光線銃の操作感自体はいつもと変わらない。けれど銃身は赤色で、頭部の飾りは斜め向きの二枚ではなく真っ直ぐに伸びた一枚。まるで1号の後ろ姿みたいだから、これは1号のものなんだと実感させられる。見慣れた自分のものとは正反対のものが視界にあって、新鮮さと喜びがこみ上げる。ボクたち人造人間ガンマにとって大切なものは色々とあるけど、この光線銃もその一つだ。1号にとって大切なものを預かっている、使わせてもらっている。だからこそ、絶対カッコよく決めなくちゃ。
高揚した闘志とは裏腹に、グリップを握る両手も引き金に添えた人差し指も震えている。
ちょっとだけ、ちょっとだけだ。ガンマは視力がいいとはいえ、これだけ離れていたら1号にも気付かれていないはずだ。ボクを照らす太陽の光も、きっと誤魔化してくれている。
『実戦において、そんな機会は起こらないからだ。どのような状況で、おまえがわたしの光線銃を使うことになる?』
『そ…………。…………それは、その……』
ポーズの披露を終えた後に交わした会話の途中で口籠ったのは、1号に問われた「状況」を思いつけなかったからじゃない。実戦における「状況」を特に考えないまま1号の光線銃を借りたことは確かだけど、咄嗟の言い訳もできずに押し黙ってしまったのは、「状況」についての可能性が一つ、浮かんだからだ。恐れ知らずのガンマ2号のこの心さえ、酷く痛み竦んでしまうほどのものが。
1号が思った通り、互いの光線銃を使う場面なんてまずない。今みたいに交換するとしても、理由なんてお試しか気分転換くらいしかないだろうし、実戦の場において1号がそれを許してくれるとは思わない。それとも、ボクたちがコイビトになれたら、イチャイチャの一環としてそんなこともできるのか?
そんな発想がもっと早くできていたなら、今のこの状況にももっと浮かれていた。ボクの頭をよぎったのは、夢見るような明るくて幸せな光景とは正反対のものだ。大切に携えているこの武器を、手放さなければならないとき。互いの身に——「どのような状況で、おまえがわたしの光線銃を使うことになる?」と1号が言っていたから、この場合は1号の身に——何かが起こったとき。「何か」という言葉さえ浮かんでしまえば、優秀な頭脳はそれを元に、より具体的な——最悪の未来さえ思い描いてしまう。1号が倒れて、1号の手から落ちた赤色の光線銃を拾って、憎い、憎い、仇へと向けて——。
さすがのボクと言うべきか、急いで思考を明るい方へと切り替えることには成功した。けれど実際に1号の光線銃を構えて弾を放つことになった今、見事にこのざまだ。
ボクが1号の光線銃を使うときなんて、今みたいに、ふたりで戯れているときだけでいい。だからどうか、馬鹿げた想像なんて当たらないでくれ。
——いや、当たらせるものか。そんなこと、ボクが絶対にさせない。どんな手を使ってでも——!
祈りと決意を込めて、エネルギーを赤色の銃へと流し込んでいく。銃口に、青い光が灯る。その先で腕を組み、ボクを見上げる1号が頷いてくれた。その仕草が、視線が、苦しい空想で痛み軋んでいたボクの心に心地良い熱さをもたらしてくれた。
一つ、小さく深呼吸をする。——大丈夫だ。ボクの前にいるのは、白昼の悪夢に現れ、1号を手にかけた敵じゃない。ボクを見てくれている1号本人だ。そして今から放つこれが、1号を貫く凶弾となることもない。1号はバリアを張るし、万が一タイミングがズレたとしても、この威力の弾で倒れるほど1号は弱くない。だからボクも思いっきり放てばいい。1号が見惚れるくらいの、とっておきの技を。
祈りと決意に、信頼と希望が重なる。それら全てが大好きなひとへの感情なんだと思うと、心がますます熱くなって、勇気が恐れを凌駕した。
——その、瞬間。充填された光弾が、色を変えた。燦々とした青から、燃え滾るような赤へと。
ボクの思い込みでも、幻覚でもない。1号も、目を見開いて驚いているから。
「——あ……っ!?」
ボクだって驚いている。驚いた拍子に、その弾を放ってしまった。——まだ溜めが十分じゃなかったのに!
