焦らされたスイート(2/4ページ)

 

「一日、打ち上げも含めての撮影おつかれさま」
「ニッシシ! グルーシャ氏もおつおつ~! 留守番もしてくれてアリガト!」

 ふっかふかのソファに背中を預けて、部屋備え付けのハーブティー——グルーシャ氏が淹れてくれた!——に口をつける。——すっごくおいしい、さすがはパシオ最高ランクホテルの最上階。一日中大型コラボ配信をしていて、全世界の興奮の中心に置かれていた身体が、やっと一息つけた気がする。その一方、さながら一枚の絵画のような満天の星空を映す窓に目を向けると、その明かりに心がかき立てられて、まだまだ寝てられないなーって気分にもなる。

「わかってはいたことだけど、すごい盛り上がりだったね。あんたを宣伝役に起用したオーナーの目に狂いはなかったわけだ」
「およ……!?」

 隣に腰かけた彼の言葉はため息交じりではあったものの、予想外のものだった。だから思わず変な声を発し、目をコイルにして見つめてしまい、「なに?」と尋ねられる。

「だって、今日のドンナモンジャTVへのご感想第一声がそれでよいのー!? グルーシャ氏が散々サムがってきたコラボ案件モノだぞー!?」
「それはそうだけど」あっさり、はっきりと肯定される。一瞬驚いたけど、やっぱり今日のもサムい判定ではありそうだ。「……全世界のトレーナーが集う、祭典の島。あんただってジムリーダーなんだから、下手な企業よりは合ってると思った。そして、そこの広告塔っていう大役をあんたが任せられたっていうのは、素直にすごいと思ってるよ。……初回くらい、案件じゃないのが観たくなかったと言えば、嘘になるけど」
「ニッシシシシ……!」

 「マイナー気味だった推しがメジャーになった途端に冷めた」なんて話はよく聞くけど、グルーシャ氏はそこから一線を画していた。インフルエンサーになるというボクの野心を、十年以上前から支えてくれたんだから! それを思うと、今日の機会を得られたこと自体をこうして祝ってくれるのも頷ける。
 彼が嘆き案じているのは、ボクの大幅な路線変更そのものだ。案件元を「下手な企業」なんて言ったように、「ボク」らしくないことをしているとわかっているから。

「パシオ公認企画の実現にありつこうとか、ここに来たときは考えてなかったよん。でもでも、コラボできてほんとによかった~! ジムリーダー兼夢をふりまくインフルエンサー・ナンジャモの、満を持してのパシオデビューをより大々的に発信できたし~! ……それに、ライヤー氏に認めてもらえたおかげで、キミにおんがえしもできたからね」
「……? どういうこと?」
「おんがえし……メーヨバンカイ? ほら、最初のホテルの予約ダメにしちゃったのはボクでー、その後滞在したホテル見つけてくれたのはキミだからさ~……」

 ボクは「まっかせてくれたまえ」と豪語しながら予約日の入力を間違えて、しばらく意気消沈に暮れていたわけだけども。宿無しの危機に瀕し、素早く手際よく動いて、辛うじて空いてるとこを見つけてくれたのがグルーシャ氏だった。意外と旅慣れトラブル慣れしてるー!? と驚いて尋ねたところ、昔——選手として各地の大会に赴いていた頃——もこんな感じの手違いにはよく遭っていたらしい。
 過去の経験って、やっぱり捨てずにいた方がいいのかもしれない。

「あれくらい気にしないで」
「いやいやー! ボクが無事パシオコラボ当日を迎えられたのは、キミのおかげでもあるんだぞー!」心からの感謝を述べてから——もうひとつ、イタズラをしかけることにする。「……そのグルーシャ氏に留守番を任せて打ち上げパーティーに参加することの心苦しさたるやー! 退屈じゃなかったかね~?」
「別に……。ポケモンたちも一緒だったし」

