Novel/BLL-潔カイ
【サンプル】再壊/2-1
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「……!! マジ、かよ……!!」
中央広場に堂々と咲き誇る桜並木を目の当たりにしたときと同じか——それ以上の賛嘆と感服が奔流となってこみ上げる。発する言葉は呼吸とともに呑み込まれてなくなってしまう。
穏やかな風も木漏れ日もさることながら。——鬱然とした雑木林の果てに咲く満開の桜こそが、人々の賑わいから遠く隔たれたこの空間を、たちまち春色に一変させた。どこまでも暗く不明瞭な林道を歩き続けた先に広がる淡紅色の色彩に、温和でありながら鮮烈なコントラストにクラクラとふらつきかける。今までの景色とあまりに違うせいで、この足で未踏の別世界に辿り着けたかのような、熱狂的な夢見心地さえ覚えてしまっている。
空間の広さこそあの広場には遠く及ばない。桜を主体とした春の空間——というのが、広場との唯一の共通点と言って良かった。
ここには誰もいない。花木と、それから端の方にぽつりと建ってる、がらんどうの小さな東屋だけ。桜に誘われて設けられる宴席の華やかさは容赦無く切り捨てるように、ここにある花と、風と、光——それらの中には、何の雑音も存在しない。落ちた花弁がもう地面全体を埋め尽くす絨毯になれるほどの小さな空間だからこそ、純然な要素たちの隠れ家として完成している。
(〝自由〟——)
五感全てがこの場所を承認する。互いに迎え合うように開いていく。
浮遊感のある足取りで、薄紅色の絨毯をそっと踏んだ。
「あそこって、行っていいのかな」
改めて視線を向けた先の、休憩場と思しき簡素な東屋。屋根の下に壁は無く、木製のベンチが二つ、テーブルを挟んで置かれている。ここに腰を落ち着けて桜を観てくださいね、と言わんばかりのスポットだ。
(中略)
「サッカーのために意識的に使い始めたのはお前の見よう見まねだったから、改めて確認させてほしい。お前の〝超越視界〟のコト。何をきっかけで……どう生きるコトで、掴めたのか……っていう、根源的な方程式」
「そんなモノ知ってどうする」
「俺の進化の糧にすんだよ。お前みたいに、眼と脳を駆動させ続けられるようになれば……。〝超越視界〟のコト、もっとちゃんと知って、その成立から辿れば……。俺がそれを使う精度も上がって、〝世界一〟までの次の次元に行けるんじゃね、って——」
潔なら、それが可能だ。理解、できる——。
「——テメェいい加減にしろよ」
一声で空気が裂かれる。とうとう開かれた裂け目は生々しい火傷。その熱が辺り一面に飛び散って、花も風も光も焼き払って潰していく。
「……何だよ。文句あんなら聴くけど」
「文句? 俺から受け付けるって言うのか? とんでもない! やっぱヤキ回ってんだな。んなコト言い出すお前と違って、俺は身の程をクソ弁えているんだよ」
夥しい棘を生やした声はその重みで震えていた。だけど震えを堪えるための捲し立てさえ、威圧のための武器になる。
「敗者として哀れまれ、こんな施しを受けても良かった。そういう立場だと分かっていたからだ」
飲みかけの緑茶を握る左手から鳴る音は、おおよそ中身入りのスチール缶が立てて良い音じゃなかった。容器を捻じ曲げられていく中身たちが、理不尽な圧力からどうにか逃れようと飲み口から溢れかける。
「俺を慮るフリをして、桜なんか宛てがおうとしていたのもクソ同様。行き先も、そこで俺をどう扱うかも、決める権利はお前にある」
建屋の外から、風がざわめき、わなないて吹き付ける。巻き込まれたひとひらの花弁がふわりと入り込んで、皇帝の怒りを宥めようとする。
