Novel/BLL-潔カイ
危険物(全5ページ/1ページ目)
以下の内容が含まれます
- 原作301話(34巻)までの内容・カイザー過去前提
- 青監後・潔カイBM所属if(名前が出てるキャラはネオエゴ編時と同じチームに所属)
- 潔カイ・カイザーとネスの仲はネオエゴ編終了時より多少改善済
- カイザー父・カイザーによる原作程度のカイザー被虐描写
- 過去カイザーの口調捏造(父に対する敬語)
- 潔へのカイザー過去開示
- ネス・ロレンツォ・ノアの出番(少しだけ)
- その他自己解解釈要素強め
それはもう、弾みに弾んだ足取りで聖夜の街路を踏みしめた。すれ違う幸福な親子連れ、安全な散歩道を駆ける飼い犬——常に満たされていて、いつもなら劣等感の発生源でしかないソイツらよりも、やっと生まれてこれたような心地を抱える今この瞬間の自分の方が幸せなんじゃないかとさえ思えた。明らかにみすぼらしく、この時期の街を親無しで往くガキはしばしば蔑みや哀れみの視線を招いていたが、自分をたまらなく惨めにさせるハズのそれも、今は全く気にならなかった。そもそも、もう独りではない気がしていたので。ヤツらの傲慢な推測なんて、全てクソお門違いだ。
『……♪』
新品で高質のサッカーボールをねだるガキなんて、きっとこの国には大勢いるのだろう。すれ違うニンゲンたち、その手荷物を視ているとつくづく実感する。だからこそ、この両腕に抱えるはじめての誕生日プレゼントが、俺をソイツらと同じ〝ニンゲン〟にしてくれる——なんて浮かれ方まではしていなかった。薄汚い手段で得た家出資金を削ってまで手に入れた自分から自分への贈り物は、ニンゲンひしめくこの世界で唯一〝クソ物〟だけのモノだ。
そりゃあ、いつか〝ニンゲン〟にはなりたい。でも今は、この球がくれる実感が嬉しかった。
早く蹴り飛ばしてみたい。もう少し抱きかかえていたい。コレ相手なら分不相応じゃないと、楽しいコトばかり考えながら帰路につく。——それが地獄の中心地に続く道というコトも、忘れるくらいの気分でいた。
『……ん? おいクソ物、何持ってやがる』
『——あ……』
隠せるようなサイズや形状じゃない。手に抱えようものなら確実に気付かれてしまう。忌々しいクソ物なんか視界に入れなきゃいいのに。父の目聡さが憎かった。酔っ払いのクセに。
『あ、あの、えっと、』
強張る両脚はひとりでに折れ曲がり、膝から下は冷たい床に強打する。学びきった恐怖に跪く姿勢を取って、ゆらりと近付いてくる巨漢の影を仰ぎ見る。
いつものコト——のハズだけれど、少し変だ。こんなにもすぐ傅いてしまった今の自分は、心なしかいつも以上に怯えている気がする。球に添えられた両手の激しい震え方は、未知の脅威に慄いているかのようだ。
『んー……? 球……サッカーボール……かぁ? おぉ……!?』
父の声に滲む疑念が膨れ上がる。——確かに、本来なら球は、健全な少年たちの玩具としてのイメージが強いかもしれない。クソ物が持っているなんて状況、間違いなく不審だ。冷たい汗が背筋を伝った。
『てめぇ……さまか人様のモノに手ぇ出しやがったんじゃ……!』
『——ち、ちがう、そんなコト、ない! コレは、自分で……!!』
『……ホントかぁ……?』想定以上の反論の勢いに面喰らったようで、父は僅かにたじろいだ。『……どう視ても新品。借り物とは思えねぇな。第一、てめぇなんぞにサッカーボールを貸し与えるようなツテがあるとは思えねえ……』
出たよ、労働は命じるクセにトラブルを恐れて道徳を振りかざし始める二重規範。あと俺にも悪友の一人や二人くらいいるんだわ。——もちろん悪態は心に秘め、そしてその悪態を重ねるコトもせず、別の思考を馳せていた。
(コレは、自分で……)
父のためでもある食料やら日用品ならともかく、俺のためでしかない〝道具〟がリスク付きの危険物だと誤解されてしまえば、何をされるか分からない。
——という、誤解された末の「結果」を真っ当に危惧しているだけじゃなく、俺はどうやら「誤解」そのものを嫌がっているらしかった。父に疑いの言葉をかけられた瞬間、何の思索を巡らせるコトもせずに反論を叫んでいたのだから。