「でもでも、グルーシャ氏も来てよかったんだよ、打ち上げ!」
「……。……なに言ってるの、行けるわけない。あれは、あんたと今日のゲストのため、の……」

 暫しの沈黙の後、彼の言葉が詰まり始める。
 この問答において、不利な側に立たされているということに気付き始めたからだ。

「ほっほーん、ご自分は本日のドンナモンジャTVのゲストではない……そう仰る~? ……ほんと~かね、グルーシャ氏?」
「…………。……あんたね……」

 片手で額を押さえたグルーシャ氏が、深くため息をつく。——ボクの勝ちだ。
 電流が弾けるかのごとき高揚のままに、スマホを起動させてSNSを開き、ランキング形式のトレンド画面へと遷移する。この部屋に入る前から変わっていない順位と、増え続ける投稿件数にフヒヒと笑みを浮かべてから、スマホをグルーシャ氏の眼前へと移動させた。
 見せつけられた画面に注がれた困惑と呆れの眼差しが、今度はボクへと向けられる。透き通る氷の目が困窮を訴えながら力なくボクを睨み、そして勝ち誇るボクの微笑みを映している。

「……これでよかったの?」
「ニッシッシ! そりゃもー、バッチシ!」

 今日一日、栄えあるトレンド一位を独占しているのは、もちろん「ナンジャモ」とか「#ドンナモンジャTV」とか——分ごとに入れ替わっている——だ。パシオとの初コラボに数々の大物ゲスト、そりゃー一位くらい取れちゃうよねー。そしてその一位防衛に貢献してくれているのが、ボールガイ氏に協力してもらったかくれんぼゲーム! クイズゲームモノって皆の者のコメントをカンタンに促せるし、正解発表を動画内で行わずにしばらく焦らし続ければ、そのコメントによる盛り上がりも継続させられるしで、ボクがよく頼りにしてる企画なのだ。
 それを思えば、打ち上げの一幕も含めた今日の配信のことが幅広く含まれているトレンド一位に続く二位に就くべきは、このかくれんぼ企画だろう。——でも、そうなっていたのは数時間前のこと。突如急激な伸びを見せたとある人名が、一位のボクに続く二位の座を確かなものにしている。世界中を賑わせたドンナモンジャTVに、なにも関係のない——「はず」の人物であるにもかかわらず。
 実際のところ、関係大アリだった。これもまた、ドンナモンジャTVのバズであり、大型コラボ中の第三の企画。今日のためにボクが忍ばせた、もうひとりのとっておき! 動画終盤に存在を明かしたボールガイ氏以上の、真のサプライズにしてシークレットなスペシャルゲスト!

「フヒッ、フヒヒヒヒ……! ボクと一緒にパシオ入りしたグルーシャ氏のチラ見せー! 皆の者、しっかり気付いてくれたみたいだね~!」

 一度スマホを引き寄せて、トレンド二位に輝く彼の名をタップする。そうすれば、今日のドンナモンジャTVのスクショを添えたバズ投稿が何件も続けて表示される。
 ある人はスクショの一部分に丸をつけ、ある人は矢印のマークを乗せ、ある人はそこだけ切り取るようにトリミングして。それぞれ違いはあるけれど、スクショの内容も——指されている対象も全部一緒だ。ボクが紹介したボールガイ氏の背後に映る、夕暮れに照らされた後ろ姿。ハーフアップに結ばれた綺麗なパールブルーの髪と、それを彩るボク好みの色をしたハイライト。同じ画面に映っている他のトレーナーと比べるとより際立つ、明らかな厚着。特にそのマフラーの色合いに、ピンときた人も多いんじゃない?
 「配信中に『別の企画』が進んでた」という言い方、ボールガイ氏ひとりに向けたように見せかけた「スペシャルゲストさん、出てこいやー!」という呼びかけも、クイズへの参加を促したような「わかるまで何度も動画をチェックだ!」という言葉——実はそれらは、そんな意味を含んだ二重のものだったのだ。ボクが「スペシャルゲストさん」と言った時点では、「ボールガイ氏」とは一言も言ってないよね~? シビシラスを隠すなら海の中、スペシャルゲストを隠すならスペシャルゲストの背後ってワケ!
 打ち上げから戻ってきたボクを部屋に迎え入れて、温かなハーブティーを淹れてねぎらう——というところだけ見たら、いかにも大人気配信者ナンジャモの秘密の恋人♡って感じだけど。今回はこうして、動画の一部始終にほんの少しだけ映り込むっていう、いつも以上に大胆な主張をしてもらっちゃった! ——関係自体はもう公表済みなので、お望みのファンと、ボクが楽しむための、ノーリスクの「匂わせ」!

