Novel/BLL-潔カイ
mirrors(全4ページ/4ページ目)
「何にしようかなー……」
今は誰もが選べるようになった、まともで種類豊富で美味しい食事。〝新英雄大戦〟が終わればまた元通り、なんてこともさすがに考えにくい、でも絵心さんのことだし何が起こるか分からない——と思うと、今のうちに堪能しておくべきだというささやかな使命感に駆られていく。折角の休暇でいつもの食堂か、とは最早思わない。〝いつもの〟じゃなくなるかもしれないなら。
(いつものじゃ、なくなる……)
食事がどうなるかは分からないけれど、長かった〝新英雄大戦〟は幕を閉じて——カイザーも、ここからいなくなる。「この戦い」の日常はもう終わるんだ。
だったらその締め括りを前に、たとえまともに言葉を交わすことがなくても、何も知れないままでも、カイザーと過ごせて良かったかもしれない。俺にとっての〝新英雄大戦〟を象徴するような存在と。
「……世一」
「あーはいはい。後つかえてるよな」
「……」
感慨に耽っている暇もなく、昼食のメニューで熟考している時でもない。誰もいない食堂にひとりで来ているみたいな調子でいるけれど、一応後ろにはカイザーがいる。休暇期間中だからか、メニュー選択用のパネルは一台しか稼働していなかった。
コーヒー一杯頼むだけらしいカイザーを先に立たせれば良かったな。——でも、そうしたらカイザーは今度こそさっさと自室に帰るよな。いや、遅延行為をしてるつもりはない。俺も早く決めよう。皇帝との時間にはもう満足しただろと言い聞かせて。
(……和食。和食にしよう)
まず和洋の二択で迷っていたけれど、決めると決めてしまえば早い。元々俺は和食派で、そして後ろにいるのはカイザーだ。さっきから俺の手元をじっと見つめているカイザー——早くしろと言いたいんだろうな——の前で、洋食を頼むのも何だか少し変な感じがするというか、負けた感じがするというか。食事に勝ち負けなんてないけれど。ここはその、日本人としてということで。ご飯ものの定食にしよう。
よし、これだけでも大分絞れた。あとは——。
「腐った豆でも食うつもりか?」
「はぁ!?」——急に話しかけられたことと、その言葉への驚き。「なんで、お前がそのこと……!」
今の質問には明らかに揶揄いの色が含まれている。間違いない、かつて俺が強制された食事を知ってるヤツの言葉だ。
「……あ、BLTVって、今までの映像も見れるんだったか……。それとも誰かとの雑談で話したっけ……?」棟内での日常風景も、会話の音声含めて録られていた。何が放送されたかとか、何に許可を出したとか、一々把握していない。
どちらにせよ、なんでカイザーが俺のそんなの観てるんだよ。一時期俺に執着してたと言っても、そこまで研究材料にするとは思えないし。揶揄いのネタでも探してたのかな、クソ暇人かよ。確かに〝新英雄大戦〟開始当時は、〝青い監獄〟との能力差のせいで、コイツにとっては遊びの日々みたいなモノだったかもしれないけど。
いや、俺で遊びながらも、練習自体はちゃんとやってたと思う。指導者指定の練習で顔を合わせる機会は少なかったし、参考のためにでも覗きに行ったり顔を合わせようとするには、俺の嫌悪と対抗心が強すぎたせいで視てはいないけど、それは何となく分かる。——後悔しても遅いけれど、視ておけば良かった。俺の、理想のプレーの主なんだから。
「……納豆な」訝しまれる前に、意識を現実に戻す。苦々しいほど懐かしいそれをパネルに映す。「お望みなら注文して、この場で開けてやろうか」
もう当分はこりごりだと思ってからどれくらい経っただろうか。恋しくはなっていないけれど、食べてもいいか、と思えるくらいにはなっている。イガグリとの思い出みたいなものでもあるし。
