Novel/BLL-潔カイ
血も涙も(全1ページ/1ページ目)
含有描写
- 原作325話までの内容
- 「性能試験前最終調整」前提の内容(一応これの続きの話ですが、読まなくても問題はないと思います)
- 潔カイは交際済・カイザーの過去共有済
- 糖度高め
- 潔が鼻血出す、カイザーが泣く
「えっ」
「は?」
緊張と恍惚の狭間でぐらぐらと酩酊していた世一の表情が突如愕然と強張り固まるのと、世一が触れていた右の太腿のあたりに熱い液体が落ちる感触がしたのは同時だった。
「……ッ!!」
いや、いくら何でも早すぎるだろ。——なんて言う間もなく、世一は俺から手を離してしまった。そしてその手で自らのカオを抑える。
状況がクソ不透明。世一のような狼狽え方をするどころか狼狽の理由さえまだ読めなかった俺は、依然として零れ落とされる「何か」によって自分の肌が濡れていくのをただ茫然と感じていた。
——不思議だった。だって、誰かと寝るのは初めてなんだ。ここから先にあるのは未知の感覚ばかりで、俺はそれを御さなければならない。そう覚悟して寝室に足を踏み入れ、寝台に身を沈めた。なのに今、この肌に触れるのは未知の感覚なんかじゃない。クソ真逆だ。快くはないが——だからこそか、クソ物に、よく馴染む。いっそ落ち着くくらい——懐か、しい——。
「——……!?」
——血だ。
自分を抑え付ける世一の手指の隙間に鮮紅が滲んでいる。じわり、じわりと濃くなって、濃くなって、指の間なんかじゃ湛えきれなくなって。やがて溢れ、滴り流れ、俺をも染める。
赤が動くその一秒ごとに、どうしてか思考の隅で、自分の拍動をも感じていた。
世一が、血を流している。
「おい……! 嘘だろ、よりによって今、こんな……! クソ、止まれ……!」
「……」
白熱した戦いをを支配する冷徹さ、魔王とまで恐れられるようになった強欲さを秘めた眼光が、哀れなくらいに乱されてしまった。戦場のどこに想定外の歪みが起ころうとも即座に適応してみせる優れた脳ミソが、今はただ「止まれ」と無意味な命令を下すコトしかできない脆弱な機構と化した。この程度の流血で感情の操作を失うなんて。あの世一が、まるでクソ無力なガキのようだ。
(無力な、ガキ……)
思い浮かぶ存在が、もうひとり。
この期に及んで、俺は今古い鏡でも見ているのか。父に殴られ、血を流して。痛みに慣れる前は、こんな風に喚いていただろうか。
(……違うな……)
今の世一に、慣れどうこう以前に痛みを感じている素振りは全くなかった。世一は痛覚じゃなく、出血という現象に苦しんでいる。だから患部を押さえてじっと痛みを堪えていればいいだけの場面で、わざわざ「止まれ」と叫んでいるんだ。
俺にそんな経験はなかった。ゲロをブチ撒けたときには流石にキレられたが、血を流すコトは咎められなかった。親父のアタマには躾なんて高尚な目的はなく、ただクソ物を傷付けて生の実感を得ようとしていただけだろうから、白肌にも薄暗い部屋の中でもよく映える赤色の反応があるくらいが分かりやすくて丁度良かったのかもしれない。クソ物はクソ物で、苦痛と罵声を自分の中で鈍らせやり過ごすコトだけに神経を費やしていたから、出血自体に好悪どちらも覚えた記憶は無いな。
(『止まれ』……ねぇ?)
悲しいかな。そんな教育を受けてきたせいなのか。それとも最初から備わっていた父譲りの感性なのか。とにかく今、「出血」を嫌がる世一の苦しみには共感してやれそうにない。もっと痛がっていたならまた話は変わったかもしれないが、厳格な父が俺の出血は許したように、俺も世一から流れ落ちるそれに嫌悪はなかったし——止まってほしいとも、思わなかった。
世一の意思には反した症状なんだろうが——血が俺の肌に滲む感覚は、まるで世一の体温を注がれているようで。
世一を、俺がクソ奪えているようで。
「……か、イザー……?」
真上に掲げた手は世一に届く。その手からなおも溢れる赤を、人差し指で掬った。
自分の太腿をなぞっても良かったんだが。クソ僅かな差だとしても鮮血が欲しかったのか?