——無謀でしかない。見向きもされず、缶を虐げているのとは逆の右手であっさりと捕えられ、指と指とで破り潰される。残骸はテーブルの上に打ち棄てられる見せしめとなった。
「俺に、ここまで案内をさせたのも……。……それ自体は良い。いくらでも働いてやるつもりはあった。元々、もう対等な立場で結ばれた契約でも無いからな」
「……じゃあ何が不満なんだよ。俺には勿体つけんなって言っておいて、自分は長話か」今のも全部不満点なんだろうが、本題じゃない。
「お前と俺を、同列で語んな。適用される権利と義務が、勝者と敗者で同じだとでも? 対等な立場じゃねぇって言ったよな」
「……」今のに退かず言い返してくるあたり、コイツ、相当キてるな。
「だから、俺のその〝働き〟を……。——俺を、評価するな。クソ認めんな」
「————」
「なんだって従うと言ったが、コレばかりは違うだろ? お前に『従う』相手に向ける態度じゃねぇんだよ。……俺がお前の評価に値するような存在だったら、今頃、お前に隷属なんかしていないんだからな」
「なっ……! あのな、それは——!」
「ああ。確か、俺のコトをまだ、お前と同じ『秀才』だって可能性を、計算に入れているんだったか?」昨晩、再契約を持ちかけた理由として俺が伝えた言葉を、カイザーは正確に反芻する。「この際ハッキリ言っておいてやろうか。全部、お前らしからぬクソ節穴だってな。いいか、お前が求めたモノには何の価値も無い。んなおめでたい思考がお前にもたらす見返りなんざ、一欠片も。クソ無駄なんだよ。お前が、俺ごときを知ったところで」
「は————」
目元を覆っていたサングラスは鬱陶しげに外され、続けてバキリと音を立てる。自らの手で真っ二つに折り崩して始末した道具を、酷烈に煮え滾る血色の化粧で武装した眼光は良い気味とばかりに見下した。片手間で缶を甚振り、鈍い悲鳴を上げさせたまま。
——不必要な暴力をひけらかす振る舞いに否応なく高められていく倫理的嫌悪感は、不思議と、より透徹した、そしてどこか本能的な反抗心へと換えられていく。
露わにされた悪性に満ちる姿そのものより、その姿を露わにするコトによって潔世一の絶望を図ろうとしてるカイザーがムカツク。隠すのをやめた素顔が湛える歪んだ笑みを、醜い容貌と定義して晒してるカイザーがムカツク。俺に反発するという目的以上に、本気で自分を貶めていそうなカイザーがムカツク。
逆撫でされた血管が、全身そして脳天に多量の血を送り込み、同じような結論ばかりを述べ上げる思考の巡りを加速させる。血に促される思考が重なるにつれ、視界まで赤らんでいく。
「いいぜ、別に。従うと言った以上、俺の全て……洗いざらい話してやっても。ただし、尋ねたコト必ず後悔するぞ」首を傾け下から睨め付けるようにして、カイザーは俺を試すように、自らを蔑む。
「この眼と脳のカラクリは、お前という優れた道具には決して通用しない。——その程度の、クソ無意味な過去だったよ。それを知ったところでお前が得るモノなんて何も無い。ただ俺への嫌悪を募らせるだけ。コレ以上嫌うのも無意味だろ? 負かした相手に敵意を向けたところでな」
「無意味かどうかは尋ねた側が決める」
無意味な過去。——それを耳にした瞬間、ようやくまともに反論していた。
「お前のコトが嫌いだとしても、俺が求めた力を創ったモノなら、嫌悪、なんて……」
「いいや無意味だ。無意味だったからお前に負けた!!」
冷淡な炎のような威圧と露悪的な挑発を繰り返していたカイザーは、遂に荒げた怒声をもって、俺の言葉を遮り潰す。