寿司や天麩羅あたりの日本食は外国人にも人気らしいけれど、反面納豆は独特な臭いのせいで辟易されがちというイメージがある。皇帝が俺を揶揄うなら、俺も少しくらいは仕返ししてやろうと思った。
「クソ構わんぞ。腐ってるだけの豆だろ」反撃は敢え無く失敗した。「……臭いだって、牛乳よりクソマシ」
「ふーん……」牛乳嫌いなんだ。
納豆に対する勝ち誇ったような態度から一転。牛乳のことを話したカイザーの眼は伏せられていて、悲し気、にすら視えた。相当嫌いらしい。
「……飲まねーから、んなカオすんなよ」
「…………」
納豆だって本気で食べるつもりでいたわけじゃない。カイザーへの嫌がらせ全振りで昼食を決めるほどの憎悪も、もうない。殺し合いは戦場でやってこそ。——ふたりで歩いた心地の良さと、ほんの少しでも、それが嫌いな食べ物なんて少しばかり悲しいモノでも、カイザーのことを知れた喜びを、壊したくはなかっただけ。
「……世一!」
「え、何?」
納豆を表示させた画面から遷移した瞬間、ほとんど叫ぶように名を呼ばれた。
反射的に振り向けば、決然とした意思を纏った皇帝の視線があった。今まで散々向けられてきた敵意は感じられないのに、微かな震えとそれを凌駕する強さを帯びていた。燃え滾る憎悪なんてない時間を過ごしていただけに、突如向けられたその鋭さにたじろいでしまう。
「……ライスは、あんま食わん。……合うモノ、何がいいか、教えろ……!」
「……。……? ……はい?」
耳を疑った。
その剣幕とのギャップがありすぎる発言を聞き返せれば楽だったけれど、カイザーの視線の震えは増すばかりだから、何だかそれも気が引けて。ひとまずは自分の聴力と、聞いた通りの言葉を信じてみることにした。
——信じたところで、何!? マジでいきなりどうした!? 牛乳を飲まなかったことへの感謝の方が——それでも牛乳嫌いすぎだろって感じだけど——まだ納得がいく。こんなの、脈略がない——ワケではないのか。俺がご飯に合わせるもの選んでたところだったし。だとしたって、あのカイザーが俺にこんな、平和的で日常的な雑談振るか!? さっさと昼食決めて、パネル明け渡してほしかったんじゃないのかよ。こんなの、俺との時間を長引かせるだけ——。
(——え……!?)
待て待て、最初から、よく思い出せ。——カイザーは誰かに逢うために着替えて部屋を出た。用もないはずなのに、誤認した俺の目的に乗って、俺を連れて他棟に向かおうとした。俺の目的が違うと分かっても、俺を捨て置かずに食堂まで来た。
——部屋を出て、俺に逢ってからずっと、俺に合わせるように動いてる——!?
(……マジ、かよ……!)
ちぐはぐだった欠片が、一気に繋がっていく感覚。急速に出来上がった完全なパズルは、意外な人物なんかじゃなく、よく見知った、身近どころじゃない存在の形をしていた。
——コレだろ、カイザーの目的!
それなら、不可解だったこと全部全部腑に落ちる。目的を頑なに明かさず部屋に戻ろうとしていたのは、多分——俺の本当の目的に気付いていなくて、俺が他の誰かに逢いにいくものとばかり思っているからだ。
「……はは、何だ……!」
「……? 世一……!?」
——カイザーが他棟まで俺を案内すると言ったときに感じて、すぐに捨てた自惚れが、理由を変え、増幅されて蘇った。
俺たちはお互いに、同じ目的を抱いて、同じ勘違いまでしてたのか。
「……いいぜ、クソ薔薇。そのくらい、いくらでも教えてやるよ。俺に嫌いな食べ物はないけど……ご飯に一番合うモノも、俺の好きな和菓子も、俺の全部教えてやる。……だから、お前のコトももっと教えろよ」
「何言ってんだ……? 誰もそこまで言ってないだろ……」
「言ってなくてももう解る。……お前も、俺と同じこと考えてたって」
「は、あ……!? ——何、を……!? ……ッ!?」
