Novel/BLL-潔カイ
危険物(全5ページ/3ページ目)
「なあ、次の試合相手の映像観たか?」
「クソ観た。あの六番の話か?」
「そう。アイツを自由にさせとくのが、現状一番の悪手。だからまず俺が、左サイドから陽動して……」
翌日の練習場の片隅にて。休憩時間を迎えるな否やこちらに近付いてきた世一を、俺は拒むコトなく迎えていた。
——昨日、ロッカールームで繰り広げた険悪なやり取りが噓か何かのようにも視えてしまうであろうこの光景は、またしても周囲の関心を招いてしまっていた。しかし今度は凝視されるのではなく、せいぜい二度見される程度。そして関心はそれ以上尾を引きはせずに収まってくれる。
この光景こそが、今の俺たちの正常値だからだ。「業務連絡以外で話しかけんな」と言ったコトは妥協でも増してや慈悲でもない。勝利のためならクソ嫌いなヤツ相手であろうとも「業務連絡」くらいはする。俺たちがようやく辿り着けたクソ当然の振る舞いであり、それ以上も以下もないと誰もが理解している。
なので昨日の件についても、さしずめ世一が何らかの「以下」に該当する事項に抵触してしまい、暴君の機嫌を損ねてしまっただけ——という全容まで想像し、各々納得してくれているだろう。——世一は「以下」ではなく「以上」の言葉を口にしてしまった、というのが真相ではあるが。
とはいえその真相までも知られてしまえば、いよいよ世一の屈辱は免れない。だから周囲からの認識は、多少誤ったままでいい。
「……なるほどな。だがそれでは、自陣の中盤がクソ手薄になるぞ」
「それは俺も思った。だから提案なんだけど、一度ネスをこっちに下げて……」
俺としても、「業務連絡」さえしていなかった時代に戻るつもりはなかった。世一が同じチームに属しているだけの敵であるコトに変わりはないが、その立場への拘りはプレーの質を低下させてしまうと、身をもって学んでいた。
——そして、「契約」と呼べてしまうような関係もまた、絶対に避けなければならないモノ。決して忘れてはならない、鉄の掟だ。
だから「業務『提携』」にも満たない程度の、今くらいの距離感がクソ妥当。ゴールと勝利を創り出すため最適化される、互いのための戦場を設計するコトにただ努めるのみで、疎通する意思の全てはそこに集約される。余計な約束なんて生まれもしない。そんな、ひたすらに冷徹で、熱の一欠片も宿りはしないような関係こそが、俺にはよく似合っていたんだ。
昨日はどうなるかと思ったが、保てて良かった。——もっと早く、気付ければ良かった。
「……OK、クソ良案。ひとまずはそれでいこう。あとはやはり九番が気になるところだが……まあ、いざとなったら、俺が何とかしてやろう」
「ああ、サンキュ。だったら俺は十番を視ておく。それから、もう一件……」
コレで、いい。——クソ物には、「契約」未満でも十分すぎる、と——。
「昨日の返事って、まだ保留?」
「……。——は?」
「答えを急かしたいワケじゃねーけど、せめて現状の確認くらいはしておきたい。昨日は結局、お前が逃げて終わっちゃったし」
「…………」
ついさっきまで「業務連絡」をしていたときと一切違わない表情で、とんでもないコトを口にした。
そのせいであれほど軽やかに作動していたハズの脳はたちまち処理を狂わされ、円滑な「連絡」に及んでいた舌が動かなくなった。
昨日の出来事は全部嘘だったんじゃないのか、と当事者でありながら思い始めるコトさえできていたのに、眼前の、もうひとりの当事者——どころかクソ元凶が、クソみたいなリマインドを図ってきた。しかも俺が逃げたってどういう認識だ。周囲の耳目をわざと集めて世一の身動きを封じるようなやり方こそ反感を買うモノだったかもしれないが——お前を拒んだ意志と行動そのものは、クソ正しかったに決まっている。
(……! コイツ……!)