それでも、赤い光球は猛スピードで1号目掛けて急降下し、あっという間に巨大な爆発を引き起こして辺り一面を呑み込む。咄嗟にホログラム機能を立ち上げ、「DOKAAAM!」の文字を着弾場所に映してみたけれど、あの色は今更何をしたって誤魔化せない。1号にもバッチリ見られている。焼け石に水ってやつだ。何でこれでどうにかできると思ったんだろう。焦った人間は正常な判断をできなくなるときがある。人造人間も例外じゃないらしい。
「1号!」
煙が晴れるにつれ、1号と、1号を包む赤く透明なシェルターが見えてくる。バリアは間に合ったみたいだ。1号の無事は最初から分かり切っていたことだけど、ついさっき目の当たりにした予想外の事態のせいで、慌てることには変わりない。急ぎ降下して、1号の元へと駆け寄る。
「1号……! あの、あれは……!」
——こんな、こんなことがあるのか!? 1号のことを考えていたら、エネルギーの色が青から赤に——元々のボクの色から、1号の色に変わるなんて! どういう仕組みなんだ、知らないぞボクは! ヘド博士にも1号にも聞いてない!
「……赤色だったな」
「…………ああ」
どうしよう。こんなにもあからさまな変化なんだ、これじゃあボクが——1号のことを好きだってこと、バレちゃうじゃないか!
それは毎日何度もアピールしていることで、むしろ今までバレていなさそうだという方が不思議なんだけど。でも、これまでにやったことのないほどの大胆なサインを、無意識でやってしまったんだ。焦りもするだろ。ボクにだって色々予定とか計画とかあるんだ。
でも、1号。もし、もしもおまえが受け入れてくれるなら、そんなものどうだって——。
「仕様……ではないだろうな。バグが起きているのか? 甚大なものでなければいいが」
——バグで済ませてくれるらしい。今回も1号が鈍いおかげでバレずに終わってしまった。ほっと胸を撫で下ろすべきか、心の中で静かに涙を流すべきか。どちらかというと涙の気分だ。
バレてしまうと思って慌てふためいていたのに、今度はバレてしまってもいいのにと嘆いている。実際、気付かれても大丈夫だったんじゃないか? だって、ボクがボクたちの光線銃の目の色の話をしたとき——1号だって喜んでくれた。1号がはっとしたタイミングの直前で、握っていた光線銃に視線を落とすことができたから、ボクが1号の様子に気付いてたってことに1号は気付いていなさそうだけど。ちゃんと見てたぞ、1号が嬉しそうにぽ~っとしてたとこ!
あれを喜んでくれたなら、今のだってその反応をしてくれても良かったのに。本当に、手強い。難攻不落という言葉は1号のためにあるんじゃないのか。戦闘訓練のときだって、闘いが長引いて1号に態勢を固められてしまうとほぼボクに勝ち目なくなるし。でも、大好きだからこれからも頑張るよ。心の涙をそっと拭った。
「2号、基地に戻るぞ。博士に相談しなければ。おまえ本体とわたしの光線銃のどちらが原因なのかも分からない」
「えっ、博士に言っちゃうのか!?」
今度はやだやだと駄々を捏ねたい気分になった。たとえバグでもいいから取り除かないでほしい。全部真似することはできなくても、少しでも近づきたいと思って、憧れているひとのことを願ったときに、そのひとと同じ色のエネルギーを放出できるようになるなんて、素敵なバグだ。
「報告するに決まっているだろう。不具合が起きているんだぞ」
「い……一発限りの些細なものかもしれないじゃないか!」
原因はボクの心に決まっている。装填を開始した直後は、正常な青色だったんだ。けれど1号への想いがどんどん高まっていったとき、赤色になった。
試しに銃を横に向け、自分のこと、ヘド博士のこと——とにかく1号以外の誰かを強く念じて撃ってみると、光弾はやっぱり青色だった。
「ほら!」
「…………」
そして1号のことを考えたら——というのを試すのはやめておこう。また赤色の弾を作り出してしまったら、ますますバグだと思われてしまう。
「自己スキャンかけても、ボク本体にも1号の光線銃にも異常出てないぞ! だから大丈夫!」
