コーヒータイムの果て

 

 ガンマのコーヒータイムは、休憩室が無人となるタイミングを見計らって開かれた。
 この時間は、ガンマ2号がコーヒーの苦味に慣れるためという目的を帯びたもの。ヒーローの努力の過程が、人々の目に触れることはなくていい。その舞台裏を共有するのは、立場を同じくするもうひとりのヒーローのみ。そんな思惑あっての行いだった。
 それに、2号はガンマ1号ただひとりに見届けてほしかった。自分がコーヒーの苦味を乗り越える瞬間を。ヘドの最高傑作として完成された存在であるという自負を持つガンマ2号は、己に備わった味の嗜好を恥じることも、矯正の必要性を感じることもしていない。それでも彼が本来不要の努力を決意したのは、ひとえに1号のため。自分とは違い、事もなげにコーヒーを飲めていた1号に認められるためだ。だから、同席者は1号ひとりで良く、1号ひとりでなければならない。
 

「見ろよ、緑茶にほうじ茶、紅茶……ココアもあるぞ!」

 コーヒーメーカー、コーヒー用のミルクや砂糖、備品のマグカップなどが並んだテーブルを眺めていた2号が、後ろを振り返って嬉しそうに報告する。それらの品々の一つである、スティック状の袋をつまみ、1号の前にかざして見せる。
 その袋に詰められた粉末は、牛乳でなくお湯にも溶けてココアを作れるものであるらしい。そのココアや、各種のティーバッグのお茶のためか、全自動式のコーヒーメーカーの隣には保温ポットも置かれていた。

「でも、今日はコーヒーを飲むって決めてるからな。1号は何にする?」
「わたしも飲むのか?」
「当然さ、ボクひとりで飲み物飲んだって仕方ないだろ」
「仕方ないのか……? ……特に希望はないな……」
「じゃあココアで」

 ココアなら、1号も昨日「良かった」と言っていた。彼が飲めるものとしては最も確実なものの一つだ。そして、あわよくば昨日のように、コーヒーを飲んだ後少し分けてもらって口直しをする。そんな魂胆も少しだけ、少しだけあった提案だった。
 コーヒーにはミルクや砂糖を入れるという選択肢も存在する。だが2号はそうして苦味を緩和したものから慣れていくという方法を取らず、最初からブラックコーヒーに挑むと決めていた。休憩室の備品をあまり消費するなという1号の意向に沿うため——という理由もあったが、元々、ブラックコーヒーさえ飲めるようになればいいと考えていたため、ハンデとは思わなかった。1号も、最初からその味を飲み干せていたのだ。

 

「できた! ほら、1号。今日も乾杯するぞ」
「……今更だが、コーヒーとココアで乾杯をしてもいいのか? これは杯ではないだろう? 乾杯というのは、本来酒で行うものなのでは……」
「そんな細かいことは気にしない、気にしない。ほら、かんぱーい」
「……乾杯」

 お馴染みの赤いロゴが大きく印された白地のマグカップが触れ合って、コンと短く音が鳴る。缶と缶とがぶつかったときの音とは異なるそれが、これが二度目の“お茶”だということを、2号に実感させる。
 二度目の乾杯でいい気分にはなったものの、手元の黒々とした水面を間の当たりにし、特有のあの香ばしさを感じ取れば、否が応でも仰け反る気持ちを覚えてしまう。高まる緊張に促され、2号はごくりと唾を呑む。これがどんな味をしているのか、何を自分にもたらすのか。——鮮明な記憶が、否が応でも理解をさせる。
 だが、退けない。果たしたいことがある。2号は覚悟を決める。それを危険物だと勝手に判断した脳が鳴らす警鐘に逆らい、口元に当てたカップを傾けた。
 

「……。……! ……~~~~!」
「2号……」

 ホットココアを飲む1号が、呆れと少しばかりの心配を湛えた目で2号を見つめる。

「……う゛、う゛うっ……。も、もう一口!」

 その視線が、却って2号を奮起させた。昨日と同じでは終わらせない、たとえ全ては無理でも、ほんの少しでも理想に近付きたい。その一心で二口目に挑む。

「~~……」
「……2号、こっちを飲むか?」
「飲む!」

 二度、苦味に晒された舌がひとりでに回って、考える間もなく答えていた。コーヒーと入れ替わりで与えられた甘い香りに、歓喜を抑えることができなかった。

「お、おいしい~~……!」

 

 結局、2号は甘味に癒されることを選び、この日の挑戦は終了となった。

 しかし——2号はココアの味を堪能することで純粋に“お茶”の時間を楽しみつつも、先ほどのコーヒーの味を自分から思い出す。昨日より今日の方が、一口目より二口目の方が、苦しくなかったような気がしていた。