Novel/BLL-潔カイ

【サンプル】ラスト・サマーバケーション(全3ページ/2ページ目)

 集中できないまま三日が過ぎた。
 うち二日間は気分転換の散歩のつもりが、気付けば最寄りのジムや公園に足を運んでいた。青空と日差しの下を歩けば気分も晴れるけれど、日差しの温度が高すぎるので家に帰る頃には勉強に回す気力が失せていたというオチだった。これまでのトレーニングや試合で培った体力も、気力の低下には勝てなかった。大体、勉強という行為が要求してくる気力が多すぎると思う。
 
(中略)
 

「お待たせー……って、何見てんの」
 ローテーブルとその傍に置いたクッション——両方とも、前回の皇帝来訪時に歓待のため急ぎ用意したモノだった——のところで寛いでいただく想定をしていたが、当の皇帝は俺の勉強机の傍らに立ち尽くし、机上に広げられた教科書やら問題集やらを凝視していた。
 麦茶を載せたトレーをすぐローテーブへと下ろし、皇帝の元に早足で近付く。
 ——鼻歌を聴かれるのとどちらがマシだったろう。今の俺の惨状、その一端を目撃されてしまうのは。
 「部屋に行っていいのか」と問われるがまま「もちろん」と頷き、勉強机を片付けないまま通してしまったのは迂闊だった。スマホの件といい、俺の成績のせいで勉強を長引かせてしまっている弊害がここにも。
「……内容なかみ、日本語だろ?」
 とはいえ今はそれが救いだ。——カイザーに、惨状の全容がバレてしまうコトは無い。
 日本語が伝わらない以上、「惨状」とすら思われないかもしれない。あの日返された真っ赤な点数のテスト——「惨状」の最大の証拠とも言うべき代物——を机の上に広げているワケでもなかったし。
「言語はともかく、数字と記号は共通だろ。この本が言わんとしている意味くらい何となく分かる。化学はあまり、自分で学んだコトはなかったが……なかなか興味深いかもしれないな」
 穏やかに窘めるように言った俺に、開かれたページを見つめたままカイザーが答える。淡々と話しているハズのその声が、心なしか少し弾んでいるように聴こえた。
 カイザーはそのまま、教科書の文字を眼で追っては問題集と見比べたり、ページを捲っては時折指を止めじっと読もうとしたりしている。本当に興味があるらしい。カイザーらしいな。
「随分と熱心に勉強しているんだな、世一」
 教科書からふと眼を逸らしたカイザーが呟く。その視線が留まった先は、俺が公式をまとめたり問題を解いたりするために使っているノートだ。見開きのページ一面が、俺の字でもうすぐ埋められようとしている。
(なんだ……。けっこうやれてるんじゃん、俺)
 気乗りしないままでもちゃんと進められているし、向き合おうとしているんだな——なんて。カイザーの視線を通したおかげで、ちょっと前向きな客観視ができた。
「クソ感心」
「まぁな」カイザーからの素直な褒め言葉に照れくさくなる。「〝青い監獄〟にいた間勉強できてなかったのは仕方ねぇけど、心置きなく卒業するためにも、少しくらいは遅れを取り戻そうと思ってさ」
 鼻のあたりを指で擦りながら少し胸を張った。こんな気持ちになれるなら——勤勉なカイザーにそう想ってもらえるなら、やっぱりカイザーを部屋に招いて良かったのかも。
「ふーん……。……『少し』程度の遅れで済んでいたのか。これは、とんだクソガセを掴まされたか……」
「……ガセ?」
「世一がバカすぎて学校を追い出されそうになってるって話だ。ゴシップ報道とは違って、それなりに信頼できる筋から伝えられたんだが。どうやらほぼ別物になるくらいのクソ失礼な尾ひれが付いた、とんだガセネタだったようだな」
「ハッ、失礼すぎだろソレ。どこ情報だよ」思わず若干の青筋を立ててしまうのを堪えながら、バカにし返すように、強気に笑ってやった。「追い出されるの退学卒業不可・・・・とじゃ、全然、ちが……。——」
「——世一?」