これまで父に捧げてきた物品や単なる資金源と、自分の意思で見出し選びこの手を伸ばした球
『何黙ってやがる。無駄についてるその口と舌も、たまには使ったらどうだ』疑いはまだ晴れていないらしい。クソしつこい。『『自分で』手に入れたんだよなぁ? 盗むコトしか能のない、薄汚ねぇゴミクズが、どうやってコレを手に入れたのか言ってみろよ』
『う……』
まずい。「自分で」と主張したコトが裏目に出てしまっている。
飯だろうと資金源だろうと、「奪う」という行為なくして、俺が何かを手にするコトはできない。この球だって正規の手段で購入しているとはいえ、そのための金は盗品を売り捌いて得たモノだ。だからある意味、父の疑いは正しい。
——でも、退けない。
(でも、「買った」なんて言えないよな……)
クソ物が自由に使える金を貯めていたという、水面下の反抗の自白に等しい。逆らわれたと知った父は烈火のごとく怒り、残った金全て巻き上げ、俺が二度と何も蓄えられないような環境を創り上げようとするだろう。——それでこの球を守れるのなら良いような気もしてくるけれど、他に行く宛てもないままで、自由になるための道筋が完全に閉ざされてしまうのはゴメンだ。それに、このやり方で「守れる」とも限らない。「買った」モノである以上、「売れる」モノと考えられ、取り上げられてしまうかも。父の考えそうなコトはもう大体分かってる。コレをお前のギャンブル資金なんかにしてたまるか。
(ウソつくしか、ないのか……)
心苦しくて、本当はやりたくない、けど。それしかない。
常習的な窃盗や路地裏での交友関係のおかげですっかり薄れていた罪悪感が、保身のための嘘一つで蘇っている。——でも、「保身」とは少し違うんじゃないかとも思う。自分が怒鳴られたり殴られたりするコトを防ぐためじゃなく、この球を取り上げられないようにするための弁護だ。そして、父への反抗の隠蔽じゃなく、〝「自分で」手に入れた球〟に嘘をついて誤魔化すような振る舞いこそが後ろめたい。
『……。……お店、で……余ってた、みたいで。ずっと、見てたら、お店の人に……。——い、いや、お店の人に、聴いて。それで、もらった……』
『はぁ? タダでか?』
『う、うん。……クリスマス、終わるし。余ってても、仕方ないから、って……』
『ほう……? ……ガキだからって甘く見られたか。いいご身分だなぁ、クソ物の分際でよぉ!?』
『……っ』
唾を吐かれたけど、自分の髪とカオが濡れて汚れただけ。球は、無事。続けざまに蹴り倒されたけど、いつも通り痛いだけ。球を手放してしまうほどじゃない。
子供の特権に嫉妬される程度の不興ならクソ安い。——それよりも。
(上手く、いった……!?)
我ながら会心の即興劇。例えば「落ちていたのを拾った」とか言ったところで、物が新品と見抜かれている以上嘘だと看破されていた可能性が高い。よって店頭にある新品を「買った」のではなく「譲られた」とするしかなかった。しかも、俺が球を欲しがり見つめていたのも、自分から手を伸ばしたのもウソじゃない。優遇される子供の立場をもって、廃棄寸前の商品——サンドイッチの調理過程で切り捨てられるパンの耳とか——を無償で譲り受けられるコトも経験済み。偽装と事実を整合させた、違和感のない理論を述べられた!
——どこかの女優が知ったら、褒めてくれる出来だろうか。
『それにしても……クリスマスに売れ残ったボールときたか。確かに、そーいうコトもあるだろうが……よく見つけたもんだ』
まあ、見知らぬ誰かからの評価とかどうでもいいか。父が納得してくれたなら、それで——
『——良かったなぁクソ物、てめぇにぴったりじゃねえか! 丁度……クリスマスに産み捨てられたゴミと、誰への贈り物にも選ばれずにタダ売りされた不用品! 似合いの組み合わせだ!』
『……う、あ……』
でっち上げたエピソードで褒められても嬉しくない。この球は売れ残りなんかじゃなくて、ショーウィンドウに華々しく飾られていたモノだ。フットボーラーの人形が追い求めていたモノだ。不用品なんかじゃない。誰にも望まれなかった生命なんかじゃない。
そんな生命なんかとは、違う。
(あ、れ……?)
