Novel/BLL-潔カイ
【サンプル】ラスト・サマーバケーション(全3ページ/3ページ目)
俺たちがやっているのは勉強・サッカーくらいだった。もうちょっと、こう——カイザーとどこかに出かけるような用事の一つでもあったら、俺が今までに経験しなかった類の華やかな夏、と思うコトもできたかもしれない。実際に俺がカイザーを連れ出せたのは広めの公園と潔家御用達のスーパーくらいだ。前者はフットボーラーとしての場所だから当然——あらゆる定番のデート先より俺は結局こっちの方が楽しいし嬉しいかもしれない——として、後者は十七歳と十九歳が真夏の休暇に通う場所としては何か——違うような。どちらかというと、もう既に一緒に住んでる人たちが一緒に行く店だよな。
(実際、婚約済なんだけどな……)
カイザーとそんな関係になると決めたのは俺だ。この歳の高校生が〝大人〟になるために経るような感情の交歓、駆け引き、刺激——全部踏み越えた。
そんな交際で時を経て成長していくのが〝ニンゲン〟——カイザーの言うところの——らしい生き方なら、それよりももっと激しい、戦いの世界に投じられる〝道具〟でいたかったから。
だから、後悔、とか——〝普通〟の夏休みへの心残り、とか。そういうのは無い。——無い、んだけど。
『街中クソ騒がしくないか? 気のせいか?』
『あ〰、そっか。今晩アレだ、花火大会。毎年キレイ……だったな。……なんか、〝青い監獄〟経たせいでスゲー久々な気がする……。……あ、どうする? 早めに切り上げて戻るか?』
『好きにしろ。よくわからんが、人気なら場所取りも急ぐべきなんだろ』
『え? いや、お前人混みとか嫌いそうだから、公園周辺(ここらへん)にも人増える前に早めに帰ろうってつもりで……。——お前、まさか……! ——俺が行きたいって行ったら、一緒に来てくれんの……⁉︎』
『世一は俺を何だと思ってんだ? 確かに、移動すらままならないような人混みに、わざわざ自分から向かう趣味はクソ無いが』
カイザーの存在そのものの他に奇妙だったのは、カイザーの態度だ。
——俺に、甘かった。
俺が理数科目の勉強に密かに見ていた夢を叶えてくれたのもそうだけど、俺の些細な望みに添い、実現させてくれる機会は少なくなかったように思う。
皇帝がそう振る舞った理由はいくつか思い浮かぶ。今が戦場から完全に離れた休暇期間であるコト。自分の婚姻関係を律儀に務めようとするほどの生真面目さ。それとも、潔家への出入りを続けたせいで、被った猫が脳に居着いた? 俺も一々喜んだから、皇帝の気まぐれを印象的かつ大袈裟に記憶しているだけという可能性だってあるだろう。
どの仮説も、納得可能な理由や要因だったけど——やっぱり、違和感はどこかで拭い切れなかった。
『お前、いいのか? ……俺に、こんなに入れ込んで』
またカイザーに出題をしてもらったタイミングで、思い切って尋ねた。
『手伝ってもらえるのはありがたいし、俺はいいけどさ。でも、ちょっとフェアじゃなくね? またネス泣くぞ』
カイザーと向かい合える場所で勉強をしたり、時折カイザーに問題を出してもらって力試しをしたり。そんな俺の環境は、ネス——ちらつかされた報酬に自分から飛び付いたという側面もあるけれど、俺とカイザーに巻き込まれたせいで挑まなくても良い苦手科目に挑まされ、今頃一人でそれに向き合い貴重な休暇を消費している——と比べれば明らかに恵まれている。しかもその待遇を、カイザーの手によって用意されている。
『世一に心配された方が泣くだろ』カイザーには鼻で笑われてしまった。『視たところ、恐らくお前よりネスの方が僅差で上だ。敵を心配する余裕は自分の身の程を知ってから持つんだな』
『は……⁉ マジかよ、クソ……ッ! ……』
ネスの成績なんて知らないから、カイザーの発言の真偽も分からないし、そこは大した問題じゃない。
——「潔世一に入れ込んでいる」というコトを、カイザーは否定しなかった。
(対戦相手に比べて劣っているから、多少優遇してやってもいいって理論か……?)そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
大体、コイツの言動に疑問を持つなら、最初から——俺の惨状を聴き付けて来日したってところから変だ。〝性格最悪のマウントクソ野郎だから〟ってだけじゃ、極東の国にまで赴き、長期滞在をする理由としてはどう考えても不十分だ。
皇帝来訪とともに怒涛の勢いで押し寄せてきた、考えるコト・やるコトについ押し流されてしまっているけれど、今回のカイザーには謎が多いし増える一方だ。——追試前日になっても、解けずにいた。
(中略)
カイザーは、惚れた男をこんな眼で視るんだな。——自惚れに思考を溶かして、俺は、何も言い返せなかった。
「お前は本当にバカだよ、クソ世一。ネス以下だ」見惚れる俺を蕩けかけの眼で見つめたまま、カイザーは嘲りの言葉を続ける。「フットボールに熱狂するあまり、それ以外全部捨てちまうようなクソイカれ野郎」
「うっせ。そんくらい、自覚してるし……」
「ホントか? じゃあ……。……こんな家で、無条件に望まれて、愛されて生きていけたっていうのに——その尊い権利をかなぐり捨て、たった一撃次第で天国に昇り地獄に堕ちる、最高で最悪の勝負の世界なんかに、身を投げ打ってしまったって自覚は?」