自分の耳にはめ込まれたイヤホンを軽く叩きながら笑ってみせる。カイザーの耳にも同じモノがある。反応からして、きっとこの言葉と仕草だけで伝わり始めてるはずだ。
ただひとりで過ごすだけなら、言語の壁を超えさせてくれるコレは必要ない。そして異なる言語者同士でも、片方しか着けていないなら、意思の疎通はできない。——だから、イヤホンを配られた〝青い監獄〟関係者かつ、違う国の誰かを目的にしていない限り、休暇中にコレを着けることはないんだよ。それも、国を違えても今まで交流があっただろう欧州人同士じゃなく、英語すら怪しい俺のような日本人と、その日本人の元を訪ねようとした誰かじゃなきゃな。
「ああそうだ。もう一つ教えてやるよ」
互いの一致していた目的に気付いたのは俺だけど、気付かせてくれたのはカイザーだ。見栄を捨てた雑談で俺との時間を長引かせようとした。俺の目的を誤認していても、俺といるすべを模索して実行した。その間、俺はずっと後手に回っていた。でも、今からは俺から動いてやる。
鏡を前にしているようなモノだって、気付けた。向こうが意地を張るなら、こちらも意地を返す。退かないなら退けなくなるから、闘争心は異常なまでの過熱を帯びてしまう。でも、カイザーのその意地が和らいだなら、俺も隠し続ける必要なんてなくなる。ただ鏡に映る自分を動かすという当たり前のコトをするように、気は軽やかになる。同じ感情、そしてここへ至るまでの要因だって、確信できる。
「バスタード・ミュンヘンのヤツらに誘われてないって言ってたよな。……アレってさ、気遣われてたんじゃねえの」
「……その話はもうしただろ。今まではうざったいほど俺に侍っていたネスが、ようやく俺の休暇の過ごし方に気付いたって……」
「違ぇよ。……俺と、お前が気遣われてんの。……俺も、氷織にアシストされて、お前の部屋の前まで行ったようなものだからさ」アイツら、もしかするとグルだったのかもしれないな。
「な……っ!? ……世一、お前……! ……嘘だろ……!?」
「嘘なものか。——俺は、お前に逢いに来たんだ」
言った。言えた。
眼前の皇帝を不敵に睨み付ける挑戦的な笑みこそ浮かべているだろうけど、加速する鼓動に駆られていくように、両頬と胸のあたりが熱くて仕方がない。頬を伝った汗とその頬を染めているであろう色のせいで、どうにもカッコがつかないな。
それでも、高揚は恥じらいを優に凌駕していた。〝勘違い〟同士でも後手に回ってばかりだった俺が、ようやく余計なプライドを捨てて、カイザーと同じところに立てたんだと実感できているから。——眼を見開いて固まる皇帝の頬だって、染まっているのが分かりやすいおかげで。
「あのさ、カイザー。……食事を終えたらさ、ふたりで出かけないか?」
「……!」
先手側を奪取できたから、次の手を打つ。温めたままお蔵入りになるとばかり思っていた誘いの言葉。
驚くほど滑らかに口にできたばかりか、実のところ驚いてさえいなかった。皇帝の部屋を訪ねる前に陥っていた緊張は踏み潰すまでもなく消えていた。そんなモノを感じていたのは、カイザーの思考に思い至れなかった頃の俺だ。今はもう、遠慮も躊躇もする必要はないと知っている。
「お前だって、羨ましかったんじゃねえの? 他のヤツらのやってることが」
「……!」
用がないと言いながら、カイザーはロレンツォのSNSを視ていた。俺と同じことをカイザーが考えていたとするなら——〝青い監獄〟と招聘選手が共に過ごす光景に、想いを馳せていたんじゃないのか。氷織が映した黒名やネスたちの写真に、俺が見入ってしまっていたように。
「……世一、俺の言葉忘れたのか?」
狼狽えるばかりだったカイザーが口元を歪める。俺に握られてしまった主導権を取り返す、反撃の隙でも見つけたとでも思っているのか?