いつもなら何かされたと同時に涙が出てくるのに、今は少し遅れて零れてきた。不意のそれで眼の前の球を濡らしてしまわないように、慌てて起き上がり目元を拭う。一度流れてしまうとなかなか収まらないのがクソ厄介。
『だが……ゴミと不用品じゃまた違ぇだろ。ゴミと不用品じゃゴミの方が下、そして不用品は働けない……』
『……?』父の言っているコトがよく分からなくなってきた。ゴミとその労働力を評価しているのか、していないのか。球への「不用品」なんて評価は間違ってるってコトだけが確かだ。『……』
右手で目元を拭いながら、左腕で球を強く抱きかかえる。理不尽な言葉を被るのはゴミの方だけでいいと願いながら。
——でも、こんな小さな手で、か細い腕で、非力な自分が、球を本当に守り切れるんだろうか。俺は、球に、何をしてやれるんだろうか。俺、は——。
『さっき言ったばっかだよなぁ? 〝クソ物の分際でいいご身分〟って』ドスの利いた低い声が、ひときわ冷酷に響いた。『——捨てろ。それか寄越せ』
『……え?』父は俺じゃなく、球を見下しながら命じている。『——なんで?』
『〝なんで〟だァ!? 一々説明してやらなきゃ分かんねえのかバカガキがァ!』傍らのテーブルに乗っていたビール缶を頭に投げつけられた。中身が入ったままだったらしく、患部に鈍痛が残る。『〝盗むコトしか能のない、薄汚ねぇゴミクズ〟っても言ってやったよなァ!? そのテメェが、サッカーボールで何しようってんだ!? あァ!? だから不用品っつってんだろうが!』
『……あ——』
『こんなのにかまけて、遊び惚ける気でいたんじゃねえだろうなぁ!? テメェの身分と仕事を忘れて!! 何度も何度もミルク一本すら満足に持って来れねえようなクソ不出来なお前に、こんなモン持つ権利があるハズないだろうが! 使えねぇ役立たずだとは思ってたが、いよいよそれ以下に成り下がる気か!?』
そーいう意味か。やっぱり、この球はクソ物なんかには分不相応な贅沢品で——だからこその「不用品」だと。
牛乳一本と人目に触れて捕縛される可能性を比べたときは後者を優先した。そのせいで怒られた次の日は、危険を冒して数倍の戦果を持ち帰るようにしていた。そうやって耐えて繰り返して生き延びた日々、必死の想いで貯めた金で手にしたはじめての私物、全部壊され奪われるのか。親父にとっての牛乳一本以下の価値に描き換えられて。
俺には、この程度の自由さえ許されないのか。一筋の希望、さえ。
『おら、さっさと差し出せ!!』
大きな手で、太い腕で、凶悪な男が再び迫る。非力な自分にできるのは、要求された品を大人しく引き渡すか、抱えた球を無理矢理取り上げられるのを待つコトだけ。
(でき、ない)
それだけは、できない。
球の価値を貶めるコトだけはもう許せない。「不用品」呼ばわりした父の手に触れさせたくない。「不用品」だと認め差し出して、俺と同じゴミ扱いを受けさせるワケにはいかない。不釣り合いな存在だとしても、俺だけは、球を裏切れない。
『〝クソ物〟ごときが欲しがって手ぇ出すような代物じゃねえだろうが!!』
『や、め——!』
〝クソ物〟だから、欲しがって手を出したんだ!
『——やめ、て、ください!!』
『は……!?』
『お願いします、お願い、それ、だけは……!』
帰宅して父とカオを合わせたとき、ひとりでに選んでいた跪きの姿勢。球に降りかかる脅威を予感したクソ物の本能だったのだろうと理解しながら、もう一度繰り返す。
『——ッ!』
両手のひらを床に重ねれば、球が眼の前で微かに転がる。無防備なそれに覆い被さり庇うように、その側面に掴み縋って頭を垂れる。祈るような、命乞いの仕草。
『あ、明日から、ちゃんと働きます、もう失敗しません、牛乳だってちゃんと持ち帰ります! ……だから、球だけは、壊さないで……! ……奪わないで、ください……!』
『……あ……!? ……随分偉そうに言ってくれるじゃねえか。もう失敗しないって言っておきながら、テメェは何度俺を怒らせたっけなァ!? クソ物ぅ!!』
『う゛……ッ!』
さっきよりも強い力で蹴り飛ばされる。宙に浮いた身体は壁にブツかり床に叩き付けられる。縋り守ろうとした球からは呆気なく弾かれ引き離されてしまう。
(……! ……あ……!)