 摘まんでいた教科書のページを元に戻し、カイザーはようやく俺を視た。
「なんだ。……やっぱ、卒業はクソ危ぶまれてるんじゃねぇか」
 ——人を陥れるコトを何より愉しむような、出逢った頃さながらの微笑みを浮かべて。
「——カイザー」
 ただ退学誤解を否定すれば良かったのに、ひとりで勝手に罠に掛かったように卒業不可と余計な情報を口走り、墓穴を晒したのは俺だ。
 しかしそれに掛かった俺を視たカイザーは、「やっぱり」とまで言ってのけた。
「どこまで知ってる」
「急にキレるなよ。俺はただ事実確認をしてるだけだろ」
「言え」
「……クソ舌……の、兄の方が伝えてきた」カイザーはわざとらしく肩を竦めつつも、勿体ぶらずに白状する。「兄は弟から聴いたらしいぞ。弟の方に洗い浚い白状しゲロっていたのはお前自身なんじゃないのか?」
「……。……マジ……?」
 勉強机の淵に両手をつき、よく分からない数字と記号の羅列を睨むように項垂れ、不正解のままになっている問題を恨むようにため息を吐く。
 どれだけ深く吐いても、胃の奥からせり上がり身体の中でぐるぐると渦巻く感情が、行き場を見つけて落ち着く気配はなかった。
「……凛……。……クソ破壊獣ビーストが……」
 凛・冴アイツら、なんつー会話してんだ? 一時期の凛の様子を思えば、上手くやれてるのはそりゃ良いコトだろうけどさ、ひとの不幸を兄弟会話のネタにしやがって。そんな取り持ち方をしてやろうと思った覚えは無い。大体、凛は俺のコトをとやかく言える立場なのか? 課題放置してスペイン行くとか言ってたっけ。一学年下な分卒業が懸かっていないだけで、状況的には俺よりマズいだろ。そっちがその気なら、俺もお前の話を冴に教えてやっても良いんだぞ。ああでも、凛の兄なら凛の学力くらいとっくに把握してるか。じゃあ今頃冴は凛に勉強教えてたりするのかな。
 冴も冴だよな。凛に明かしてしまった俺の惨状が、やっと互いに歩み寄れたのかもしれない兄弟間の、ほんの雑談ネタとして消化されるならまだ良いよ。
 ——何で兄弟間おまえらだけで消化せず、よりにもよってカイザーに伝えるんだよ! 
 そして冴・カイザーソコはそんな話で連絡取るのかよ。それで良いのか新世代世界11傑。
 ヤツら兄弟への文句はいくらでも思いつくが、内容としてはそんなところ。俺から凛へ、凛から冴へ、そして冴からカイザーへという伝達経路も、何にせよ発端は俺でしかなかったってコトも理解してる。
——その上で、もうひとり、誰よりも文句を言ってやりたい存在が残っている。
「カイザー。お前、まさか……。……俺の、こんな成績の話を聴いたってだけ・・の理由で、わざわざ俺の元ここを訪ねてきたんじゃ……」
「ソコは正解するんだな」
「——」
「元々、三度も日本でお前に逢う気はなかった。ミュンヘンでお前を待つ気でいたんだが……。……それはそれとして、惹かれる演目のチケット手に入ったならクソ行くだろ」
「あ〰〰、見世物扱いかよ! そーだよな、どーせそんな理由コトだろうなと思ってたぜ、マウントクソ野郎‼」
 この場にいない凛や冴にはブツけられない苦情ごと、ありったけの苦い怒りを諸悪の根源カイザーにブツけるように吐き叫んだ。——本当の諸悪の根源が誰かなんて理解っているのに、カイザーに相対されてしまえばそうする他なかった。
 現実から眼を背けるように踵を返してローテーブルの元へと向かい、二つあるクッションのうち片方にふてぶてしく陣取る。自分の手元だけじゃなく、向かい側にも冷えた麦茶を置いてやる自分さえ腹立たしかった。
(ここまで酷い「潔世一に逢いに来たアイラブユー」だったとは……)
 心から歓迎していた俺は滑稽に視えただろうか。弄べて愉しかっただろうか。いや、分かってたよ。カイザーはこーいうヤツだって。知ってて選んだんだ。夫を優しく包んで健気に支え慰めてくれるような伴侶に夢を見るような潔世一おれだったなら、サッカーのための道具マシーンになろうと決意するコトも無かっただろう。