「ヒト付き合いはクソ悪い、ひとりで過ごす方が性に合っている……。何度もそう言ったハズだぞ? お生憎、アレは嘘でも何でもない。その俺に、お前の方から誘いを持ちかけるとは……余程のクソ自信があるらしいな?」
「……何だ、そんなことか?」
ただ、俺の意思を試すための問いか。
先に自分の方から素直になったクセに、俺の方も踏み出したから警戒に入ったのか。——鏡だって分かってないなら、その程度の警戒、いくらでも解いてやる。
「言われたいなら何度だって言ってやるよ。お前が目的だった、って。そのお前を前にして、退くなんて選択肢はもうない」
居心地の良い静けさで満足して、ほんの少し知れた喜びだけ胸に秘めて持ち帰ろうとしていたついさっきまでの俺を、バカなヤツだと罵るくらいの強欲な意思があった。
それらが大切な収穫なのも確かだけど、俺はカイザーと過ごしたかったし、話したかったし、カイザーをもっと知りたかった。〝カイザー〟こそが目的なら、ささやかな収穫程度で終わらせるなんてあり得ない。本当に欲しいモノだから、この機会は逃さない。
「自信だって、あるに決まってるだろ。……お前を満足させられるエスコート役に、お前と同類の俺以上の適任はいねえと思うけど?」
「……ハッ、クソ傲慢……!」
「この傲慢なら、お前も嫌いじゃないハズだ」
決して、無根拠の驕りなんかじゃない。俺たちが同類であることも、今この場で「目的」にし合っていたことも——あの戦いを経て、俺と共にここにいるカイザーなら、絶対に理解している。
「どうだか。〝不可能〟だとクソ示し、へし折ってやりたくもなる、が……。……丁度、他に折ってやりたい存在もできた」
「へえ?」——他。今ここは俺たちだけの空間だけど、それに関与した第三の要因。「聴かせろよ、同じかもしれない」
「さっきお前は、チームのヤツらに気を遣われたんじゃないかと言ったな。それがクソ癪だ。クソ下々の想定を下回るのも、肴にされて終わる気もない。……世一、お前はどうだ?」
「……はは、クソ同感! アシストを受けたなら、期待以上の結果で応えてこそのストライカーだよな」
アイツらに眼にもの見せてやりたい、という思いも確かにある。だけどこんなのはきっと、暗黙の建前だ。俺たちの目的が同じである以上、アシストがなくたって結果は変わらなかった。でも、俺たちらしい結び付きの契機になって、速やかな合意を助けてくれるモノだ。今は、存分に利用させてもらう。
今はまだ、これでいい。——でもいつか、そんな建前さえ不要になったら。
「なあ、カイザー。俺たちには同じ目的と、超えたい思惑がある。……契約を結ぶ材料は、十分に揃ってるだろ」
「……いいだろう、クソガイド。せいぜい日本の良さでも教えて、俺を満足させてみろ。クソ下々たちが羨ましがるくらいにな」
「そう来なきゃな、クソ皇帝。お前の想定は絶対に超えてやるよ。……俺に逢いに来たとまで、言ってくれたからにはな」
「おい、そこまで言ったつもりは……」
「今日言われたわけじゃねえな。……でも、お前の言葉は、ちゃんと覚えてるって話だ」
「あ? 覚、え……? ……——!」
初めて逢ったときに、言われた言葉。
俺のこと、踏み台程度に思っていたんだろうけれど——だとしても、〝天才〟たちとは違う、この皇帝には特別な感謝がある。俺にとってカイザーは、踏み躙り返してやりたい以上の特別な存在になってくれた。それほどの得難い相手の方から逢いに来てくれていたなんて。——やっぱり俺は、神の不平等を被るだけの存在なんかじゃないんだな。
「……そんな昔の台詞を蒸し返すとは。感情を捨てただとか宣ったお前らしくないんじゃないか?」
「そうでもないと思うけどな。大事なコトは、案外はっきり思い出せるモノだって……お前こそ、よく分かってんじゃねえの」
「……あいあい。……認めてやるよ、クソ世一。……お前に、『逢いたかった』と」
俺を試し終えた皇帝は、そう言ってようやく笑った。どちらかと言うと、苦笑に近い笑顔。殺意を抱きながら焦がれてしまった類稀な存在を前にしてしまえば、俺も不器用な笑い方をしてしまうんだろうか。それとも一緒に過ごすうちに、また違ったカオができるだろうか。
どっちでもいい。どちらであろうと、俺が、俺たちに没入することに変わりはない。
「で? 思い出話の代わりに、ついさっきの話は忘れたとか言わないよな? ライスに合うモノ、早くクソ教えろ」
「意外と好奇心旺盛だな……」
単なる話のネタじゃなかったのか。まあ、皇帝サマが勇気を振り絞って口にしてくれた問いを無下にする気もなく。
「……色々あるとは思うけど。個人的には塩鮭がベスト」
——「思い出話」。カイザーの方から遥々日本まで出向いて逢いに来たんだというこの出逢いの発端を考えるなら、最初から、俺はやっぱり後手に回っていた。だけど、だからこそ今は、カイザーの手を引くことができるし、引こうだなんて思えている。カイザーとぶつかり合って、理解し合って——これから、先も。
俺が、俺だったから、カイザーに逢えた。俺が——
「日本人でよかったと感じるコンビ」
〝秀才〟の壁に苛まれ、一時は嘆きさえした自分の生命。今はそれに、感謝しかしていない。
「ソレ、俺の口に合うのかよ」
「ゴメンゴメン。今のはそういう意味じゃねーから」
「?」
ありがとう、カイザー。お前には、手放し難い感情を教わってばかりだ。その感情の正体を、全部喰らうほど知ってやりたい。