装い(3/5ページ)

 

 合体ザマスの右手の指先から放たれる、重く煌めく光弾が的確にベジットを撃たんと飛来する。
 人智を超えたスピードで、ベジットはその全ての弾丸を避け、捌き、同じく光弾を放って相殺した。衝突した金と紅桔梗の散弾があちこちで火花を散らし、静謐な神の領域に轟音をもたらす。
 立て続けに起きた爆発で視界が狭まったことに乗じ、ベジットは一気に距離を詰めにかかる。蒼い気を纏わせた左拳を、左手の拳を後ろで握ったまま余裕だにしている合体ザマス目掛けて振りかぶる。

「甘い!」

 瞬間、合体ザマスが右手を振り上げる。それと同時に現れた巨大な光球が、ベジットを迎え撃たんと燃え上がる。

「その手は食うか!」

 ベジットの右手は黄金の剣太刀と化し、眼前の太陽をその一閃で薙ぎ払う。弾けた火焔の輝きが四散した。
 火輪を断ち切る際に、或いは乱舞するその残骸に被弾した際に、腕に受けたダメージで怯む戦士ではない。輝く長剣を、今度は太陽の創造主本人へと見舞う。

「くっ……!」

 切先が合体ザマスの身体を捉える。即座に後退しようとした彼を、ベジットは尚も追い詰める。

「逃がすか!」

 その懐に飛び込むと、両手両足を使った接近戦を仕掛ける。応戦する合体ザマスだが、その全てを捌くことは叶わない。数発の拳と膝がその身を穿つことを許し、僅かにその体制を崩す。ベジットはその隙を見逃さない。

「もらった!」
「……調子に乗るな人間!」

 解き放たれた神気が、ベジットの追撃を阻む。輝く光輪を出現させた合体ザマスは高く浮上すると、ベジット目掛けて紫電を撃ち、牽制する。

 ——双神が対峙して、かれこれ二時間ほど。戦局が何度目かの膠着状態に陥り、空間を支配した静けさと緊張が、神々の次の一手を待ちわびたとき。

「あ」

 至極残念そうな合体ザマスの声が、粛然たる戦場の空気を緩めた。
 絶対神の威風はどこへやら。しゅんとした表情に合わせるかのように、燦然と輝いていた光輪の光は徐々に薄れていった。

「おい、どうした?」

 ただならぬ事態を察したベジットは、高度を上げて合体ザマスに近付く。
 明らかに消沈している合体ザマスは、自身の手の甲——その指先を、力なく見つめていた。

「爪が……」
「爪?」

 ベジットは合体ザマスの隣に回り込んで、彼の視線を辿る。そして、その嘆きの理由を理解した。
 今朝方、私室で堂々とベジットに見せつけたときとは大違いだった。ほんの僅かな隙もなく、完璧に仕上げられていた葡萄色の指先は見る影もない。至るところがボロボロと剥がれ落ち、完全に規則性を失った色や装飾には美の欠片もなかった。中途半端にその名残を残すのみであったため、爪化粧どころか、酷く汚れてしまった爪となり果てていた。

「これでは、美しい闘いにはならぬな……」
「……ったく」ベジットは深く深く溜め息をつくと、項垂れる合体ザマスに声を掛ける。「闘えばこうなるってことくらい分かるだろ、無駄に凝りやがって——」
「——無駄だと?」

 ——ミスった。

 直感したベジットは、ちらりと合体ザマスの表情を伺う。ただの激怒、いや啜り泣きで済むなら良い。頼むからそうであってくれ、でなければ——。

「我が!! ——貴様!! 我が、どれほど————!」

 大きく見開かれた目に浮かんでいたのは大粒の雫。背中の光輪が輝きを取り戻し、激しい気の渦を巻き起こす。

 ——こっちか。ベジットは己の発言を心から後悔した。こうして錯乱じみた激怒を引き当ててしまうと面倒極まりない。
 合体ザマスから溢れ出る気と、涙を伴った怒鳴り声は増すばかり。怒りのままに絶えず何か叫んでいるが、金切り声のため至近距離にいるベジットでも何を言っているのか聞き取れない。 木々が揺れ、花々が震え、水面が荒れる。遠くに佇む神殿がミシミシと音を立てる。膨大な気に押されるがまま、界王神界中の大気が猛り狂う。我を失った絶対神の憤怒は見境なく、滅びを導くもの。
 ベジットはちらりと地上を振り向く。「おまえがまいた種なんだからおまえが何とかしろ」と言いたげなブラックとザマスの姿があった。彼らに頷いて、ベジットは怒れる神と対峙する。赤黒く光る無数の刃が、今にも振り下ろされんとしていた。

「——わりぃな!」

 不躾な人間への裁きが下される前に。ベジットは力を込め、その拳を合体ザマスの鳩尾に叩き込む。刃も光輪も霧散し、神の玉体は人の腕の中に倒れ込んだ。