「談話室? あいつ、部屋に籠ってるんじゃないのか?」
出迎えた二人の口から、目を覚ましていた合体ザマスの所在を聞いたベジットは驚きを隠さなかった。不貞腐れると私室に籠城するというのは、合体ザマスのお決まりのパターンだったためだ。
「おまえが詫びの品を取りに地球に行ったということを伝えたからな」
「偉大な神を待たせているのです、早く行って差し上げるべきでしょうね」
「ま、マジかよ……。オレのこと待ってたのか……」
緊張が跳ね上がるような、されど確かな嬉しさもあるような。複雑な感覚がベジットの中に湧いた。
「ところで……。おまえらが言ってた、あいつが欲しがってたってもの……本当にいいのか? アレで……」
毅然としたブルーは美しき紅紫と対をなすもの。他でもない、ベジットの色。怒りの引き金を引いた者の象徴を渡しては逆効果なのではと思えてならなかった。
「あの方に関して我らに間違いはない。実際そう仰っていたのだ。いいから行け。骨は拾ってやる」
「おい、無事で済まないこと前提かよ」
半信半疑のまま、背中を押されたベジットは大勝負の舞台へと足を進めた。
「ようかみさま、邪魔するぜ」
談話室のソファに一人で座した合体ザマスは、特に何をするでもなく静かに佇んでいた。あの後自分で落としたのか、その爪にはなんの飾りもなかった。
その隣にベジットは腰を下ろす。腕で払って落とされるかと身構えていたが、合体ザマスは一瞥したのみで、拒絶に移ることはなかった。
「さっきは悪かったと思ってな。詫びにいいもん持ってきた」
ベジットは小さな化粧箱を脇のテーブルに置いて、その中身の一つを取り出す。
「……トップコート?」
「そうそう、そう言うらしいな。ついさっきできたばかりの特注品だ。こいつで上塗りした爪は、どんな衝撃にも耐えられるし崩れねえ。ベジータやカカロット……孫悟空にも匹敵する人造人間の製作者がそう言って作ったんだ。まず間違いねえだろ」
透明の液体を湛えたボトルをテーブルに置いて、ベジットは立ち上がった。残りの二つ——のうち一つに自信がないため、手早く終わらせたかった。
「あとの二つはオマケだ。使うも捨てるもかみさまの勝手だ。ま、地球の文化を気に入ってくれるってのは、オレとしても悪い気はしないからな。せいぜい、ほどほどに——」
渡す物を渡し終えたベジットは、機嫌を損ねさせた張本人としての自覚もあり早々に立ち去ろうとする。
しかし、背後から合体ザマスが「待て」と鋭く呼び止めた。
「おまえがつけろ」
ベジットがつけたオマケの一つ、眩い海色のものを突き出して、合体ザマスが命を下す。
「は? オレはやんねえぞ」
「誰が貴様の爪なぞ見たいと言った。おまえが、この我の指先に施せ」
この色の選択もそうだが、合体ザマスの意図は謎だ。——が、ここで断り、詫びを水の泡にするわけにもいかないので。
「……出来には一っ切期待すんなよ。クレームは受け付けないからな」
ベジットは渋々とソファに腰掛け、受け取った容器の蓋を開けた。
しばらくの間、談話室は静寂に包まれ、時折ベジットの「あ」「やべっ……」という声が響くのみとなった。
高雅で厳粛、されど穏やかな時間が、ゆっくりと過ぎていった。
「……下手だな」
塗りムラだらけで波打つ指先の青を眺め、合体ザマスは鼻で笑う。
「だから言ったろ」
深い溜息まじりにベジットが言う。闘いから外れた、神経を使う細かな作業は彼の不得手とするもの。押し寄せる疲労のまま、ソファに身を投げ出した。合体ザマスの機嫌が戻りつつあることを察して、それには安堵を覚えながら。
「落とすやつ持ってただろ。それ使えよ。二度目はやんねえからな」
「いや、これで良い。後は我がやる」
「え?」
合体ザマスはコーティング剤を手に取ると、まばらな青にそれを重ねる。ベジットは目を見開いてその様子を眺めていた。
「これで良し。……夕餉までまだ時があるな。ならば、早速効果の程を試すとするか」
「それならオレが付き合うぜ。試合再開といこうじゃねえか」
合体ザマスの戦意を感じ取り、ベジットはがばりを身を起こす。神経の疲労は、再び激戦に臨めるという高揚で消え去った。
「そうこなくては」合体ザマスは満足気に答えると、目を伏せ、消え入りそうな声で続けた。「……先ほどは、我の行いで中断となってしまったからな」
「……気にすんなって」その声はベジットに届いていた。「また何度だって闘えるんだからよ」
界王神界に、再び轟雷が降り、爆風が吹きすさぶ。その中心で刃を放つ絶対神の指先の青が、崩れることはなかった。
「……なあ、なんでその色を選んだんだ?」
激闘を終えて。仙豆を噛み砕き、ミネラルウォーターを飲み干すベジットは、ようやく疑問を口にする。
合体ザマスが何を思っているのかは分からない。だが、彼が蒼を、自分の色を纏っているということに、正直——悪い気はしなかった。
「これか。これはな……戦利品のようなものだな」
「戦利品?」
「これはおまえの色。すなわち、おまえが我に頭を垂れて捧げた色。それを纏うというのは、我がおまえを凌駕する至高無上の神であると示すことに繋がるだろう」
「ああ……そういう意味……」
神の平常運転に、人は本日何度目かの溜息をついた。
神の突飛な理論にはついてはいけないし、平伏したつりも毛頭ないのだが——何にせよ、自分を意識した色だというのだから、やはり悪い気はしなかった。