「所詮は生まれながらのゴミ……! 動物以下、ニンゲン以下……そして道具にすらなれなかったクソ物が持つモノなんて、何一つ存在しなかった! あの戦場で独り負けしていた俺だけはこの世で唯一、意味も価値も無く、〝0〟のまま——ただ見下されているのが似合いのゴミクソだったって性能を、よりによって、お前が忘れたフリをするのか!? 俺を喰い殺した張本人こそが、それを……! お前と俺とが違うってコトを! 俺よりも理解っているだろ!!」
「何、言って……! ……違いとか、ほぼお前が下らねぇ自滅しただけの……!」
「それとも、敵ですらなくなった俺に嫌悪を向けないと言うのなら、まさか本当に憐憫でも向けてくれんのか」
もう俺の言うコトすら構ってない。独壇場の最中にいるようでもあり、独り芝居に溺れているみたいでもあった。
「どこぞの犬が言ったように、世界に生き恥晒してブッ壊れたこのクソ物を、〝ニンゲン〟だと言い張ってみるか? ——フフ……!! アッハハハハ!! あるかもなぁ!」
「——は、ぁ……——?」
何一つ可笑しくなんてなさそうな、歪でヘタクソな作り笑いを、涙だけは流してしまいそうなくらい続けていた。そんなモノが本当に溢れてしまうコトはなかったけれど。
「犬ほどじゃなかったが、お前も俺に幻想視てたようだったからな! 俺なんかと契約して、同じ目的持ちかけて、破られた後もこんな行動して……! しかも……『超英雄』、だったか? ——クッソ傑作! 哀れな道化を英雄扱いしたとか、お前の人生唯一最大のクソ汚点だろ!」
「————」
「まあ幸い、お前は夢見がちな犬とは違う。ホントはとっくに眼ぇ覚めて……。——いや。最初から思っても無いコト言わない方がいいぞ。精神は時として、本心でもない台詞にすらクソ引き摺られるからな」
——フザけんな。許せない。あってはならない。
脳を支配する憤怒と反撃の衝動は、凄まじい速度で自分自身への義務と本能のカタチを明確にしていく。
それが、潔世一の、昨日まで戦ってきたコト——だけじゃなく。
これまでの、全てへの挑発。そして宣戦だからだ。
「クソ以上。出過ぎた真似で、契約の条件外ではあったかもしれないが、それでもクソ物を道具として扱う上での大前提を忘れていそうだったからな。ただのお喋りならともかく、クソ物に価値を見出すような真似はいい加減にしておけよ」
絞め上げられたスチール缶は今にも原形を失おうとしている。破れた花弁は戯れのように爪で刺されて、致命傷を抉られる。
「もう二度と……クソ物を肯定するような、紛らわしいコトは——」
「——いい加減にするのはお前の方だ、バカ野郎!!」
ガラ空きの胸倉を握り潰してでも掴み、何も無いとほざく空っぽのカラダを無理矢理立たせて引き寄せた。不意打ちを喰らった右手は咄嗟にテーブルに触れて身体を支えるべく、花弁の残骸を開放する。壊れる寸前だったスチール缶も、左手の力が抜けた拍子に責め苦から逃れて地に落ちて、衝撃音と金属音を響かせた。
もう、この手のひらを向けてはいけない。——協議も合意も無く、ただ俺が俺に課していただけのその条件を、衝動だけで破っている。
決壊を迎えたカイザーがとめどなく血を流すように悲憤を唱え続けたのと同じで、俺も、もうとっくに限界だった。
「ハッ……! そうだ、それでいい、折檻ならいくらでも……!!」
カイザーの身体を手繰り寄せながら、実際はカイザーに引き摺られるようにして、悲憤をブチ撒けようとしてる。
でも、それが——そんな現象が、反撃の根拠となってしまう。
「——ッ、お前が!! お前がその、〝クソ物〟だから!! ——だから潔世一はお前に期待したし……お前を選んだんだろ!! いい加減理解れよ……! 理解るだろ!!」