「あんたの自信を信じて協力したけど……まさか、ほんとに喜ばれるなんて。こういうのって、嫌がられるものだと思ってた」

 ボクがスクロールしていく画面を見つめながら、グルーシャ氏が呟いた。「グルーシャとナンジャモ、一緒にパシオ来てるじゃん!!」「新婚旅行!? あれまだ結婚はしてないんだっけ!?」「とにかくお幸せに」等々の驚愕と祝福のコメントを口々に述べるボクのファンたちに、当惑の視線が落とされている。

「キミとボクはスキャンダルやら炎上やらをを経たわけじゃなく、正式に声明出してるし、全世界から祝われを得てるも同然なんだよー! ……ま、だからと言ってボクもプライベート秘匿方針を変えてるわけじゃないけど……」

 がむしゃらにやりたい配信だけやってきた昔と違って、見せるモノと隠すモノを巧妙に使い分けることができるようになったから、今のドンナモンジャTVの人気がある。いくら頼もしい古参ファンがついているとはいえ、完全に昔に戻り切るのは難しい。具体的に言うと、ビックカップルの爆誕にキョーミシンシンな皆の者にどれだけせがまれても、ボクがただノロケ話をするだけの配信には至れてない、ってこととか。そういう安全策を取っているからこそ、恋人を得ながら保ち続けている人気もあるんだろう。元々ガチ恋営業してたわけじゃないけどねー?

「でもでも、ここは有名人のトレーナーだらけのパシオ! パルデアジムリ同士であるボクたちが一緒に行っても、ある意味やましくはないわけ! だからここでならー、ボクたちの仲を応援したいって思ってくれてる皆の者にもちょっとくらい……いい感じに応えられるかなー、って作戦! 無事大成功~!」
「……そうだね。結果として、あんたの目論見は叶ったし……このくらいなら、いいのかもね。プライベートに抵触してるってほどでもないし」
「でしょでしょー?」

 何度かのスクロールを繰り返して映し出された投稿には、「グルーシャとナンジャモが一緒にパシオ行くくらい仲良くできてるってことしかわからん」というもの。——それでいい。それくらいで。
 人気のため、ってだけじゃなく。ボクとしても、彼との全てを明かすつもりはなかった。ボクの過去を知って、覚えていてくれているのはグルーシャ氏だけだから、ボクのプライベートを知るのも彼だけでいいし、彼のことを知っているのもボクだけでいいのだ。
 紛れもない確かな気持ちだけど——それは、それとして。

「……『ボク』個人としても、やってみたかったんだー。このくらいの、許される匂わせ」
「え?」
「ボクだって人間だぞー! ……ステキな恋人と旅行に来てる……なんて、自慢したくなっちゃうでしょ?」

 パシオ行きをグルーシャ氏に提案した理由の一つが、こういうことだったりする。揃って外出するときは変装必須なボクたちだけど、ここでなら、普段よりも堂々とできそうだと思った。今日の配信に協力してくれたみんなにもパシオの話を色々聞いたけど、有名人がいて当たり前の場所だから、街を歩いていても声をかけられずに済むことも多いのだとか。そんな、世界で一番開放的な場所でなら、偶然を装ってのノロケというはめ外しくらいはできるんじゃ? と。
 秘密にもしたいし自慢もしたい。つくづくワガママな人間だと思う。ワガママを叶えたくて、叶えられる職業だと思って、ストリーマーを目指したんだけど。

