった。氷織という見知った同志との再会で、勝手に安堵したのもそのせいだ。
 試合中の意識変革だったなら、すぐ具体的な戦法に行動を移せたのに。らしくもないほど嫌悪していたこともそうだけど、どうにもアイツを前にすると調子が狂う。そうなってしまう理由だって知りたいのに。

「そ、それよりさ。『ドイツの皆』って言ってたよな」

 色々と不確かな今の俺についてこれ以上追及される前に、話題を変える。共通の話題で、俺の興味もあって、そして極めて無難そうなものへと。

「もしかして、もう皆既に集まってる? 俺も黒名から誘われてはいたけどさ……」

 カイザーのことが気になってしまいそうで、誘い自体は二つ返事で承諾しつつ、日にちについては保留にしていたし、その後遊びの話がどうなっているかは分からない。もちろんそのやり取りの際にはカイザーのカの字も出していない。

「せやね。僕らが実家戻っとる間に意気投合して遊ぶ話完成してたらしいんよ。いけずやわ」
「はは。いーんじゃね、オフは二週間もあるんだし」

 カイザーという、おかしな理由で待たせるのも忍びない。わざとらしく拗ねた表情を作る氷織だって、本気でキレてるわけじゃないだろう。

「ほら、SNSにも写真上がっとる。けど幸い関東圏やし、今からでも合流できるやん?」
「わ。オフショット新鮮だな……」

 氷織が見せてくれたスマホの画面を除き込む。蜂楽、玲王、愛空に閃堂——と名だたる選手たちの投稿が連なるタイムラインを流して、黒名のアカウントまで辿り着く。
 今日ついさっきのものである最新の投稿は、〝ドイツ〟の面々との集合写真だ。背景には日本らしからぬ様式の城。行き先は某テーマパークかな。
 長期に渡る戦いを共にしたメンツだからか、こうして羽を伸ばしている姿には、いつもの頼もしさとはまた違った意味での鮮やかさがある。前回の渋谷で偶然会った雪宮は相変わらず様になっていて羨ましい。そして黒名をはじめ、前回いなかったメンツがちらほらと。雷市にイガグリ——〝フランス〟戦でも活躍したことだし、実家に許されたのかな——あ、もう一人のグリムもいるじゃん。「イガグリ」に対する「オシャグリ」、命名したのはここにいる氷織だったか。

「……って、ええっ!? グリム、ゲスナー……! ……ね、ネス……!? な、なんで……!?」

 和やかで賑やかで、オフショットとしてはあまりに自然だったせいで、〝不自然〟には今更気付いた。何度瞬きをしても、冗談みたいな写真が変わることはない。合成か何かだと言われた方が納得いく。
 ——なんで、〝青い監獄〟と〝ドイツ〟のメンバーが一緒に遊びに出かけてるんだ!? 今まで散々対立してぶつかり合ってきた、俺の知ってるバスタード・ミュンヘンじゃない! ——でも——。

「……カイザーは、いないんだな……」

 錚々たるメンバーの中でも一際目立ちそうな、華やかな容貌はどこにも見えない。気付いてしまえばたちまち〝不自然〟に染まってしまう写真の中で、その事実だけが〝自然〟なものになった。思わず止めていた息を、ようやく深く吐き出せた。
 うん、当たり前だ。この集まりにカイザーがいるわけない。ネスたちだけならともかく、黒名たちに同行するわけないだろ。俺を差し置いて。

(……俺を、差し置いて?)

 なんだ、この思考。大体、「いるわけない」なんていうのも、根拠の分からない思い込みだ。俺以外の〝青い監獄〟とつるんでいたところで、驚きはするけど問題はない、よな? むしろ俺が一番、今までカイザーから遠ざかろうとしていたってのに。
 ——カイザーと、話したいとは思っていた。そのあまりに、こんなことまで考えるのか? 俺って、カイザーの何のつもりなんだ。カイザーの、何になりたがっているんだ。 