 麦茶を一気に飲み干してやろうとグラスを掴み、傾けて——そこで手を止めてしまった。グラスの中で形を保ち、涼やかに戯れる氷に舌打ちをした。
「俺はクソ意外だったぞ。何ならずっと半信半疑で……真偽を確かめるためにもここに来た、と言ってもいい」
 勉強机の方を振り向く。再び教科書共にじっと視線を落としているカイザーの横顔から、人を喰った笑みは失せていた。
 俺の鬱憤が心外だとでも言うように、カイザーは淡々と言葉を続ける。
「まさか世一が理数科目に足を引っ張られるだなんて、想像したコトも無かった。論理的思考はお前の得意分野だろう。何かと不規則な語学だとか、感情論を押し付けられる物語文よりも、理数科目こっちの方がクソ性に合っているんじゃないのか」
「……そりゃどーも……」
 その評価に喜べばいいのか、皮肉かよと抗議すればいいのか分からず、頬杖をつきながら弱々しく返す。
 お前には分からないかもしれねぇけど、サッカーIQと座学の成績は別なんだよクソが。どうして理数科目が苦手なのかこっちが聴きたいくらいだ。何なら証拠の実演でもしてやろうか。
「じゃあ、何か問題出してくれよ」
 ——懐かしいな。テスト前の休み時間は、友人たちと互いに問題を出し合い「分からんねー」と笑い合うのが通例だった。取るに足らないその思い出を、カイザーと再演しようとしている。
「そこにある化学でも、数学でも物理でもいいぜ」
 勉強机の奥側にはブックスタンドを設けて、頻繁に読む本を置いている。今は化学の勉強をしていたから、数学・物理他二つの教材はそこに置いていた。
「物理か……。ここには力学も含まれているのか?」
「多分」
 「PSYSICS」と背表紙に書かれた教科書を迷いなく手に取ったカイザーに若干適当な返事をする。この時点でなんかもうダメな気がする。
 ダメを悟り始めた俺をよそに、カイザーは興味深げにページをパラパラと捲っている。日本語で綴られた解説は分からないかもしれないが、さっき本人が言っていた通り数字や記号、あとは至るところに載せられている図解で内容を察してくれるだろう。
「……マグヌス効果……ベルヌーイの定理……は、ない、のか……?」
「まぐ……ぬす? ——それって、確かお前の……」物理力学ソコ出典のネーミングだったのか?
「じゃあこの辺りから……。世一、放物運動の話でもしよう」
「は、はぁ……」
「球の質量をm、それを空中に上げる角度をθ、その初速をv0、最後に球が落ちてくる距離をx1としたとき、球の軌道yの式は何だか分かるか?」
「…………」
「…………」
 ——笑えない。こんな形で証拠を披露してやろうと思ったコトを心底後悔した。出題を託した相手は同学力レベルの友人なんかじゃない。カイザーとの沈黙が初めて苦しかった。
 微動だにできずにいるのを麦茶を飲むフリでもして誤魔化すなんて器用な真似も、視線をカイザーから逸らすコトさえままならず、止まった時間を真っ白な頭でただ耐えていた。願わくは出題者カイザーの方から白旗を汲み取ってほしかった。
 ——この分だと、カイザーも困っていそうだが。
「……お前さぁ、わざと難しいトコから出した?」
 仕方がないので、掲げた白旗を俺からさらに振るしかなかった。クソが。
 実際、カイザーが述べた内容に思い当たる情報モノが全く無かった。教科書の下の方にオマケ扱いで載せられたようなコーナーから引用しているんじゃないだろうか。
「そうか……。世一……」質問に答える代わりに、カイザーは神妙な眼差しを俺に向けた。「物理学の観点からスポーツを語る研究も増えつつある。……お前とそーいう話をしてみたかったな……」
「心に来る言い方やめろよ……。最新のサッカー研究とか気になるじゃん……」
 カイザーは演技めいた言動とともに優位マウントを示すのではなく、割と本気で残念そうにしていた。バカにされたり皮肉を重ねられたりするよりも、こんな反応の方がずっと刺さる。