(マジで、血なのか……)
同じ色に染まった指の腹に、今更の感想を覚えた。
——「今更」なんかじゃなかったときもあっただろうか。暴言も暴力もただの日常だったが、初めて殴られ皮膚が裂けたときくらいは。その傷口を自分の手で確かめ、こうして染まった指に——自分から零れ出た血液に恐怖して、今の世一みたいになっていたかもしれないな。
濡れた指を押し付けるようにして、数度手のひらを握り込む。そうして開いた手のひらにも赤色が薄く付着した。——俺の傷口に追撃を加えた親父の手も、こんな感じだったか?
「うわヤバ、バスローブ汚……ッ!」
「……」
無理だ。——やっぱり、世一がひたすら痛まないままクソ焦りクソ苦しんでるせいで、思い出を重ねられるようで重ね切れない。煮え切らなさも否めないが、妙な想像はここらへんで止めにしておくべきかもしれない。——そもそも親なんて、閨で思い出す存在でもなかった。
クソ危ない。とんだ失敗をするところだった。世一にはバレていなさそうなのがクソ幸い。この幸運を逃さずに、眼の前の事態に集中しなければ。
「……で? 世一お前、何でクソ急に出血したんだ。……ケガでもしていたのか?」
「は……!?」
「血の量に反して自覚症状は重くなさそうなのがクソ謎。ホントに痛くねぇのか?」
「おま……! 俺に言わせる気かよクソ皇帝……! この状況で鼻血出す理由なんざクソ一択……! うわ、また……!?」
「……?」
俺は最初からずっと不思議で仕方が無かったのに、世一は至極当然のコトを尋ねられたとでも言いたげに反発した。
——当然なのか? クソ信じ難いが、これ以上世一に思考で劣る方がクソ不本意だ。世一を問い詰めるんじゃなく、自力で答えを探ってみせよう。
世一だって、質問するしか能の無い思考停止のガラクタを愛玩具にはしないだろ。
(まず……外傷では、ない……)
まず初めに「ケガ」と言われた瞬間から、世一は俺の発言を訝しみ憤るような表情をした。つまり初手のクソ些細な推察が既にクソ的外れだったというコト。出血を外傷と結びつけてしまうのは主観による短慮だな。クソ反省。まぁ世一が本当に怪我をしていたなら、自宅のベッドで寝ている場合じゃなくなる。そこはクソ安心とも言える点だろうか。本人がこの調子なら病気や体調不良ってワケでもなさそうだな。
しかし、外傷以外の原因となると却って想像の難易度が上がる。人体の構造や特性くらいは把握しているつもりだが、スポーツ医学はまだ専門外だ。クソ限界の想像に代わる、他の情報は——。
(……鼻血?)
「世一が出血した」というのが俺の認識だったが、世一は明確に「鼻血」という表現を使った。もう真実を自覚しているらしい世一が言うのだから、「鼻血」であるコトが重要、かもしれない。
——だから何だ? 鼻血に限らず、物理的要因が無いのに出血なんてしないだろ。
感情の昂ぶりが血行や自律神経を狂わせるという現象自体はよくある話だ。精神的要因のせいで身体が蝕まれるというなら理解できる——きっとその症状なら世一よりも俺の方がクソ詳しい——。だとしても、感情が血管を直接刺激するコトなんてあるか? 血は勝手には流れない。
それとも、鼻血は例外的に、思考ひとつで起こる現象だとでも?
(この、状況で……)世一は、そんな風にも言っていた。
この状況。——この状況? ——まさかそんなコトが、感情による出血の条件になるのか?