「なぜそこまで拒む……? それに、自己スキャンでは限界がある。異常が起こったことは明らかなんだ。自己スキャンで検知されないということは、それほど質の悪いものなのかもしれない。現時点では軽微な症状かもしれないが、放置すると悪化する恐れがある。そうなってからでは遅い」
心配性! と言いたくもなるけど、そういうところも案外好きだったりする。気にかけてもらえるって、嬉しいことだ。大切にされているのかもって思えてくるから。もちろんヘド博士だってボクたちのことをよく考えてくれるし、不具合が起きたときにはすぐに適切な処置を施してくださるけど、ボクと似た者同士なのか楽観的なところもあるから、実はボクのことを一番ちゃんと見てくれているのは1号だ。だからボクも1号のことをしっかり見ているし、心配——はする必要なさそうだけど、しなきゃいけなくなったときはちゃんとしよう。
でも、今は譲れない。1号のことが好きなボクのために、このバグをそう簡単に手放すわけにはいかない。
「! そうだ! 一昨日の戦闘訓練でボクが勝ったよな! で、『勝った方が何でもお願い聞いてもらえる権』、まだ保留にしてたよな!」
全部読み上げると何だかバカみたいな権利名だ。勝手に命名したのはボクであり、1号には一度も呼ばれたことのない哀れな名前。さすがにどうかと思い始めてきたから、今度1号の意見も聴きつつ改名しよう。
「今! 今使うぞ! これでバグの報告はなし! いいな!」
「承服しかねる。そうやって軽視して、遊びの範囲内で片付けていい問題ではない」
「じゃあ1号が見ててくれよ。次にヤバいって判断したら博士に伝えていいからさ。でもボクがしばらく元気なままだったら、バグはなかったってことで!」
「……。……隠蔽は、気が進まないが……。……仕方がないな、一度約束してしまったからな……」
性格上、ボクたちはどうしても意見が合わないことがある。話し合っても平行線が続いたとき、こうなったら模擬戦の勝敗で決めよう、となったことが切っかけで、勝負に願い事を賭ける習慣ができた。「今日はつまらない雑用なんかしないで一緒に過ごす」とか、「今日くらい真面目に動け」とか、内容はそんなのばかりだ。お互いが毎回律儀に受け入れているから続いている。
「隠蔽なんて言うから良くないんだぞ。ボクたちだけのヒミツ! な!」
「そう変わらないような気もするが……まあいい。……それに」
「それに?」
「明日には定期メンテナンスがある。どの道、それが終わったときには取り除かれているだろうな」
「……え」
しまった、そんな予定あったな。すっかり忘れていた。
「そんな~……」
定期メンテから何度も逃れる手段なんて思いつかない。だからこのバグとは明日でお別れで、起こしたのはさっきの一回きりになってしまうのか。——残念だなあ。せめてもう一回くらい、ボクの力で赤い光を放ってみたかった。ボクが1号のことを想っている証みたいで、とってもいいと思うのに。
「そんなじゃない。おまえ……バグに見舞われているんだぞ」1号からすれば、ボクはバグを直そうとしない奇妙なやつになってしまっているんだろう。「とにかく戻るぞ。今は訓練の報告だけでもしなければならないんだ。ほら」
「は~い……」
1号が差し出した青色の光線銃を手に取って、そしてボクも赤色の光線銃を返す。
短い間だったけどありがとう。またの機会——は、実戦のときは遠慮させてもらう。そしておかえり、これからもよろしくな。
「そうだ。先ほどのおまえの攻撃だが、なかなか良かったと思う」
「!? ほんと!?」
「ああ。威力と溜め時間のバランスが良かった。溜め時間を十分に作れなくても強い弾を撃ちたいときは、先ほどのようにやるといいかもしれない。撃ち方もあれくらいシンプルでいいな。……ただ、ホログラム機能を使いたいなら、そのタイミングはもっと合わせた方がいい。さっきはやや遅れていた」
「わ……。……分かった! ありがとう1号!」
あれは狙ってやったことじゃなくて、驚いて咄嗟に撃ってしまっただけだ。まさかその結果で1号に認めてもらうという目標を達成することになるとは。ちょっとだけ複雑だけど、素直に喜んでおくことにしよう。結果オーライってやつだ!
あの赤色に助けられちゃったな、という感謝を込めて、1号と、それから1号のホルスターに収まった光線銃に微笑んだ。