「ほんっとに……。……クッソ最悪……」
 白旗が受理されてしまったから、また頬杖をついてそっぽを向き、グラスの水面を呆然と見つめていた。
 冷房の効いた快適な室温に守られて溶けるコトもできない氷ごときを心底羨むなんて初めてだ。良いご身分だなと八つ当たりの捨て台詞さえ思い浮かぶ。
 たった今——いいや、最初から。——俺の下らない矜持と目論見は、粉々に割られ破壊されると決まっていたんだ。
 俺が罠に掛かろうが掛るまいが、カイザーは予め、凛・冴経由で俺の現実を把握していた。ここに来たカイザーを出迎えた時点で、俺はもうカイザーに直接醜態を晒していたようなものだった。
 さらに言えば、もう何度も痛感している惨状の元凶——俺の理数科目の成績の悪さと、座学に対する散漫な集中力、そして集中力を欠く原因の不明確さ。それらを引き摺り続けているせいで、今この瞬間の屈辱が出来上がっている。せめて元凶をいくらか好転させていて、「追試に向けて勉強をすれば済む」と自信をもって言えるくらいになっていたなら、こんなに自分を哀れみながら、カイザーを睨み上げるコトもなかっただろう。
「……何がチケットだ。お前にだけは渡してない……バレたくなかったよ、カイザー」
「世一……」
 夢中になれないままの挑戦でも切り捨てずに向き合おうとしていたのは、偏にカイザーコイツへの見栄のためだった。
 それが見事に打ち砕かれた今、俺はどうすればいいんだろう。
(……。悲観するのはまだ早い、か……?)
 まだ、挽回できるか? 今からでも勉強に熱中できる方程式を見つけて追試に合格し、卒業を勝ち取るコトができたら。
「……ソレ、気になるようなら読んでていいぜ」
 とりあえず。いつも通りの平静な声音、穏やかな調子になるよう努めながら、俺と教科書を交互に視ているカイザーに話しかける。
 カイザーは煽り魔に違いないが、今は俺も取り乱し過ぎた。自分の情けなさを曝け出すだけじゃなく、それを理由にカイザーを逆恨みするかのような態度になってしまった。望まぬ形で逸脱してしまったその軌道を、まずは修正しておきたい。
 ——潔世一おれってカイザー相手に反省できるんだ。俺の基礎学力とか関係無く、コレって世界的な発見なんじゃないのかと、頭の片隅でバカなコトも考えた。やっぱり勉強には集中できないのかもしれない。
「お前が物理ソレ読んでる間は、数学か化学の勉強しておくから」
「そうか。それじゃあ、お言葉にクソ甘えようか」
「立って読んでるコトもないだろ」
 続けて首と視線を動かし、ローテーブルを挟んだ俺の向かいに座るよう促す。俺のその動作を視てから一瞬間を空けた後で、カイザーは俺の促しに従った。
 ほんの数歩だけ歩く姿もクッションに腰を下ろすときもどこかおずおずとしていて、皇帝サマって他所の居城いえに乗り込むとき遠慮とかするタイプなのかと、改めて妙な感慨が湧く。初めて逢ったとき、自分の帝国の威容を挑発的にひけらかすような宣戦布告あいさつをしてきたヤツと、これで同一人物なんだよな。
 敵相手には自分の実力も相まって堂々と振る舞えたり、ニンゲン相手に感情を向けないから正確な読みも心無い仕打ちもできたりする分、奇跡的にイレギュラーの枠に入り込めた存在への「正解」に迷う性質とみた。つまり遠慮なんてらしからぬ反応は、俺が皇帝コイツの内側に入り込めたって事実コトを証明してくれてる。——うん、全くもって悪い気はしない。「皇帝が大人しくて助かる」なんてレベルに留まるような現象とは次元が違う。
 今もカイザーは麦茶のグラスをじっと注意深く見つめてから手に取り、口元で小さく傾けた。——一度口を離したもののカオを顰めはせず、続けて二、三回、さっきよりも大きく傾けて繰り返す。