今は休憩時間であり、そしてここは練習場の隅。通りがかったときには昨日の一件を思い出しながら俺たちを一瞥したようなヤツらも、恐らく俺たちが「業務連絡」をしている間、とっくに散り散りになっていた。密集空間である試合後のロッカールームとはクソ真逆。こちらの様子に何か異変が起こったとして、誰一人気付きはしないだろう。
今回に限らず、「業務連絡」の場に第三者が近寄ろうとした試しはなかった。幸か不幸か、バスタードの中で世一の論理と同じ次元に立てると世一が認めた存在は、未だに俺ひとりだったらしい。他のニンゲンたちもそれを理解しているから立ち入らない。おかげでいつも雑音の無い議論を交わせているが、まさかそれが仇となるとは。周りにニンゲンがいない以上、昨日と同じ手は使えないし——世一は一度喰らったその手段を潰すコトを兼ね、この機を選んで禁忌を蒸し返したのかもしれない。
(……さすが)
一度敵の策略に嵌ろうとも、そこで膝をついてしまうコトはなく、適応し立ち向かってくる。らしいじゃないか。しかしこんな機会でお前に感心なんてしたくなかったよ。他でもないお前が、雑音を起こしてどうする。
「……。……業務外だぞ、世一」
観客も威圧も、必須の要素なんかじゃなかった。ただその禁忌を拒み遠ざけるだけならば、絶対的に正しいこの指摘だけで済むだろう。
「ああそれ、悪いけど特別に業務内ってコトにしてくれないか? お前から何の返事ももらえてない状態って、なんか無視されてる感もあってけっこうキツいんだよ。この状態が続けば、最悪の場合、試合に集中できなくなるかもしれない」
「は!?」
今度はどこから指摘を返してやればいいかも分からない、イカれた理屈で応戦された。何なんだ一体、どういうコトだ? それに、あってはならない人質まで取られてしまったような気がする。
「……おいおい、クソ優秀な『道具』様ともあろう者が……。……らしくないぞ、感情なんかに左右されるなんて」
人質を取った犯人を宥める警官ってこんな気持ちなんだろうか。生憎、強盗の類を実際にやった経験がないので実例を視たコトはないのだが。そして犯人も人質も同一人物だ。意味が分からん。
「だろ。——あのゴールでクソ高揚するがまま、お前に告白した。よりにもよってお前相手に、明らかに感情で動いた。……まあ、勝利の「——……ッ!」
やめろ。ソレを反芻するな。俺のコトも思い出すな!
——一瞬だけ見開いてしまった眼を、焦りとともに伏せる。俺さえも浮かれていたコトは認めよう。しかし世一がそんな感情を露わにしたコトの方がクソ異常事態で——それ以前に、おかしいだろ。世一が、俺に、なんて。
「だから困ってるし、この感情を落ち着かせるために、お前からの最低限度の協力を仰ぎたいんだ。……使えるハズの『道具』がそんな私情で使えなくなるなんて事態は、お前にとっての不利益にもなり得るだろ?」
「————」
今のは、クソ酷烈な皮肉と受け取っていいだろうか。いつかの誰かの話をしたつもりか?
「……。最低限度の協力なら、昨日からとっくにしているだろ? 『何の返事ももらえてない』とか、『無視されてる』なんてクソ心外だな。お望み通りの返事を貰えなかったのは残念かもしれないが、精神防衛のため記憶を改竄し、挙句の果てにその改竄物を俺に押し付けるのはどうかと思うぞ」
「じゃあ俺の記憶正してみろよ。聞き覚えのない答えだったら、改竄したって認めてやる」
「世一、実はさっきも繰り返したばかりだ。クソ『業務外』。業務内ですらお前とのやり取りは最小限に留めたいっていうのに、その業務連絡を超えた関係なんざクソ不要」
どう考えてもクソ正論だ。断じて首を捻られるような回答なんかじゃないハズだ。
「……う~ん……」
なのに世一は眉根を寄せ唸り、遂には
「……そーいう言い方だよな。じゃあやっぱり、返事じゃねえよ、ソレ」
と不満げに宣いながら、首を横に振ってしまった。
「返事じゃねえってどーいう意味だ。やっぱお前に都合の良い回答しか受け付けてないってコトか?」
「そうじゃなくて……。……お前の感情じゃないだろ。昨日の答え方も、今のも」
「——は……?」
「俺がこの感情を打ち明けてしまったからには、お前の気持ちを教えてほしいんだよ。だけどお前はずっと、感情以前の縛りの話しかしてない」
「な……っ⁉ ……あ、たりまえ、だろ……! ……そんなモノ、返せる、ワケが……!」返してしまえば、俺は——「……感情なんかより、『義務』の方が優先されるべきだ。……『道具』ならよく理解っているだろう? 不要な感情を抑え潰して殺すには、その答えでクソ足りると思わないか?」
「どうだろうな。眼には眼を、歯には歯を……なんて言うだろ。もちろん、フットボーラーとしての義務を放棄する気はない。俺だってその『義務』を重んじているからこそ、他の感情なんか容易く捨てるコトができてるって思う。……でも、お前への感情だけはそうじゃないんだ。『義務』をもってしても抑えられない、殺しきれない……いや、むしろ、それのせいで膨れ上がってる気がする。……同じ『義務』を共有できる、サッカーのおかげでな。だから、試合が終わった直後に明かせてしまったんだと思う」
「フ……ッ、ザけんな、そんなの、知らない……!」
そんな、クソ二重規範が許されるなんて知らない。——その共有感覚こそが、俺が感じてはいけないモノだったのに! 「理想」とか言うな、クソ褒めんな!