それで、世一は何を考えたんだ? 世一は、「この状況」で——俺を組み敷いて、キスをして、バスローブを少し解きながら、もう片手で俺の脚に触れて——「鼻血」を流すほどの思考をした? 世一の身体が、神経が、耐えきれないほどの衝撃を伴う思考、を——。
「——」
「まだ分かんねぇのかよクソ鈍薔薇……」
分かりかけたからいよいよ絶句した俺に、世一がラストピースを明け渡そうとする。
「少年漫画読んだコトあるって言ってただろ。それとも、この期に及んでお得意の自己卑下か?」
「……〰〰ッ!? なっ……ウソ、だろ……お、前——!」
少年MANGA。言い得てクソ妙だ。——あの手の物語でしばしば描かれる光景と、眼の前の世一の状況はクソ一致している。
しかも、「自己卑下」——つまり、それとは真逆の思考こそが今の正解になるという意味。
——世一は、俺に。
「——ありえない! そんな……!」
「……」
「そんな……! クッソ、非現実!」
「俺だって同感だけど、現にそうなってんだよ……! あぁクソ、まだ出んのか……!」
そんなの、ありえない。
——性的興奮だけで鼻血を流すなんて、虚構の中にしか存在しないクソ誇張表現! 医学的な根拠も信憑性も無いと俺でも分かるクソ俗説! 信じるに値しないクソ非現実! もっとまともな理論絶対他にあるだろ! お前ともあろうヤツがなんて思考だ、クソ世一!
ありえない、ありえない! バカげてる! ——クソ、バカ、げて——……
「——は? ……お前、何してんだよ、さっきから……」
「ぇ……あ——……?」
気付けば俺は上体を起こし、自分の指に視線全てを縫い付けていた。
驚いたような、慄くような表情でこちらを視ていた世一と眼が合った後も、何を考えるコトもなく視線はまた指に手繰り寄せられる。さっき手のひらに擦りつけたから薄くなっていたハズの赤が今はまた色濃く潤い、熱い体温が灯っていた。
俺はまた、世一の流血を掬ったんだ。
「——……」
血を湛えた方とは反対の指で、今度は自分の唇をなぞる。
なぜ唇を選んだのかは分からなかった。ただの直感に導かれた動作だった。しかしきっと何かを確かめたかったし、確かめるコトが目的ならその直感は正しかったんだろう。
唇はほのかに広がり、上向いて——つり上がっていた。そんな変化が起きていたから。
「あ……」
なるほど、世一がビビる道理だ。俺は世一の傷口から流れ出る血を手に取って悦び笑う、異常者めいた行動を取っていたんだ。クソ親父ですらここまではしなかったな。コレはどう考えても、今俺が取るべき振る舞いとしてはクソ不適切。
状況をクソ整理しよう。——鼻血は、恐らく、きっと。世一の情けない落ち度なんだ。記憶に浮かぶMANGAの該当シーンはコミカルな雰囲気で描かれていたように思えるし間違いないだろう。そこでの出血者は著しい性的興奮を覚えるばかりかそれを隠せなかったケダモノとされた。色情への理解と関心、またそれらを持ちながら耐性は持たない幼稚性。それらを一気に露呈させてしまう失態と不名誉を己の身に引き受けるコトで読者の笑いを誘おうとした出血者たちは、まさしく道化の称号が相応しい活躍を果たしたと言えるだろう。
(だったら俺は、世一を——)
罵り、嘲り、揶揄うべきなんだ。
今の世一は、物語の中の出血者たちと全く同じ失態を犯しているからだ。俺も、そこで描かれた内容と雰囲気に基づく反応を返さなければならない。
疑わずにはいられないほど喜劇めいた展開だったせいで、理解するのに時間がクソかかってしまった。正直今でもウソだろと思っているが、眼の前に起こってるって現状の方が真実であって。だったら即座に適応してやるべき、だろ。——世一だって、恐らくそれを望んでいるんじゃないか。
よって、ここからクソ挽回する。こんな風に微笑っている場合じゃない。嘲笑え。唇はもっとつり上げて、歪むほどに。眼も——眦を綻ばせるような形じゃダメだろ。見開いた片目で見下して、細めたもう片方で睨み付ける。あとは、台詞——。
「——おいおい、世一ぃ。手もお鼻も真っ赤にしちゃって。まさしく絵に描いたようなクソ道化振りだなぁ? せっかくカッコつけられていたっていうのに、俺に触った途端クッソ、台無、し……——」
あれ。——何だ? 喉が、変だ。上手く声が出せない。ただの気のせいか? 喋れなくなったというほどでもなさそうだ。
