ドンナモンジャTVの雑談生配信は、本日も大成功~!!
配信の成功なんて、今のボクにとっては当たり前だけど、今日は特に満たされた気分だ! スマホロトムを両手で抱えて、備え付けのベッドに背中からダイブする。——この仕草、かわいいかも。機会があったら、今度の配信でやってみようかな。
「あ~~、視聴者数シビルドン登りぃ……! ほんとに延長してバトりとかやってれば、も~っと伸びたんだろうなぁ……!」
やっぱり、ブルベリという新環境がボクにとっても、皆の者——視聴者にとっても魅力的だ。とにかく話題に事欠かないから、ボクはいつも以上に楽しくネタ探しできるし、みんなもそれを新鮮な気持ちで楽しんでくれる!
でも、今日の伸びはそことはちょっと関係ないか。まずは、最初の遅刻。でも、あれはパフォーマンスとかじゃなく、本っ当にボクのミス! ボクとしたことが、配信の時間を忘れるなんてうっかりすぎる! 「再発防止に努めます……」と、SNSにもしおらしく投稿しておく。ほんとに反省してるって! ——後悔は、してないけど。それからもう一つ、ボクの配信を伸ばしたものといえば、その次に引き起こしてしまった‟マウント”合戦で——。
「……い~や! 全部、ぜ~んぶ!! ブルベリのおかげですなあ! ブルベリ最高! ……特別講師、最高~!!」
きっとボクは今、とびきりの笑顔をしている。自撮りして上げれば激バズ間違いナシだ。でも、残念ながらそれは無理。——だって、頬っぺたがこんなに熱い。興奮と照れのせいで、まだ真っ赤になっているに違いない。さっきの配信では、予め設定しておいた肌色補正のフィルターに助けられたなあ。
「よし……! もう一回、ちゃんと見るぞ~……!」
ドクドクと音を立てる心臓に急かされながら、スマホを操作する。向かう先には、ボクの遅刻の理由と、それからファンの要望を断ってまで、配信の延長をしなかった理由がある。
「フヒヒ……! 非公開フォルダにコピーしておいて正解だった……! こんなの地道に遡るの大変だもんね~! あと、精神的にクるところもあり……」
——とは、言っていられないか。「彼」に対する失礼になる。
配信開始直前に作ったフォルダの中身は、大昔にアップしたいくつかの配信のアーカイブ。「彼」風に言うなら、「変な挨拶やりだす前」のものだ。彼と話した後、配信の準備をする、と言ってリーグ部部室を出たものの、その実ボクはドンナモンジャTVチャンネルの動画一覧を開き、それを遡ってこれらの動画に辿り着くことに時間を費やしていた。それが、遅刻の理由。そして、これを確認したかったということが、配信を延長しなかった理由だ。
「うわ……っ! 再生はしなくていいって! ストップストップ!」
垢抜けないファッションとヘアスタイル。盛り上がりのない喋り方、やや拙くて面白味に欠けるトーク。企画の内容だって、そりゃあ人気出ないよね、って感じのもの。——今では非公開にしてしまったそれらも、「好き」と言ってくれた人ひとりの存在で、悪くないかもと思えてしまう。とはいえ、直視する勇気はまだないので止めておく。振り返りたいのは過去のボクそのものじゃなくて、そのボクに届けられたコメントだ。今よりも、ずっと貴重だったもの。
「……あ! これこれ!」
当時、毎回コメントまでくれる固定リスナーは、リアルの友人だけだった。そうじゃない彼がわざわざコメントをくれるときがあるとすれば、節目のイベントのとき。例えば、チャンネルの周年記念配信とか。今のボクにも、他の配信者にも遠く及ばない視聴者数だったけど、ボクが祝いたいから祝ってたんだよね。でも、祝ってくれた人もいて、嬉しくて。覚えていた——思い出せたから、すぐに見つけ出せた。
その画面をスクショに収め、今度は最新のアーカイブへ。総量が段違いのコメントを遡るのは簡単じゃないけど、それが届いた瞬間の時刻はエレキネット、していたから。改めて浴びる称賛は気持ち良くて、フヒヒと笑い声も零してしまう。だけどそれを見つけた瞬間に、鼓動はまた一段と高鳴った。これもスクショ。
そして、撮った二枚を交互に見比べる。——鼓動はうるさいくらいになる。頬が痛くなるくらい、どうしたって笑顔になる。
そこにあるのは、同じハンドルネームと、同じスタンプ。スタンプは、活動一周年を迎えたとき、数少ないチャンネル登録者に向けて配布したものだ。これを使ってまでボクを応援してくれる人なんているのかな~って、思ってたんだけど。現にこうして——十年経っても、いるわけで。
「……ふふ……! バレバレだぞ、グルーシャ氏……!」
スタンプ配布の履歴も確認した。これを受け取ってくれたのは、彼以外には友人だけ。——その友人とも、ボクの人気が出るにつれて、疎遠になってしまった。変わらずボクのチャンネルを観てくれているのは、彼だけだと言っていいかも。十年前にこれを送ってくれたのがグルーシャ氏だっていうのは明らか。「変な挨拶やりだす前」というヒントは、それくらい分かりやすい。お馴染みのものに辿り着くまで、数年試行錯誤を重ねた。普通の挨拶をしていた時期は、最初の一年くらいだから。
本人が意識してやったかどうかは分からないけど、そんな歴史のあるスタンプを今日のコメント欄に投稿するなんて、最高の‟マウント”だ。しかも、知名度はなさすぎるそのスタンプはすぐにコメントの海に流されて、他の誰も、その価値に気付かない。彼とボクにしか分からない、十年間の証。何だかこそばゆい。愛に溢れる言葉なんてたくさんもらってきたのに、こんな感覚は初めてだ。いいや、久しぶり? 初めて彼にこのスタンプをもらったときも、同じ気持ちになったかな?