「まあ、今まで言ってこなかったし……。……で、どうだ? 『感情』だろうと、今は『道具』のメンテナンスに必要な要素。だから一度全部差し出してほしいところなんだけど」
「? 全部……?」
「ああ。例えば、一言『嫌い』って言うのは簡単で、嘘にもならないだろ。俺だってそうだ。……でも、それだけでもなかったんだ。殺意と嫌悪以外の感情が俺たちの間に生まれ得るモノなら、お前の言葉でも確かめたい。……そうしないと、落ち着かない」
「——」
コイツ、俺からの感情が「嫌い」一点のみという可能性はもう既に除外しているのか? ——クソ傲慢にも程がある。俺なんかよりもずっと圧制者に向いてるだろ。
「カイザー」
両頬にほのかな赤色を灯しておきながら、その眼は戦場に立ち、超えるべき敵を射抜くときと同じように、青く鋭く澄んでいた。
「もう察してるというか、自覚してるかもしれねーけど。……発端こそ想定外だったとしても、勝算が0なら、俺はここまで追及してないからな」
「ハッ……」
嘲笑を返すしかなくなる。「勝算」とやらによって袋小路に落ち詰められてしまった窮地を誤魔化すための笑みというコトは「自覚」している。
「とんだ理論だな。クソ勘違い野郎って呼んでもいいんだぞ」
——実際に呼んでしまえば嘘になるので、呼びはしないが。
いくら世一に頷きを返してはいけないと分かっていても、明確な嘘を吐くのは最後の手段に取っておいた方が良い。使い勝手が良いようで案外呆気なく伝わってしまう虚偽よりも、真実に基づいて構築された尤もな理屈の方が、対象の信用を奪い説き伏せるための手段として実は優れているからだ。
「お前の主張と行いは、自分の望む答えを引き摺り出すため、玄関先に押しかけて勝手に居座ろうとしているようなモノだ。もしかして恋愛初心者か? 俺以外にやったら然るべき機関への相談とかされかねないから、やめておいた方がいいぞ。心からのクソ忠告」
例えば今の言葉は真っ当な真理を説くモノであり、嘘なんて一切含まれてない。——しかし、「俺以外にやるな」という我儘は忍ばせていた。こういう表現を繰り返して、少しずつ対象を侵食する。クソ得意分野。
ただ今回は少しばかり異例だ。こんなコトで世一を侵食してやる気はなかった。たった一度の劇的なゴールだけで、あるハズのない感情を錯覚してしまった世一を正気に戻し・・、また俺の方が侵食されるコトを防ぐため。——だが、今の言葉に含めたほんの我儘くらいは叶ってほしいな。俺、以外に——なんて、もし叶わずに破れてしまえば、それはそれで俺から不要な感情をクソ奪い、俺を「道具」でいさせてくれる現象となってくれそうではあるが。
「お優しいじゃん。でも安心しろよ、お前以外にやってないから」
ほら見ろ。だからお前はダメなんだ。俺と敵意を向け合っておきながら、時として俺の欲しい言葉も感覚も与えてくるから。
「あと、別に答えを限定したいワケでもないからな。俺への感情が殺意一択ならそう言えばいい。なのにお前はそれすらしてない。……何か、隠してそうだから」
「へえ? じゃあ『嫌い』と『殺す』だけ言っておけば、隠し事なんてないと思ってくれるのか?」
俺の感情がそれらだけだと俺が言っているコトにはならないまま、世一が勝手に納得してくれるなら、こんなにも単純明快で有難い展開はない。——その殺意すら「新手のI LOVE YOU」だと浮かれ喜んだいつかの誰かのコトは、記憶の片隅に閉じ込めておく。