「ハッ……。俺相手に、ここまでなるほど……興奮してたのかよ……? ……俺、相手に……——。——俺で、こんなに——」
「……? カイザー……?」
何だ、コレ。やっぱりクソおかしい。喉が上手く動かない。ひとりで勝手に震えている。その震えが脳の命令をクソ阻んで、言葉の発声を邪魔している。気を抜くと意味の無い音と呼吸ばかりが溢れ出そうになる。
眼もおかしい。喉と同じで、震えて、痛くて、機能してない。視界が薄らと霞んで、世一の表情がよく見えなくなってしまった。瞬きをするごとに症状は悪化した。俺は世一と違ってこんなコトで血なんか流さないハズなのに、眼の縁に溜まり滲んだ熱が流動体になって落ちようとしてる。
「世、一……ッ! お、まえ、俺で……な、に——」
何を、やっているんだ。こんなクソ症状クソ堪えて、世一を、世一に、言わなければ。バカげてるって、嘲笑わな、ければ。——あぁ、嘘だろ、横隔膜、クソ震、——
「こ、——ぁ、あぁ……っ! ……っひ、ぐッ、うぁ、ぁ、ぐ……っ! クソ、ひぐっ、クソ、がぁ……!」
「——。……そっか。カイザー、お前……」
「ク、ソ、バカ、げて——……!」
バカげてる。
血も——涙も。苦痛なくして流れはしない。殴られた衝撃で肌が裂けるとき。蹴り飛ばされた勢いで固い床と擦れるとき。叩き付けられたガラス瓶とその破片に抉られるとき。首を絞め潰され、息を吐くコトさえままならなくなったとき。そーいう被虐に反射して起こる現象なんだ。
誰かを想う激情のために流れるモノなんかじゃ、ないんだ。
「ひ、ぁ……ッ、あぁ——」
果たして、本当にそうだったか。——ただの一つも、例外はなかっただろうか。
〝俺と同じ、クソ物……〟
〝てめぇ……球の中にも……金隠してんじゃねぇだろなぁ!? クソ物ぅ!!!〟
〝なぁ、俺の球……〟
〝そんで叶うなら……誰かに……〟
(共同体……)
お前は本当に、俺に、とって——。
「う゛ッ……! ダメ、だ……! 止まれ……! クソ、止まれ、ぇ……!」
〝不自由〟に侵され切った脳は、現実を拒もうとする。
クソ受け入れ難いに決まっているだろう。だって、クソ物がどんなに望み欲しがったとしても手に入れちゃいけない感覚だ。〝不自由〟とは、真逆の——。
「——おい。んな強く擦んじゃねぇよ。お前が眼傷付けて良いワケねぇだろ」
「え……——ぁ……!?」
今までずっと患部を覆っていた世一の手に、俺の手は力尽くで引き寄せられ、握り捕らわれていた。
クソが。絞首癖に良い顔しなかったのはこの際大目に見てやるとして、今度は眼を擦るコトさえ禁止かよ。クソワガママだな。鼻のところ赤く染めたクソ滑稽な面してるクセに。
——そんな、自らの落ち度をとうとう完全に晒してしまっているというのに、ひたすら顔を隠していたときの動揺も自棄も恐怖もこには無かった。あるのはただ、己の勝機を手繰り寄せ眼前の敵を喰らおうとする、不遜で獰猛で挑戦的な気迫。俺が、どうしたって魅かれてしまうクソ潔世一の表情。
「あーあ……。お前は眼元が真っ赤に腫れちゃったな……」
世一は血を被るのを免れた指で、俺の眼元にそっと触れた。
力任せに刺激された肌を労わる手つきだが、細められた眼が見つめているのは反撃の好機であり、微笑みの意味は慈しみの情なんかじゃない。ただ愉し気なモノだ。
「さすがは本職。化粧要らずか。自分の手だけでこんなにできるなんて、運悪く鼻血出せた俺とは格が違うな」
「黙れ……! 黙れ、クソ道化!」
「そのクソピエロに泣かされた気分はどうだよクソ本職? ——潔世一に愛されてるって実感を理解できて、こんなになるほど嬉しかったか?」
「〰〰——ッ!」
意趣返しじみた反撃なんて、わざわざされるまでもない。
——本当は、もうとっくに期待していた。痛みのない出血に困惑する傍ら、それが、世一が俺に見惚れて昂ぶっていたという意味——世一が、俺を愛して流した血なんじゃないかと、綻び咲いた好奇心があった。未知の血に対するどうしようもない理解のせいで、意識を蕩かし心臓を高鳴らせ、血に魅かれて指を差し出し、恍惚として微笑っていた。
