「どうだこの色? 美しいだろう?」
「ああ……! ロゼによく似て華やかだ。かつ、過度な主張をしない……ロゼを引き立たせる色を選んだのだな。この爪化粧を纏ったおまえの舞は、さぞ素晴らしいのだろう。この目で見るのが楽しみでならない」
「フフ……。そんなに褒めるな。オレの美しさはオレ自身がよく理解しているつもりだが、他でもないおまえの賞賛を受けては、口元の緩みを抑えることができない」
「その美は紛れもない事実なのだ、称えることは当然のこと。……ところで、そこのものもおまえが?」
「これか。これは……おまえに似合うと思って、オレが持ってこさせたものだ。試してみないか、ザマス? オレが選んだ輝きを纏うおまえを、見てみたい」
「……! 勿論だ……!」
合体ザマスが気に入ったものは、必然的に彼の弟分たちにも持ち込まれる。
目を丸くするベジットの前で、合体ザマスが塗装された人差し指の爪を眺めて悦に浸ったあの日以降、第10宇宙の見習い界王神の間に空前のマニキュアブームが到来した。ベジットが地球から持ち込まなければならない品が増えた。
「しかし……。つくづく実感するが、オレの手はおまえやあの方のものとは違うな。戦闘民族の武骨な手だ。指先だけを華美にしては、却って浮いてしまわないだろうか」
「その肉体を行使しているのはおまえなのだ、強く美しい神の、端麗な手とは思うが……。どうしても気になるというのなら、わたしが取り寄せたハンドクリームを使ってみるか? より滑らかなものになれるはずだ」
「本当か! ぜひ使わせてほしい」
談話室のソファにて、互いの手を握り合って密着するゴクウブラックと未来ザマス。そして何とも言えない微妙な表情を浮かべたベジットが、彼らの様子を後方から眺めていた。当然、彼らには最新の人造人間のように、己の心に描いたことをホログラムで具現化する力はないのだが、その周囲に飛び交うハートを幻視することは容易だった。
ふと、ブラックはその背後に近付いたベジットに気付き、邪魔だとばかりに後方に視線を向ける。
「この芸術が解せぬとは哀れだな。オレとて闘いと、武神としての成長を強く好む者。だがこうして、美しいものを愛でる感性を決して捨てはしない。どうだ? おまえも、そして今やオレもサイヤ人。おまえとて今からでも遅くはないのではないか?」
「断る。んなもんに興味はねえし、第一オレはグローブしてるだろうが」
「まこと嘆かわしいが、関心の有無はそれぞれ……。ですが、造詣が浅いなりに、芸術と向き合おうとする姿勢は大事かと。あのお方の美爪はご覧になられましたか?」
「ああ、さっき会ったときに。やたら凝ってたな」
ベジットを経由して手に入れた数種類のマニキュアを用いて、合体ザマスは繊細なグラデーションネイルを完成させていた。鮮やかなワインレッドを基調として、指先に近付くほど集中する葡萄色は艶やかな黒のごとく、根本側になるほど淡く、儚く。そのうちの数本には、微かな金の装飾が施されていた。
知って間もない文化だというのに、細やかな仕事をやってのける手際に、ベジットは感心半分、呆れ半分で「ご苦労さん」と返した。煌びやかな装飾をかざした合体ザマスの満足げな微笑みに、妖艶なものを感じなかったと言えば——嘘にはなってしまうのだが。その思いを隠したまま手合わせの約束を取り付け、先に向かっているからと彼の私室を出てしまえば、胸の高鳴りの理由はこの後に控えた激闘への期待へと変わる。
ベジットの胸中を知る由もないブラックは、「やたら凝ってた」という彼の感想に「それだけか」と嘆息した。
「ま、身嗜みから闘いの気合いを入れるっていうのはアリなのかもしれねえな。……悟飯はまだあの服着てるのか……?」
「フン、孫悟空より孫悟空の息子の方が、よほど美というものを理解しているらしい」
「……アイツとおまえらは多分センス合わねえぞ……」
ぼやくベジットを意に介さず、ブラックは美と戦闘意欲の相関関係についての講義を続行する。ベジットを眠気が襲う。
ぼんやりとした意識の中で、ベジットは合体ザマスのことを考える。確かに先程の姿に見惚れたのは事実だが、何もその美貌だとか、飾り立てられた爪を理由に彼を気に入っているわけではない。
——綺麗なのはいいけど、そうじゃなくてもな……。
いまひとつ釈然としない思いを抱えながら、講義の終了をひたすら待った。
「……というわけだ。美にはそのような側面もある。となれば、究極の美爪を携えた今のあの方は至高の戦神と呼ぶに相応しい存在。その存在と畏れ多くも刃を交わそうというのだ。その栄誉を胸に刻み、拳には敬意を込めるように」
「ふぁ……。へーへー、分かったよ。……そろそろ、かみさまが来るんじゃないか。。おまえら、見学してくか」
「そうさせていただきましょう。学ぶことは尽きませんから」
「そう来なきゃな。あいつの爪だけ見てるってのはナシだぜ」