球の元へと駆け寄ろうとしてすぐに気付く。ソレは視界の端に鎮座していたが、視界の中心にはこちらに追撃を加えようと、脚を振り上げる父の姿がある。——父の注意を、球から俺へと完全に逸らすコトができた。
ここまで本気で懇願したのははじめてだ。それでも弁明の内容自体は今までと同じにしたのが効いたらしい。父の意識は球という新規の要素ではなく、俺の「今まで」に染められた。
『あ゛、がッ!!』
『ああ、今日に始まった話じゃない! 一丁前に贅沢品持ち帰ってくる程度、まだカワイイ方だったな! お前には何度も迷惑かけられて、苦労させられてばっかりだ……! ……十二年前のあの日から、ずっと! お前が生まれたときからずっとだ! お前が存在したせいで、俺の人生の方が壊されて奪われたじゃねえか!! 役に立たないどころか親をここまで不幸にしたクソガキは、世界中どこを探しても他にいねえだろうなぁ!!』
踏まれて、蹴られて。浮かされ転がされ、血反吐を吐いてはまた怒鳴られ。そうして激しく揺れ動く視界の中で、絶えず動かない球を捉え続ける。
父の暴言も暴力も、そこには届いていない。そう実感する度に安堵した。募り続けていく痛みさえ、俺の代わりに球は無事で済んでいる証だと思えば、安堵に包まれ溶けていく。「早く終わってほしい」じゃなく、「このままであってほしい」なんて思う状況があるとは思わなかった。
(そこに……いろよ……)
命じたり願ったりするまでもなく、球が動くコトはないだろう。俺がどれほど価値を見出そうが、「クソ物」なんかが足元に及ばない贅沢品だろうが、物は物。誰かが意思を加えなければ機能しない道具だ。ニンゲンの悪意から俺が身を挺して庇う様を晒したところで、無い心を痛めてくれるワケはなく。俺が今やっているように、今度はそっちが俺を庇い、助けてくれるハズもなく。父に言い返してくれない、父を倒してもくれない。
ただ黙ってそこにいるコトしかできない、無力な、役立たず——。
(……はは。——なんだ)
やっぱ、クソ物とそっくりだな。
望まれなかった売れ残りなんて、酷い経歴詐称を施してやるまでもなかった。望まれて創られたフットボーラーのための道具だとしても、それを補って余りあるほど俺に似てるじゃないか。
「自由」のための金を削ってまで手に入れたそれが、「クソ物」の身には余る品——父に突き付けられた、その可能性だけが怖かった。でも、クソ杞憂だ。
『早く詫びろ! 詫びて償うか死ぬか選べ! 存在そのものが間違ってるクセに、『ごめんなさい』もできない親不孝者!!』
『ごめん、なさい……! ガハッ……! ——生まれてきてしまって、ごめんなさい……!』
この謝罪をするのも何度目だろう。芸を仕込まれた犬のように。もしくは、配役に憑依して台本の台詞を情感込めて読み上げる役者のように。——そんな比喩を思い浮かべてしまうくらいには、少しだけ、はじめて誠意を欠いて唱えた、生誕の懺悔だった。
両親は俺のせいで決裂してしまったのかもしれないが、少なくとも俺が今この場にいなければ、そして身代わりになるコトを選んでいなければ、そこで静穏に佇む球は父の手によって「不用品」になっていた。まあ、そもそも俺が生まれなければ球がこの家に持ち込まれるコトもなかったんだが。それでも父母の仲について勝手に負わされた責任より、自分で担った責任の方を想っていたい。
『つ、つぐない、ます……! 何でもします……! ……だから……!』
その先の要求は敢えて口にしない。一度は済ませた嘆願だから、繰り返して強調してしまうと逆効果となる恐れがある。父の敵意がまたそちらに向かってしまってはいけない。
(球、だけは……無事で……)
言葉にしなくても想うだけで、それが伝わったかのようにじっとしていてくれる。——理想的な買い物をした。
『あ゛……っ、ぐ……』
息も絶え絶えに登って辿り着いた屋根裏部屋。連れ帰った球体を抱きかかえたまま、暗がりの隅、粗末なベッドに飛び込んだ。
『……危なかっ、たな……。……無事で、良かっ……ゲホッ、ガハッ!』
血を吐きながら言う台詞じゃないかもしれないが、俺は死んでないならクソ無事。——いいや、いつもより少し酷い程度のケガと引き替えに、これだけはと定めたモノを守りきれたなら、もう無事以上の戦果だろう。
心苦しい嘘もついたけれど、その嘘の果てに、もっと良いコトを知れた気がする。クソ物に尊厳なんてものは元から存在していないも同然なので、みっともない命乞いだって終わってしまえば全く苦じゃなかった。——言って良かったし、やってよかった。