「……分かってるよ。覚悟だって、とっくに……」
お前だってそうだろ。——言いかけて、口を噤んでしまう。
コイツも俺と同じフットボーラー。戦場でしか生きていけない生命。——今この瞬間のその事実が確かなモノだったとしても、現在に至るまでの前提条件が違う。戦わなくても何かが得られる、自分の存在が証明できる世界に生まれた俺とは違って、カイザーは生まれた瞬間から、過酷な戦いの中で何かを奪って生きていくしかない運命にあった。
俺はサッカーと出逢わなかった潔世一を想像できないから、まるで俺が不必要な戦いに臨んでるとでも言うような見解には大いに異を唱えたくなるけど——カイザーにとってはそう視えてしまうというのも、理解できなくはなかった。
「……今のは、クソ今更の確認だったな。富める者でも貧しき者でも、戦場に立つならその覚悟はあるだろう。それくらいはイカれてなけりゃ、〝世界一〟への挑戦も、それを邪魔する他人の人生を破壊するなんて罪深い行いも、続けられはしない」
「だよな。——お前だって」カイザーがその狂気を肯定し始めたから、今度こそカイザーを巻き込めた。返す根拠を再構築した上で。「今の結果や名声ごときに〝満足〟できるほど正常なら、もう戦場降りれるだろ」
やや意地の悪い言い方をしてしまっているかもしれないが、まるで俺ひとりが「富める者」の分際で戦いの世界に飛び込んだ異常者であるような扱いをしたコトへの仕返しだ。
今はカイザーだってこちら側のクセに。〝新英雄大戦〟で出逢ったときには既に、世界中に崇め称えられていた次世代の巨星。望まれ認められた年俸価格は〝青い監獄〟の比じゃなかった。——戦いのない平穏な暮らしを本気で望むなら、それを叶えられるかもしれないくらいの基盤はできていたんじゃないか。
それでも、カイザーはフットボーラーであり続けた。過酷な勝負の世界で戦うコトも、成長も勝利もやめなかった。——だからカイザーだって立派にイカれてるし、平和よりも闘争を望んだ潔世一の同類だ。言うまでもないけど、戦場を降りないでほしい。俺もお前が言った通りのフットボーラーだから、お前の平穏なんかじゃなく闘争こそを祝福してやる。
「……そうだな。……クソ物がその程度の自分を許せるような人生だったなら、あのとき……。……『人間』呼ばわりされたとき、とっくに……」
「……——?」
「だがな世一。どれほどお前の選択が〝世界一〟を志すフットボーラーとして当然のモノであるかというコト、そして俺も同じだとクソ説いたところで、今回の件に関してはクッソ無駄」
一瞬、痛いところを突かれたような反応を見せたカイザーは、しかしすぐ俺への反撃に転じる。
「もうお前は、他の追随をクソ許さない……『他』は、お前の後に続いて真似するコトさえ不可能な……そんなクソ愚行を一つ犯している。『サッカーのためだけ』という筋の通った理由こそあるだろうが、その理由あってなお『やり過ぎ』と思われてもおかしくない、クソ異常な思考と行為だ」
「……何、だよ」
〝今回の件〟——つまり本題、その前置きの段階で早くもボロクソに言われてしまい、自ずと身構える。
「この〝クソ物〟を——ミヒャエル・カイザーを、選んだ」
「⁉︎ はぁ……⁉」
「どんなフットボーラーでも、惚れ合った相手と結ばれる権利くらいはあるんだ。戦いの合間には、ソイツや……ソイツとの子供が居る家に戻り、憩いのときを過ごす……というのも、勝利の報酬の一つとなるのかもしれない。少なくない例がそこら中にあるだろう」
「……え? ……う、うん? そう、だな……?」
乙夜、愛空、閃堂——よく女の子の話をしていたり、結婚願望を叫んだりしている面々なら日本代表にもいる。〝新英雄大戦〟で戦ったイタリアのスナッフィーだって、若い頃は随分と遊んでいたって話も聴いた。
彼ら見知った選手に限らずとも、素敵な女性と結婚して豪邸設けて、才気溢れる我が子や愛くるしいペットと戯れながら贅沢に暮らす——というイメージは、確かに成功したアスリート——特に海外在住の——の一つのモデル的な余暇時間として挙げられるのかもしれない。俺はそんな妄想や経験なんてする前に、カイザーに惚れてしまったけれど。
「お前はその、穏やかな幸せを……ほんの少しだけ〝ニンゲン〟でいても良い時間を、自ら放棄した」
「……」
皇帝こそ、酒池肉林に価値見出すタイプでもないだろうに。ついさっき俺がそれを問い質し、コイツ自身もそれを認めたばかりだ。それでいて今俺にこんな話をしてくるコトの意義が——分かるようで、分からない。闇雲に怒るコトもできない脳が疑問符付きの欠片で埋められていく。
「放棄した代わりに〝皇帝〟を娶れたとでも思っているのかもしれないが、お前の選択の本質はそこに留まらない」
そう告げて、カイザーは茨の腕を俺に伸ばす。
一度手の甲を魅せ付けるようにしてから徐に肘を折り曲げ、手首を捻って再び手の甲を俺に向ける。挑発的な手招きをもって自身を誇示するような仕草。
——挑発や誇示も間違いじゃなさそうだけど、やっぱり、ただそれ以上に純粋に、魅せ付けられているようだった。絡み合う二本の茨、茨を鍵として辿り着く王冠——そして、王冠の先で輝く指輪。
カイザーが俺の眼に映そうとしているのは、〝潔世一が愛したカイザー〟の姿だ。
潔世一の選択が、カイザーの姿をもって、俺に突き付けられる。
「——世一。お前は、フットボールと結婚したんだ」