そして、愛に飢えて欲しがるクセに呆気なく喜び満たされるコトを恐れ拒む〝不自由〟な脳だけが正常に作動して、理解できないフリで一蹴しようとしていたんだ。まぁその努力も、俺を読むコトに長けた別の頭脳に暴かれ真実を看破されてしまった、と。俺は俺で世一の出血の原因を知ろうとしていたから、決壊は時間の問題だったかもしれないが。
「——フ、フフ……。ハハ……! ……アッハハハハ!」
「こ、今度は何だよ……」
いくら何でもクソ飢えすぎ。——鼻血ごときで。世一に鼻血流されただけで「俺で血を流すほど」とまで思考をクソ飛躍させ、そして同じく涙を流すほど喜ぶヤツ、この世界でクソ物くらいだろ。
(世一……)
お前の寵愛を喜ばないヤツなんていないだろうな。だが、お前に〝血〟の意味ごと自分の認識を描き換えられる感覚はクソ物だけのものだ。
痛みも苦しみも伴わず、ただ熱情のためだけに流れる血という現象を鮮烈な論理と捉えてしまうのは、俺が元々、血が流れるコトの意味をこの身で知り尽くしていたせいだ。知り尽くしていた分、当然だった世界をクソ壊される衝撃——しかも、苦痛とは真逆の、焦がれていた愛によって——だって増大する。その衝撃こそが、未知の快感になる。
「……なぁ。お前、もう煽り魔仕草する気ねぇの?」
ひとり得心に浸る俺に尋ねる世一は、また鼻を隠し眼も伏せて、途方に暮れた表情をしていた。俺に凄んで挑発していたのがまるでただの最後の足掻きであったかのように、もう己の失態を恥じる情けない少年へと逆戻りしてる。今にも降伏を宣言してきそうだ。
「ひたすら困惑されるよりもいっそバカにされた方がマシだと思ったから、助言出したり焚き付けたりしてやったんだぜ」
「ハッ……。だろうな」
潤む声で返す俺もそれなりに無様だろうが、世一の意図くらいは察しがついていたのは本当だ。泣く前はそれを承知で乗ってやろうと思った。——そのヤケクソな目的の割には随分とクソ愉しそうに反撃してくれたな、とも思うが。
「クソ残念、クソお生憎」反撃への反撃。クソ煽ってくれた礼は倍にして返してやる。「クソ滑稽な役目だろうと最後まで務めてこそのクソ道化。途中で泣き喚いて、道化を哂う役を果たせなかった俺は道化以下だよ。おめでとうクソ世一、お前は俺を負かした実感でも得ていたらどうだ」
「う……」
生温かく流されるコト。コレが、ヤケクソになったお前が最も嫌がる展開だったんだろ? 今自分で言ってたもんな、「困惑されるよりもバカにされた方がマシ」って。
「釈然としねー……。こんな情けない勝利ってある……?」
目論見通りに世一は項垂れた。その拍子に流れ落ちた少量の体温が世一の素肌へと還る。世一はもう俺の上から退いているし、俺も指を差し出してはいなかったから、俺の肌に滴り落ちるコトはなかった。——クソ勿体ない。
「お前の反応が想定外すぎた。俺の小細工なんて間に合わないくらいに。こんなん、勝ちだとしても計算通りに勝ったって言えるかよ。……あーあ。自分からさっさと答え明かして、鼻血放って進めるべきだったんだな。それができなかったのは、終始『やらかした』っていう常識前提で、そのミスを和らげる策ばかり狙っていたから……。鼻血出したコトじゃなく、その後の思考こそが失敗だった、か……」
「ああ。……俺から手を離さずにいれば、さぞクソ情熱的な夜になっていただろうな」
見知らぬ出血に惑ったところで、即座に鼻血が欲情の証なのだと告げられる。そうしてさらなる混乱と——こみ上げる好奇心に支配される俺を、世一は強化された主導権をもって、さらに乱し穿つ。——そうだな、クソ悪くないな。
「あ〰〰……。……クッソ悔しい……」
想像を馳せる俺をよそに、世一は未だ悔しがる。ここが戦場じゃないとはいえ、世一がこうも引き摺る姿は珍しい。
「……見誤った目的に捕らわれ、そこに誘導すべく俺を煽る好機ばかり追っていたコトがか?」
「そうだよ」恨みがましい紺青色が俺を睨み上げる。「俺は、また……お前の思考に遅れた。お前の常識に、適応できなかった」
「俺の常識に、ねぇ……?」
「また」。戦場では伯仲した激闘を演じ続けているから、世一の脳裏を過ったのがいつの試合なのかは想像するしかないが。少し古い方まで遡れば、〝不自由〟に徹した末に放った新兵器を止められなかったときか? ——それとも、その〝不自由〟なクソ物にとっての甘美な劇毒だというのを忘れたまま、俺という道具を使ったとき?