「……サムいこと、を……」
「フヒヒ、またまたー!」

 今は外されているマフラーを上げることもできないから、代わりに手の甲で口元を覆ったグルーシャ氏がそっぽを向く。苦言を呈しているようでも、染まった頬を隠し切れていない。言っていることと感じている温度があべこべだ。——本気と本音でのイタズラに成功しているボクが今感じているのと、同じ温度なんだろう。自分の頬に両手で触れて、そう思った。
 さて、得難かった幸せを再確認できたところで! ——ここからは詫びタイムです。

「グルーシャ氏の方こそ、ほんとにこれでよかった? 頼んだボクが言うのもアレだけどさあ……。……グルーシャ氏、しばらくは動き辛くなるかもよ?」

 皆の者が目をコイルにしてボクを見るのは当然だけど、グルーシャ氏は今回、世界にふいうちする形で目立った。
 こうなったら、パシオにいる彼のファンが黙ってないはずだ。時折自己肯定感が底になるグルーシャ氏は自覚してなさそうだけど、彼も大勢のファンを抱えている。たとえナンジャモの恋人という立場にあったとしても、同じパシオにいるなら一目でいいから彼に会いたいと考える人は、絶対にたくさんいる。——まさか、ボクに敵うと思ってる不届き者はおらんよねー!? あと、それに加えて、ジムリになって以降メディア露出をしてこなかったこととか、ボクとの関係もある。報道関係者にとっては、きっと大きなチャンスだろう。
 だから、グルーシャ氏本人が望まぬ注目を浴びてしまいそうで心配だ。旅行と配信のためにやってきたボクとは違って、彼はきっと、ポケモン勝負をするためにここに来ているんだから。いや、ボクだってバトりしたいけども!

「……わかってるよ。それをわかった上で、引き受けた」
「……え!?」
「だからしばらくは、ここで大人しくしてるつもり。パシオのホテルだけあって、トレーニング施設も充実してるみたいだから、不自由はしないと思う。ハルクジラのことも、少しずつパシオで戦える環境に慣れさせていかないといけないしね。……元々、長期滞在の予定だったろ?」
「そ……っ、そう、だねー……!」

 まだまだ先の、パルデアに戻る日のことを考えれば、ほとぼりを冷ます時間は十分にある。でも、だからと言って彼がその時間を割くのを良しとしてくれることは、大きな驚きで。グルーシャ氏ってちょいちょいボクに甘くないー? 実際、「あんたの望みは叶ってほしい」って言われたこともあった。バトりに勝ったときより、負けたときの反応の方が伸びるようになってしまった今のボクに、そんなこと言ってくれるのは彼くらいだろう。古参ファンの愛、デカ……。うれしい、すき。
 ——驚愕し、感じ入る中で、次第に胸の内に広がっていったのは安堵だった。弊害が降りかかるかもしれないグルーシャ氏が心配だったのは本当だけど、ボク自身も、それが嫌だった。あの頃のボクにひとつの数字をくれて以来ずっと、出逢うことを心の奥底で求め続けていたそのひとが、他の誰かに囲まれたり、不躾に踏み入られたりするのは、不愉快だ。旬ネタを逃して同業者に一時の遅れを取ってしまうよりも、ボクの人気を伸ばしてくれそうなオイシイコラボ相手がいつの間にか同業者に取られてしまうよりも。だから、彼のことをボクの恋人として微かにでも見せつけるだけ見せつけて、少しの間でも傍に留めておきたかったんだと思う。リップ氏ふうに言うなら、それこそ「囲う」ってやつだ。
 とはいえそんな気持ちでいたら、トレーナーもジムリもやっていられない。ボクも、パシオの環境に慣れていかなくちゃ。それまでの、少しの間だけ。