今も咄嗟に口元を腕で覆い、軋む身体を無理矢理動かしてひとり寝返りを打ったので、球が赤黒い飛沫に濡れてしまうのも未然に防げた。正真正銘、新品のまま。代わりに袖とシーツが酷いコトになった。
『ふふ……ムカ、ツク。お前だけ、キレイなまま、で……』
自分で望んで庇ったクセに、今度は振り返るなり理不尽な文句を向けてみる。——酷いコトをしても、球が俺から離れる気配はない。
悪態を露わにするのははじめてだ。どんなに軽い、戯れ程度の悪態だったとしても、それを向けてもいい相手がいなかった。家族はもちろん、悪友だって。向こうが馴れ馴れしくそう呼んでくるから俺も便宜上「悪友」と思うようにしているが、実際は俺が向こうの心情を慮り、その意を汲んでやるコトの方が圧倒的に多い気がする。無遠慮な想いをブツけてしまえる対象と出逢った今、明確に違う距離感の差として浮き彫りになった。
『ムカツクから、お前のコトは、俺が蹴ってやろ……』
俺だって親父に足蹴にされてる。だから俺もこの球を蹴れば、ますますお揃いだ。
でも、それはもういつでもできる。今日はもう疲れて視界も暗くなってきているから、一晩ここに留まろう。「物」らしく静かな夜を過ごして、明日を迎えよう。
(……明日……)
当然の現象かもしれないが、俺の誕生日近くになると、父の機嫌は悪化しやすくなる。当日や前夜は特に最悪。だからその機嫌を直接被る側にとっても、今日と明日は一年の中で一番嫌な日と言って良かった。
けれど十二回目の前夜、産声を上げた瞬間から決まっていたその地獄を少しだけ変えられた。自分の意思と力で、欲しいモノを手に入れて、守り抜けた。クソ物と罵られる自分でも、ようやく人生を始められたような気になれている。ここまで耐えて生きてきたコト——生まれてしまったコトさえも、きっと全部、間違いじゃないし、間違いじゃなくなる!
『……あぁクソ……。……月、視えないな……』
次は一面の黒だけを映した天窓に文句を言った。どうりで暗いワケだ。こういうときこそ視えてほしいのに。
——でも、コレも慣れない軽口だ。父から辛うじて逃れられる狭い空間にさえ光がないと、決まって気分が塞いでいたけれど、今はもう大丈夫。月はいつか満ちると願え、信じられるから、今は何も視えないままでいい。一筋の希望なら、もう。
『……なあ』血を吐く気配も治まったから、手元の光源を抱き寄せた。『いつか、お前を……』
共同体と呼んでしまえたら。そのときは、俺の夢、とか。語り聴かせてもいいかもしれないな。——その瞬間を迎えるには、まず。
『……クソ親父のところになんか、行ってくれるなよ……』
当たり前の念押しだ。クソ物を置いていくなんて本末転倒を起こさないと、今日の一件で信じられている。俺がどんな目に遭おうともそこにいるだけのお前でいいんだ。
そんなお前を、あとは俺が、奪われないよう守らなければ。今回は、代わりの命乞いしかできなかったけれど。
『クソ親父が……お前を、手にかけるなら。お前が、壊される前に。……俺が、今度こそクソ親父を殺してやる』
——緩やかに閉じかけていた瞼が上がる。突然の事態、動きはじめた心のまま口にした宣誓に、今まで薄め続けてきた自我は驚くしかない。
父を好く理由なんて何一つないけれど、俺はただ自由になりたいだけ。いつかこの地獄を出ていけるなら、父がどうなろうが興味は無い。今後のコトと父の処遇を改めて思考しても、その見解は変わってない——のに。球という条件一つ絡んだだけで、それこそ分不相応な激情がこみ上げてくる。
(クソ物って、そんな殺意想えたんだ……)
恐怖はない。あるのはまた少し先に進めたような歓喜だけ。無力に虐げられるだけの〝クソ物〟が、少しでも革新されていく高揚。
それにしても、初期衝動の一つとなるかもしれない情動が、「殺意」危険極まりない危険な質を含むのか。コレじゃあ、〝クソ物〟でありながら、まるで——。
『……ふふ』
もう一度、瞼を下ろす。天体と同じカタチをして、俺を狂わせてしまうかもしれない球に、身を委ねるように抱きついた。
いつか、お前と。——そして、いつか、誰かに——
「今のゴール、最ッ高だった!! なんだよあの神がかった読み……!!」
「やっぱお前すげえよ、クソ超英雄!! ——なあ、カイザー……! ……俺、お前のコト——!」