前者はともかく、後者に関してはまんまと使われて良い気になってた俺の落ち度でしかないんだが。
「……。……相手が、そんな思考の俺で助かったな、世一ぃ」
「へ?」
世一は俺を見つめたまま、その眼と口を丸くした。
コレも珍しいだろう。0の自分を取り戻し、そして一度世一に跪いて以降の俺が、皮肉抜きに自分の価値を認め口にする機会は滅多に無い。今の台詞だけでは皮肉の有無を判別するには足りないかもしれないが、世一なら俺の意図くらい分かるだろう。
「お前の失態——いや、〝証明〟を。心から喜び、そして次の機会を望むような俺で」
「……!」
「不本意な事態を誤魔化し挽回を図ろうだなんて後手の目論見の正誤なんざ、実はクッソどうでもいい。……最初から。……クソ物相手にその〝血〟を流せたって時点で……。俺はもう、お前に惚れ直せていたんだよ、世一」
「カイザー……」
「失態」を「証明」と明言した。俺の論理としてはそれが全てだ。「次の機会」とまで言ってやったのは気分ゆえのサービスだ。
「失態」なんか犯していない世一は、もちろん平然と事を進めても良かった。しかしそれ以上に、世一はもう「証明」を済ませている。だから何を選択しても良かったんだ。後は遅かれ早かれ、俺がその「証明」に気付き涙するだけだった。
それを「失態」と捉えてしまった世一はクソ物に適応できなかった——とか、クソ論外。被虐者の常識の中でクソ見慣れたハズの色をもって、俺の価値観を更新させるなんてやり方。——とっくに〝適応〟でしかないだろ。
(世一を、クソ物に〝適応〟させた……)
それは、俺の証明にもなる。——世一に、愛される存在になれていたという証明。
「そうかもしれねーけど……。俺は、お前のそーいう感情に慢心したくなかったって話で……! ……。……まぁ、お前が良いって言うなら、今回はそれでいいわ」
「良き。やっと分かったか」
このまま主張をブツけ合っても堂々巡りの論争にしかならない。それはそれで俺たちらしいかもしれないが、自分のミスだけじゃなく功績まで、素直に認め評価してこそだろう。
「俺だってお前に惚れ直したからな。おあいこってコトにしといてやる」
「は?」
それはクソ知らん。——世一が、俺を想っているというのは、その——クソ理解ったし、後で日記にでも認めておこうと思うし、それを読み返すよりもこの先この肌でまた感じたいと思っているが。しかし「惚れ直した」という表現では、俺が世一に向けられ感じた慕情とは意味が変わってしまわないか?