「それはお前の態度次第だな。殺意だけだっていうお前の主張が誠心誠意のモノだと思えたら、俺も認めて大人しく引き下がろうじゃん。お前の言うコトを呑んで、殺意以外の感情を口にするのはやめてやるよ」
「偉そうに。問題があるとすれば俺の伝達力じゃなく、お前の理解力の方じゃないのか? ——だが、いいぞ。……その賭け、クソ乗る」
いよいよ確立された〝有難い展開〟にほくそ笑む。要は、コイツを騙しきればいいってだけの展開を迎えられた。
確かに世一は自己中義者だが、論理が通じないどころかソレを何より重んじるヤツだ。ソコに付け込み、俺は世一のコトを嫌ってしかいないと信じ込ませるコトができるか否か。そしてなまじ賢く、論理を理解している者の方が、実はそれ以上の別の論理を提示してやるだけで済む分クソ御しやすいモノで。
(クソ勝てる)
感情の抑制・秘匿と人心の操作。クソ得意分野の複合技術だ。
絶対に負けられないこの戦いで俺に要求されているのが、クソ得手のようで本当に良かった。俺のために負けられないというのは言うまでもないが——世一、だって。たとえ世一が勝とうとも、良いコトなんて、何もないに決まっている。
「言ったなクソ薔薇。後悔すんなよ? ……ホントは、長期戦にしたくはなかったんじゃないのか?」
「……あ?」
「だから昨日は周りを使って俺を阻み、自分ひとりでさっさと逃げるような真似したんだろ? なのに今度は俺に乗せられて、その長期戦に挑もうとしてるんだぜ」
無闇に言い返すばかりが論戦じゃない、ココは敢えて沈黙を選ぶときだ。——事実への下手な反論はクソ悪手だからな。
「もちろん、俺にとっては好都合だけど? 尻尾隠し続けて苦しくなって不利になるのはお前だからな。幸い、戦場にまで響きかねない勝負でも、戦場外でカタをつけられもする勝負だ。外で皇帝様がさっさと白旗上げたところで、罵りはしねえから安心しろよ」
「ハッ、長期戦で不利になるのはお前もだろ、クソ初心者」今なら事実から自己を保身するためじゃなく、世一への反撃に転じられる。「クソ初心者は知らないかもしれないが、しつこい男は嫌われるんだぞ? つまりお前が俺の主張を認めずに食い下がるほど、俺はお前への嫌悪を募らせていくかもしれないってコトだ」
長期戦は望ましくないというコトくらい、ちゃんと分かっている。だから俺の事情には言及しないまま、世一のコトも短期決戦へと引き摺り込む。初手降参を免れたところで世一の勝ち目などますます無くなっていくのだと思い知らせてやる。思い込ませてやる。
「そうか? お前だって相当執拗だったよな。〝新英雄大戦〟のとき、何回俺のゴールの邪魔した?」
「…………」
脳の片隅に追いやったばかりの記憶を呼び起こしかねない言葉がクソ不愉快。——しつこい者同士でお揃いだと言われているようで腹が立つ。
「……そんなコトをしてきたヤツに言い寄るとか、イカれてるなお前。……もしかして、モノにした直後手酷く捨ててやろうって魂胆か?」
「は? お前のその発想ほどイカれてねえよ……」
舐めやがってクソが。二度とお前なんかの手中に収まってたまるか。今度こそお前への悪意だけを貫くと証明してみせる。——このクソ世一に、絶対的に正しくて必要な諦めというモノを教えてやる。
「お前は後悔していろよ。この俺に、こんな心理戦を挑んだコトを、な」
大女優の遺伝子を与えられてしまったこの俺に、騙される側の立場で挑んだコトを。
——その一週間後には、この身体にはその大女優から捨てられてしまった落ちこぼれの血も半分流れているというコトも、思い出してしまうのだが。