 皇帝様のお口に無事合っていたようで何よりだ。出迎えたときには夏の日差しをこうむり赤くなっていた頬も、もうすっかり元の白さを取り戻していた。ホテルに荷物は置いてきたと言っていたけれど、炎天下の中ホテルから潔家ここまでどうやって来たんだろう。せめて帰りは送っていけたらいいな。泊っていってほしかったけど。
「……」
 カイザーを視ているうちに、俺もやっと自分の分を飲む気になれた。
 状況は何一つ好転していないのに、カラリと揺れる氷の音を愉しめたし、冷たく香ばしい味わいが喉を潤す感覚を歓べた。
 突然の来客カイザーを迎えてからというもの、ずっと気分を浮つかせたり沈ませたりしていたから、この日常の味がようやく俺に心身のバランスを思い出させてくれたみたいだった。
 俺が氷を揺らしながら麦茶を味わって涼を取り始めたときには、カイザーはテーブルの上に物理の教科書を開いていた。今度は眉間に深く皺を寄せ、眼も刃物のように鋭くしているけれど、コレは不機嫌や不可解を示す表情じゃなくて、書かれた内容を注視して、そこにある知識を余さず喰らおうとしている捕食者の貌だ。俺がただただ不可解と感じながら読む側だからこそ、その違いが何となく分かる。
 ——俺がとても喰えなかった——狩れなかった獲物ちしきを、カイザーは狩って、喰えるんだ。
 まぁ、カイザーだって時折「不可解」という壁に当たっているみたいだけど。ほら、今も舌打ちをして忌々し気にページを進めた。仕方ねぇよな、日本語だし。文章以外の情報から内容を把握できるだけ大したモノだろ。——あ、スマホ取り出してかざしてる。翻訳しようとしてる? 俺の想像なんか遥かに超えるレベルで、学への執念ありそうだ。
(日本語分かんないなら俺を頼ればいいのに)
 いくら物理1おれでも書かれている内容コトをそのまま伝えるくらいできるわ。だから、そんな隅に書かれている小さな文字を睨むように読むなよ。眼を痛めてしまいそうだ。——あ、違うな。そんなに小さいところでもないか。だったらなおのコト眼つきクソ悪くね?
(もしかして……。……視力、そんな良くない……? そりゃあ、裸眼じゃ何も視えないレベルってほどじゃなさそうだけど……)
 ——まさか。裸眼で済んでるんだから良いだろって話なもんか。あのカイザーだぞ。
 コイツは「脳」の性能だけが突出しているんじゃない。戦場くうかんの認識、続いてその「脳」への速やかな伝達、そして「脳」での処理——という一連のインプットの過程を、誰よりも高速・精細に実行する第一段階として必要な器官媒体は、戦場を正しく捉える「眼」。その「眼」の力が、〝超越視界〟の行使には必要不可欠だ。
 〝超越視界それ〟の扱いにあれほど長けたカイザーが、視力を欠いているなんて。そんなコト、ありえな——
「世一」
 いつしか揺らすコトを忘れていた氷ではなく、ヒトを試すような熱を仄かに帯びる声が、俺の意識を呼び止めた。
「クソ視すぎだ。お前は俺より教科書を視ていた方が良いんじゃないのか」
「いや……なに。……お前の方こそ、随分熱心だなと思って」
 ——俺に視られてたコト、満更でもないクセに。
 あんなに険しい表情で活字を追っていたカイザーは、今はどこか柔らかく細めた眼で俺を視ていた。それにほっと息をつくような、感心の言葉を短く返し——浮かびかけていた恐ろしい想像は忘れるコトにして、また麦茶を少しだけ口に含んだ。
 カイザーの言う通り、俺もそろそろ休憩は終わりにした方が良いかもしれない。来客カイザーを放置するコトにはなってしまうが、コイツはコイツでひとり様々な教材を楽しみながら過ごしてくれるだろう。わざわざ来日してやるコトがソレで良いんだろうか、という疑問が残らないではないけれど。
「——なぁ。お前ってさ、何でそんなに、勉強に熱中できんの」
「あ?」
「〝使えるかもしれないと判断した知識モノに手当たり次第眼を通していっただけ〟って言ってたけど、そう思ってできる・・・コトが不思議なんだよ。どうして、俺とお前で……。俺とお前なのに、こんなに違うんだろうって」