緊張を解いたかのように寝台に横たわり、強張りも覚悟も圧し留め隠した身体に、躊躇のフリをした高揚を滲ませた手つきでそっと触れられた瞬間には、もう既に。世一にとって俺は、それほどの存在になれていたんだろ? そこから先と言えば、世一が鼻血出して、俺が泣いて——という展開だった。その中に世一が俺に惚れ直すポイントはクソ無い。好機を棒に振った世一ほどじゃないかもしれないが、後手を誤ったのは俺も同じだ。
こんなんで泣くとか、本当に続きをされていたらどうなっていたんだ。愉しみである反面、俯瞰した自分を少しばかり案じて呆れてしまう。「愉しみ」というのも、怖いモノ見たさ的な性質なんじゃないのか。
「ほら……。俺が想定外の出血を起こしたってお前は思ってるんだろうけど、俺にとっちゃ、お前がそうで……。俺の情けないハズの姿を泣くほど喜んだ……愛されてるって捉えたお前の思考が、俺にとっては未知の快感になってて……。その、ああ、もう……!」
前髪をくしゃりと押さえ付けながら、世一はほとんど呻くように言葉を述べては言い直していく。クソご自慢の言語化能力はどこへやら。言語化できていないワケではなさそうだが、情けなさとやらが未だに響いているのか。表現が重なっていくごとに、世一の頬にも血色が灯っていった。
「——。……俺、お前が誰より嫌いだけど、それ以上に好きで」
ようやく意を決したようにカオを上げた世一は、分かり切った当然の論理を飾るコトなく真っ直ぐに告げた。
「好きな理由も随分と増えた。それでも大きいのは、やっぱ……お前が、潔世一の延長線上の存在だってコト。だから俺がお前に認識描き変えられて焦がれたのと同じように、お前も俺に侵食されて恋をするのが〝当然〟だって思ってるし、そうならなきゃムカツクかも」
「……分かっちゃいたがクソ横暴だなお前。自己中心主義者にも程があるだろ」
「まぁな。……でもさ、叶って当然の横暴だとしても……この〝当然〟ってクッソ嬉しいんだなって、改めて思った」
「……!」
「〝当然〟でも……ありがとな、カイザー。潔世一相手に泣いてくれて」
赤く乾いた世一の指が俺の眼元へと伸ばされる。腫れた急所を刺激するコトさえできない、しかしその患部に触れるコトを恐れ厭いはしない手つきで撫でていく。強く擦るなと咎めていたのを繰り返すように。——大切な道具の手入れでもしているかのように。
そうして、俺が溢れ零してしまったモノを奪っていく。
「泣かせた責任くらいは取って、お前に返してやるよ」
やがて指が離れ、不敵な誓いが告げられる。
世一が視ているのは、俺と、そして俺との間に掲げた自分のその指だ。自らの血色と俺から奪った透明な潤みが重なり合って艶めきを取り戻した赤色に、眼も心も釘付けにされていた。
世一の血を掬った瞬間の俺も、こんな微笑い方をしていたんだろうな。
「……言ったな、世一。俺の感涙はクソ高くてクソ重いぞ」
「とっくに知ってる。お前自体が何より高価だからな。でもお前こそ、俺に買われたからには俺から逃げんなよ」
片や鼻血の痕を遺したクソ情けないツラ、片や泣き腫らしたクソ惨めなツラで宣戦を交わし、手を取り合ってただ戯れる。
それ以上の行為に及ぶ気なんてどこにもなかった。俺たちの関係ならもう既に証明されている。俺を愛したために流れた痛みなき血と、その醜態を喜んだせいで零れた苦しみのない涙によって、知らない刺激を、快感を与え合っただろ。
世一と共鳴したその刺激を創る化学反応式の一片。苦痛を欠いた血と涙をここで「はじめて」と捉えるための前提思考。——間違いなくそんな要素となっているのだから、クソみたいな俺の過去にも、やっぱり意味はあったんだな。
(…………)
お前は次々と新しいモノばかりを俺にくれるが、そこにはいつも決まって、肯定される感覚があるな。
この夜のために新調したバスローブを汚した血の色も、選りすぐりの香水を破壊した生々しい鉄の香りも、恋しくて仕方がなかった。
「なぁ世一ぃ、具体的にはどう責任を取るつもりなんだ? 次はもっと血を流してくれんのか?」
「なワケねぇだろ……! 次こそは、ちゃんと……!」
「は? 話がクソ違う」
「違うのはお前! 目的おかしくなってんのはお前! 一度創り上げた方程式に捉われんな……!」