「ブルベリ、最高……! ……特別講師、最高……!」
もう一度、声に出して現状を称える。もしもこの場所が、この制度がなければ。ボクが過去の喜びを思い出すことはなかったかもしれない。同じパルデアのジムリ同士でも、彼と、顔を合わせる機会はなかったから。
横の繋がりに乏しい界隈、というわけじゃない。むしろ、コラボをすればバズりやすい! と気付いて以降のボクは、同じ立場であることを利用して、彼らに度々協力を求めていた。——ただひとり、彼を除いては。この業界で生き抜くためには、危機管理と回避の力は必須だ。だから、彼に声をかけることは躊躇えた。テレビの画面の向こうの、同年代の男の子を——彼を襲った悲劇は知っている。そして、ポケモントレーナー、そしてジムリーダーに転向した彼のことも調べて——配信への出演で得られる人気は、望まないだろうと思った。ジムリ同士のちょっとした集まりも欠席していた彼と会うことはないって、諦めていた。
だけど、その彼と、こんなに素敵な出会いができた。——いいや。していた出会いに気付けた! 大体、古参ファンがいるっていうのがもう嬉しすぎる! 活動開始当初から推してくれている唯一の人なんて! ボクが一番辛い時期を支えてくれた人、なんて! ——特別じゃないわけがない!
『大会前とかたまに観てた。……元気もらってたよ』
「とんでもないよ、グルーシャ氏……! ボクの方こそ、キミに……!」
ボクを救ってくれた人を、ボクも支えられていたなんて。配信をして、本当に良かった。今のファンの目から逃れるように隠した時代にも意味があったと、思い出せた。——意味があったのは、キミがいたからだ。
あのときも、そして今この瞬間も、彼に救われている。ボクは変わってしまったし、しかも、彼にも昔のほうが好きだと言われてしまったけど。でも、彼がいなければ配信をやめていたかもと思うと、今のボクがいるのも彼のおかげだし。それに、今でも、観てくれているんでしょ?
「キミは……変わらないでいてくれているんだね、グルーシャ氏……」
心の熱が、目頭へと伝播する。あ、と思ったときにはもう遅くて、大切なスクショの上に雫が落ちる。慌ててクリーナーを取り出して拭き取った。防水加工済とはいえ、焦るよね。キミに対してできていたように、みんなに夢をふりまけなくなるのは嫌だから。長い袖でゴシゴシと目元も擦る。再発防止!
みんな、大事。でも、キミが特別なのも変えられないや。——もっと、キミのこと知りたいな。せっかく、せっかくキミと同じジムリなのに、会えなかった時間丸ごと取り戻すくらい。コラボは——やっぱり無理かな? 悔しいけど、それでもいい。あと、「めんどい古参ファン」って言っちゃったこと、気にしてないかな? 意外すぎていじっちゃっただけで、本当は嬉しかったって伝えたい。——キミと、話したい。
「……アオイ氏、また、ボクたちのこと、一緒に呼んでくれないかな……!」
とめどなく溢れる、一切の演技のない感涙をまた拭って立ち上がる。同業者に取られないように、コラボの打診は早ければ早い方がいい。その法則は、きっと今にも言えるはず!