「何や。カイザーのこと、気になるん?」
「! いや、別に……! ただ、〝ドイツ〟全員いるわけでもないんだなって……」

 動揺となおも続く緊張のままに大嘘をついた。アイツへ向ける未完成の感情を誰かに話す覚悟はまだできていない。

「……カイザーとか関係なく、もうこのメンツだけですげえ驚いてるよ」これはこれで素直な感想であり、決して嘘じゃない。「どういうことなんだろ……。俺ら、お世辞にも仲良くはなかっただろ」
「潔くんがそれ言うん?」氷織がおかしそうに微笑む。「……フランス戦。最後の最後に他でもないキミらがあんなふうに戦って、僕らもキミら二人の王に続いた。だからもう皆、蟠りに拘ってられへんよ」
「……あー……。……そっか、そう、だよな……」

 納得と、そして充足感。最初から最後まで、きっとこのチームは俺とカイザーのモノだったんだ。俺たちがいがみ合えば分裂するし、逆もまた然り。
 そして、ほのかな苦々しさ。——おかしな話だ。俺たちに続いた皆が柵を超えた中で、今度はその俺が、カイザー相手に酷く緊張してる。

「…………」

 視線を落とし、もう一度画面を覗き込む。氷織の指が液晶を滑るごとに切り替わっていく写真をただ眺める。
 非日常のファンタジー空間に魅入り人一倍はしゃぐネスは、屈託のない純粋な少年の表情をしていた。普段の慇懃無礼な態度も、狂ったように俺に噛み付く〝おまけ玩具野郎〟の面影も最早感じられない。皇帝の忠犬としか思ってなかった存在だけど、こういう姿こそが素なのかも。そしてそんな振る舞いをするネスを温かく見守る〝青い監獄〟の面々を視ていると、もう柵なんてないんだと否が応でも理解する。

(……なんと、いうか……)

 喩えるなら、勉強していないと笑い合った友達に、後日高得点の解答用紙を見せびらかされたときの気持ち。久々に思い出してしまった。
 どす黒い殺意にまみれた過去なんて乗り越えてるのに。拘ってるつもりなんてないのに。それとも、これまでの軋轢とは別の何かがあるっていうのか? 

「あ」氷織がスマホを引っ込めた。まあいつまでもSNS眺めているわけもないよな。長考してるのは俺だけだ。
「黒名くんと連絡取ろうと思うんやけど、潔くんはどないする?」
「……っ」

 ここで氷織と共に合流する、っていうのも一つの手だ。俺だって皆と遊びたいし。それに、行って掴める欠片だってあると思う。俺の自覚していない確執がカイザーとの間にあって、そして皆にはそれがないのなら、皆と接することでその差への理解を深め、確執の正体に気付けるかも。それさえ分かってしまえば、カイザーの方へと大きく踏み出せるんじゃないか。

(……でも……)

 着実な回り道が常に効果的とは限らない。結局は、その道に夢中になれるかどうかだ。今の俺を夢中にさせる挑戦はひとつだけ。それを目前にしながら、わざと遠回りをするなんて真似は——。

「せや、カイザーのことやけど」
「え」
「潔くんが来る少し前にな、部屋の外ですれ違ったんよ。服は〝青い監獄〟で配られとるスウェットのまんま。せやから、ここに留まってるんは間違いなさそうやね」
「……!」

 有益情報。——だけど、言い辛! このタイミングで俺も残るってなんて言ったら、カイザー目当てだって白状してるも同然だろ! ああもう、俺が改めて決意しかけたときに!
 ふと思い出しただけのことをただ告げたような口振りの割には、その口元は緩やかにつり上がっている。さすがは同志。俺の拙い取り繕いなんか、もうお見通しだったってわけかよ。そして自称通りの極S。タダではアシストはくれないってか。対価として要求されてるのは、目的を認める俺の羞恥か。
 ——いいや。そっちがその気なら、俺ももっと良い脚本で応えてやる。
 両頬を手のひらで軽く叩く。弾む刺激で醒めた眼で、名演出家を真っ直ぐに見つめる。アシストへの心からの感謝さえ、伝えるくらいの気持ちで。挑戦的な気分も隠さず乗せて。

「悪いけど、先に合流しててくれ。俺は少し、ここに残るから」

 決然と、声にする。
 見事不意打ちを喰らった演出家プロデューサーは見開いた眼を何度か瞬かせ、けれどすぐ、満足げに深く微笑んだ。

「相変わらず、お熱いなあ」
「それは否定させて……」

 断じて、揶揄われるような仲じゃない。——この感情が帯びる温度自体は、否定できなくても。