Novel/BLL-潔カイ

危険物(全5ページ/2ページ目)

「あのさ、カイザー。……さっきの話、なんだけど」
「……。……なんだ? 撤回する気になったか」
「いや、違……っ! むしろ、その……。……返事、とか……聴かせて、ほしくて……」
「——クソ黙れ」

 勝利の熱気に満ちたロッカールームの雰囲気に潜め溶かすような声で尋ねてきた世一に、最初こそ同じ声量で返事をした。
 しかし、激闘と歓喜以外の感情で上気でした頬を視て、緊張と期待を灯した眼差しと言葉を向けられてしまえばクソ終わり。——周囲のめでたい喧騒ごと、それを両断するための声を、吐き捨てなければならなくなる。
 藻掻くように跳ね上がった心臓からこの意識を逸らすように、首の花を撫でた。

「業務連絡以外で話しかけんな。クソ消えろ」
「……な——」

 響かせた声に呼応するように、周囲の視線と関心が俺たちに集まる。クソ目論見通りだ。
 明確な威圧はたとえ自分に向けられたモノでなくとも反射的に注視してしまう恐ろしさであり、そして己の聴覚と時間感覚をも疑うほど、驚くべき対象でもあっただろう。なんせここまで強圧的な姿勢を露わにしたのはクソ久々。「なんだ、とうとう暴君が復活してしまったのか」「最近は大人しくなったと思っていたのに」「もっと言ってやれ」「イサギにそんな態度を取っていいのか?」等々言いたげな野次馬意識を肌で感じる。

「…………!」

 俺なんかへの関心そんなコトはどうでもよく。言った側の俺よりも言われた側の世一だ。淡い期待を真正面から切り捨てる返答、謂れのない上から目線、そして密やかに事を進めようとした魂胆を呆気ない失敗へと追い込んだ周囲の眼。それら想定外の攻撃を俺から喰らい、ついさっきまでそのカオを包んでいた、無邪気に夢見る少年——世一は未だに童顔だった——さながらの光はたちまち消え失せ、残された世一は突然の事態への反撃もできずに泡を食い、俺と周囲とを交互に見遣るばかり。その様子が胸の空く思いをくれる。なんてクソ無様、クソ滑稽な姿なのだろう。いっそ哀れになってしまうくらいだ。
 ——俺なんかに恥をかかされて、可哀想だな。
 俺は周囲の意識を巻き込むコトまで計算していた。そうした方が、世一に効く——世一が、引き下がるしかなくなると思ったからだ。その目的しか考えていなかったから、周囲の眼に映るコトとなる「敵意なくカイザーに話しかけたにもかかわらず高圧的な態度で拒絶される潔世一」という状況シチュエーションの不名誉にまでは——実のところ、気が回っていなかった。
 せめてここから、暴君への非難だけが充満する空間になってくれたらいいんだが。今ここで俺が横暴であればあるほど、世一は皇帝に何やらすげなく拒まれてしまった小市民ではなく、暗君からの不当な扱いに晒されてしまった正しき被害者となれるハズ。ぴしりと固まりこちらの様子を窺っている観客たちにとって、嘲笑して囃し立てるべき道化役じゃなく、肩を持ってやらずにはいられなくなるような、主役級の存在に。——道化役は、俺にこそ——。

(……。……いや……)

 ——そこまでする必要あるか? 対話の全面拒否は既に突き付けてやっている。殊更の悪意を費やし続けるまでもなく、この話も俺の目的も、もうコレで終わってるよな?

「……本当に業務連絡がないなら、コレ以上の問答が発生する余地はないな?」そうと気付けば、速やかにこのやり取りを終わらせるべく、念押しのカタチを取った誘導を行った。「だったらクソお先に」

 ご機嫌斜めの暴君のフリをしていたおかげで、踵を返しただけで、その視界に映る誰もが怯む。クソ退けと命じるまでもなく、出口までの道が空く。入口の一番近くに立っていたヤツなんざ、慌ててドアを開きその傍らに控える始末だ。畏怖と尊崇を一身に浴びてバスタードこのチームを意のままにしていた皇帝はとっくに玉座を追われているというのに。——一度知ってしまった上下関係恐怖は、立場の変化と時間の経過を経てもなお、ふとしたきっかけで簡単に蘇ってしまうモノなんだと実感する。

「おい、カイザー……!」

 ああ良かった。俺としても、長期戦に及びたいワケではなかった。元から地に墜ちていたも同然である俺の人格的評価がまた下がるコトは別に良いが、世一との応酬を続け、この話題についての言葉を重ねてしまえば——俺の方がいずれボロ本音を出してしまう危険性も、また積み重ねられてしまっただろう。その可能性を潰す思いで、ロッカールームのドアを閉めてやる。

「——ッ!」

 辺りに響いた衝撃音は想定よりも烈しくて、この鼓膜から精神までを貫くようだった。右手はドアに触れていたままだったが、咄嗟に上げた左手で頭を抱え、茨の腕で片耳を塞——いだところでクソ遅いから意味はなく、ただ騒音に対し「耳を塞ぐ」というクソ生意気・・・な対処法を取ってしまったクソ物自分を自覚させられただけ。

(……あー……)

 意図的な大声とか、わざとらしい物音とか。——クソ親父とそっくりだ。

「世一! お前カイザーに、今度は一体何しやがったんですか!」
「いや、俺は、その……!」

 分厚い扉で隔てられた空間がしんと静まり返る時間はそう長く続かない。俺が世一へのクソ冷水をもってクソ壊す前と同じか、それ以上の喧騒が湧き起こる。

「…………」

 扉へと寄りかかって王冠の手で頭を抑えたまま、世一への追及で賑わう中の様子に、しばらくの間耳を澄ませていた。
 ——一際良く聴こえるハズの忠犬の吠え声より、狼狽える世一の声を探している自分がクソ惨めだった。

(……惨めそれで、いい……)

 世一のコトは拒絶した。あとは俺が、この隔たりを忘れないようにするだけだ。