「……グルーシャ氏の優しさへの感謝と、そんなキミを閉じ込めてしまうことへの謝罪を込めて! 本日のお土産をプレゼントしちゃいまーす!」

 ——明るく言った「閉じ込めてしまう」という言葉で実感したけど、今回のボク、かなり重いコトしてない? 大丈夫コレ? 伝わって引かれてない? 一応断っておくと、グルーシャ氏のホテル籠りのことまで計算して、匂わせ配信に協力してもらったわけじゃない。本気で閉じ込めるつもりなんてなくって! グルーシャ氏だって、ボクがマズいことやらかそうとしていたら止めてくれるひとだし!
 額に滲む冷や汗を誤魔化すように、テーブルに置いたままだった紙袋を笑顔のままで掲げる。打ち上げの席で用意されたそれは豪奢な柄で染められている。このホテルの雰囲気にもピッタリだ。

「ときに、グルーシャ氏! 晩ご飯はもうお済ませでー?」
「まだだよ。……状況把握で手一杯になってたからね」
「ニッシシ……申し訳ない……」発覚した匂わせの話題を追っていたんだろう。まあ、グルーシャ氏はボクに謝ってほしくてそう言ってるわけじゃなさそうなので、このくらいにして。「おーっし、それじゃあぜひぜひ、こちらをお召し上がりくださいませませー!」紙袋の中から、箱を一つ取り出してみせる。「なんと、ズミ先生お手製のサンドウィッチぞよー!」
「……すごいお土産」

 美食で名高いカロス地方においても、伝説と謳われるほどのシェフ。今日の企画の一つだったパシオ版3ターンクッキングにお招きできたの、冷静に考えれば考えるほどすごくない? 打ち上げの席で振る舞ってくれたものを持ち帰りにしたこのサンドウィッチだって、カロスに赴けばそれで得れるって代物じゃないのだ。グルーシャ氏が「すごい」と言った通りの激レアな一品は、界隈のレジェンドを兼ねたトレーナーが闊歩するパシオならではのお土産かもしれない。いやもー、つくづくバズの宝庫だねー、パシオ。
 ちなみに。具材はちゃんと、脂質少なめタンパク質多めのものを選んできた。お食事に気を遣ってるグルーシャ氏にお渡しするものだからねー? デキるぞ、サスガだぞナンジャモ! ——まあ、別のお土産がお土産だから、っていうのもあるのだけど。

「続いてはこっちらー!」

 サンドウィッチが入った持ち帰り用の箱をテーブルの上に置いて、次に出したのはいくつかの小さくてカワイイ紙袋。大きな紙袋から出しただけで、それぞれの封は切っていないにもかかわらず、すぐに甘やかな香りが漂い始めた。仄かに感じていたサンドウィッチのフレッシュな香りと二重になって、鼻孔から胃へと伝わり、そこをくすぐってくる。
 実はボク、打ち上げパーティー中は撮影とお喋りに勤しんでいたものだから、ゆっくり晩ご飯を食べれてないんだよね。なので、サンドウィッチの箱の半分はボクの分。持ち帰って恋人やポケモンたちと一緒に食べることにしたのだ。 
 お土産の香りにつられたようで、今まで寝ていたハルクジラが欠伸交じりの鳴き声を発した。開かれた目をコイルにして、ボクの手にある紙袋を見つめている。今にも近付いて手を伸ばしそうなくらいに、熱心に。

「ハルクジラ」

「ううん、トレーナーのグルーシャ氏さえよければぜひどーぞ!」ハルクジラを軽く制止しようとした彼に、持っていたそれを預けるように渡した。「中身、ポケモン用のスイーツなんだー! ホウエン、シンオウ、カロス……色んな地方の流行を詰めたアソートセット! そんでもってキミのポケモン好みの味を集めたつもりだからさ、健康管理に影響がなさそうなら!」
「もしかして、今日の配信で作ってた……」
「ご名答ー!」

 彼を称えるボクの声は、思っていたよりも大きかった。毎度のことでも褪せない喜びだから許されたい。最古参が最新の動画をちゃんと観てくれているという事実を伝えられることで感じられる幸せは隠せない。グルーシャ氏からしかもらえない幸せだ。

「……量多めに作ってたの、他のゲストへの差し入れにするって言ってたのに……」
「ニッシッシ、ウソはついてないぞよー!? キミは、最後にこれを受け取るゲストってことになるよねー!」彼も立派なゲストのひとりであることは、もうおわかりいただけたと思うので。
「……ありがとう。ハルクジラたちも喜ぶよ。工程も観てたけど、きのみが材料なんだよね。なら、心配することもなさそうだ」

 頬を染めながら、グルーシャ氏が微笑む。トレーナーの判断を感じ取ったようで、ハルクジラもご機嫌な声で鳴いた。
 「ハルクジラたちも喜ぶ」と言ってもらえたのは、彼のポケモンたちの味の好みに合わせたからってだけじゃなく、ボクの地味に高い料理スキルをわかってくれてるから——と思うのは、自惚れかな。

「……グルーシャ氏にもあるぞー!」最後の紙袋を取り出した。「こっちはちゃんと人間用!」

 マフィンにスフレのカップケーキ、ドーナツ——アローラでいうマラサダ——という、色んな地方のポケモン用スイーツと似たものに加えて、ティラミスなんかも入れたっけ。ポケモン用と人間用の両方を作ったから、3ターンクッキングとは名ばかりの長丁場になった。スケジュールをやり繰りするための時短工程も踏まざるを得なかったけど、それでも美味しくできたと思う! 
 お土産を入れていた袋はいよいよ空になり、あとはデザート付きの甘~いディナータイムに入る——前に、一つ言っておかねばならないことが。グルーシャ氏に渡したお菓子はいずれも、一口に収まるくらい小さめのサイズにしてある。その理由の一つを明かそう。

「ここで! グルーシャ氏にはクイズに挑戦してもらいたいな~! と思いまして~!」
「クイズ?」
「そう! ルールはカンタン! このお菓子の中に、ボクの作ったものが入ってるからさ! 舌をペロリームにして、それを当ててくれたまえー!」

 配信をご覧になったなら、ボクもゲストのトレーナーさんも、作ったスイーツ自体は一緒だってことも、一度全部同じお皿に乗せたこともご存知だよねー?
 ボクも腕には自信がある方だけど、料理上手はあの場にいた全員に言えることだ。見た目や味で優劣を判断することは至難の業。グルーシャ氏はボクの古参ファンで、ボクがサンドウィッチをはじめとした料理に挑戦する動画も数多く見守ってくれたろうけど、その味を直接堪能できるようになったのはごく最近——一ヶ月くらい前にブルベリの部室で話すようになって、そこからのお付き合いなので——だから、古参ゆえの有利も働きにくいのではなかろうか。でも、彼がこの難問に立ち向かい、どう攻略するかをぜひとも見たい!

「クイズ好きだよね、あんた」ボクがクイズモノの企画を多用するようになったわけなんて、彼にはとっくにおみとおしなんだろう。
「よかろ~? 今回の回答者はグルーシャ氏ひとりだけだぞ!」
「……いいよ、乗った。今日はチートデイに……するまでもないか」

 袋を開け、個包装したスイーツの一つを手に取ったグルーシャ氏が、そのサイズに気付いてくれたらしい。この小ささなら、食べ比べしても胃もたれはしないし、彼の食事制限にもどうにか引っ掛からないはず。
 淡々としているようにも見える態度は、難関に物怖じせず挑もうとしていることの表れ。氷の目には、仄かに熱が灯っているような気がした。——そんな彼だから、賢くもなく、流行からも逸れていたかつての「ボク」でも、好きになってくれたんだろうな。
 ボールを開けて、ハラバリーたちを出した。みんなで食べよう。